この物語に起因するものが何であったかは未だに理解不能である
勘違いしてもらっては困るのだが
私は自身が『世界で一番不幸』だとかそんな風に思うほど傲慢ではない

どれほど荒野を彷徨いマジックポイントを極めた占い師でも
どれほど多品種多量な物を目にしてきた鑑定士でも

字画も
生年月日も
手相も

どれをとってもみな操り人形の様に口をそろえて発する言葉は
「十人並み」
である

私の運勢は図にすると定規とペンでなす直線のみが正答である
そして事実と現実だけが後に残ることになる

しかしひとつだけこの物語ではっきりと私は言えるようになった

私はさほど神様など信じないのである


我が母校KO大学と唯先輩達が通うN女子大は
駅にして東西に5駅

所要時間にすれば40分弱の一本道である

KO大学にては勉学に励み
N女子大学にてはサークルに属し撥弦楽器への道に邁進する

こんなルーティンの私の日常を雪舟が水彩画で彩っている

大学の講義を終えると一目散に駅に行き西に三駅25分
そこから自慢の赤兎馬「あずさ2号」にまたがり、一度家で準備して西に二駅45分

全行程一時間の小旅行

これを一定タームで繰り返すのが私の業務である

駐輪場に自転車を止め
今日もN女子大学の門を「堂々とした態度」という光学迷彩を身に纏い潜り抜ける

N女子大は門に警備員も在中しているが
この光学迷彩のおかげで難易度はベリーイージー
常に私は警備員の死角にいるのである

ああ光学迷彩
なんて便利な代物であろうか
これさえあれば何でも可能であると思えてくる

あんなところやこんなところそんなところ
たとえそれが唯先輩の部屋で
そのまたベッドの向こう側であっても…ゴクリ


憂「梓ちゃん?何独り言を言ってるのかな?」

梓「ひ」
 「う、憂!」

憂「ん?どうしたの、梓ちゃん?」

梓「い、いつから、私の後ろに?」

憂「うん、ついさっきからかな?」

この人は平沢憂
私の高校時代の同級生
今は唯先輩と同じN女子大学に通い
隣のアパートに住んでいる
勉学も運動も優秀で容姿端麗
料理の腕もいちりゅ

憂「梓ちゃん、さっきから何、独り言ばっかり言ってるのかな?」

梓「いえ、なんでもないです、すみません」

憂「梓ちゃんはこれからおねえちゃんのところに行くんだよね」

梓「う、うん」

憂「私も今からおねえちゃんの所に行くんだ!」
 「一緒にいこっか」

梓「う、うん、そうだね」

スタスタ
 カツカツ
スタスタ
 カツカツ

梓「あの、う、憂?」

憂「何かな?」

梓「何で私のピッタリ真後ろを歩くのかな?」

憂「え、ここ狭いし、一列にならないと人通りの邪魔にならない?」

梓「そ、そうだよね」

憂「そういえば今ふと思い出したんだけど」
 「昨日のスポーツニュースで言ってたんだけどさ」

 「F1ドライバーは前のマシンにピッタリとくっついて」
 「時速300Kmで走行中にプレッシャーを掛け続ける事によって」
 「相手の選手がミスするのを待つこともあるんだって」

