朝、目覚めて最初に見るのは憂の顔。
毎日毎日私を起こしてくれる。

いつもと変わらない声。
いつもと変わらない顔。
いつもと変わらない起こし方。
いつもと変わらない憂の暖かい手。

憂に引っ張られて勢いよく目覚める私。

憂「おはよう。お姉ちゃん」

唯「おはよう。うい」

笑顔が眩しく、とても可愛かった。

憂が可愛い。そう思った。
自分とたいした違いが無い顔だけど
憂の顔はとても可愛く思った。

でも自分の顔は可愛いと思わない。
今、鏡で見る顔はとても変に見えた。

髪の毛はボサボサ、目も半開き、口から涎が垂れていた。
こんな女の子は可愛くないよね?

――あれ?じゃあ同じ顔の憂も?

顔を洗ってる隣でタオルを持っている憂をチラリと見た。

――やっぱり、可愛い!

憂「どうしたの?お姉ちゃん?」

唯「な、何でもないよーー」

憂「ふふ、変なお姉ちゃん」

唯「あははは……」

うーん。変なのかな。やっぱり。

私と憂。どこがどう違うのだろう。
どうしたら憂みたいに可愛くなれるのかな。

鏡の前でにらみっ子。
ふくれっ面に睨みつけたり、アッチョンブリケもしてみた。

うーん。やっぱり変……。

憂「も~。お姉ちゃん動いちゃ髪の毛、梳かせないよぉ」

憂が毎日髪の毛を梳かしてくれる。
毎朝必要以上に跳ねる髪の毛は、私一人では太刀打ち出来なかった。
私一人じゃあ時間がかかってしまうので憂にも手伝ってもらう。

憂が櫛を使い、私の髪の毛を梳かす。
スッと撫でる様に梳かす。
櫛が髪の毛を通るだび、心地よさが私を包んでくれる。

唯「えへへ。ごめんねー」

憂「いいよ」

ニコッと笑顔になる憂。
やっぱり可愛くて、目が離せない。
ついつい頭を撫でてしまった。

唯「よしよし」

憂「わっ、どうしたの?」

唯「ううん。憂がね――」

憂「ん?」

唯「なーんでもないよ~」

可愛いと言うのは止めとこう。
簡単に言っちゃうともったいないから。

でも――その怒った顔も可愛いよ。

憂「もう!言ってよ」

唯「えへへ、ひーみつっ!」

憂「あっ、お姉ちゃん」

私はちょっとテレてリビングへ下りていった。

後ろから待ってー、と憂が言うけど待たないよ。
今はちょっと顔が紅いから恥ずかしいな。

憂「もう、朝から変なお姉ちゃん」

唯「そうかな。それよりお腹すいちゃったよ」

憂「あっ。そうだね。ご飯作るね」

唯「わーい。憂のごーはーんーー」

憂「うん。すぐ出来るからまっててね」

憂のご飯は世界一!
他にこんなに美味しいご飯は知らないよ。
こんなに美味しいご飯を毎日食べられる私は幸せだね。

エプロンを着た憂は新婚の奥さんを思い浮かべる姿だった。
思わず目を奪われた。

それからご飯を作ってる間ずっとゴロゴロしながら見詰める。
憂の一挙一動全てを頭の中に入れて、記憶しておきたかった。

憂「どうしたの?そんなにこっち見て」

唯「んー内緒だよー」

憂「またぁ」

ちょっと呆れ気味の憂。
やっぱりそんな顔も可愛いね。
どうしてかな。そんなに可愛いのは。

――頭が良いから?
――料理が上手だから?
――しっかりしているから?

