いつからだろう
妹に依存しなくなったのは---

ゆい「今度合宿行くんだぁ~」
うい「うわぁ~いいなぁ」
ゆい「えへへ~」

きっと他に打ち込めるものがあるからだろう
高校に入ってから私はギターを始めた
きらめく青春がしたかった訳ではない
私はどうする事も出来ない何かから逃げたかったのだ
子供なりの逃避と言うやつだ
ごまかす何かが欲しかっただけに過ぎない
それでも何時しか私はギターの虜になっていった
別のなにかを愛するように
なにかを誤魔化すように

小学生の頃、私達姉妹は双子のように意思疎通だった
私の一部みたいなものだった
ご飯を食べるのも、音楽を聞くのも、見る風景や感じる空気さえも同じように感じているのだと思っていた

中学に入って何かが変わっていった
最初は気付きもしなかった
何が起きているのか、何がズレていっているのか
私の世界はあまりにも狭すぎたのだ
全てが妹を中心に廻っていた世界が私の思考を蝕んでいたのだ

私達は意思疎通などしていなかった

それどころか私達は余りにも違い過ぎたのだ

妹は勉強もスポーツもほどなくこなした

それなのに彼女は努力を惜しまない人間だった
面倒見も良く、料理や家事も出来たし、控えめで慎ましい子だった
きっと同級生達も同じような印象を持っているに違いない

それなのに私は彼女とは正反対の人間で、頭も良くなく、運動音痴で、努力が嫌いな人間だった
めんどくさがり屋で、家ではゴロゴロするのが好きな人間で彼女とは意思疎通どころか、同じ姉妹なのか自分で疑いたくなるほどだった

そんな妹を親は良く出来た子だと誉め、ういに家と私を任せて2人で良く家を空けるようになったのは、私が中学3年生の頃だった
私達姉妹を知っている中学の先生も、凸凹姉妹だとネタにしたのももう懐かしい記憶だ

私は妹が好きだった
いや、まだ好きなのかもしれない
私の心の奥底に押し込めているだけで…

小学生の時は朝起きる時から寝る時までひとつの部屋でずっと一緒だった
寝る前は二段ベッドで良く話したものだ
今思うに、私が中学に上がってから別々の部屋になった時から少しづつ変化が現れたのだろう
私が中学生になった時、私は早くういに会いたくて部活をしなかった
学校を終えた私達は良くふたりで遊んだ
ういが中学に上がるまでは---

ういが中学に上がって3ヶ月もした頃だろうか
新入生が学校に慣れ、私達2、3年生が新入生の真新しい制服を見慣れた頃
私達姉妹は凸凹姉妹と言われる様になった
小学生の頃は良く、近所のおばあちゃんなんかに双子のような姉妹だと言われていた私にとって、それは衝撃的なものだった

私達が凸凹?こんなにも似ているのに?

最初はそう思っていた

何を言っているんだろう?そう思っていた
でも、梅雨が明け、夏休みに心踊らせ始めた学生のごとく季節もそれに答えるかの様に時期

私は気が付いてしまった

私達姉妹のあからさまな違いに

どうして今まで気が付かなかったか不思議なくらいに

そしてそれは、私の心を引き裂く様な、私の小さい世界を作り替えてしまうような

残酷な現実だったのです

それは私が中学2年生の夏休みの時だった
ういが友達とお祭りに行くと言ったのだ

私はてっきり今年も2人で行くものだと思っていた
「お姉ちゃんも友達と行っておいでよ」
夏休みをういと過ごす為に開けておいた私に、ういは悪びれる様子ももなく、そう告げた
私は何かが壊れていってしまうような気持ちをこらえて
「うん、そうするよ~」
思考を鈍らせたまま、自分を誤魔化すように答えた
私は自分の部屋に籠もって、状況を理解しようと努めた
しかし、私の思考を支配するものは変わって行く妹の姿と理由だった

考えるだけ考えて疲れた私は、いつしか眠りに着き、目覚めた頃には少しだけ私の思考は回復していた
その頭で出た答えは、ういと過ごす為に明けておいた予定のない夏休みと、私には友達が少ないと言う事だ

