唯「……?」ビシャッ
足が止まった。
前と右の二手に分かれる道。家は真っすぐ向こう。
そのもう一方からなにかが見えた。顔を向けると真っ白なものがいた。
?「……」トボトボ
唯「…犬だ…」
?「……」トボトボ
唯「おっきい…」
?「……」トボトボ
その子はゆっくり私の足元に来た。私の足に鼻先が当たると、静かに右折した。
私のことは警戒しないみたい。そんなにわたしって……まあいいや。
唯「びしょびしょだね、私みたい」
?「……」トボトボ
唯「そっち行くんだ。私と同じだね」
?「……」トボトボ
その子はただ歩いていく。
私はその子のそばに近寄ってしゃがんだ。
唯「あたま、しつれいしまーす」
?「…」
そっと撫でてみた。
?「……」
唯「目を細めた…てことは」
唯「きもちいい?」ナデナデ
?「…」
唯「そう、よかったぁ」ナデナデ
?「……」
唯「犬にさわるの、久しぶりだなぁ」ナデナデ
雨がさらに強くなった。
唯「わぉっどしゃ降りになったよ」
?「……」
唯「…まあいっか」
唯「ふふっ」ナデナデ
私は優しく撫で続けた。
こうしていると心が安らいでいく気がした。
唯「…ファッ…フゥァッ…」
唯「ハックチ!」
?「!」ビクッ
?「…」タタタ
唯「あっごめん…待って」トテトテ
?「……」タタタ
唯「待ってぇ…ヘックシュン!」トテトテ
?「……」タ タ
唯「…あっ」トコ
?「……」トボトボ
唯「よかったぁ、ゆっくり歩いてくれるんだね」トコトコ
?「……」トボトボ
唯「…この子と帰ろ」トコトコ
?「……」トボトボ
唯「……」トコトコ
――犬さんは私の家の前でしゃがんだ。
私も犬さんのそばで足を止める。犬さんが私を見上げた。
唯「ただいまー…て真っ暗だぁ」
唯(…わかってたけどね)
唯「おいでー」
?「……」トボトボ
唯「ドアしめまーす」キィッ
?「……」ブルブルブルブル
唯「ひゃっ」
?「……」
唯「もー、めっ」
?「……」ジー
唯「……」ジー
唯「…きみもさむいよね、ちょっと待ってて」
唯「…わたしもびちょびちょだよぉ…」
今も身体中から水滴がボトボト垂れる。
このまま家に上がったら床がびしょ濡れ。
唯「そしたら憂に怒られちゃう」
唯「どうしよう……」
唯「……」
唯「……」チラッ
?「…」
唯「…まいっかぁ」
唯「カバンは…床の上でいいよね」ポンッ
唯「んしょんしょ…」ヌギヌギ
唯「上着脱ぎづらいよぉ…」ヌギ ヌギ
?「……」ジー
唯「…そんなに見ないでよぉ……」
?「…」ジー
唯「…んしょっと」ヌギリ
唯「……あっ…」
唯「ブラも水びたし…」
唯「……」チラッ
?「……」
唯「…つけたまんまでいいや」
唯「脱いだものはカバンの上に置こ」ビチャッ
唯「スカートはらくちん、ほいっと」ビチャッ
唯「…タイツは座んないと脱げないね」トスッ
唯「んしょ…んしょ……」ヌギ ヌギ
唯「…タイツめぇ~」ヌギ
?「……」トボトボ
唯「あっ足のあいだに入っちゃ…」
?「…」コツン
唯「きゃっ」
?「……」クンクン
唯「太ももくすぐったいよぉ///」
?「…」フイッ
?「……」トボトボ
唯「…ふぅっはなれた///」
唯「んしょんしょ…///」ヌギヌギ
唯「脱げた」ぴちゃっ ぴちゃっ
唯「よしっと」
?「……」
唯「ちょっと待っててね」タタタ
私はブラとパンツだけになった。その身で階段を駆け上がりお風呂場へ走った。
唯「えーっとタオルタオル……」ガサガサッ
唯「あれー洗面台にあった気がしたんだけど…あっ」ガサガサッ
唯「見っけ」
バスタオルを2枚持ってまた走る。寒がってるであろうエッチさんの元へ。
滑りかけながらも玄関に着いた。
唯「……あれ?」
あの子がいない。
辺りを見回しても白いものは見えない。
唯「なんで……」
二枚のバスタオルを床に置いた。
唯「あっ………」
心あたりがある。
急いで靴を履く。玄関のドアに近寄り手を乗せてみた。
唯「…」キィッ
唯「…開いた」
唯(そういえば)
唯(あの子が震えた時ドアから手を離したっけ)
唯(だから閉め切れてなかったんだ…)
唯「行っちゃったかぁ……」パタンッ
唯「……」
途端にさびしくなった。
唯「……」
唯「…また一人にされちゃった…」
唯「……」
鼻の横を水が一筋流れた。
唯「………あの時と同じだな……」
唯「………」
唯「……ヒック…」
放置されたバスタオルを見つめる。
冬かと思うくらい体が寒い。でもそれを使う気になれなかった。
―――今日の朝は灰色の空。眠くて頭が重い。憂とした会話の内容は覚えてない。
唯(はあ…)トボトボ
唯(結局メールの返信、来なかった……)トボトボ
唯(……教室着いた)
唯(入りたくないな…)
中をこっそり覗く。りっちゃんと澪ちゃんが澪ちゃんの席付近に立って話していた。
唯(澪ちゃんの顔…暗い…)
唯(ん、りっちゃんが何か諭してる…?)
