憂「お姉ちゃん、迷惑かけてごめんね?」
唯「迷惑だなんて思ってないよ!」
妹が風邪をひいてしまいました
心配で心配で傍を離れることが出来ません
憂「うん、でも試験も近いしお姉ちゃん勉強しないと……」
唯「そんなことより憂が大事だよぅ……」
憂「えへへ、お姉ちゃんありがと」
唯「気にしないでよ! あっお薬まだ飲んでなかったね!」
憂「あ、そういえばそうだね」
唯「私持ってくるよ!」
お薬といえば私も最近毎日服用しているお薬があります
その効用とは……恋の病を抑えるものなんです
実は私、妹である憂に恋してるんです
憂「お姉ちゃんやさしい…大好き」
これです、天使のような笑顔でサラリと言ってのけるんです
私が妹に夢中になってしまうのも無理ありません
憂「こういう時おねえちゃんが一番近くにいてくれるとすごく安心するんだぁ」
唯「憂……」
そ、そろそろ私もお薬の時間のようです
手遅れになる前にさっさと服用しちゃいましょう
では……
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!』
ごくごく
唯「ふぅ」
憂「おねえちゃん?」
唯「あ、ううん。なんでもないよ」
えへへ、これが私のお薬なんです
妹にときめいてどうしようもない時はいつもこうやって自分に言い聞かせるんです
なぜかって?
いつもボーっと生きてる私にも妹に恋愛感情を持つ事が認められないって事くらい分かるからです
大好きな妹の為にも私はこの気持ちを隠し通さなければいけません
憂「ふふ、変なのっ」
憂「あっ、くちゅん!」
唯「わわっ、憂だいじょうぶ?」
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!』
むぅ、今のくしゃみは反則ですかわいすぎます
こういう不意打ちがあるからすっかり常備薬になってしまいました
さて、それよりも妹の風邪が心配です
唯「うい、やっぱり安静にしてなきゃ駄目だよ!」
憂「う、うん……」
唯「私、お薬と水持ってくるからね!」
唯「ちゃんとお薬飲めば絶対治るから安心だよ!」
妹の頭を撫でながら自分にも言い聞かせるように言います
早速お薬を取りにいこうとリビングに向かおうとした時、妹に手を掴まれてしまいました
唯「……え?」
予想外の行動に驚いて妹の顔を覗き込みます
熱のせいかちょっとうつろな表情をしています
憂「ごめんね、今はちょっと離れたくないんだ」
憂「心細いから……」
私の妹はかわいいです
でも同時にとても強いんです
私が放課後部活で楽しんでいる時、妹は私の為に家事をしてくれます
寂しく感じる時もあるでしょう、それでも私の帰りを笑顔で出迎えてくれるんです
そんな妹が熱のせいもあるとはいえ、私に弱さを見せてくれました
私の妹はとても強いです
でも同時にすごく甘えんぼです
普段は強がってるからこそ甘えられるとどうしようもなく守ってあげたくなるんです
でもこのままだと私の病を抑える事が出来なくなってしまいます
このままではまずいです
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!!』
憂「あっ、ご、ごめんなさい! お薬お願いっ!」
唯「私、憂の傍を離れないよ」
握られた手を両手で包み込み横になっている憂の顔の近くに寄ります
憂「わ、私何言っちゃったんだろ……恥ずかしい……」
さっき甘えられた時の胸のドキドキが一向に収まりません
握り締めた掌からいつも以上に妹の温もりが感じられます
このまま抱きしめたい衝動に駆られます
唯「いつでも甘えていいんだよ」
唯「だって……」
憂「?」
唯「だって、私は憂のお姉ちゃんなんだから……」
憂「お姉ちゃん……ありがとう……」
そうです、私はお姉ちゃんだからこんな時くらいは頼ってもらわなきゃ困ります
でも、どうしてこんなに辛いんでしょうか?
どうして妹に愛してると言ってはいけないんでしょうか?
私はこんなに妹を愛してるのに
唯「どうして私は憂のお姉ちゃんなんだろうね?」
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!!!』
だめだよ、とまって!
憂「お姉ちゃん?」
唯「どうして同じお母さんから生まれてきちゃったんだろうね?」
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!!!!』
とまらない!とまらない!
唯「憂のお姉ちゃんに生まれてこなければ良かった……」
憂「えっ……」
唯「憂が将来結婚する相手に生まれたかった!!」
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!!!!!!!!!』
唯「私、憂の事が好き」
私の妹なのにどうしてこんなにかわいいの?
