梓「こんにちは~」

律「おー」

冬休みを目前に控え、肌寒い空気で満たされた校舎。その一角にある音楽準備室にいつものように顔を出す。

梓「あれ? 律先輩だけですか?」

律「あぁ、他のみんなは用事やら受験勉強やらで帰ったよ」

梓「律先輩は何してたんですか?」

律「いやいや、見りゃ分かるっしょ」

机には先輩達の志望校の赤本とノートが広げられ、律先輩の手にはシャーペンが。

梓「それで律先輩は何してたんですか?」

律「うおぉい、中野おぉ! 勉強だよ、じゅ・け・ん・べ・ん・きょ・う!」

机をばんばん叩きながら激しいツッコミを入れる律先輩。本当に元気な人だ。

梓「律先輩は家で勉強しないんですか?」

律「あ~……家だと集中出来なくてさあ。ゲームとか漫画とかあるし」

なるほど。たしかに律先輩はちょっと息抜きにとかいって、勉強そっちのけで他の事に熱中してしまうタイプだ。

律「そういう訳でこうして誰もいない部室で、一人涙ぐましい努力をしているのだよ、梓君」

ありもしない眼鏡のつるを押し上げながら、大仰に言い放つ律先輩。

梓「自分の集中力の無さをそんな誇らしげに言われても……」

かりかりとシャーペンを走らせる音と、弦を爪弾く音がアンサンブルを静かな部屋に響かせる。

かと思えば律先輩は頭を抱えながら唸ったり、書いては消してを繰り返したりと様々な音を起てる。まるでインプロビゼイションのように。

律「だあーッ! 分からーん!」

そろそろ頭から蒸気が出そうだなと思いながら見ていたら、律先輩はシャーペンを投げ出して突っ伏してしまった。

梓「分からない所があるなら、澪先輩に教えてもらえばいいじゃないですか」

よく澪先輩が「律のやつに教えるので手一杯で、自分の勉強が進まない」と溜め息を吐いていたのを思い出す。
そんな事を愚痴りながらも、澪先輩の顔はどこか満更でもなかったようなことも。

律「んー、それが一番手っ取り早いんだろうけど」

突っ伏していた頭を傾け、上目遣いでこちらに言葉を投げる律先輩。
勉強で疲れていたのだろう。眠た気にとろんとした目は色っぽく、少しドキドキしてしまった。

律「何が分からないのか分からないまま教えてもらおうってんじゃ迷惑だろ。みんなで同じ大学行こうって頑張ってんのに、あいつの足を引っ張るわけにもいかんしなー」

何でもないことのように言い放ったその言葉に少し感動する。
なんだかんだと周りを振り回す人だけれど、そういう細やかな気遣いの出来る人なのだ、律先輩は。
もしかしたらそんな心遣いが彼女を軽音部の部長たらしめているのかもしれない。

律「はあ~、休憩休憩。お茶でも飲んで一息入れよう」

梓「あ、それなら私がやります」

律「いーから梓は座ってろって」

こちらの静止も聞かず、律先輩はお茶の準備を始める。

律・梓「ふう~……」

律先輩が手ずからいれてくれたお茶を二人で啜る。

立ち上るヴェルガモットの香気が部室を優しく包んだ。

梓「………………」

先程の律先輩の言葉をきっかけに、いろいろ事が頭に思い浮かぶ。

梓「……あの、律先輩」

律「ん~?」

梓「ちょっと相談にのってほしいことがあるんですけど……」

律「相談?」

梓「はい。人生相談というかなんといいますか……」
律「ふむ、言ってみ?」

こちらのただならぬ様子に律先輩は居住まいを正す。
この胸に蟠る不安を打ち明けるのなら、この人しかいない。
素直にそう思えた。

梓「あの……部長の心構えって何かありますかね?」
律「部長の心構えぇ?」

梓「はい」

律「心構えねえ……なんでまたそんな事を?」

梓「ほら。来年、私一人になるじゃないですか、軽音部」

律「あ~……そうだな」

梓「あ、だ、だからその前にアドバイスのようなものをいただけないかと!」

律先輩が罰の悪そうな表情を浮かべたので、すかさずフォローを入れた。

そう。それが今の私が抱える不安の一つ。

梓「多分私が部長をやることになるでしょうし」

律「まあ、そうなるよな。う~ん、心構え心構え……」

果たして私なんかに部長が勤まるのだろうか?

先輩達の卒業が近付くにつれ、その不安は日々増すばかりだ。

梓「律先輩ってなんだかんだありながらも、ちゃんと部長をこなしてたじゃないですか。ですから先達として何か秘訣のようなものを……」

腕組みしながら思い悩む律先輩を急かすように、この不安を押し隠すようにまくし立てる。

律「ないな」

梓「へ?」

あっけらかんと言い放たれた律先輩の一言に目を丸くする。

律「考えてもみろ、梓。ちゃんと部長が勤まっていたように思うか、私が?」

梓「そう思ったからこうやって聞いているんですけど……」

律「書類の提出とか部長会議を忘れて、澪や和に怒られてたのに?」

梓「それでもちゃんと軽音部は活動出来てたじゃないですか」

律「それはみんなが支えてくれてたからだろ。私一人の力じゃないよ」

梓「でも……」

律「じゃあ一つ聞くけどさ。梓は私が部長だから今まで私についてきてくれたのか?」

梓「それは……違います! 部長だからって理由じゃなくて、私は……!」

上手く言葉に出来ないことがもどかしくて黙り込んでしまう。
そんな私を宥めるように律先輩はゆっくりと言葉を続けた。

律「きっとみんなも同じだよ。一緒に音楽をやるのが楽しくて、この部屋でお茶を飲むのが楽しくて、居心地が良くて……だから支えあって頑張れた」


未完



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最終更新:2010年11月18日 01:27