「うーい、ちゅー」

「うん」

憂は私のしてほしいことはなんでもしてくれます。

抱き締めたいと言えば、すぐに来てくれるし、キスをしたいと言えば目を閉じてくれるし、
きっと、私が体の関係を迫っても断ることはないのでしょう。

「お姉ちゃんからしてね」

「うん、わかってるよ」

ベッドに腰掛け、寄り添うように顔を合わせる私たち。
私の目に映るのは、たった一人、私が恋した女の子。

「ん……」

ゆっくりと唇を重ねると、温かい憂の感触が広がります。

もう何度目かわからない、未だに胸が脈打つ憂とのキス。

私は今感じる幸福だけに身を任せ、憂に倣って目を瞑ります。

~~

いつの日だったか、初めて私が憂にキスをした時。
強引に唇を奪った私を払い除け、憂は次第に目を赤くしていきました。

「お姉ちゃんに…そんなことしてほしくなかった……」

そんな言葉を漏らしながら。

その時の私は、あまりの衝撃に吐き気を催し、立っていられないほどでした。。
ただ、憂のその台詞が激しく心を傷つけて、信じられないほどの後悔が襲ったのが記憶に残っています。

憂は、それから涙を流すばかりで、その光景だけが鮮明に思い出されます。


私は、憂のことが好きでした。

その、ずっとずっと前から。

爆発しそうな気持ちに負けて、私は恣に憂に接吻したのです。


嗚咽を上げる憂の背中を撫でてあげようと近づいたら、憂は今までに見せたことのない敵意を込めた目で私を睨みました。

「こないで……」

「う、うい……」

漸く己の愚かさに気づいた私は、謝罪の言葉も見つからずそこに立ち尽くすだけでした。

~~

それから数日、憂は家にいるときは部屋に閉じこもったまま出てきませんでした。
もちろん私などとは声も交わさず、私は底のない罪悪感に苛まれていくばかり。


そんな時、唐突に部屋の扉が叩かれました。

「お姉ちゃん……」

「へっ?」

「お話、あるから……入るね」

「う、うん」

いきなりの出来事に体を鋼鉄のように固まらせた私は、扉を見たまま動けずにいました。

「……」

ゆっくりと入ってきたのは、目を真っ赤にして髪も纏まっていない憂。
掛ける言葉も見つからないで、ただ私は目を丸くしてしまいました。

「この間の、こと」

「え、えと……」

「…どうしてあんなことしたの?」

それはまるで、問う相手が見つからないような口調で、私は言葉につまってました。

「あの時のお姉ちゃん、とっても怖かった」

「ご、ごめんなさい!」

やっと私の口から出たのは、どうにか謝罪の言葉でした。

「お姉ちゃんに……」

言いかけて、憂はゆっくり呼吸を置きます。

「お姉ちゃんにあんなことされて、とっても悲しかった」

辛そうに告げられる言葉は、私より憂の心を苦しめているのが分かりました。
それでも私は、自分が泣きたい気持ちを抑えられなくて依然として無口のまま。

「……私ね」

少しでも元気に振舞おうとする憂を見ていられませんでした。

「私、お姉ちゃんのこと好きだよ」

だから、そんな言葉もこの時は耳を通り抜けていきました。

「でも、今は分からない」

聞くことしか出来なかった私は、とうとう憂の顔も見れなくなって目線を落とします。

「ずっと部屋で考えてたけど、分かんなくなっちゃった」

憂に分からなくさせたのは、私。私に分かるのはそのことだけでした。

「……ごめんなさい」

憂は返事をしないまま、私はぽつぽつと呟きます。

「私、憂のこと好きで…それで周りが見えなくなっちゃって…」

「……」

「憂のことも考えずに、あんなこと……」

整理もつかないうちに声に出す言葉は、私をどんどん不安にさせます。

「私っ…」

「お姉ちゃん」

あと一歩で崩れ落ちそうだった私を、憂が引き止めてくれました。

「お姉ちゃんは泣いちゃだめだよ」

しかし、紡がれるのは冷たい言葉。

「私も、我慢してるよ」

「…うん」

ゴシゴシと目を擦ると、憂はいつの間にかへたり込んでいました。

そんな憂が、どうしようもなく弱々しく、それでも私の頭に浮かぶのは、ただただ焦りの気持ちだけ。

「……おねえちゃん…」

ゆらゆらと揺れる憂の声。
私を余計に悲しくさせます。

「…なあに」

「お願い、聞いて」

「うん」

目元を袖で拭いながら憂の言葉は私に向けられます。

「……抱きしめて」

「…うん」

そして私は、憂を傷つけてしまわないように、優しく優しく抱きしめました。

「…ごめんね」

「もう…いいよ」

震える声を押し殺すように、憂は無理して答えます。

だから私は、言葉を変えて、また謝りました。

「…ありがと」

声を出さないまま、憂はゆっくりと頷きました。

