・・・・・
――しばらくした後、騒ぎも静まり私たちは席に座り一息ついていた。
いつもよりハードな練習直後にはしゃいだせいか、全員ぐったりしている。
唯「今日はこのままのんびりしよっか~」
澪「いや、まだ時間はあるんだから休んだらまた始めるぞ」
律「あぢぃな~…」
唯「あついね~…」
梓「あんな動き回るからですよ。自業自得です」
などと言っておきながら、私も汗だくだ。
こんな姿でなにを言っても説得力がないことは分かっている。
口では小言を言っておきながら、楽しんでしまったことを少し後悔した。
唯「ムギちゃ~ん…カキ氷ある~?」
紬「ごめんね、もう氷なくなっちゃったの」
唯「あぅ~…」
残念そうな声をあげながら、唯先輩は机にうつぶせた。
唯「あいすたべたい~…」
律「唯の言うとおり、なんか冷たいもの食べたいな」
紬「そうね~」
それには私も賛成だった。
こうも体が火照ってしまうと、冷たいものを欲してしまう。
私はさっき食べたムギ先輩のカキ氷を思い出していた。
きめ細かい氷が、口の中に入れた瞬間 にふわっと舌の上で溶けてゆく。
シロップの甘さが広がり、何ともいえない……
などと考えてる途中に、ふと我に返った。
本来カキ氷を食べるなどという行為は、部室でするべきことじゃない。
もちろんいつものお茶も。
だが気づかないうちにそれを許容している自分がいる。
さっきの冷えピタはり合戦もそうだ。
つい楽しんでしまった。
このまま軽音部のノリに流されたらマズイいのでは…
梓「あの、そろそろ練習を再開…」
発言をしようとした、その時だった。
律「よし、買いに行くか!」
澪「何をだ?」
律「アイスをだ」
唯「本当!? やったー!」
梓「えぇっ!?」
律「と言ってもこのくそ暑いのに全員で行くのはあれだから……かわいそうだが、誰か人柱になってもらおう」
澪「人柱?」
律「じゃんけんで負けたやつがみんなの分を買いに行くのだー!」
紬「楽しそうね」
梓「楽しくないですよ全然!」
律「じゃあいくぞー」
梓「あっ、ちょっと待ってください!」
律「出さなきゃ負けよじゃんけんぽんっ!!」
・・・・・
――負けた。
先輩たちからお金を渡され、結局私が買いに行くことになってしまった。
梓「はぁ…」
トボトボとコンビニに向かう。
太陽の光はまだ強い。
また日焼けしてしまう前に早く用事をすませなければ。
ペースを速めて歩き出す。
数分歩き、コンビニに着いた。
なんのアイスを買おうか…
考えながら入り口付近まで行くと、窓ガラス越しから見覚えのある姿が見えた。
あれは―――純だ。
雑誌コーナーで立ち読みをしている。
知り合いに会えて少し嬉しくなった。
お店に入り、純のところまで歩を進める。
梓「純!」
純「あっ、梓じゃん」
そっけない返事。
肩透かしをくらったような気分になった。
梓「なにしてるの?」
純「ん? 立ち読みだよ」
梓「それは見ればわかるけど…制服着てるじゃん」
純「うん、部活の買出し中だから」
梓「…なのに立ち読みしてていいの?」
純「それがさぁ――…」
純は店の奥の方へと視線を向けた。
私もそれに合わせて同じ方向を見る。
そこには桜ヶ丘の制服を着た女の人がいた。
制服のリボンが青なので、唯先輩と同じ二年生なのだろう。
赤みがかった髪に凛々しい顔つきをしている。
一目で真面目そうな人だと判断できた。
その人は今、アイスが売られているところで眉間にしわを寄せながら何か悩んでいる。
純「どのアイスを買うか迷ってるみたいで…さっきからずっとああなんだ」
梓「ふーん…」
純「だから決まるまでこうやって立ち読みして待ってるわけ」
純は再び雑誌に目を戻した。
梓「なんの本?」
純「わかんない。なんかの情報誌かな」
梓「読んでるのに分かんないって…」
純「だって適当にパラパラめくってるだけなんだもん。あれ? そういえば梓は何しに来たの?」
梓「私も買出し」
純「一人で?」
梓「じゃんけんに負けちゃったから。…ちょっと涼んでいこうかな」
コンビニはクーラーが効いているので心地がよい。
少しここで避暑することに決めた。
梓「ジャズ研も練習あったんだ」