唯(…澪ちゃんが頷いた…あっガッツポーズした……?)
唯(………普通に話してる…)
唯(……うーん…)
唯「今行ったらだいじょうぶかな……」
唯(…どんな顔しよう…)
唯(……)
唯(自然に…自然に…)トコトコ
律「おっゆい!」
唯「り、りったんおいーす…」
噛んだ。
律「どーした、元気ないぞー!」
唯「そんなことないよー」
律「うんにゃいつもの唯じゃない!」
律「いつもはこう、ぽわわーんってしてさ!」
唯「ひどーい…」
唯「…」チラッ
澪「……」
澪ちゃんは私の方を見ようとしない。ただりっちゃんを見て困った顔をしてるだけ。
唯(話しかけづらい…謝りたいのに……)
律「おおそうだ澪、唯になんか用事あるんだろ?」
唯「!」
澪「!!?」
りっちゃんはそう言って澪ちゃんの腰をポンッと叩いた。澪ちゃんはすっごい顔してた。
急に澪ちゃんと話す機会を作られてドキッときたよ。りっちゃんめ……ありがと。
唯「へっへぇそうなの。きぐうだなー」
澪「あぅ……」チラッ
律「ほら澪早くしろって、予鈴なるぞー」
澪「あっあっあの……」
唯「うん……」
澪「……」パクパクパク
澪「///」パクパクパク
唯(…私と話しづらいのかな……そりゃそうだよね…)
澪「/////」
唯(…わたしから言おう)
唯「わたしから」澪「ほけんしつううううぅぅ!!!!!!」ダダダダ
律「はああああ!!!!??」
唯「澪ちゃん!?」
ドア「バタンッ!」
唯「待ってみおちゃん!!」ダッ
唯「澪ちゃん!」ガラッ!
……私が教室を出たときにはもう澪ちゃんの姿はなかった。
代わりに
紬「 」パチクリコ
唯「……」
紬「えっと……澪ちゃんはどうしたの?」
唯「…わたしが話そうとしたら避けられた……」
紬「そう…」
唯(やっぱりわたし…)
唯(きらわれたかな……)
唯「…グスン…」
紬「ちょっと唯ちゃん!」
律「澪の奴、せめてかばんぐらい置いてけよなぁ」トコトコ
律「すまんな唯、澪がっておいおい泣くなよ!?」
唯「だって…ヒック…」
さ「あなたたち教室に、て唯ちゃんどうしたの?」
律「あー、ちょっとややこし」唯「澪ちゃんにきらわれたぁ…ワアアアァン!!」
さ「ええ!?」
律「あちゃー」
紬「唯ちゃん落ち着いて!」
……先生たちになだめてもらいながら席についた。
――空虚な気持ちで過ごして早3時限目。空いてる澪ちゃんの席をぼーっと見て過ごす。
唯(……)
唯(…)チラッ
律「……」カチカチ
紬「……」カカカカカ
唯(りっちゃんとムギちゃん、またメールしてる…)
唯(…澪ちゃんとしてるのかな……)
唯(……)
唯(わたしもなにかしなきゃ…)
唯(メールは……返信こないし…)
唯(やっぱり保健室に話しに行こうかな……だめ)
唯(また避けられちゃうよ……)
唯(…行くのはこわい…)
朝からずっとこんな感じだった。
チャイム「キンコォーンカンコォーン」
唯(……はあ…)
唯(…休み時間…ね……)
唯(また二人…来るのかな…)
休み時間のたびにりっちゃんとムギちゃんは私の所に来た。いつもいつも『心配すんな』と前置きして話しかけてきた。話す気分になれないから今まで、適当な返事でそれを流し続けた。
そばで聞いてた和ちゃんはもちろん話についていけない。でも和ちゃんはとくに追求しなかった。
私に配慮してくれたのかな。
……りっちゃん…ムギちゃん……心配すんなってなにさ……。
…りっちゃん達が来るたびにいらつくようになった。
唯(また来た……)
律「ゆーい!」
唯「……なに」
律「つれないなー! もっと元気だしてこうぜ!」
紬「そうよ唯ちゃん! 澪ちゃんのことは私たちに任せて、ね?」
和「……」
唯「っ…」
……ねえ、昨日からずっと聞いてるよその言葉。それで今こんな状況になってるのに。
なんで私が悪くないみたいに言うの……?
律「あっムギ! 悪いんだけど宿題見せてくりんさい」
唯「うるさい!!」バン!
律紬和「「「!?」」」
思わず机をたたいてしまった。
自習中の和ちゃんが振り返る。周りの視線が針みたいにチクチクささる。
どうでもいい。
唯「なんなの昨日から! 心配すんなってなに!?」
律「えっと…な」
唯「無茶言わないでよ! わたしのせいなんだよ!!」
律「それは…えと……」
紬「……」
和「ちょっと唯…」
唯「のどかちゃんは黙ってて!」
和「……そう」
唯「…」キッ
律「ひぃっ」
唯「大体さ、なんとかするってなに?! どんどん悪くなってんじゃん!!」
紬「唯ちゃん落ちついて」
唯「っ」
唯「これが落ちついてられるの!? ムリだよ!!」
紬「落ちついて、ね?」
唯「もういいよ!!」
紬「落ちつけって言ってんのよ!!!」
律唯和「「「ヒッ!!?」」」
耳鳴り。短い悲鳴。目の前の鬼。
その顔に見覚えがある。ムギちゃんが鍋奉行化した時だ。
最終更新:2010年12月06日 00:13