憂「私じゃ……代わりにさえなれないの?」

唯「違うよ。なんか、怖いんだ……」

憂「怖い……?」

唯「何か取り返しのつかないことをしようとしてるって」

唯「憂とくっついてると、そう感じる……」

憂「……なにそれ。私が妹だから?」

唯「女の子だし、妹だし……でも、それだけじゃない」

唯「もう、なんなのかなぁ。自分でもわかんないよ……」

憂「お姉ちゃん、じゃあ」

唯「ごめん。しばらく考えさせてほしいな」

憂「……大丈夫だよ。心配しないで」

唯「憂、私は……」

憂「理由も分からないものに怯えるなんて、お姉ちゃんらしくないよ?」

唯「でもっ」

憂「お姉ちゃん、ねっ、いいでしょ?」スリスリ

唯「ん……」

憂「だめ?」ジィッ

唯(そんな目で見られると……)

唯「っ」ゾクン

唯(憂は、私としたいんだ)

唯(それを拒否しようなんて、わがままなんじゃないかな)

憂「ねぇ、お姉ちゃんってば」

唯「……うい、立って」

憂「……」

唯「ベッド行こう? ここじゃ背中が痛いよ」

憂「……お姉ちゃん!」ガバッ

唯「ちょっ」


――――

 音楽準備室

澪(やっと学校に辿りつけたはいいけど……)

澪(ここも今日で夏休みみたいだな……誰もいない)キョロキョロ

澪(でもとりあえず、ここなら落ち着けそうだな)

澪「……ふぅ」

澪(私の家には私がいた……勘違いなんかじゃない)

澪(何にしても、一番いけないのはあの私と接触することだ)

澪(早く唯と合流して、この別世界から脱出しないと)

澪(でも、どうしたらいいんだろう……分からないことだらけだ)

澪「はぁ……会いたいな、律」

澪「いや、ダメだダメだ! 自分でなんとかするんだろ!」

澪(原因を考えよう。この世界が何なのか、どうして迷い込んでしまったか)

澪(唯が失恋して、私が鏡を見せて……)

澪(でも私だってあの日に、鏡を見ていたはず)

澪(ここはきっと鏡の中なんだろうけど、普通に鏡を見てもその中に入っちゃうことはないよな)

澪(なにか条件があるはずだけど、それって一体……?)

 タン タン…

澪(……誰か来る!)

澪(どこか隠れるところは……)

澪(とりあえずこの死角にっ)ササッ

 ガチャッ

 パタン

澪(誰が来たんだろう)コソッ

律「……」ガサゴソ

澪(律……!)

律「ん?」ジロッ

澪(いけないっ!)サッ

澪(……あれ? 別に隠れる必要はないよな)

澪「律、なんでここに……」

律「せぁやっ!」ブンッ

澪「ぴいいぃぃ!?」バッ

 ガシャアァン

澪(ハ、ハイハット投げてきた……!?)

律「……外した」チッ

澪「ばっ、馬鹿! 当たってたら怪我じゃ済まないぞ! それに、だいたい」

律「まぁいいか。で、何してんだよこんな所で」

澪(人の話を聞けよ)


澪「私は、えっと……」

澪(何と説明したらいいんだろう……)

律「泥棒か?」

澪「あのな! 私がそんなことすると思うか?!」

律「さあ、無くはないだろ?」

澪「……なに言ってるんだよ」イラッ

律「50万のギターとかあったぐらいだしな……」

澪「……」

澪(違うな。律はこんなこと言わない)

澪(やっぱり別の世界に来てしまったんだ。こいつは私の知ってる律じゃない)

澪「……おまえ、一体誰だ?」

律「あ? なに、ボケた?」

澪「誰だって訊いてるんだ!」


律「……お前もお前で、変だぞ」

澪「……」

律「偽者ってぐらいに違う。もっと虐めやすい奴だったんだけどな」ガタッ

律「……お前も座れば」

澪「何しに来たんだ?」

律「関係ねーだろ。そうだ、もうすぐ他の奴らも来る」

澪「他の奴ら?」

律「知ってるだろ。こんだけ仲良しなんだからさ」

澪(仲良しだと……?)

