学園祭も終わり、11月も半ばとなり寒さがしみ入りだしたある日の放課後。
音楽室へと向かうただ一つの階段、その踊り場を曲がってすぐの段にその人は座っていた。

「よっ、梓」
「……何してるんですか、律先輩」
 いつもと違った見下ろす視線。律先輩はうん、と伸びをすると音楽室を親指で指し示し、
「鍵が無いんだよ」
とため息混じりに呟いてきた。


「どうも唯が預かったらしいんだけど連絡付かなくてな。澪とムギに探して行ってもらってるトコ」
 隣を促され、仕方なく並んで座る。

「携帯は?」
「唯のヤツ『充電忘れてた!』って昼に電池切らしてた」
 流石唯先輩、付け入る隙が全くない。互いに苦笑を浮かべると今度は私がため息を吐いた。

「私も探してきましょうか」
 澪先輩たちが行ってるなら私も、と立ち上がろうとするが律先輩に肩を捕まれ止められた。
「いいよ別に。見つからなきゃ今日は無しでもいい訳だし。何ならどっか行くか」
 普段通りのまま律先輩が笑って聞いてくる。受験に向けてとざわつきだしたここ最近、
今日たまたま部活が出来ないというのは何か見えない意思によるものなんだろうか。

「……そうですね。たまには気分転換もいいかも、です」
 だろ? だろ? と笑う律先輩につられ私も笑い返した。


「まぁムギの菓子が食べれないのはちょっと残念だけどなー」
「いやそこは練習か、せめて勉強をあげてください。お菓子はあくまで……って律先輩?」
 何かを思い出したのか律先輩が自分の鞄を漁り出す。そして何かを取り出してきた。

「おー、あったあった。セレブなムギ推薦のプッキー!」
 何か秘密道具を取り出すような物まねをしながら菓子箱を取り出すとフタを開け差し出してきた。

「いただきます」
「おう、プッキーに感謝して食べるがいい!今日はプッキーの日らしいから」
「はぁそうですかありがとーございましたです」
「何たる棒読み!? プッキーに呪われろチクショー!」

 プッキーをかじりつつ律先輩を見る。両手に一本ずつ持って見えない何かを叩くその仕草は
手にしているのが菓子だというのに様になっていて、気が付くと右手が併せてリズムを取っていた。

「前も工事の時あったけどさ」
私に気づいた律先輩がそのまま両手で、さらに足でリズムを叩きながら。
「叩けないってなると叩きたくなるよな」
「そうですね」
「無くして解る有難さ、か」
「……良い言葉ですね。律先輩にしては」
「なかのぉー!」
 サッと伸ばされた腕が首にかかり頭を引き寄せられると頭を叩かれながら絞められた。

 しばらくじゃれ合いようやく解放される。ちょっとやりすぎたかと笑いつつ律先輩が
私の首もと、制服の襟とリボン手を近づけ直してくれていると
「ま、さっきのはセロテープの宣伝文句なんだけどな」
「褒めた言葉と叩かれた分を返してくださいっ!」
 がすっ! 手頃な位置にあった頭を思わず叩いてしまっていた。


「……遅いな」
「遅いですね……」

 私が来てから30分は立っただろうか。プッキーも最後の一本となっている。
「あ」
 取ろうとしたらスッと律先輩に先を越されてしまった。
「ん? あぁ最後だったかすまない」
「いえ。元々律先輩のですし」
「まぁまぁ。それじゃ半分こするか」
 そう言いながら律先輩はチョコがついて無い側を口に銜えると
「……何のつもりですか」
「プッキーゲーム!梓はちゃんと半分だけ持っていく事が」

 ポキッ。

 私は躊躇うことなくプッキーを手で掴むと半分に折り自分の分をいただいた。

「くっ……前にムギが澪に仕掛けた時はもう見所満載で凄かったのにこの後輩はっ……!」
 あぁ確かに澪先輩なら狼狽するだろうな。相手がムギ先輩なら尚更。
 ……うん、それはちょっと見たかったかも。

