律「というわけで、私と唯もN女子大を目指すことにしたぞ!」

唯「頑張ろうね、みんな!」

澪「私とムギはともかく、お前たち二人は本当に頑張らないと駄目だぞ。」

律「わーってるやい!」

唯「ムギちゃん、澪ちゃん。私、みんなと一緒に大学行けるよう頑張るからね!」

紬「みんな……」

律「そして…大学入ってからもバンド続けるぞー!!」

唯「おーー!!」

澪「はあ、大丈夫かな……」

紬「……」

嬉しかった。みんなと同じ大学を目指せることが。
そして、これからもみんなと仲良くやっていけるかもしれないことが。

それが素直な気持ち。

でも、それなのに。なんでこんなに胸が痛いのだろう。

私はそれからというもの、受験から先のことは何も意識しないように努めた。
残された高校生活を楽しみつくす、そのスタンスだけは守りたかったから。



やがて、私は卒業の時を迎える。


紬「…この部室ともお別れね。」

卒業式の数日後、私は一人で馴染みの部室を訪れた。
片付けないといけない私物を撤収するためだ。

紬「大学生、か……」

結局、不安視されていた唯ちゃんとりっちゃんは受験に成功し、私たちは同じ大学に通う
こととなった。りっちゃんは、これからの大学生活の展望を楽しそうに語ってはいたけれど
私はその話に入っていくことが出来なかった。

