私は走りました。いつかのギー太を忘れたアノ日のように。
急がなくても憂は家にいるけど、足が勝手に動きます。

緊張と酸素が足りないためか
破裂しそうなくらいに心臓はドクドクと脈打ちます。

家につく頃には軽い汗が私の頬を伝っていました。
少し寒い風がそんな私を冷やしてくれるようでした。

身震いがします。寒いのか、怖いのかそれとも緊張のためなのか。
落ち着くためにドアの前で少し呼吸を整えます。
暫くしてからドアを開けました。

少し震える足を押さえつつ二階へ上がります。
途中から美味しそうないい匂いが漂ってきました。
今日はカレーかな、そう思いながら上がります。

そしてエプロンを着た憂が見えたので私は思い切って声をかけました。

唯「ういー!」

憂「ひゃっ!」

憂「お、お姉ちゃん?いつのまに。ちゃんとただいまって言ってよね」

唯「憂。言いたいことあるの……こっち来て」

私はこたつの横に座り憂を呼びます。
憂は火を一旦消して私の前に座りました。

面を向かい合わせるととても緊張します。
頭の中はごちゃごちゃしています。

憂「お姉ちゃん、すごい汗。拭いてあげる」

唯「んっ……」

ポケットからハンカチを取り出し、私の頬や首筋を優しく拭いてくれました。
汗が引くと同時に緊張も多少ほぐれた気がします。

憂「それで、お話はなあに?」

そうだよね、言わないとね。
ムギちゃんからも勇気をもらったんだ。
後は私が勇気を出すだけ。頑張れ私。信じて。

意を決して私は憂に告白をしました。

唯「憂……私、憂が大好き!!誰よりも憂が好き!愛してる!!」

目を瞑りながら勢いよく憂に想いをぶつけました。

返事がありません。
私は目をそーっと開けると、頬を赤くしている憂の顔が目に飛び込みました。

その可愛らしい顔に目を奪われ、私も頬を赤くしてしまいます。

憂「お姉ちゃん……急だよぉ」

唯「う、うん。でも我慢できなくて……」

唯「憂が好きだから、ずっと胸が苦しくて切なくて耐えれなかった」

唯「憂は……私のことどう思う?嫌い?好き?」

憂「……もちろん……大好きだよ」

唯「ほ、ほんと?じゃあ――」

憂「でも!お姉ちゃんの言うような好きかはわかんない」

唯「あ……」

私は少し目を伏せ困惑の表情を浮かべました。
もしかしたら憂も――そう考えてた私は浅はかでした。

先走った自分を悔やみます。
同じ家でずっと暮らす相手から振られると
気まずくてしょうがないのではないでしょうか。

なんか涙が出てきそうです。視界が薄っすらぼやけてきました。

憂「お姉ちゃん。私わからないから教えて欲しいの」

憂「お姉ちゃんが私のことどれだけ好きなのか証明して。私に答えを教えて」

そう言うと憂はゆっくり目を瞑り顎を少しだけ上げました。
紅潮させた頬は色っぽさをまとい、薄く開いた唇が私に矛先を向けているようでした


一旦思考が停止します。

あれですか。これは――キスをしろということでしょうか。
目を閉じてキスを今かと待ち構えるこの光景は
少女漫画のワンシーンを思い浮かべました。

これは私が男役で、引っ張っていく役目。
私は憂のお姉ちゃんだから頼れるお姉ちゃんになるべきなのでしょう。
わかったよ憂。やるよ。

でも私も始めてやるんだからちょっと心の準備が欲しいな。
深く深呼吸して体中に酸素を廻らせました。
脳に行き渡った酸素が私を活性化させます。

もう大丈夫。心の準備は万端です。
いつまでも憂を待たせるわけには行きません。

ああ、可愛い憂。これが答えだよ。私の唯一つの答え。

ゆっくりと伸ばした手が憂の頬に触れます。

そしてそのまま顔を近づけ私は憂に口づけをしました。

重なり合う憂と私の唇。
リップクリームの少し甘い味がしました。

……いつ離せばいいのでしょうか。
タイミングが見つかりません。

でも私はこの触れる感触が気持ちいいからずっとやっていたかったのです。
離したくない。そんな気持ちでいっぱいでした。

そのまま一分くらいつながっていたような気がします。

憂は次第に身体が振るえだしました。そして離れる私達の唇。

憂「はっ……はぁはぁ」

唯「う、うい大丈夫?」

憂「うん、ちょっと息止めてただけだから……」

憂の息が落ち着くまで待ちました。

唯「憂……。さっきのが私の答えだよ」

憂「うん……わかってる」

唯「返事。聞きたいなぁ」

憂「返事?」

憂はそう言うと優しい眼差しで私を見ました。
その意図が私にはわかりませんでした。

憂「わからない?もうニブイなぁ」

憂「そもそもノーだったら始めからこんなこと言ってないのに……」

ゴニョゴニョと最後のほうは口ごもった憂でした。
とてもいじらしく思い、抱きしめたい衝動にかられます。

これはオッケーってことでいいんだよね?
これで憂と恋人になれたってことでいいんだよね?