「…分からないから…」

憂は、まだ俯いたままでした。

「え?」

「もう一回、」

やっと顔を上げたときには、涙目で、私の顔を見て、答えを望む視線と一緒に。

「どういうこと?」

訳がわからない私は、憂に問い返しました。

「……もう一回で、確かめるから…」

「…へ?」

憂が言っているのは、きっとそういうことなのでしょう。

しかし、愚かで情けない私は、おろおろとするばかり。

「お姉ちゃん」

真剣な眼差しを向けられて、とうとう逃げられなくなりました。

「でも……」

「私なら…平気だから」

それでも臆病な私は動けません。

「そんなことして、また嫌われたくない……」

ほとんどわがままのその台詞に、心配されているのは私のことだけでした。

言ってから気づいた私は、更に肩を小さくしてしまいます。

「そんなことないから」

私よりずっと辛いはずの憂は、それでも強く口を開きます。

「だから……お姉ちゃん」

「……うん」

憂の姿にあてられて、なんとか勇気を絞りました。

なけなしの根性は直ぐ様消え去ってしまいそうで、それを無くさないように頭を空っぽにしてしまいました。

「じゃ、じゃあ…」

「うん」

憂が目を閉じたのを見て、私も目を瞑ります。
でも、すぐにそれではできないことに気がついて、焦るように目を開けます。

一呼吸、二呼吸。閉じこんだ部屋の空気で、どうにか胸を落ち着かせます。

そして、ゆっくり、ゆっくりと、私は唇を重ね合わせました。


それから何針か時計が進んで、すぅ、と息が漏れました。

私にとって、二度目のキス。
憂にとっては、初めてのキス。

その感触は、記憶にあるものよりも遥かに神秘的なものに包まれていて、私は思わず声を漏らしてしまいました。

「ん……」

目を開けると、そこには確かに憂がいました。

静かに、確かめるように唇を合わせる憂は、どこか悲しそうにも見えて、少し胸が痛みます。

ふと、憂が私の背中に手を回して、抱きしめてくれました。

私にはそのことが堪らなく嬉しくて、憂に確認するように手を回します。

なにも言わない憂を見て、ゆっくり力を加えました。

一番大切な人に伝わるように。

そんなふうに、思いながら。


それから暫くして、どちらからともなく唇を離しました。

見合わせる憂の顔をみて、私は何を言えばいいのか分からず目線を逸らしてしまいました。

「……えへ」

ずっと前に聞いたような気がする明るい憂の声を聞いて、私はそちらに顔を向けました。

「その……」

「お姉ちゃん、ありがとね」

「いや、えっと…」

「分かったよ」

その言葉に、体がぴくりと反応してしまいます。

聞いてみたいけど、聞くのが怖いその答えに。

「…どう、だった?」

でも、私のために頑張ってくれた憂に、しっかり聞きました。

耳を塞いでしまいたい衝動を、僅かな意地だけで抑えます。


「やっぱりね、お姉ちゃんのこと嫌いになれないよ」

「…うん」

「ううん、それだけじゃない」

「…」

「…私も、お姉ちゃんのこと、好き」

「……うん」

「だめかな?」

「そんなこと、ないよ」

「よかった」

「…でも、それでも憂はいいの?」

「なにが?」

「私なんかを好きになっちゃ、きっと幸せにはなれないよ」

「そんなことないよ」

「どうしてわかるの?」

「だって……私のお姉ちゃんだから」

――
――――

憂は、笑顔を見せてくれます。

「お姉ちゃんといるからだよ」

なんて、そんな事を言いながら。

キスだって、憂から求めてくれるようになりました。

私はその度に、大切な憂を壊してしまわないように口づけをします。

そして、大事なものを離さないように、強く、ゆっくり抱きしめるのです。

そうすると憂も抱きしめ返してくれて、そこで顔を見合わせて微笑みます。

私は、そんな憂を見ながら、揺蕩うようなその感覚に身を任せます。

目の前で笑う女の子。

とっても眩しく、私の鼓動を速くさせるその女の子。

私の妹がこんなに可愛いわけがありません。

その女の子、平沢憂は、私が世界で一番愛する、

恋人、なんですから。

                  おしまい。





人には限界というものがある。
それが朝から爆発寸前だった。

そして登校中も授業中も部活中だって頭がいっぱいだった。

家でゴロゴロしててもいっぱいでどうしようもなかった。

憂の――

――ご飯を食べるその口が。
――シャツを盛り上げて主張するその胸が。
――ミニスカートからチラつかせるその太ももが。
――そして短く結ったそのポニーテールとうなじが。

