# 軽音部の夏
梓「……」
夏休み――炎天下のなか、私は学校へ向かっていた。
今日は軽音部の練習がある。
長期休暇中でもこうやって集まれることは、嬉しいことだ。
これでまともに練習をしてくれれば言うことなしだが…
唯「あーずにゃんっ♪」
梓「にゃっ!?」
いきなり後から抱きつかれた。
驚いて思わず声を出してしまう。
唯「偶然だね~、こんなところで会うなんて。今から学校に行くんでしょ?」
梓「そうですけど…」
唯「じゃあ一緒に行こっか」
梓「そ、その前に離れてください。暑いです」
唯「え~? もうちょっとだけ」
梓「ダメです、離れてください」
唯「あぁ~ん、ケチー……あづぃ」
梓「もう…」
今の時間はお昼を過ぎたころ、一番気温が高い時だ。
しかし暑いと言いながら唯先輩は抱きついたままだった。
夏の陽で熱した体は私から離れようとしない。
こうなると死ぬほど暑くなる。
ミーンミーンというセミの鳴き声が体感温度と苛立ちをさらに上昇させた。
梓「だーーーっ!!」
私はしがみついた体を力いっぱい振り払った。
梓「いい加減にしてください!」
唯「いやぁ~、久しぶりにあずにゃんに抱きつけると思うと嬉しくて」
ヘラヘラと笑う唯先輩。
唯「それにしても暑いねー。私、暑いの苦手なんだ~」
梓「だったら抱きついたりしないでくださいよ…」
唯「でもそこにあずにゃんがいるから」
梓「どんな理由ですか!」
いつものようにくだらないやり取りをしながら、私たちは横に並んで歩いた。
セミは鬱陶しいくらいに鳴き続けている。
学校に着くとグラウンドでは運動部が練習している。
この暑いなか真剣に部活をしている姿を見ると、私たち軽音部も身を引き締めなければいけないと思える。
だがそんな私の気持ちも知らず、唯先輩は行く道の途中で買ったアイスを幸せそうに食べていた。
そんな姿を見るとため息をついてしまう。
私たちはそのまま部室へと向かった。
部室にはすでに澪先輩、律先輩、ムギ先輩の三人が先に来ていた。
そしてあろうことか、部室でカキ氷を食べている。
わざわざカキ氷機まで用意して。
そんな光景を見て私は再び、今度は深くため息をついた。
唯「あ~! みんな美味しそうなの食べてるー!!」
紬「ちゃんと二人の分もあるわよ。唯ちゃんはなに味がいい?」
唯「えっとねえっとね~……うーんどれにしようかな」
梓「先輩たち…練習は?」
少し不機嫌に質問をした。
律「これ食べてからな!」
即答だ。
信用できないが…ここで文句を言っても仕方がない。
先輩たちは恐らく食べるのを止めないだろう。
紬「梓ちゃんも一緒に食べましょ」
ムギ先輩に促され、しぶしぶ席に座ることにした。
紬「梓ちゃんはなに味にする?」
梓「じゃあ…いちごで」
唯「はいはーい! 私もそれで!!」
紬「は~い♪」
楽しそうにカキ氷を作るムギ先輩。
律「ムギ! おかわりー」
こんな暑い日でも元気いっぱいな律先輩。
澪「律、食べ過ぎるとお腹こわすぞ」
今日もかっこいい澪先輩。
けど、もうちょっと強く注意して欲しいときもある。
唯「まだかなまだかな~」
子どものようにはしゃぎながら、カキ氷ができるのを待つ唯先輩。
いつもと変わらない風景。
軽音部は今日も通常運行だ。
梓「……」
本当にこれでいいのだろうか。
他のは部活は頑張ってるというのに……
カキ氷を食べ終え、一息つくと談笑が始まる。
案の定、練習は開始しない。
唯「カキ氷って、食べるとなんで頭が痛くなるんだろうね?」
律「なんでだろうなー…冷たいからかな!」
澪「それだけじゃ理由にならないだろ」
紬「アイスクリーム頭痛っていうのよね、確か」
梓「あの…」
しびれを切らした私は、口を開けた。
梓「そろそろ練習しましょう」
はっきりと全員に伝わるように話す。
これでダメなら怒鳴ってしまおうか。
唯「え~…もうちょっと…」
澪「そうだな、始めよう」
澪先輩が唯先輩の言葉をさえぎる。
律「んー…ぼちぼちやるか」
律先輩もそれに賛同する。
やはり部長として、やるべきことは分かってるみたいだ。
唯「もうちょっと休みたいなー…」
澪「何言ってるんだ、もう十分だろ。せっかく夏休みに集まったんだし、少しは練習するぞ」
澪先輩たちが味方してくれた。
これなら唯先輩も押し切れそうだ。
梓「そうです! 澪先輩の言うとおりです!」
紬「唯ちゃんファイト!」
唯「は~い…………よしっ!」
急に顔を引き締めた唯先輩は、ギターを手に取りジャーンと鳴らした。
唯「やるからには全力でやるよ! フンス」
梓「唯先輩…!」
そう、普段だらだらとしているがやるときにはやる人なのだ。
一度スイッチさえ入れば…
梓「…唯先輩?」
唯「やっぱあづい…」
そう言うと唯先輩は座り込んでしまう。