 「場合によっては、その重圧に耐え切れずに」
 「相手の選手がクラッシュしちゃう事もあるらしいよ」

梓「」

梓「そうなんだ、F1ドライバーはすごいねー」

憂「そうだねー」

こんなことを言って歩を前に進める

この気持ちはきっと私の誤解である…はず


言わずもがな足元に細心の注意は怠らない

目指すのはN女子大学の空き教室206である

私達は非公認サークルの形をとり
N女子大学で軽音楽を奏でる活動をしている
そのため普段はティーセットを片手に空き教室に利用届けを出しては流れる流浪の民である

大学の公認を得られれば大学から活動資金の援助が出ると世間一般ではいわれているが
後ろ楯のおかげで私達のほうが資金面が充実しているのは無論言うまでもない

練習は某系列のスタジオの空き時間を借りて行っている
しかし貴重な貴重な空き時間があるにも関わらず
空き教室や食堂で一日を終えることもある

そして私達がいつも都合よくスタジオに入る時間が
本当に空き時間であるのかは未だ定かではないのも事実である

ところで世間話とは不思議なもので
ここで憂が何故ふと昨日のニュース何を思いだし
ふと何故そのニュースを突然言い出したのか
私としても理解が出来ない

私とて人の子である

他人の心を読み解くことが出来るのは
山におわす仙人だけで十分である


そして私は毛頭理解するつもりもない

そうそう考えているうちにメールで指定された空き教室206に到着した
ここのドアを開けば誰かしらいるはずである

前回指定された教室の扉をいきおいよく開けたときは
怪訝な顔をしたフランス語の講師と多数の学問に精進する若者がいた

後ろからする「あっはっはっ!」と言う雑音をキャンセリングしつつ
うむ関心関心、この国の未来は明るいであろうと心得一礼し
実に繊細に扉を閉めたのは記憶に新しい

それ以来教室の指定は律先輩以外専属になり
私の携帯の電話帳は『律先輩』から『狢』にきちんと変更されている

今から入る206教室には
澪先輩とムギ先輩は真面目の模範であるからいないかもしれないにしても
唯先輩か狢位は居るであろう

梓「こんにちはー」

そういって206教室に入るとなにやら話し声がする
最近渡された新曲の話をしているらしい
そういえばライブまでちょっとである

憂「こんにち…」

声のしていた方向に目を向ける

何だ珍しくきちんと5人全員揃っているではないか

律先輩は相変わらず行儀悪く机に座っているし
澪先輩はその隣に立っている
ムギ先輩はそのうしろでお茶とお菓子を机に広げている

教室で食べてていいのだろうか?

そして唯先輩は相変わらず私に抱きついている

ん、なにやら違和感が

何かおかしかったであろうか
もう一度よく見て状況を整理してみなくてはならない

律先輩は相変わらず行儀悪く机に座っているし
澪先輩はその隣に立っている
ムギ先輩はそのうしろでお茶とお菓子を机に広げている

教室で食べてていいのだろうか?

そして唯先輩は相変わらず私に抱きついている


私に?

……


うわうわうわうわ!!
ちょちょちょ、ちょっと待って!!

幼きころから数々の修羅場に目を逸らしては平静を保ち
つい最近まで狢に化かされ続けた私であっても動揺を隠せない

「わわ、わたわたわた、私が、も、もももう、もう一人、いる?」

私の発声が先か後か

ガタン!
と音がして

放課後ティータイムは二人の中野梓を中央に残し
脱兎のごとく四方に散り散りに散開した

まるで磁石の異なる極を近づけたかのようだ

もう一人の私は坊主に餌をねだる鯉のように口をパクパクさせている

ここからは便宜上
私を私という一人称として
もう一人の彼女を梓とする

決して私が中野梓ではないわけではない
この手記を読むであろう方々への
心からの私の
あふれんばかりの親切心からの便宜上の計らいである

これで

ふむふむ、この作品は二人の梓の主点を入れ替え終盤の場面を迎える
いわば叙述トリック?であろう

など先読みしがちな読者に余計なご足労をかけずにすむからである

というか、そんな技術と豊かな想像力は筆者である私にはまずない

私「ゆ、ゆ、唯先輩」ガクガク

唯「ふぇ?」

唯「な、な、なにかな?あ、あずにゃ、……あ、あずさちゃん」

私「きょ、今日は、あ『あずにゃん分』補給しなくて大丈夫でしょうか?」

唯「う、うん、ちょ、ちょっと、今日はおなかの調子が悪くて…」

さっきまでいた机に、脂っこいお菓子が大量に広がってるけど?


私「り、律先輩、澪先輩」

澪「」

律「なな、何だ?…梓?どうした?」

澪「」

私「ら、ライブの曲順、き、決めませんか?」

律「い、いや、今、決めるのは、やめ、よう」
 「ほらここ、スパイとかいるかも知れないし」

澪「」

スパイが求める何の重要事項を私達は握っているのであろうか



私「むむ、ムギ先輩」

紬「ど、どうしたの、梓ちゃん?」

私「こ、この状況って…」

紬「私は、梓×梓でも大丈夫だと思うわよ」ビシッ

私は何かを耳にしたであろうか
そういえば外からは鳥のさえずりが聞こえてくる

憂「あ、梓ちゃん、よかったね」
 「生き別れた双子の姉妹と再会できて」

教室206に入ったときから入口でオブジェと化していた憂が言った

妹か
なるほどこれなら納得がいく
双子であれば姿形が同じでも違和感がないからだ

これで
梓「会いたかったよお姉さん」

とでも言ってもらえれば
唯先輩仕込のハグで応じてあげよう

これで実に理論的に今の状況を結論付けられる

彼女には罪はない
後は両親への感情論だけである

さすがは親友の憂
さっきまで教室のモニュメントであったとしても
冷静な判断ありがとう

梓「わ、私に妹はいません!」

びく

何だ突然驚くではないか、と言うより喋るのか

はは、そのうえ100%自信満々で否定されてしまったよ

というより、無意識中に自身が姉であり
私が妹であるというポジションを…

一体全体摩訶不思議である

では
目の前に居る
大体身長150cm
小柄な体格でやや青みがかった黒髪のロングツインテール
赤みがかった茶色のぱっちりとした瞳
さっきまで飢えた鯉のごとく口をパクパクしていたこの人物は何者であろうか