中学3年生の時には、休日に良く友人と遊びに出掛けるようになったのが当たり前になっていた
その時には諦めか、慣れなのか、私もその現実を受け止め、幼なじみと今まで以上に無駄に時間を過ごすようになっていた

ういは家事の出来ない私の為か、親に任された責任からか、夜遅くなる事もなく家に帰って来て、私にご飯を作ってくれた
そういう事だけは変わらなかった

中学3年生の冬、私は自分の気持ちに気が付いてしまった

それはういが男子生徒とふたりで話しているのを、偶然見てしまった時だ

私は体が痺れて、血液が逆流するような、お腹が熱くなるような感覚を覚えた
体を動かす事を忘れて、自分がそこに居ないような、テレビを見ているかのごとく人事の様に思えた
現実だと理解出来なかった

その日の夜、私は勇気を出して、それとなく聞いてみた
結果は私の勘違いだったのだが、ういは私と同じような笑顔を他の人に見せる事があるのだと、この時知った
いや、知りたくなかっただけなのかもしれない
それは当たり前の事だったし、思えば私は2年生の時からういの教室に行く事もなくなっていた
私は自分が妹を取られたくないと、独り占めしたいと思った
私の意思とは関係なく体を汚される様な感覚になった

ういは私はのものだ

一番理解してあるし、理解出来る存在なのだ

ういは私の一部なのだから

きっと、双子に産まれきたはずなのだ

それほど瓜二つなのだ、私達は

私はういであって、ういは私なのだ

私達姉妹には他の誰にも分からない繋がりがあるのだ
切っても切れない
血の繋がりと細胞の繋がりだ

私達は同じ粘土から作られた同じ人形なのだ

そう、私は妹として、意中の相手として好きなどでは足りないのだ

他の人間には到底理解など出来ない、言葉に出来ない
愛なのだ

私と妹はひとつになるべきなのだ

体と意思が別々になってしまった生き物なのだ

同じ個体が別々の人生を生きて行くなんておかしいに決まっている

私達はひとつであるべきなのに、世間が世界が私達を汚していく
私達を引き裂いて行くのだ

しかし、15才の私には到底世界に抗う術もなく汚されて行くしかない
私にはどうする事も出来なかった

わかりきっていた

世間、親、友人、私の願いが許される訳がなかった

そして、妹も許してくれる訳がなかった

だから私は、この気持ちを胸の奥に秘める事にした

いつか、私達が体も意思も別々の個体になってしまう時まで---

私はういを置いて一足先に高校に上がった
全てを新しくする為に
私の世界を作り変える為に
別の個体になる為に

高校に入って何かを始めようと思った

何かする事で、気を紛らわせたかった
新しい世界を見つける事で新しい、知らない自分を見つけたかった
いや、忘れたかった
ういと2人だけの世界に生きて来た私は、初めは何をすればいいのかわからなかった
けど、目まぐるしいほどの部活の勧誘を受けた私はこれだと思った
単純な私は部活の事でいっぱいになった

なんの部活かを決めるだけだったけど…

でも障害だらけだった

私は苦手なものが多過ぎたし、2人の世界に引き籠もっていた私は経験がなかった

何をやっても上手くいく気がしなかった

気が付いたら2週間が経っていた


私は軽音部に入部した

何か、心に響いたからだ
乾いた地面に水が吸い込んで行くように、私の心を潤した

そして、軽音部の人達が良くしてくれたからだ
暖かかった
心が落ち着いた

私はギターをする事になった
でも、5万はいるらしかった

意味なく数ある貯金箱の中身は悲惨だった
私はういに軽音部に入部した事を告げた
ういは喜んでくれた
そして、お小遣いの前借りの説得に協力してくれた

私は何か居心地が悪かった---

ギターを格安で手に入れた
赤いレスポールだ
ういが協力してくれたお金で手に入れた
軽音部のみんなもとっても協力してくれた
ほとんど紬ちゃんのおかげだけど

大好きな人達の愛がこもったギターが愛おしく感じた
そして、何かこのギターはういを連想させた
私は来る日も来る日も家でギターを弾いていた

私はギターに名前を付けた
ギー太だ
学校も部活も登校も下校も寝る時もご飯の時も私はギー太と一緒にいた
まるで、私の恋人だった
ういの変わりだった。私がギー太に触れるとギー太は綺麗な音で答えてくれた
それは、かつて2人の世界に置いてけぼりにされた私に元気をくれた---