 ピルルルル。携帯の音が鳴る。
「お、ようやく準備出来たか。それじゃ行きますかな」
「え?」

 準備? 行く?
 何のことかと私が悩む間に律先輩は二人分の鞄を持つと階段を上がり始めた。
「え、ちょ、律先輩?」
 慌てて後を追いかける。律先輩は扉の前に立っていたが私が近づくと一歩下がり

「じゃ、そろそろ開けてくれ梓」

と謎な事を告げてきた。

「開けてくれって、鍵は」
「持ってるだろ? ポケットに」
「え?」
 言われてブレザーのポケットに手を伸ばすと確かに何かが入っていた。
 まさか……と中からそれを取り出す。それはやはり音楽室の鍵で。

「え? え? 何で?」
「はいはい、まずは開けるの。私はムギ達を呼ぶから」
「は、はい」
 急かされ私は頭に「?」を浮かべたままも鍵を開けた。そして扉を開くと

『ハッピーバースディーあーずにゃーんっ!』

 クラッカーの破裂音と共に中にいた人たちから一斉に祝福の声が降りかかってきた。

「……えっと、つまりサプライズパーティ、だったんですね」
「そう言う事。おめでとう、梓」
 後ろを向き仕掛け人に問いかけると、先輩はしてやったりな顔をしながら手を叩いて祝ってきてくれた。


 話を聞くとパーティの準備に意外と手間取った為、律先輩が急遽足止め役となったらしい。

「ムギは支度があるし、唯や澪じゃ感づかれそうだったからな」
 確かに。ところで……。

「何で私は律先輩と二人で喫茶店に居るんでしょう」
「え? だって約束したろ、どっか行くって」


 部室内でのパーティは終わりみんなと下校、唯先輩たちと別れた後に呼出メールが届き今に至る。

「それは部活が無かったらの話でしたよね」
「ほう、今日のパーティを部活と認めてくれるのかー。梓もすっかり染まったよなぁー」
「うぐ、そ、それは……」

 痛いところを突かれて口ごもってしまう。確かに前の私なら認めていなかっただろう。

「……」
「冗談だよゴメン。今の梓はきっと私やみんなと同じ考えなんだよな。
 みんなと居る時間こそが部活なんだって。違うか?」

 違わない。
 練習するだけじゃない。先輩達が受験勉強していても、そしてみんなでお茶してても。
 それら全部含めてみんなでいる時間が軽音部なんだって、今なら思える。

「かなり特殊な部活だけどさ、それさえちゃんと感じてくれてるなら、ま、大丈夫だな」

 律先輩が柔らかく微笑む。なんだろう。何でそんな風に笑うんですか。
 律先輩は応えず、ストローの袋を摘むとリズムを刻み始める。

「どんな形でも構わない。どんな場所でも構わない。
 演奏したい気持ちと、演奏したい相手がいれば。それこそが私たちの軽音部なんだ」
 だから。律先輩はそれ以上は何も言わなかった。

