律「むぎを許すか、許さないかは澪にしか決められないことだから私は口は出さない。だけど、むぎは好きで澪を傷つけたわけじゃないし、凄く後悔してた…。それだけは、理解してやってくれ」
それでも、自分たちは軽音部の仲間としてずっと共に過ごしてきたのだ。
紬は悪意を持ってやったわけではないということを、律は澪にわかって欲しかった。
澪「――うん、わかった…。大丈夫…むぎのことは、恨んでない。ただ、相談して欲しかった。一人で悩まずに――私達は仲間なんだから…」
それを聞き、安心した律は、ニッコリと微笑んだ。
律「そっか…良かった」
澪「ふふ…変なの。狼が笑ってる」
律「な、なんだとー」
それから、いくら経っただろうか。
律「おぉ…ようやく戻ってきたか…」
いつの間にか顔から首にかけて、人間の状態に戻っていた。
律「あいたっ…」
ちくり、と首筋が疼き、そこに手をやると、血が滲んでいた。麻酔の痕だ。
律「あ~すっかり忘れてた…。麻酔銃で撃たれることになるなんて、思ってもなかったぜ。なぁ澪…澪?」
律は澪の異変を察知し、彼女の肩に手をやった。息が荒い。
律「お、おい澪?大丈夫?」
澪「り、つ…ごめ…私――」
苦しそうな瞳が、自分の首筋へと走る。ま、まさか――
澪『血を見ると、自分を見失っちゃうんだよ。我を忘れて、ただ飲みたいっていう衝動にだけかられる』
律「あ、あの…澪ちゅわん?」
澪「血…血が…欲しい…」
がっ、と両肩を掴まれた。そのまま強引に引き寄せられる。
律「ちょ、待っ、わかった!後で飲ませてやるから、ちょっと我慢し――ひゃあっ!?」
問答無用で、澪は律の傷に口を付けた。
澪の舌が律の首を這い、血を舐めとっていく。
律「いっ…や、はっ…み、澪!くすぐったい、って…!」
力尽くで澪を押しのけようとして、律はさらに重大な出来事に気付いた。
律(ちょ、ちょっと待て…。体が元に戻ってきたは良いけど――私よく考えたら上半身素っ裸じゃん!!)
全身を包んでいた体毛は、少しずつ引っ込みつつあった。すでに腕と胸の辺り以外は、人間に体に戻っている。
これはまずい。すこぶるまずい。
このままじゃ、とても人聞きの悪い状況になってしまう。
男達は気を失っているし、今のところ二人っきりだからまだマシだが――
もし唯達が来たらとんでもないことになるんじゃないか?
何ていうか、未知の領域まで誤解されるんじゃないか?
いや、っていうか、この状況を見られるって――
律は顔が火が付きそうなほど熱くなっていくのを感じた。
律「み、澪!!ちょ、どいてくれ!!そこのブレザー取ってくれぇ!!」
真っ赤な顔で律は懇願するが、澪は一心不乱に律の血を味わっている。
どいてくれるどころか、押し倒さんばかりの勢いだ。
律「はぁっ…う、ぅ…澪ぉ…やめてくれよぉ…」
何だか変な気分になってきた。やばい。非常にやばい。
その間にも体毛はどんどん引いていって――
律「――…!!み、みおおおおおおおお!!だ、誰か助けてえええええぇ!!」
救いを求める声を、律は涙目になってあげた。そして、それに応えるかのように――
唯「りっちゃあああああああん!!大丈夫だよ!!今助けに――…Oh…」
梓「今の悲鳴、律先輩…ぶふぉっ!は、鼻血が…」
和「律!!――…えっ。なにこれえろい」
紬(キマシtowerーーーーーー!!1!!!11!1!――じゃなくって…澪ちゃん大丈夫で良かった…)
さわ子「あなた達…」
皆が現れた。半裸状態の律と、その彼女を押し倒して首に口を付ける澪を見て、各々違った反応を見せる。
妙な沈黙が流れた。
律「……終わった…」
澪「――…もう、お嫁に行けない…」
律「それはこっちのセリフだっ!!」
しばらくして我に返った澪は、律の隣で小さくなって赤面した。
男の一人からシャツを拝借して、ブレザーを羽織った律は、さらに真っ赤な顔をして澪に怒鳴る。
唯「んー、でも、私もりっちゃんの完全変身見たかったなぁ」
律「のんきなもんだなぁ…。こっちはいろいろ大変だったってのに」
唯「ごめんごめん。あ、そうだ。はいりっちゃん、カチューシャ」
律「あ、あぁ、持ってきてくれたのか。ありがとな」
唯から渡されたカチューシャを受け取り、律は手早く前髪を上げてそれを付け直した。
律「変身しちゃったら目つき鋭くなっちゃうから、あんまり目見られたくなかったんだよな。みんなに怖がられたくなかったし…」
澪「…気にすることないよ。律は律なんだから」
律「――だな」
小さく笑い合う二人を見て、さわ子が意地悪げな笑みを浮かべる。
さわ子「あらあら、仲良いわねぇお二人さん?一線を越えちゃったからかしら?」
律澪「な、何を!!」
紬「澪ちゃん…私…」
うつむきがちに、紬が澪の前にでる。
澪「ムギ、律から全部聞いた」
紬「ごめんなさい…本当に、ごめんね…!謝っても許してもらえないことをしちゃったけど、でも――」
澪「許すよ。だからそんなに謝らないで。ムギも好きでやってたわけじゃないってことはわかってるよ」
紬「澪ちゃ…ぐすっ」
澪「怖かったんだよな。私だって、もしパ…お父さんがそんなになっちゃったら、どうしようもなくなっちゃうに決まってる」