ギターを弾くのも楽しかったし、何より部活の仲間といるのが楽しかった
こんなに日々は素晴らしいものなんだと思った
私はういの変わりと新しい日常、いつも待ってくれている仲間達に私の世界は塗り替えられていった
私達は別々の個体になり初めていた---
夏が来た

高校初めての夏休みだ

私は降り注ぐ太陽に反射してキラキラ光る木々や街並み、空の様に、ウキウキしていた
今年の夏は予定で埋まっていた


それはいつだったか、澪ちゃんが言い出した

合宿に行くと

なんでも、まだ一度もみんなで合わせた事がない事に不満と不安があるらしかった
私は少し、ドキドキした
みんなが奏でる音がひとつになる事が
それに夏休みが終わってすぐに文化祭があるらしい
楽しみだ。ライブが出来るなんて
私は音楽が楽しくて仕方なかった---
日々が楽しくて仕方なかった

ゆい「今度合宿行くんだぁ~」
うい「うわぁ~いいなぁ」
ゆい「えへへ~」

私は家を空ける事を伝えた

そして、私はういと離れてももう寂しいと感じる事はなかった


………

いつだったか、お姉ちゃんは私に依存しなくなりました
飛び立つ我が子を見守る様な、親の気持ちです
少し複雑です…

それは高校に入って部活を始めた頃からでしょうか
昔はあんなに私にべったりだったお姉ちゃん
最近は家に帰って来るのは夜の7時くらいでしょうか
でも、めんどくさがり屋さんな所とか、今も変わっていない所もあります

昔から私はお姉ちゃんをもう1人の自分だと思っていました
でも、少し違うかもしれません
影のようにくっ付いていて当たり前のような、そんな感じです
そう、ひとつになどなれない存在なのです-----

小学生の時はいつも2人でいました

惹かれ合う磁石のように私達はどんな時も一緒にいたのです

ある日、小学生の私は姉に対する気持ちに気が付きました
姉という存在がまったく違う意思をもった生き物だと気が付いたという事
小さい時、私は姉の存在になんの疑問も持ちませんでした
私がいて、同じ姿形をした愛しい生き物がいつも側にいるといった認識程度でした
しかし、成長するにつれある疑問が浮かび上がりました
なぜ、この人は私であって、私でないのだろうと
私なのに、私の思い通りに動く事もない、その生き物を疑問に思ったのです
何か引っかかりがあり、歯痒い思いをしたのです
不思議な気分でした
何かを思い出せそうで、そうでない気持ち悪さに似た感情でした
しかし、小さな時から共にいる存在にその答えを見つける事など、到底無理であったのですが、ふっとした時に思うのです

一瞬ですが、この人は誰だろうと----


そして、その感情をはっきり認識する事がありました

姉が私以外の人間と仲良く、楽しそうに笑っていた事です

なぜ、私は笑っているのだろうと思いました
私であって私のはずの人間が、私は楽しくもないのに笑っている

不思議な気持ちが湧いて来た後すぐに、不快な気持ちが湧いてきました

そして、私は自分以外の人間に自分が汚されるのが堪らなく我慢出来なかったのです
だから私は姉を一瞬たりとも離しませんでした

それは2人の世界の構築の時でした

しかし、中学に入り、私の目的は変わりました
誰とでも気軽に話す姉

誰とでも簡単に打ち解ける姉

私にはない才能

気にいりませんでした

私の一部が誰とでも簡単に打ち解ける事が、私を汚しているようで
一部である姉を汚しているようで

だからは私は姉をあの世界に閉じ込めたかったのです

それは私が中学の初めての夏休みの事でした
私は姉に今年は友達とお祭りに行くと伝えたのです

うい「あのね、お姉ちゃん」
ゆい「なに~?ういー」
うい「私、今年は友達とお祭り行くんだ」
ゆい「え…?」
うい「お姉ちゃんも友達と行っておいでよ」
ゆい「うん、そうするよ~」