もう誤魔化せません
さようなら、憂
唯「憂を愛してるんだ」
憂「……」
終わった……
私は私を抑える事が出来ませんでした
憂「いやだよそんなの」
唯「……だよね」
妹のはっきりとした拒絶
こればっかりは生まれて初めてかもしれません
そしてこれからはこの悲しみを毎日体感することになるのでしょう
だってもう私たちの姉妹関係は壊れてしまったんですから
憂「お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃないなんてやだよ」
唯「……え?」
憂「私だって、お姉ちゃんの事愛してるもん」
唯「うい……」
憂「お姉ちゃんだから愛してるんだもん……」
憂「お姉ちゃんだから愛してるんだもん……」
さっきのは拒絶ではなかったようです
ポロポロ涙をこぼしながら妹は言ってくれました
お姉ちゃんだから愛してる、と
唯「泣かないで、憂」
繋いだ手をさらに強く握り締めます
思えば、妹が涙を流すのはいつぶりでしょうか
そうそう、あれは妹が初めて夕ご飯を作ってくれた時です
焦げたハンバーグの前でポロポロと涙を流す妹を思い出します
憂『ごめんね、私上手に作れなくて……』
唯『大丈夫だよ泣かないで憂、私もごめんね』
私も一緒になって涙を流してました
ホント情けないお姉ちゃんですね
でも妹は何でも出来る子です
それからしばらくすると食卓には美味しそうな料理が並ぶようになりました
唯『憂の料理はホントに美味しいね~』
憂『えへへ、お姉ちゃんの為なら余裕だよっ』
でも私には見えていたんです
必死で隠してる妹の絆創膏だらけの指が
私に心配されないように誤魔化してたんだよね
妹は小さい頃から本当に健気なんです
小さい頃からずっと……かわいいんです
唯「あ、そっか……」
唯「あのね、わたし憂の事、好き」
憂「……それはさっき聞いたよぉ」
いつのまにか布団で顔を隠している妹がちょっと呆れた様に言います
唯「さっきとは違うよ」
憂「え?」
唯「妹だから好き」
そうでした、なんでこんな簡単な事に気付かなかったんでしょう
私は妹を愛しています
妹のすべてを愛しています
それはよく所謂バカップルが惚気て言う「全部を愛してる」とは違います
私は本当に妹のすべてを知ってるんです
生まれた時から今日までのすべてを知ってるんです
その上で、妹のすべてを愛してるんです
だってずっと一緒に暮らしてきたんですから
姉妹だから一緒に生きてこられたんですから
妹だからこんなにも愛しているんです
唯「私間違ってたよ」
唯「憂のお姉ちゃんじゃなかったら、こんなに憂の事愛せてなかった」
憂「うん、私も妹じゃなかったらこんなに愛してないと思う……」
唯「ずっと一緒だったからこんなに好きになれたのに……」
唯「ひどいこと言ってごめん……」
憂「ううん、今のお姉ちゃんの言葉すごく嬉しいから、大丈夫だよ」
唯「えへへ、愛してるよ、憂」
憂「お姉ちゃん、私も愛してるよ」
妹にちゃんと想いを伝えることが出来ました
『私の妹がこんなに可愛いわけがない!』
もう私にこのお薬は必要ありません
唯「これからもずっと一緒にいようね!」
憂「うん、私もずっと一緒にいたい!」
でも結局私が妹に望む事は変わらないみたいです
唯「じゃあそろそろ顔出してよぉ~」
憂「今、すごくニヤけてるからダメだよ~」
そう言いながらも妹は口から下だけ隠してヒョッコリと顔を出してくれました
唯「なんだかんだでお願い聞いてくれる憂、大好き!」
憂「も~、調子いいんだから!」
そう言って笑う妹のウルウルした瞳も、ほんのり染まった頬も、きっと熱のせいではないんでしょう
あれ?熱?
唯「あーーっ!!」
憂「?」
唯「憂のお薬持ってこなくちゃ!」
てっきり忘れてました!
私のお薬はもう必要ありませんが妹の風邪のお薬は必要です
慌ててリビングに向かおうとする私の手がまた掴まれました
唯「えっ……?」
憂「えへへ、やっぱりもうちょっと傍にいて?」
唯「おぉやっぱり……」
やっぱり私の妹は最高にかわいいです!