澪「唯とかが来るのか?」

律「平沢? どうだろうな。何にせよ、大体の面子は揃うだろうよ」

律「お前がここにいるってことは、そういうことだ」

澪「……」

澪(よく意味が……いや、とにかくこれで唯と合流できそうだな)

澪「でも、どうして来るって分かるんだ?」

澪「誰が来るかが分からないなら、約束を取り付けたわけでもないんだろう?」

律「そりゃあ、私がここに来たのは同期するためだしな」

澪「同期?」

律「そうさ。そしたらそこにお前がいた」

律「きっとたぶん、律のことを大好きなお前がな」

澪「お前は……」

律「田井中律だよ。ただし私のことをお前は知りっこない」

澪「……どういうことだ?」

律「鏡の法則さ」ニヤ

澪「……」

澪(気管支のあたりがひんやりする……)

澪(聞いたこともない言葉なのに、この不快感は何なんだ?)

律「奴らが来るまでに、鏡の法則を1つ教えておくか」

澪(鏡の、というくらいだから、やっぱり鏡の中なんだな)

律「さっき同期って言っただろ? あれは滅茶苦茶に厄介なものなんだ」

律「私たちの行動範囲を著しく制限する」

澪「と言うと……」

律「私ら鏡の中の住人は、鏡の外にいる自分の近くにいなきゃいけない」

律「でなきゃ、像が消えちまうからな」

澪「像って?」

律「言ってみれば、私たちの存在そのものだな。消えちまったら復活は出来ない」

澪「……おおごとだな」

律「そんなこともないぞ。別に鏡の外の人間には関係ないんだから」

律「むしろ私たちは消えた方がいい。お前もいずれ、そう思う」

澪「……」

澪「現実で私たちのいる場所に近づくのが、同期というやつなのか」

律「そう。現実の自分がどこにいるかは感覚で分かる」

律「私は自分がこの音楽準備室に移動しているのを感じてここへ来て」

律「そしてお前を見つけた。……鏡の外から失踪してきたお前をな」

澪(……どうしてこいつは何でも分かっている風なんだ?)

律「で、あぁこりゃきっと居なくなったお前を探すために、全員集まるだろうなと思っているわけだ」

澪「なるほど……」

澪(あれ? でもそしたら唯は来ないってことにならないか?)

澪(唯とは合流できないか……いや、でも憂ちゃんか和が来てくれるはずだ)

澪(きっとあの二人のとこに唯は向かっているはず。もう辿りついてるかもしれない)

澪(とりあえず皆の到着を待って、それからは和と行動したほうがいいかな)

 タン タン

律「お、誰か来たかな」

 ガチャッ

紬「……こんにちは」

 パタン

澪「ムギか」

紬「……」ジロリ

澪(なんで睨むんだよ……)

澪「おい、律」ボソッ

律「んだよ」

澪「ムギは……律もだけど。なんかこう、凶暴なんだけど」

律「鏡の法則その2だよ」

澪「端折るなよ。意味が分かんない」

律「見ていりゃわかるさ」

澪「教えてくれたらいいだろ。さっきだって教えてくれたじゃないか」

律「……私にだって、良心はあるよ。誰にでも噛み付いてるように見えるだろうけどさ」

澪(良心があるなら教えてくれよ……って、違うか)

澪「それって、私にとって辛いことなのか……?」

律「まあ、な」

澪「……優しいんだな、やっぱり」

澪(住む世界が変わっても、律は律だな)

律「やめろよ。そんなこと言うな」

澪「照れるなって」

律「照れてないっ」

紬「……」チラ

律「ほら、睨まれてるだろ」ドンッ

澪「ごめんごめん」

澪(……ん、また誰か来たな)

 ガチャッ

 パタン

梓「……」

澪(無言……)

梓「こんにちは、律先輩」ガタッ

澪(じゃないっ!?)