全てが色っぽくて魅力的で頭から離れなかった。

お皿を洗う憂を見詰める。

可愛い。
私は鼻息が荒くなる。鼓動も早くなる。
血の巡りが速くなり体中を駆け巡る。

つまりは限界寸前だった。

――憂を抱きたい。そう思った。

そもそも朝がいけなかった。
珍しく早起きして憂をビックリさせようとしたのが運の尽き。

勢いよく開けた扉の先では憂がベッドに入っているとばかり思っていた。
けどそこでは憂は寝てはおらず、着替えの途中だった。

ズボンを下まで下げ、パンツが丸見えの下半身。
脱ぎかけの状態でブラが見える上半身。
憂の顔は固まっていた。

甲高い悲鳴と共に部屋の外へ追いやれらた。

怒る憂に必死に謝った。
でも心の奥では「いいものが見れた」そう思っていた。

しかし、その姿はいつまでたっても頭から離れない。
いつでもどんな時でも頭に纏わり付いてくる。

頭を振って追い出そうとしてもダメだった。
けど、いつでも憂のアノ姿が見れる嬉しさもあった。

上の空で授業をこなし、部活をこなし、帰宅する。

出迎えるのはもちろん服を着た憂だった。

頭の中で朝見た裸体を再生する。
いいよ……憂。最高だよ。

そしてお夕飯が出来るまで、リビングで待機した。
料理する憂を遠めでじっくり見た。
上から舐め回すようにじっくり堪能していった。

憂は何故あんなにも短いスカートを穿いているんだろう。
私を誘っているんじゃないか、そう思ってしまう。
太ももがいやらしく思えた。

視線に気付くのか、時折こちらを向いてどうしたの?と聞いてくる。
そのたびに何でもないよと生返事した。

もう本当に限界だった。
今日やろう。今やりたいけどあと少し待つ。
お風呂入った後が決行の時だ。

――そうして今に至る。

憂「お姉ちゃんそろそろお風呂沸いたから入っていいよ」

お風呂か。身体をキレイに出来て身体もあったまるし最高だ。
本来なら私が先に入っているが今日は憂に譲ろう。
先にキレイになってもらいたい、そんな気がしたから。

唯「ういが先に入っていいよぉ。お皿私が拭いておくから!」

憂「え……でも」

唯「ほらほら、たまには一番風呂入ってね。気持ちいいよ」

憂「そっかぁ。じゃあたまには一番に入ろうかな」

憂「お皿、ありがとうね。気をつけてね」

唯「はいっ!」

トコトコ三階へ上がる憂を見送った。

さっさとお皿を片付け、ゆっくり脱衣場へと向かう。
耳を澄ませば水のはじける音と、憂の柔らかい歌声。

いいよ憂。姿が見えなくても想像できる。
この後あの裸体をじっくり堪能できる
そう考えると、どんどん高まっていく鼓動だった。

扉の前で悶えていると、憂が湯船から上がったようだ。
私はあわてて二階へ下りた。

暫く待っていると、少し髪を濡らした憂が下りてくる。
すごく堪らない。
何故そこまで色っぽさが滲み出ているのか聞きたいくらいだった。

唯「うい……」

憂「ん?どうしたの?」

唯「今日……一緒に寝よう!久しぶりにさっ」

憂「う、うんっ。いいよ……声でかいね」

よし、これで第一段階はオッケーだ。
部屋まで一緒に入ってしまえば後はこっちのものだ。

唯「ありがとう。お風呂入ってくるから憂は部屋に居てね」

憂「うん。ってまだ早いような気が」

唯「お部屋でお話しよう!」

憂「うん、分かったよぉ。待ってるね」

満面の笑顔を見せてくれた憂だった。
この笑顔すら私をそそった。

私はタオルを持ち脱衣場へ急いだ。
早く早くと自分の中に居るもう一人の自分にせかされて。

鏡に映る自分は憂とは違っていた。
胸もでかくなければお尻も大きくない。
憂が羨ましかった。

でも今日はそんな憂の身体をたっぷり堪能しよう。

身体をキレイにして、ゆっくりお湯に浸かる。
自分を静めるためだ。

もう直ぐ、もう直ぐだ。

心が高鳴るのを感じた。

暫くしてからお風呂を出た。
髪を乾かし、お水を一杯飲む。
さあ、行こう。

ちょっとドキドキして、手の平から汗が出ていて
足取りはちょっとだけ重い。

水を飲んだのに直ぐ乾いている感じだ。

でも行かなきゃ。憂が待っている。

そして憂の部屋の前へ行き、扉を叩いた。

唯「憂、お待たせー。入るよー」

憂「うん、いいよー」

憂は勉強机に座っていた。
宿題でもしているのだろうか。
相変わらず良い子だ。出来た子だ。

唯「お布団で寝ながらしゃべろっか」

憂「うん、いいよ」

そして並んで寝そべった。
二人して笑顔で談笑した。
でも私の胸は穏やかじゃなかった。

もう一人の自分が今かと今かと待ち構えていた。

そろそろかな。そう思う。


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最終更新:2010年11月17日 03:56