涙ぐむ紬の頭を優しく撫でて、澪は微笑んだ。
澪「辛かったよなムギ。今度からは悩み事があったらみんなに相談しなよ?約束だ」
紬「うん…うん。ありがとう澪ちゃん…」
良かった、大丈夫そうだ。律は二人が無事に仲直りできたことに安心して息を吐いた。その時だった。
?「おや、これはこれはお嬢さん方…。こんなところで何をしているのかね?」
撫でるような気味の悪い声に、皆は表情を凍り付かせ、入口を振り返る。
白衣を着た薄気味悪い男が、笑みを浮かべて立っていた。
紬「あなたは…博士…」
博士「おぉ紬お嬢さん。ふむ、ということは…この子達は例の実験サンプルかな?」
怯えた表情を浮かべる紬を見て、博士は顎を撫でた。
紬「…みんなのことを、そんな風に言わないで下さい…」
怒りからか恐れからか、震える声で反論する紬。博士は汚い歯をむいて笑う。
博士「ふっふっふ。何をおっしゃるやら。お嬢さんがこの子達に薬を投与したんでしょうが」
紬「――っ…それは…」
律「…やめろ」
表情を曇らせる紬の肩に手を置いて、律は博士を睨んだ。
博士「おやおや。私は本当のことを言っているだけなのだが――」
律「うるさい。お前がむぎのお父さんを変えたせいで、むぎはずっと苦しんでるんだぞ」
博士「はて、変えた?何のことかわかりませんな。私は旦那様に、実験の話を持ちかけただけですが」
さわ子「はっ…とぼけても無駄よ」
ずっと黙っていたさわ子が、眼鏡の奥から鋭い眼光で睨む。
さわ子「琴吹グループの財力を利用し、利益と名声を手に入れてメシウマ――そんな甘い考えが目に見えてわかるわよ?」
博士「おっと、こちらの威勢の良い年増はどちら様で?」
ビキッ、と音が立てて青筋が立ちそうなほど、さわ子はその顔に怒りをあらわにした。
さわ子「おもしれぇこというじゃねぇかコラ」
唯「先生、落ち着いて」
眼鏡を取って殴りかかりに行こうとするさわ子の袖を唯が引いて止める。
博士「それはそうと、これは一体どういうことですかな?私の可愛い助手達が全滅ではないか」
あちこちに横たわる黒服の男達を見て、博士は肩をすくめる。
彼にとっては不利な状況なはずなのに、全く動じていない様子を見て、律は眉をひそめた。
博士「まさかそこの年増が暴れたとは思えないが…。そういえば、薬の反応がでたという報告が入ってましたな」
切歯扼腕して睨むさわ子を華麗に無視し、博士は不気味な視線を唯達に滑らせる。
博士「果たしてどなたの仕業かな?」
博士の嫌らしい瞳が澪を捉え、彼女はびくりと身を震わせた。
博士「ふむ、貴方が例の吸血鬼サンプルですか。噂は聞いてますよ」
澪「何を…」
ガクガクと震える澪の後ろで、律は唇を噛みしめ、再びブレザーのボタンへ目を落とす。
静かな怒りを燃やすその小さな体に戦慄が走った。
博士「我々の新薬開発のため、私にその身体を差し出して下さいませんかね?えぇ、丁重に扱わせていただくつもりですよ?」
澪「ひっ…」
澪が喉の奥であげた悲鳴が引き金となり、変身を終えた律は文字通り吼えた。
律「このやろおおおおおぉ!!」
皆の輪を飛び出して、律は拳を握って疾走する。
――だが、博士は驚いた様子もなく、ただニヤリとほくそ笑んだ。
律(――!?)
瞬間、凄まじい悪寒を感じ、律は自分の体が何者かに支配されるような感覚を覚えた。
律(何、これ…!?)
博士まで後数十センチというところで、体が完全に動かなくなる。
澪「り、律…!?」
拳を振りかぶったまま動かなくなった律を見て、澪が不安げな声を投げかける。
博士「ふっふっふっふ…」
律「…何、を…したんだ?」
途切れ途切れに訊ねる律を、博士は嫌らしい笑みを浮かべて見つめる。その後ろから、一人の男が現れた。
澪が喉の奥であげた悲鳴が引き金となり、変身を終えた律は文字通り吼えた。
律「このやろおおおおおぉ!!」
皆の輪を飛び出して、律は拳を握って疾走する。
――だが、博士は驚いた様子もなく、ただニヤリとほくそ笑んだ。
律(――!?)
瞬間、凄まじい悪寒を感じ、律は自分の体が何者かに支配されるような感覚を覚えた。
律(何、これ…!?)
博士まで後数十センチというところで、体が完全に動かなくなる。
澪「り、律…!?」
拳を振りかぶったまま動かなくなった律を見て、澪が不安げな声を投げかける。
博士「ふっふっふっふ…」
律「…何、を…したんだ?」
途切れ途切れに訊ねる律を、博士は嫌らしい笑みを浮かべて見つめる。その後ろから、一人の男が現れた。
紬「…さ、斉藤…!?」
生気のない顔をして現れた男を見て、紬が驚愕の声を上げた。
嫌な予感がし、澪は律に駆け寄ろうと立ち上がる。が、
博士「やれ」
博士の小さな呟きに、斉藤はぬるりと首を動かして一度目を閉じると、見開いた目で澪の足を睨んだ。
途端、澪はつんのめって転け、激しく床をスライディングした。
澪「いった…!!」
澪(あ、足が…動かない!!)
唯「澪ちゃん!?」
梓「――!?か、体が動きません!!」
最終更新:2010年11月20日 23:18