「大丈夫です、軽音部は無くなりません。少なくとも私の中からは一生消えませんから」
 部は絶対なくしません、必ず繋いでみせます。とは言わない。

「……まぁすっかり染まっちゃって。頑張れよ、次期部長」
「はい、ビックリさせますからね。部長!」

 今日先輩から貰ったモノを。
 いつか、必ず。



いじょ




律「でさー、そいつなんて言った思う?」

梓「間抜けな回答をしてる姿しか思い浮かばないですね」

律「ふふふ・・・そいつなー『私は』・・・」

ブロロロロー カチャン

律「ん・・・?もうこんな時間か・・・」

梓「もう午前の3時をまわってますから」

律「しっかしまぁ、よく喋ったなー」

梓「これだけ2人きりで話すのも久しぶりですからね」

律「私が一人暮らしを始めてからは1日置きにケータイで話すだけだったからなー」

梓「その1日置きですら、忘れるときがあったくせに」

律「あーら?怒ってらっしゃいますの?あずさちゃん?」

梓「そりゃ、恋人からの電話がなければ怒りたくもなりますよ」

律「このーかわいいやつめ」ウリウリ

梓「んっ・・・やーめーてーください」ジタバタ

律「久しぶりだから、かわいがってやろう。くるしゅうない」コチョコチョ

梓「あはは・・・もう」

梓「それより・・・久しぶりに恋人に会う家として、このロケーションはどうなんですか?」

律「ん?今日はいい満月が見えてますぜ、梓さん」

梓「えぇ。キレイな満月です。で、その下に見えているものは?」

律「いやーお前は満月よりもキレイだよー」

梓「はいはい。できればその言葉はもっとロマンチックな場所で言ってほしいものですね」

律「・・・夏になったら涼しくていいじゃないか」

梓「肝が冷えそうですけどね」

律「・・・・・・はい。家を探すのが遅かったのと家賃の都合でここになりました。」

梓「だから、私が言ったじゃないですか。合格したときに・・・」クドクド

律「あーーーストップ!せっかくなんだから、ケンカは無しといこうぜ?」ギュッ

梓「・・・もう」ギュッ

律「・・・・・・」

梓「・・・・・・」

律「・・・こうしていると、猫を抱いているみたいだな」

梓「・・・」

梓「にゃあ・・・」

律「・・・」キュン

律「ちくしょう。かわいいやつめ」プニプニ

梓「にゃ、にゃー・・・」

律「・・・・・・」プニプニ

梓「・・・・・・」

梓「ペットとしてこの家に置いてもらえませんか?」

律「・・・へ?」

梓「炊事、洗濯、掃除もできるかわいい猫ですよ?」

律「自分でかわいいって言うなよ・・・」

律「まぁ、それは置いといて・・・」

梓「えー置いとかないでくださいよー」

律「いや、その話より・・・通学はどうするつもりなんだよ」

梓「んー・・・考えて・・・ないです」

律「はぁ」

律「あのなぁー私は一人暮らしを何でしてるんだ?はい、出席番号22番の中野梓君」

梓「通学時間が長すぎるためでございます」

律「正解!」

律「仮に一緒に住んだら?」

梓「間違いなく、毎日遅刻でしょうね」

律「わかってるなら・・・」

梓「・・・寂しいですもん」

律「・・・・・・」

梓「電話だけじゃ・・・寂しいですもん」ギュッ

律「・・・」ギュッ

律「我慢しろ・・・ってのもヒドイよな・・・」

梓「・・・」

梓「毎日言ってくれたら頑張れる・・・かも」

律「1日置きを忘れるりっちゃんに言いますか」

梓「いいですもん。私から電話しますから」

律「・・・・・・」

梓「・・・・・・」

チュンチュン

梓「もう5時ですね」

律「もう夜が明けたな」ゴソゴソ

梓「どうしたんですか?」

律「いや・・・コンビニに行こうかなと思って」

律「行くか?」

梓「聞くまでも無いです」ゴソゴソ

梓「一緒に行きましょう」

律「うー・・まだちょっと肌寒いな」

梓「そうですね。朝はまだ冷えますね」

ニャー

梓「あ・・・あずにゃん3号みっけ」

律「あーずにゃーん、こっちおいで」

梓「にゃ?」

律「君じゃないんだよ。あの黒猫君だよ」

梓「ちぇー」ブー

ニャー

律「寄って来た・・・」ナデナデ

ニャー

梓「・・・」ナデナデ

ニャー ピョン

梓「あ・・・行っちゃった・・・」

律「あいつも朝メシなんだろうよ、行くぞ」

梓「はい。・・・」

梓「いいなぁ・・・猫になりたい」

End



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最終更新:2010年11月18日 01:07