澪(梓が律の隣に……珍しい光景だな)

律「……よ」

紬「……」チッ

澪(ムギって怒るとこんな顔するのか……今のは確かにムギでも怒りそうだけど)

澪(梓はムギを特別嫌ってて……逆に律はそこまででもなさそうだな)

澪(けど、結局みんな明らかに苛立ってるよ。……嫌だ、この空間)

澪(どうしたものか)

梓「……秋山先輩」

澪「ん? なんだ梓」

梓「あずっ……はぁ。うろちょろ鬱陶しいんで座っててくれませんか」

澪「……」

澪(もう慣れた)

澪「ごめん、いま座るよ」

紬「私の隣には来ないでくださいね」

澪「う、うん」

澪(もう、慣れた……)ガタ

 ガチャ

さわ子「だる」バタンッ

澪(さわ子先生も来た)

 シーン…

澪(これだけ人がいるのに静かだなぁ)

澪(みんなの押し殺してる感じの呼吸が耳に痛い……)

澪(にしても、おかしいな……)

澪(憂ちゃんと和が他より遅れてくるなんて考えにくい)

澪(……いや、憂ちゃんは仕方ないかもしれないか。問題は和だよな)

澪(真っ先に来るだろうと思ったんだけど……遅いような)

 チッ チッ…

澪(時間ばかり過ぎていく……)

澪(もう30分は経つな。確か学校と唯の家は、ゆっくり行っても1時間も離れてない)

澪(和……)

澪(どうして来ない。来なきゃ消えてしまうんじゃないのか?)

澪(それとも、別行動で唯を探してるのか……)

澪(……そもそも律たちはこんな所で何をしてるんだ)イライラ

澪(ここで待ってたら私や唯が戻ってくるとでも思ってるのか?)

澪(……まさか。律たちは、和を待ってるんじゃ)

澪(和や憂ちゃんにここに集合するように連絡したけど、二人が来ないからここで待機してる)

澪(唯との一件で、憂ちゃんが来ないっていうのは……酷だが分かる)

澪(でも和はどうしてこんなに遅れてるんだ……)

澪(こんな時に一人で突っ走るほど、和はバカじゃない! はず……)

澪「……」ガタンッ

律「ちょえっ!」ビク

律「おい、なんだよ急に立ち上がるな!」

澪「和を探してくる!」

律「和を?」

澪「あぁ。ここにいないのはおかしいんだ。だから探さないと」

律「探したところでどうする? 説得でもするってのか?」

澪「そんなの……わからないけど、放っておくわけにはいかないだろ!」

澪「もしかしたら和だって、なにかに巻き込まれてるかもしれないんだぞ!」

律「……和か」

澪「だから……その手を離せ」

律「……」ギュー

律「……余計なことすんなよ。お前のためにもならない」

澪「ここで立ち止まることの何が私のためなんだよ」

律「だからそれは」

澪「教えてくれよ、その鏡の法則とか言うやつを」

澪「でなきゃ私は、和を探しに行くぞ」

律「……」

梓「はぁー……」ガタッ

澪「……なんだ、梓」

梓「その呼び方やめてくださいよ。薄気味悪いです」

 ツカツカ

律「おい、中野」

梓「秋山先輩、なんなんですかあなた」

澪「何って……」

澪(……)

澪「鏡の外から来たんだよ。お前が像なら、私は実体だ」

梓「あぁ、そういう。狂ったのかと思ってました」

澪(この中野……)

梓「律先輩、教えるべきですよ。このままじゃ和先輩が消されます」

律「……そんなの、どうでもいいことだろ」

梓「それはそうですけど。問題はこの人のせいで現実が変わりかねないってことです」

澪(……現実が変わる?)

律「……」フッ

律「中野。そのことなら、もう手遅れだって」

梓「は……まさか、律先輩」

律「な、澪。分かるだろ?」

澪「……どういうことだよ」

律「中野、いいぞ」

梓「人任せですか……まぁいいですけど」

梓「教えましょう。この世界とあっちの世界を繋いでる、鏡の法則」

澪「……」

澪(私が知るには辛いことだって、律は言ってくれたけど)

澪(知らなきゃいけないこと、なんだよな……)


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最終更新:2010年12月04日 21:28