なんか全部私が持ってないもの。

私も全部手に入れれば憂みたいに可愛くなれるのかなぁ。

憂「はい。ご飯できたよ」

憂「お姉ちゃん?」

唯「あっ、ごめんごめん、ぼーっとしてた。今行くよ」

ちょっと物思いにふけっていた。
頭が混乱する感じだ。
でも憂に心配をかけちゃいけない、そう思い無理に笑顔になる。

大丈夫。憂の笑顔を見れば悩みなんて吹き飛ぶから。

憂「うん?食べよっか?」

唯「うん!いただきます!」

唯「おいしいねーー!」

憂「えへへ、お姉ちゃん毎朝そればっかー」

唯「本当に美味しいもんー」

身体がジワジワと温かくなり心が充たされる感じだった。

――美味しいご飯をありがとう。

私にはこんな言葉しか言えないけど、精一杯の感謝を伝えているよ。

憂はちょっとビックリした顔して私を見る。
顔はちょっと紅かった。

――紅い顔でも可愛いね。

憂「もうっ……やっぱりお姉ちゃん今日、変だね」

唯「ふふふ……」

俯いて足をブラブラさせて、恥ずかしさを隠そう。
はやく治まらないかな。

憂「お姉ちゃん?風邪ひいてるの?」

唯「ふぇ?」

トコトコと私の隣へ移動してきた。
そして自分のおでこを私のおでこにくっつける。
冷やりと冷たいおでこ。
目の前には憂だけ。憂しか見えなかった。

憂「うーん。熱はないかな」

憂……近いよ。

目が近い。
頬が近い。
鼻が近い。

――唇が近い。

ドキドキと高鳴る鼓動。
憂を見ると心臓が暴れる。
自分では抑えきれないようだった。

憂――私を静めて。

唯「うい……」

憂「ど、どうしたの?」

唯「いたいの」

憂「いたい?どこ?お腹いたいの?」

違うよ。痛いのは――。

唯「ここがいたいの」

そう言って私は憂の手を取り自分の胸に押し付けた。

憂「へ……あっ」


憂「お、お姉ちゃん?」

憂の手が胸に触れた瞬間、私の中にある箍が外れた気がした。

唯「ういー……」

憂の顔が段々近づく。
私の唇は吸い込まれるように憂の唇を目指していった。

憂「あっ、ちょっ、ちかっ……んっ」

憂の唇を奪ってしまった。

そのままゆっくり押し倒し、憂にまたがった。
憂は顔を背けるが頬を両手で押さえる。

ただただ憂の唇が欲しかった。

憂「あっダメっ。おねえちゃ……」

憂の言葉は聞こえるけど身体は止まらなかった。
震える手で押さえ、血走った目をする私は
憂からどう見えているのだろうか。

怖がっているのかな。

でも自分の欲求のが勝っていて、この行為が止めれなかった。

唯「はぁっ……うい……」

憂「ダメーーっ!」

――ドンッ!