姉の顔は引きつっていました
笑い声は乾いていました
今、どんな気持ちだろう?
毎年、2人で行っていたお祭り、今年は違う人と行く
死刑宣告を受け渡すような、その発言に姉の心はどう形を壊すのか?
私は楽しみで仕方なかった
その、お腹が熱くなるような快感は、自分の大切なもの壊す快感は、私の存在を確認させるのに十分なものでした

私は姉をペットのように飼いたかった

姉は良く1人でいた

目は死んでいた

高校に入って、姉は蘇生し始めた

私は考えた
そろそろ私達は別々の個体だと認めなければいけないのではないか?
姉の幸せを願うべきなのではないか?
その決断は私の罪を軽くしてくれた気がした
意外だったのは、私に我が子を見守る様な、親の気持ちがあった事です。
少し複雑です。

合宿から帰って来た姉は何か、違う人間に思えました
何か姉を変える出来事があったのでしょうか?

姉は日を増す事に私に依存しなくなりました
いつしか私が姉の帰りを待つようになり、姉を出迎えるのが日常になりました
私の心にはぽっかり穴が開いてしまったようです

私は姉と一緒な学校に行く事にしました
本当はもっといい高校に行ける学力があるのですが、姉と一緒にいたかったのです
姉の心から私が消えてしまう事が怖かったのです


………

ういが私と同じ学校に入学して来た

結果発表の時はついバカみたいに喜んでしまった

彼女はもっとレベルの高い学校に行くのかと思っていたけど、初めて澪ちゃんや紬ちゃんを家に呼んだ時にそう言ってくれた時、内心嬉しかったけれど戸惑いもあった
ういと同じ時間を過ごす度に、気持ちが蘇りそうな気がしてならなかった
無理やり蓋をした気持ちは、意図も簡単に溢れ出すからだ
私はまた、ういに溺れてしまうのだろうか?
こんな異常な愛など、どうする事も出来ないのに
好きだと伝えられないのに

ういが軽音部に新入生を入部してくれるように努力してくれている

近いうち新入生歓迎会でライブをする

私は音楽をしている時が一番楽しい
それに私達のライブを見て、新入生が入部してくれると嬉しい

ライブは楽しかった

そして、入部希望者も来た
黒髪でツインテールの可愛らしい子だ
私は可愛いものが好きだ
ギターも凄く上手い
ギターの話しを出来る人が出来て嬉しい
私はもっと軽音部が楽しくなった

日が経つにつれ、私は梓と仲良くなった
普通の妹はこういう感覚なのだろう
愛らしいと感じる
良く抱きついたりして、怒られたりするがそのやり取りも楽しい
きっと姉妹とはこういうものなんだろう
私のういに対する想いが浮き彫りになった気がする


私が恐れていたほど、ういに対する気持ちは湧き上がらなかった
それは音楽のおかげなのか、軽音部の仲間達のおかげなのか、梓ちゃんみたいな妹が出来たからなのか
それでも、ういを見る度に時々胸が苦しくなる
それは、世界が終わってしまったような、世界の色がなくなってしまったような
それも何かで紛らわせる事で、なんとか誤魔化す事が出来た

ういと一緒に登下校出来る。
ういが作ってくれたご飯を食べる事が出来る
ういと一緒に生きていける
それで満足しなければいけないのだ

それだけで幸せだと思わなければならないのだ
ういが生きている
ういが息をしている
その心臓が鼓動を打っている
胸が酸素を供給する度に上下する

うい、生きていてくれてありがとう
愛おしいよ。うい


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最終更新:2010年11月17日 04:04