ふむ、どう見ても中野梓である

この人物が中野梓だとしたら私は中野梓ではないのだろうか

急に不安に駆られ
バックから手鏡を取り出す

これで写っていた人物が
自称『中野梓』の
汁とその食欲をそそる香りを無料に周囲に提供する心優しい巨漢の男であったらどうしたらよいであろうか

きゃぴきゃぴした女子大生の集まりに
急に「こんにちはー」とか言ってこんな男が我が物顔で入ってくれば
この先輩達が四方に散り散りになった状況にも合点がいくのだが

ただひとつ問題がある

ただ私一人が合点がいかないのだ

思い切って鏡をのぞいてみる
そこには

大体身長150cm
小柄な体格でやや青みがかった黒髪のロングツインテール
赤みがかった茶色のぱっちりとした瞳が特徴の
中野梓がいた

ふむ、これからの事は別にしても良かった
否、良くないのか?

しかしこれで
手鏡に向かって

てくまくまやこんてくまくまやこん
大体身長150cm
小柄な体格でやや青みがかった黒髪のロングツインテール
赤みがかった茶色のぱっちりとした瞳がかわいい
中野梓となーれ!!

となどと黒魔術を唱える必要がなくなった

汁とその食欲をそそる香りを無料に周囲に提供する心優しい巨漢の男が
手鏡片手に黒魔術を叫ぶ

実に想像を絶する光景であり
見たものはたちまち呪われ75日間のこの夢を見て魘されるであろう

ん、夢?

ここでとりあえずベタだがやってみるとしよう スタスタ

律「ん、な、何だよ、梓」タジ

ぎゅむ

律「!!!!」
 「いってええええええ!」

やはりベタは王道である

ゴン!

うむ、今は現実らしい


夢か

げんこつを受けた頭をさすりながら
その衝撃であろうか
私は昨日から今日にかけて見た夢を思い出した

心の押入れにしまったはずの夢が衝撃であふれてしまったらしい


その夢は私が神社を歩いていたところから始まる
場所は唯先輩と私のアパートの間にある


『古河原神社』

であろうと思われる

現実の閑散とした古河原神社と違って
夢の神社は新築のようであった

私はその神社を一人で境内に向かって歩いていた
そこで後ろから声をかけられた

「あーずにゃん!」

反射的に振り向く

そこに居たのは唯先輩…
ではなく年のころ50くらいのふんどし一丁のおっさんである
いかにも胡散臭いニヤついたおっさんである
野太い声のおっさんが急に「あーずにゃん」なんていってきら
さすがの私でも振り向くよ

夢というのは不思議なものである

現実で女子大生がこんなおっさんに出会えば
きっと大声を上げてシマウマのごとく逃げ出すであろう

しかしなぜか私はこのおっさんと対峙した

もう一度言う
夢というのは真に不思議なものである

?「ふむ、おぬし、なかなか、ムニャムニャ」

梓「?」

?「自己紹介が遅れていたな、私は『古河原俊之助』。ここ古河原神社の安産の神である、ムニャムニャ」

梓「(電波野郎だよね? 神…様ではないだろう)」

神「私の処へ祈りに来るのはみな安産ばかりでねえ、ムニャムニャ」

梓「はあ…」

神「まあそれが私の専門だからねえ、ムニャムニャ」

梓「はあ…(ムニャムニャうるさいな)」

神「まあ、産婦人科が減少しているいま、私もまた少し忙しいのだムニャムニャ」

梓「はあ…」

神「しかし、おぬし、最近、全く別のことを私に祈ったろう?」ニヤニヤ
 「それが結構新鮮でねえムニャムニャ」
 「それに神社でのお参りの手順もわきまえておるムニャムニャ」

梓「そうですか」

神「そこで私も一肌脱ぐことにしようと思ってねムニャムニャ」

梓「結構です、間違ってもこれ以上は脱がないでくださいというより脱いだら警察呼ぶ」

神「まあまあ」
 「それにしても、自分のエゴ丸出しの願いににわざわざ500円も投じるとは」
 「お主、なかなか見所がある」ニヤニヤ

梓「(ニヤニヤすんなよ)」
 「あれは10円玉と、500円玉をとりちが」

神「まあまあ、謙遜せずともムニャムニャ」

梓「それにもしそうだったとしても」
 「私がお参りしたのは結構前ですよ、それを何で今頃(腹立ってきたな)」

神「天界も最近はきびしくなっていてねえムニャムニャ」
 「コンプライアンスや情報開示、本人照合等の事務手続きが大変でのうムニャムニャ」

梓「はあ?」

神「まあ、決裁もおりたことだし、私も後は実行するだけだよムニャムニャ」
 「というより予算を確保した以上実行せねば、それはそれで後々面倒なことでねムニャムニャ」 

梓「…」

神「まあ実は、私の暇つぶしなんだが、ムニャムニャ」
 「期待しててくれたまえ」


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最終更新:2010年11月22日 22:56