梓「はぁ…」
紬「じゃーん、冷えピタ~」
ムギ先輩は鞄から冷却シートを取り出し、唯先輩に渡した。
紬「はい、どうぞ」
唯「おぉっ!? これは伝説の冷えピタ!」
梓「なんの伝説ですか」
唯「ぴたっ!」
冷えピタを手にすると、唯先輩はすぐにおでこに貼った。
ものすごく気持ちよさそうな顔をしている。
紬「みんなもどうぞ」
澪「悪いな、ムギ」
律「サンキュー!」
紬「梓ちゃんも」
梓「すいません…わざわざ」
紬「いいのよ、気にしないで。これでみんな涼しくなるんだし」
ムギ先輩の気配りに感動しつつ、私もシートをおでこに貼った。
ひんやりとして気持ちがいい。
頭もすっきりする。
律「よっしゃ、んじゃ始めるか!」
唯「おー!」
唯先輩も完全に復活したみたいだ。
各々楽器をセッティングし、自分の立ち位置についた。
律「じゃあまずは…ふでペンからな」
澪「わかった」
唯「ラジャー!」
律「ワンツースリーフォー!」
スティックを鳴らし、カウントをすると演奏が始まる。
・・・・・
・・・・・
律「ぷはぁっ!! もう無理!」
澪「休憩するか…」
練習を始めて二時間が過ぎた。
久しぶりに充実した練習ができた気がする。
唯「ム、ムギちゃん…冷えピタの補充をば…」
紬「はいは~い」
冷却シートはすでにぬるくなっていた。
汗ではがれかけている。
ムギ先輩は再度私たちにシートを渡してくれた。
唯「あ゛ぁ~~…なんでこんなに暑いんだろ~」
律「ドラム死ぬんですけど…」
梓「大丈夫ですか?」
少し心配になり、唯先輩に声をかけた。
先輩にしては珍しく頑張っていたので、倒れてしまわないか不安だ。
唯「大丈夫じゃないみたいです…」
梓「唯先輩…」
唯「水着のまま南極の海に飛び込みたい…」
梓「死んじゃいますよそれは!!」
澪「それにしても、今日は本当に暑いな」
紬「
ニュースでこの夏一番の暑さって言ってたような…」
律「うげぇ…マジかよ」
梓「熱中症で倒れる人も多くなってるって聞きましたから…気をつけないといけませんね」
唯「ぐはぁっ!!」
突如唯先輩が奇声をあげた。
梓「唯先輩!?」
唯「ね、熱中症で頭が~!!」
紬「大丈夫!? しっかりして唯ちゃん!!」
律「唯!!」
唯「アイス! アイスが食べたいよ~!!」
澪「結局そっちか!!」
律「まずいな…唯がアイス欠乏症になってしまった」
梓「なんですかそれ」
唯「うぅ~…あいす~、あいす~」
澪「我慢しろ」
律「仕方ない…ムギ」
紬「はい! なんでしょう?」
律「余ってる冷えピタをくれ」
紬「ラジャー!」
律先輩に指示されると、ムギ先輩はすぐにシートを渡した。
まるで何かごっこ遊びを楽しんでいるようだ。
紬「どうぞ」
律「うむっ。では今から応急処置を始める」
そう言うとシートにはってあるシールを剥がした。
律「覚悟しろよ…?」
唯「え?」
ニヤリと笑う律先輩。
律「てりゃー!! ぴたっ」
叫ぶと唯先輩の首筋に冷えピタを首筋にはっつけた。
唯「ひゃうんっ」
すっとんきょな声をあげる唯先輩。
いきなり首に冷たいものをはられたらそうなってしまうのも無理はない。
唯「はぅ~…えぇですの~」
しかしすぐに冷えピタの快楽に堕ちてしまったようだ。
律「ふふふ…次は澪だー!!」
澪「!?」
唯先輩に貼り終えると、標的を澪先輩に切り替えた。
律「待てー!」
澪「や、やめろー!!」
逃げる澪先輩、それを追う律先輩。
この暑いなか元気に駆け回っている。
傍から見れば楽しそうだ。
紬「隙あり!」
律「ひゃいっ!?」
いつの間にかムギ先輩がそれに参加し、律先輩の首元にシート貼り付けた。
これには私も、「おぉ」と唸らせられた。
紬「やった~!」
唯「あはは、りっちゃん『ひゃいっ』っだって~」
床で座りながらそれを見ていた唯先輩が笑う。
律先輩の顔は真っ赤だ。
律「むぅ~…」
膨れっ面で唯先輩のもとに近寄った。
律「こんにゃろう! これでもくらえ!」
そしてシートを二枚、唯先輩の両頬にはる。
唯「あうっ!?」
律「はっはっはっ、どうだー!」
唯「顔が冷たくて力がでな~い」
満更でもない表情だ。
澪「まったく、なにやって…」
紬「そ~れっ」
澪「ひゃっ!?」
ムギ先輩が澪先輩をも襲った。。
冷えピタはりの達人なのだろうか。
律「バカめ! 油断したな!!」
梓「!?」
不意をつかれた。
律先輩の魔の手は私にのびた。
律「ていっ!」
梓「にゃあうっ」
我ながら情けない声をだしてしまった。
恥ずかしくなってしまう。
律「さてと…」
澪「残るはムギだけだな」
唯「ムギちゃんを捕まえろー!」
紬「きゃー」
梓「ムギ先輩! 自分だけずるいです!!」
いつの間にか私もこの遊びに参加していた。
最終更新:2010年11月13日 00:58