純「うん、朝からね」
梓「朝から!?」
純「そうだよー、大変だったんだから」
純の言葉に驚愕した。
いや、夏休み期間はどの部活もそれぐらいはする日があるのは当然だろう。
それでも驚くのはやはり軽音部に毒された証拠なのか…
純「午前中はパート別練習に午後はセッションとか色々……まぁ一年は雑用とかもあるんだけどね」
そう言うわりには先輩をほっといて立ち読みをしている純であった。
梓「へぇ~…」
しかし純の話を聞いてると羨ましくも思える。
さっき二時間だけ練習して満足した自分が恥ずかしい。
純「梓は?」
梓「へ?」
純「軽音部、なにやってたの?」
梓「えっと…」
言葉が詰まる。
まさかカキ氷を食べたあと二時間ぐらい練習して今に至るとは言えなかった。
そんなことを言ったら笑われそうで…
純「おやつ食べてちょっとだけ練習したとか?」
梓「!!」
純「あれ…あたり?」
梓「……ほぼ正解」
こういうときに限って鋭い友人だ。
目をあわせられない。
純「いいな~、楽しそうで」
梓「私は純の方がうらやましいよ…」
純「あっ、ねぇこれ見て」
純が雑誌のページを指さす。
純「冬に新しくショッピングモールが出来るんだって。近くだし行こうよ」
梓「冬に、でしょ。今は夏だよ」
純「だから冬に行こうよ。憂と三人で」
梓「だいぶ先の話…まだ半年ぐらいあるよ」
純「そういえばさ、休みの日に三人で出かけたことってないよね」
梓「え?」
突然の問いかけに一瞬戸惑う。
言われるとおり、三人で休日の日に出かけたことはない。
純「今度の日曜にどっか行く?」
梓「…ごめん、日曜は家の用事があって」
純「そっか、私もその日以外だと色々忙しいんだよね…たぶん」
遊ぼうと思えば今まで遊べたのかもしれない。
だが軽音部に入部して、生活の中心がそれに移っていた。
同学年の子といるより唯先輩たちと一緒にいる時間の方が長い。
私の居場所はすっかり軽音部に定着していた。
そして今は純もジャズ研に居場所があり、憂にも…
梓「……」
全員バラバラの所にいる。
純「ま、機会はあるだろうからその時にしよっか」
梓「うん…」
雑誌を読みながら話しかけてくる純。
こっちを向いてくれないことに、私は寂しさを覚えていた。
と、次の瞬間。
純「ねぇ梓」
梓「あ…」
いきなり私に顔を向けてきた。
純「これあげる、手出して」
梓「これは…?」
渡されたのは、透明な包装用紙につつまれた小さなお菓子。
純「キャラメル。疲れたときにでも食べて」
梓「あ、ありがとう」
先輩C「鈴木、もう戻るぞ」
レジの方から声がした。
どうやらジャズ研の先輩が買い物を終えたようだ。
純「あ、はーい。じゃあ梓、私はこれで」
梓「うん」
雑誌を元のところに戻し、純は立ち去ろうとする。
その時、純はこちらを振り向くと。
純「…梓」
梓「え?」
純「お互い、がんばろうね」
そう言い残して、彼女は自分の居場所に戻っていった。
梓「お互いがんばろう…か」
シンプルな言葉だが嬉しかった。
頑張ってね、ではなく一緒に頑張ろう、と。
所属する部活は違うが、なんだか志は同じようになった気分だ。
もし軽音部に同学年の子がいたら、今みたいな感じになれたのだろうか。
梓「……そうだ、アイス」
いや、変な考えはやめよう。
ありもしないことを思うなんて、ただの妄想。
虚しいだけだ。
私は適当にアイスを取り会計を済ませ、コンビニを出た。
夏の陽が再び私を照らす。
帰り道、あれこれと思案していた。
軽音部の四人の先輩。
普段はだらしなかったりするけど、演奏するといい曲になる。
その中に私が入っていいのだろうか。
私が不協和音になるのでは…
梓「……」
現状、軽音部には不満がある。
他の部活のように、もう少し真面目に取り組んだほうが良いのではないか。
比べてしまうと私たちの部は明らかにダメだ。
だが、そんな状況を楽しんでいたりもした。
自分たちには必要と言われ、お茶を飲んだりふざけあったり。
楽しくおしゃべりしたり、笑いあったり…
梓「……?」
楽しんでるということは、私もあの輪の中にすでに入っているという事なのか?