唯「あいたっ」

憂に思いっきり突き飛ばされてしまった。
テーブルに頭をぶつけ、目から星が出た。

憂「あっ、ごめんね、ごめんなさい」

頭を押さえる私に必死に謝り一生懸命頭を撫でてくれた。

唯「もう……大丈夫」

そう言い、憂を見る。
憂はちょっとビクッと身体が振るえた。

憂「あっ、私今日、日直だったの!先に行くね!!」

唯「あ……うい……」

――やってしまった。そう思った。

バカか私は。何をやっているんだ。
後悔の念が襲うが時はすでに遅い。

溜め息が漏れた。

唯「ごめんね」

誰も居ないリビングでつぶやいた。

それから食器を片付け登校の準備をする。
一人の準備はつまらない。

「お姉ちゃん、早くー」と言う言葉も聞こえなかった。

リップクリームを塗るために鏡を見た。
酷い顔だった。

こんな酷い顔の私には憂のお姉ちゃんの資格なんかないのだろう。
双子と間違われるくらいそっくりな私達。

でも鏡に映る私は、いつも見る憂とは違っていた。
私の妹はこんなに変な顔じゃない。
いつもキレイで私を見ていてくれるのに
鏡の中の憂は酷い有様だった。

私はそっと鏡を伏せる。

――学校行こう。


唯「いってきまーす」

返事の無い出発はとても寂しかった。
学校へ行く足取りも重かった。

唯「はぁ……」

また溜め息が漏れた。
溜め息を繰り返すと必要以上に心が重くなる。
早く元気になろう。そう思った。


唯「みんなーおはようー」


紬「おはよう唯ちゃん」

澪「おはよう唯」

教室では元気な私を演じるんだ。
みんなに気を使っちゃいけないからね。

今日はいつも以上に授業に身が入らなかった。
頭の中は憂でいっぱいだったから。
憂は今何をやってるのかな。
勉強しているかな。

怒っているかな。

そして二時限目、三時限目と時間は進む。
憂のこと以外頭に入れたくない授業は苦痛だった。

そんな中校庭から声が聞こえた。
聞くと心地よい、お姉ちゃんと呼ぶ声が気持ち良い憂の声が。

憂はあずにゃんと純ちゃんと一緒に並んで歩いていた。
遠目だけど、元気そうかな。
違った、やっぱり顔は曇っていた。
なんとなく分かる。

ばつが悪くなったので手帳を取り出し
中に挟まっている憂の写真を見た。

ちょっと無表情に近いけど、どことなく笑っていた。

――可愛い。

その後の授業は全部憂の写真を見て過ごした。

先生に注意されるけど笑ってごまかした。


お昼時。みんなでご飯を食べる。
でもふと気付いた。お弁当が無い。
忘れちゃったかな。多分憂も。

律「ゆいーご飯どうしたんだー」

唯「忘れちゃったみたい、えへへ」

澪「相変わらず唯はおっちょこちょいだな」

紬「唯ちゃん、私の分けてあげる」

唯「わーい、ありがとう!」

ぎゅっとムギちゃんに抱きついた。
ふわりと良い香りが漂う。

ムギちゃんも可愛い。
澪ちゃんも可愛い。
りっちゃんだって可愛い。
もちろんあずにゃんも可愛い。

でも憂の可愛いとはどこか違っていた。
憂の可愛いは特別だ。

唯「もうお腹いっぱいですー」

紬「お粗末さま」

律「ムギが沢山ご飯持ってて助かったな。唯は」

唯「ムギちゃんは天使だよー」

紬「あら、そうかな」

残りのお昼休みをみんなと談笑して過ごした。
とても楽しいひとときだ。

みんなの笑顔が見れる。
笑顔を見れば私にも笑顔が戻った。


そして午後の授業。
午前中みたいに憂の写真を横に置きながら過ごした。

憂はお昼ご飯どうしたんだろう。
購買で何か買ったのかな。
あずにゃんに何か聞かれたかな。
あの子は友達思いだし、案外鋭いからね。
いつもと違う様子と思われる憂を心配しているかな。

うん。そうだね。謝らないと。憂に。

部活を終わらせて、早く憂に会おう!
会ってあやまらなきゃ……!

――キーンコーンカーンコーン

終わりの鐘が鳴った。

唯「よし!部活行こう!」

澪「お、何だずいぶんとやる気だな」

律「唯からやる気のオーラが出てやがる」

澪「良いことじゃないか。よし今日は目一杯練習するか!」

律「ええーーー。お茶しようぜお茶に」

紬「あら、たまにはいいんじゃない?お茶なら後でもできるし」

澪「そういうこと」

律「がーーん!」

そんなみんなのやり取りを見て私は笑った。
この高鳴る気分を維持して憂に会おう。
いつまでもウジウジしてちゃいけないしね。

そしてみんなと一緒に教室を出て
廊下を歩き、階段を上り、音楽準備室の前まで来た。

その扉の前に一人の少女。
私よりちっちゃくて、真っ黒いツインテールで
可愛い私の後輩。

唯「あー、あずにゃ――」

梓「唯先輩、ちょっと来てください」

梓「ちょっと先輩をお借りしますね」

律「あ、ああ」

あずにゃんに手を引っ張られ人気の居ない教室へ。
何か怒っているような、呆れてるような、そんな顔だった。

梓「唯先輩。どうしてここに連れてこられたか分かりますか?」

唯「えっと……。お説教?」

梓「まあ、お説教ですね」

唯「私……何か悪いことしたかな――」

嘘。本当は分かっているくせに。
あずにゃんがここにつれてきた理由。怒っている理由を。

でも、ちょっとこわかった。
憂のこと聞くのも、聞かれるのも。

あずにゃんに――みんなに私が憂に抱いている想いを聞かれるのが。

梓「はぁー。やっぱり唯先輩はバカですよ」

呆れ顔で物を言った。少しぐさりと胸に突き刺さった。

唯「うぅ……」

梓「分かっていますよね。憂のことですよ」

唯「…………うん」

梓「まったく、朝から様子がおかしいから……」

梓「お昼休みに事情を聞きましたよ」

ドキッと心臓が跳ねる。

唯「ご、ごめんね」

目から涙が溢れ、ぽろぽろと床に零れていった。

梓「私に謝ってどうするんですか」

梓「しっかりしてくださいよ」

唯「うん、うん……」

梓「別に憂は怒ってなんかいませんよ」

唯「ほ、ホント?」

梓「ええ、落ち込んでたのは別の理由です」

唯「別の?」

梓「はい」

唯「それって……?」

梓「後は本人に聞いてください」

そう言い、あずにゃんは私の後ろを目をやった。

憂が少し俯きながら立っていた。

唯「あ……、うい……」

憂「……」

梓「それでは私はこれで」

あずにゃんは私の横をすり抜け憂の隣に行った。
そして少し背伸びをして憂に耳打ちをした。

何を言ってるのかな。気になるけど聞ける雰囲気じゃない。


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最終更新:2010年11月17日 03:37