澪「あれ、ムギ…来てたんだ?」

不意に声をかけられる。振り向くと、澪ちゃんが立っていた。

紬「澪ちゃん。どうかしたの?」

澪「いや、ちょっと持って帰るの忘れてたのがあってさ。ムギは?」

紬「ふふ、私も。今日は一人なの?」

澪「ん…ああ、律なら家族旅行だって。明後日帰って来るって。」

紬「そう……」

澪「……3年間、短かったな。」

紬「そうね。」

澪「……なあ、ムギ。」

紬「何?」

澪「あのさ…ありがとう。軽音部、入ってくれて。」

紬「澪ちゃん…?」

澪「私さ、本当は入部するのあまり気が進まなかったんだ。律に振り回されてただけだし
  見学したいクラブもあった。」

紬「……」

澪「でもさ、ムギが来てくれて…私はその時、ただ観念しただけのつもりだったんだけど。」

澪「後になって思ったんだ。軽音部に入ったことは全然間違いじゃなかったって。」

紬「澪ちゃん…うん、私も。軽音部入ってすごく良かったと思ってる。」

澪「ムギ…はは、なんか変な感じするな。初めてだよ、ムギの口からそんなこと聞いたの。」

紬「そう?」

澪「そうだよ。だからさ…ちょっと不安もあったんだ。ムギが後悔したりしてないか。」

紬「後悔なんてあり得ないわ。どうして?」

澪「だって…いつもお茶入れさせてるし、お菓子も持ってきてくれてるし、更にはみんな
  のために曲まで作ってくれて…私たち、ムギに甘えてばっかじゃん。」

紬「……」

澪「だから、なんと言うか……」

紬「ふふ、変な澪ちゃん。ふ、ふふ……」

澪「わ、笑うなよー。」

紬「ふふ、ごめんなさい。でも、ありがとう。私に気を遣ってくれたんでしょ?」

澪「あ、いや。その……」

紬「ありがとう、澪ちゃん。私、みんなのこと大好きよ。」

澪「ムギ…ああ、私も同じ気持さ。」

今までの日々を惜しむように、私たちはそこまでも素直に話を続けた。
澪ちゃんとは今までこういう話をしたことはなかったけど…一つわかったかも知れない。

彼女も、多分私と同じ気持でいたこと。

みんなのことが好き。でもそれが故に嫌われることを、捨てられることを恐れる気持ち。
そうならない為にどこか卑屈になってしまっていること。

そして、彼女もまた私と同じくりっちゃんに救われているんだろう。

澪ちゃんは、私の気持ちを見透かしてか。最後に一言こう言った。
多分律ならこういうだろう、と前置きをして。

澪(律)「私はお前のことを信じてる。だから、ムギも私を信じろ!」



「私さ、子供の頃人見知りが激しくてさ。あまり友達いなかったんだ。」

「そんな中、律は積極的に私に関わってきてくれた。」

「嬉しかった。けど、同時に怖かった。」

「私、昔から手が出やすくてさ…それで友達なくしたこともあったんだ。」

「だから、律には嫌われたくないって思って、ずっと顔色見て大人しくしてた。」

「そしたらさ、ある時律が怒ってたんだ。私は怖くて、話しかけることもできなかった。」

「それで、あとで私のところに来てさ。いきなりこう言ったんだ」

『お前、私のことなんだと思ってるんだよ!!』

「私は面食らったさ。そしたら、律が掴みかかってきてその後は殴り合いの喧嘩になった。」

「喧嘩が終わって、帰ってから私は泣いたよ。また友達をなくしたって。」

「で、次の日学校行くと律は普通に話しかけてきたんだ。それでこう言った。」

『いつもいつも私の顔チラチラ見んな。
 私はそんな澪じゃなくて、普通の澪と友達になりたいんだよ!』

「それからさ。私は本音であいつにぶつかって行くことになったのは。」

「喧嘩はしょっちゅうしたし、他にも色々あったよ。でも、あいつは私を見捨てなかった。」

「今のムギを見てるとさ…なんか、昔の私を見ているような気がするときがあるんだ。」

「だから……」



私は、気がつくと涙を流していた。

私が彼女たちを心の底から信用していなかったことに気づいた悔しさからか。
少なくとも、澪ちゃんとりっちゃんが私自身を見てくれているという嬉しさからか。

どれが理由なのかはわからなかった。

私は拭うこともせず、それからしばらくの間、ただ涙を流し続けた。



この日、私は自らが放課後ティータイムのメンバーであることを初めて認識した。


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高校時代のことを思い返し、私は一つ溜息をつく。

23年という今までの短い人生の中で最も楽しかった日々。
そして、自分自身に気付かされた高校最後の日。

戻らない過去に思いを馳せ、一旦足を止める。

今の私は、あの頃と違い輝いていない。否、そんなことは許されない。
私は琴吹家の紬。もうモラトリアムは過ぎたのだから。

ふと思い出し、私は携帯を取り出しメールを見る。
半年前のあの日、みんながくれたメール。

律『なんて言ったらいいかわからないけどさ…頑張れ。なんかあったら相談くれよ。』

りっちゃんは、私が道に迷った時いつも横で一緒に考えてくれる。
彼女のおかげで私は高校・大学とやってこれたと言っても過言ではない。

唯『ムギちゃん…またいつか一緒に楽器やろうね…』

唯ちゃんはいつも私の前に立って、私の手を引いてくれる。
まるで太陽のように、私の行き先を照らしてくれる。

梓『先輩がいないのは寂しいですし、不安です。
  でも、先輩がそう決められたのなら…私は、応援します。』

梓ちゃんは、私が道を決めたとき後ろから背中を押してくれる。
振り向くといつも頼もしい笑顔をみせてくれる。

澪『私の気持ちは変わらないよ。』

澪ちゃんからは、短くこれだけ。彼女は、私に一歩踏み出す勇気をくれる。
躊躇する私を横で鼓舞して、そして共に歩んでくれる。

「みんな…」

私はみんなの言葉を胸にお母様の書斎の前に立つ。

大きく2つ深呼吸をし、3回ノックを鳴らす。

中からの「入りなさい」の声に、「失礼します」と返す。
ドアノブを握り、ゆっくりと運命のドアを引き開ける。

紬「お待たせいたしました。」

紬母「いいえ、待ってないわ。お座りなさい。」

お母様は優しい声で私に座るよう促す。私はもう一度「失礼します」と声を掛け
お母様の隣の席に腰掛ける。

向かいには、婚約者の男が座っている。

婚約者「紬さん、おはようございます。」

彼は白い歯を見せ、笑顔で挨拶の言葉を出す。私は目を合わせないように挨拶を返す。
今日はこの男との婚約を交わし、経済新聞の取材を受ける。

そして、数日後には海外に拠点を移し実務に当たる。

私の自由になる時間は、今日の取材後…およそ、数時間。
その時間に、友人に最後の挨拶を済ませる。その算段だ。

友人…私にとって掛け替えのない、仲間たち。

唯ちゃん
りっちゃん
澪ちゃん
梓ちゃん

私は今日、みんなとお別れします。


<半年前>


律「脱退って……」

唯「ムギちゃん! 私やだよ!」

梓「そ、そうですよ。ムギ先輩が抜けると私たち……」

澪「どうしても…なのか?」

みんなは私に顔を向け、思い思いの言葉を口にする。
私はただ、「ごめんなさい」としか返せなかった。

大学在学中に、父が亡くなった。
それにより、琴吹グループは次代の権力を巡り内紛状態となった。

お母様はそれを収めるために寝る間も惜しみ戦い
それに勝った。そして、私を後継者として指名した。

だが、大学生の小娘に何ができようか。
周りの声は勿論のこと、私の心中も穏やかではなかった。

それを打開するために、優秀な経営者として知られるかの男に白羽の矢が立った。
彼と私を結婚させ、彼に琴吹の名を与える。

そして、事実上の経営者として君臨させる。
そういうシナリオなのだ。

私は拒絶したかった。そのような時代錯誤の血統主義など。
でも、権力闘争のせいで消耗し1年で10以上も年を取ったようにも
見えるほどまでに疲れ切った母の頼みを断ることはついに出来なかった。

律「……仕方ないよ。」

唯「りっちゃん……私、やだ……」

梓「先輩…」

澪「そうだな…ムギの決めたことだもんな。」

私は最後まで、彼女たちの顔をまっすぐ見れなかった。

そもそも、輝ける日々など続くはずはなかったのに。
しがみついてしがみついて、でも挙句に私は投げ捨ててしまった。

もっと早く、私が抜けていれば。
この時の寂寥は軽くなっただろうか。



母と婚約者が話す横で、私は今日のことを考える。

今日は、久しぶりにみんなに会える。
私は、どんな顔をしてみんなに会おうか。

みんなは、いつもの笑顔で会ってくれるだろうか。
こんな場を早く切り上げて、みんなに会いたい。

そして、今度こそ言わないといけない。





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最終更新:2010年11月28日 21:45