不満不平を言いながらも、それを受け入れてる。
けどそれを認めることができない自分もいる。
そんな自分に嫌気もさして…
梓「……」
ふと、純に言われたことを思い出した。
一緒に頑張ろう。
梓「私も…がんばってみよう」
すでに部室の前まで来ていた。
扉を開ける。
いつもの四人がいつもの席に座っていた。
律「おーっす、おかえり」
唯「あずにゃんお疲れ~」
梓「律先輩、これお釣りです」
律「ん? いいよいいよ、細かいのはあげる。わざわざ買いに行ってくれたんだし」
梓「そういうわけにはいきませんっ」
少し口を尖らせて言った。
梓「お金のことは、ちゃんと部長が管理しないとダメじゃないですか」
律「お、おぉ」
唯「あずにゃん、それよりアイスアイス~!」
梓「あ、はい。どうぞ」
唯「やった!」
梓「その前に!」
唯「?」
梓「これを食べ終えたら、ちゃんと練習するんですよ?」
唯「も、もちろんだよ」
目を逸らす唯先輩。
私は少しイジワルな表情をして先輩に返した。
梓「…約束できない人にはアイスあげませんからね」
唯「えぇ~!?」
梓「ちゃんとできますか?」
唯「します! 必ずします!」
梓「ならいいですよ、どうぞ」
唯「あっ、これ私の好きなやつだ! ありがとうあずにゃん」
梓「そうなんですか? 唯先輩がさっき食べてたのと同じのを適当に選んだだけなんですが…」
唯「またまた~、照れちゃって」
嬉しそうな顔をしながら、唯先輩は私に抱きついてくる。
梓「もう…暑いじゃないですか」
唯「いいのいいの」
梓「…こんな事してるうちに、アイス溶けちゃっても知りませんからね」
唯「そうだ! アイスイス」
唯先輩は私から離れるとアイスを食べ始めた。
幸せそうだ。
梓「まったく…」
澪「梓、私のもたのむ」
梓「あ、はい。みなさんどうぞ」
唯「えへへ、あ~ずにゃんっ」
梓「なんですか?」
唯「私の分、ちょっとあげる」
梓「え?」
唯「はい、あーん」
梓「…あーん」
唯先輩からもらったアイスは甘く、ほんのりと優しい味がした。
・・・・・
部活を終え、私たちはそれぞれ帰路についた。
私と唯先輩は来た時と同じように、二人で並んで帰っている。
太陽は少し沈み始めていた。
セミが一匹、ミーンミーンと鳴く音がする。
唯「ふぃ~…今日は疲れたね~」
梓「いつもこんな感じだったらいいんですけどね」
唯「そ、それじゃあ死んじゃうよー!」
梓「頑張りましょうよ、死なない程度に」
微笑みながらそう言った。
そうだ、失望や自己嫌悪などせずにもう少し頑張ってみよう。
私に出来る可能な限りで。
他の部活は関係ない、私はこの中でできることをするだけ。
この軽音部を――私の居場所にするために。
唯「あっ、私用事があったんだ」
梓「え?」
唯「じゃあねあずにゃん、ここでお別れ」
梓「あ…はい。お疲れ様でした」
唯「バイバ~イ」
梓「……」
唯先輩の背中を見送る。
段々と遠くなっていった。
するとちょうど、さっきまで鳴いていたセミの音が静まる。
ミーンミー……
梓「……」
寿命が尽きて死んだのだろうか。
梓「…私も行かなきゃ」
セミは一週間で死ぬ。
それはセミにとって短いのか、長いのか。
楽しかったのか、辛かったのか。
梓「……」
そういえば、純にキャラメルを貰ったのを思い出した。
それを食べながら帰ろう。
# 軽音部の夏
おわり
最終更新:2010年11月13日 00:59