嬉しさが込み上げ憂に力強く抱きつきました。

唯「ういーー!!」

唯「きゃっ」

唯「憂!私達恋人。恋人だよね?!」

憂「うん……そうだよお姉ちゃん」

唯「嬉しい……」

私は感極まり目から涙が零れました。
そんな涙を憂が指で拭ってくれます。

憂「お姉ちゃん、ないちゃダメだよ」

憂「嬉しいことがあったら笑わないと……」

唯「うん……そうだね」

自分の袖で涙を拭いました。鼻水も思いっきりすすいます。
ずるずると云う音がリビングに響いたので恥ずかしくなりました。


恥ずかしい気持ちを笑顔で吹き飛ばします。

唯「ありがとう憂!私これから頑張るよ!」

唯「頑張って頑張って憂の頼れるお姉ちゃん――恋人として!!」

憂「うん、お姉ちゃん。私嬉しいなぁ」

そして私はもう一度憂に抱きつきました。
一生残るくらいのぬくもりを感じたくて。

こうして私達は相思相愛の恋人となりました。
でも壁はまだいくつもあります。
まずは部員のみんなに言います。

――この人が私の恋人です!

そう憂を紹介しよう。
その次は両親かな。親に言うのはまだ怖いけど、いつかは言います。
怒られても私が憂を守ります。守り抜いてみせます。
それが恋人としての役目な気がするから。

心が晴々とした気持ちです。想いを伝えてよかった。
ありがとうムギちゃん。感謝しているよ。

さぁ、頑張ろう私。もっともっと今までよりずっと。

憂のために。そして自分のために。

                                 おしまい




――切り取ったような、夕暮れの日が差し込む教室。

憂はまるでその絵画の一部のように窓辺に佇んでいました。

その透き通るような輪郭に見惚れて、私は声を掛けるのを忘れてしまいます。

「あ……お姉ちゃん」

私に気づいた憂は、体重を預けていた壁からゆっくりと離れ優しく微笑んで見せました。
知らずのうちに私の心臓は速くなって、誤魔化すように憂へと近づきます。

「今日は部活ないんだ」

「そっか」

「一緒に帰ろ」

「うん」

その短く交わした言葉の中に、憂と私の近さを感じられて思わず笑みが零れます。
憂も私のそんな顔を見て微笑んでくれて、胸は、とっても温かいもので満たされました。

「あ、ちょっとまって」

「なあに?」

「少し、ここにいてもいい?」

一年下の教室が懐かしく、窓に近づく私に憂は何も言わずに着いてきてくれました。

「久しぶりだー」

「お姉ちゃんは二組だったでしょ?」

「うん、でもなんだかなつかしいんだ」

窓を覗くと、私の後ろに映る憂と目があって、二人ともくすりと笑ってしまいました。

「そうだ、憂はどうして教室にいたの?」

「んー、なんとなく」

「そっか」

何てこと無い会話を交わして、このまま告白しても平気かな、なんて思ったり。

「お姉ちゃんは?」

「え?」

「どうして私の教室にきたの?」

「んーと、なんでだろね」

なあにそれー、なんて笑いながら、憂は教室を見回しました。

どうしてここに来たのか、なんて言えるはずもありません。

もし憂がいたら、そんな期待に胸を膨らませ駆けてきた私。
憂が知ったら、どう思うかな。

私も憂も、そのゆったりとした雰囲気に浸るように口を閉ざしました。

私はすぐ隣の憂が気になって少し挙動が怪しくなってしまったかもしれません。

憂は後ろで手を組んで、上履きの爪先をとんとんと鳴らしています。

「……きれいだね」

「えっ?」

憂のその言葉に、思わず私は体を反応させてしまいます。

「空、とってもきれい」

「あ……そうだね」

少しだけ感じてしまった恥ずかしさを隠すように、また窓の外に目をやりました。

教室には、私と憂の二人だけ。

どれほど時間が経ったか、森閑とした雰囲気の中で私は分かりません。

ただ、太陽は全部沈みきっていないのでそれほど長くは経っていないのでしょう。

少しの孤独感を紛らわすために、傍らの憂を見つめました。

「帰ろっか」

「そうだね」

前を歩いて教室を出ようとした私の手に、すっ、と憂の手が滑り込みました。

振り向くと、そこには笑顔の憂。

「えへへ、ご飯どうしよっか」

心を乱された私は、開き直るように手を握り返します。

「帰りながら決めようよ」

「うん、わかった」

浮かび上がるような感覚の中で、僅かに香る甘い匂いを胸に吸い込みます。

やわらかい憂の香りは、いつだって優しい気持ちにさせてくれます。

「一緒に帰れてよかった」

煩わしい言葉など一切込めず、純粋なだけのその台詞に私は子供じみた幸せを感じます。

そして、どうにか聞こえるくらいの声でうん、とだけ答えました。

憂がいてよかった。
その台詞は、聞こえないように。

「ん~?」

下を見ていた私の視界には、いつの間にか憂が入り込んでいました。

憂ときたら、意味深げな口で笑っていて、私にはなんのことやら分かりません。

戸惑う私の目を引いて、憂はまた歩き出します。

気になって、尋ねようとした私の耳に、

わたしもね、と囁くような声が聞こえたのは、誰の耳にも秘密です。


                     おしまい。



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最終更新:2010年11月19日 02:14