おわり
唯「憂はかわいくないなぁ」
憂「へ?」
今、私の膝の上に収まっているのは私の妹。
唯「ういはかわいくないって言ってるの!」
憂「なんだそっか~」
ただただ純粋なまん丸な目をこちらに向けている。
唯「なんとも思わないのー?」
憂「うん」
なんとも嫌なやつだ。
私の敵意たっぷりの攻撃をものともしやしない。
唯「このー!」
憂「わわっ」
少しでもこの憂さを晴らすために、妹の脳細胞を死滅させるべく頭をガシガシと引っ掻いてやった。
憂「くすぐったいよ~!」
しかし妹ときたら飴玉を転がしたような透き通った声を楽しそうに響かせるのみ。
腹がたって私は、腹に手を回して思い切り締め付ける。
憂「う~、苦しーい」
それでも笑顔の妹。
堪らず私は尋ねた。
唯「憂、怒ってないの?」
花びらを振りまくようにシャンプーの香りを漂わせる妹は、少々不意を付かれたような表情で私を見つめる。
憂「どうして?」
唯「だって、私ひどいこと言ったし…」
憂「そんなのなんでもないよー。それにお姉ちゃんのほうがかわいいのはわかってるし」
唐突に妹の口から漏れる言葉を、私は挑戦状と受け取った。
唯「えぇっ?私なんかより…」
おっと危ない。
思わず心にも無いことを言ってしまいそうになった。
何も言えなくなった私は、前でふさふさと揺れる妹の髪に顔をうずめた。
唯「……憂の髪、いい匂い」
憂「ありがとー」
恥ずかしそうに声をすぼめながらも、なんとか私の精神攻撃を堪える妹。
私は更にその芳香を吸いとってやった。
唯「ねぇ、うい」
如何にも深刻そうに冷たい口調で私は話す。
憂「なーにー?」
しかし妹はその余裕っぷりを見せつけるように返す。
唯「好きなひと、出来たりしないよね…?」
私が心配しているのはかわいくない妹の相手をさせられる人間に対してだ。
憂「うーん……」
妹は思案顔を見せる。そしてそれが私の動揺を誘う。
唯「えっ!?も、もしかして、いる…の?」
そんなことがあってはならない。
妹のかわいくなさを世間に出してはいけないのだ。
憂「いるかも、」
その瞬間、私の目に映るものは全て白色に色落ちし、妹の声すらも聾するように耳は意識との繋がりを絶った。
唯「……やだ」
憂「え?」
唯「だめ!憂は他の人のところに行っちゃいけないの!」
私はよりその締め付ける腕の力を強くする。
唯「…だめだから」
腕の中の妹は、少しの間目を丸くして驚いていたが、何呼吸か置いた後ゆっくりと口を開いた。
憂「……お姉ちゃん」
相手を微睡わせるようなその声には、私の鋼の心も敵わない。
ほんの少しだけ、腕を緩めてしまった。
唯「憂は、私のところにいなきゃだめ…」
妹は、困ったように静かに息を吐き、腹にある私の手に掌を重ねあわせる。
しかし私も折れない。
どれもこれも、全ては妹の為。
憂「お姉ちゃん。私は、お姉ちゃんと一緒にいたいな」
唯「へっ?」
うっかり出てしまったその声が、あまりにも間が抜けていて、妹はふふ、と優しく声を漏らした。
憂「お姉ちゃんは、私のこと、どう思ってる?」
そんなの決まっている。こんなにもにっくき妹など、勿論。
唯「…私は、憂のこと…好きだよ」
妹は私の手に添えた掌を、ぎゅっ、と握る。
憂「私もだよ」
唯「えっ、それってどういう…」
憂「んー?」
言った後、妹が僅かに体重を私へと傾けて、私は何も言えなくなってしまった。
急に顔が熱くなってしまったのだ。
かわいくない妹は、滅多に見せない意地悪げな表情を覗かせている。
ほら、やっぱりそうだ。
こんな手間の掛かる妹の相手など、誰も面倒臭がってしないだろう。
唯「…じゃあ、ちゃんと言ってよ」
間を置いて少々腹を立てた私は、ささやかな反撃を試みる。
憂「お姉ちゃんのこと、好き」
唯「えっ…」
しかし妹は、なんてことなくその言葉を言ってみせた。
こんな妹など、私しか相手してやれないだろう。
私の妹は、私が一番かわいさを分かっているのだから。
おしまい。
最終更新:2010年11月17日 03:52