紬「∵∴∵∴∵∴」ギーー
唯「っ……」
合わせてしまった目を反らせない……ううん、反らすことを許されない気がした…。
紬「∵∴∵∴∵∴」ギーー
紬「∵∴∵∴∵∴」ギーー
唯「…… 」
律「ぉっおい二人とも…」
和「……」
紬「∵∴∵∴∵∴」ギーー
唯「 」
紬「∵∴∵……」ギー…
紬「…ごめんね唯ちゃん」
唯「 」
唯「 ……」ダラリ
緊張が切れて首がだらしなく垂れた。
律「…わたしもごめん」
唯「……わたしこそごめん…」
顔を上げることはできなかった。
――昼休み。りっちゃんたち三人が普段通りお昼に誘ってくれた。でも断った。
わたしが混ざっても空気悪くするだけだもんね。
律「……だめか?」
唯「………」ゴソゴソ
唯「…」パカッ
唯「……」モグモグ
律「……」
和「ゆい…」
紬「……」
断る意思表示のために、私は三人の前でお弁当を広げた。そのまま黙々と食べ始めた。
唯「………」モグモグ
律「……いつでも来いよ」
唯「……」
返事はできなかった。
そして三人は離れていった。
唯「……」ジー
……気になる。そばにいてくれてた事が名残惜しいのかもしれない。
横目で三人を追跡する。
三人が澪ちゃんの席に集まる。その周りの机4つを澪ちゃんの机にくっつける。五人分のいびつなテーブルができた。
和「…」チラッ
唯「!」プィッ
和ちゃんと目があったから追跡をやめた。
唯「…はぁ……」
唯(お弁当食べよ…)
唯「……」モグモグ
唯(…味しない…)モグモグ
唯(……みんなと食べたらどんな味したかな…)モグモグ
唯(…そういえば)
唯(澪ちゃんがまだ保健室から帰ってこない……)
唯(どうしてるんだろ…)
唯(りっちゃんたちには聞きづらいし…)
唯(……なにやってんだろね私…)
なんとなく窓の外に首を向けた。
唯(あっ雨…)
唯(昨日憂に言われてたっけ)
唯(…外暗い…)
頬杖をつく。食事中なのも忘れてぼうっと外を眺めた。教室の喧騒が意識から取り除かれていく。
規則的に降る雨。地面に垂直に降り注いでいく。風はないみたい。
唯(昨日より雨が強そう)
唯(今日はタイツどころかスカートまで濡れちゃうね…)
唯(そろそろ大きな傘が欲しいな)
唯(……あっ傘)
唯(…持って来るの忘れてた)
唯「ははっ…どうしようもないね…」
唯(……今みたい…)
私はやっぱり馬鹿だ。
あれだけりっちゃんたちの言葉を否定しておいて、結局自分は動かない。
紬「澪ちゃんのところに行ってくる」
律「やめとけって」
唯「!」クルッ
澪ちゃん、突然そう聞こえて思わずムギちゃんを見た。
席を離れようとするムギちゃんと、ムギちゃんの右腕を座ったまま掴むりっちゃんが映った。和ちゃんは何事もなくお弁当を食べてる。
唯(ムギちゃん……怒ってる…?)
紬「いくらなんでもひどすぎると思うの」
律「まっまあそうだけどさ…あの澪だし…」
紬「りっちゃんは澪ちゃんに甘すぎる! あれじゃただ臆病なだけ!」
律「……」
唯(……澪ちゃんに怒ってるの…?)
紬「りっちゃんの代わりに連れ戻してくる」パンッ
律「おいムギ!」ガタッ
紬「……」ツカツカツカ
紬「……」ガラッ
ドア「ピシャッ」
律「……まずいな…」
和「………」モグモグ
唯(ムギちゃん……)
澪ちゃんは悪くないよ…悪いのは私でしょ……。
…なんでわたしを責めないの………?
律「…電話しとくか…」カチカチカチ
唯「………」
律「……ああ澪? いまムギが保健室向かってるから」
律「……はあ!? そうたいいぃ!!?」
唯「!!」
律「はあ……はあっいや意味わからんぞ! とにかく戻ってこい!!」
律「……おまえいい加減にしろ? な?」
律「…ムギがマジ切れしてるぞ?」
唯「……」
今日も仲直りできなくなる……。
…もしかしたらこのままずっと……?
それだけは絶対イヤ!
律「…いやなんとかしてっておまえ……」
唯(やっぱり澪ちゃんを追いかけなきゃ!!)ガタッ! ダダダダ!
和「?」
ドア「ガラッ!」
律「って唯! かばん持ってどこに――」
何ヶ月ぶりかの全力疾走はきつい。それに澪ちゃんの正確な位置は知らない。
でも走らなきゃ。
唯(そうだよ、避けられるのを怖がっちゃいけないんだ)ダッダッダッダッ
唯(だってこのままなら本当に友達じゃなくなっちゃうもん!)ダッダッダッダッ
唯(ちゃんと謝って許してもらう!!)タッタッ タッ
唯(…息…苦しい)タッ タッ タッ
唯(もうすぐ下駄箱…)タッ タッ タッ
唯(……いない…)
唯(ううん、まだだ)
唯(靴はあるかな…)トコトコ
唯(……ない)
唯(…はあ……)
唯(行っちゃったかぁ……)
ため息。上履きの置かれたスペースを見つめたまま…。
唯(間に合わなかった……)
唯(……)チラッ
唯(!!)
中庭にまっすぐ伸びる道。突き当たる円状に広がる常緑樹。
その道の分かれ目に差し掛かる傘。
その傘から伸びるあの長い黒髪は……澪ちゃん!
唯(間に合う!)ガタゴトッ
唯(待って待って!)クツ ハキハキ
唯(あっ傘)
唯(澪ちゃんのに入れてもらえばいいや!)ダッ
澪「……」トボトボ
唯「はあっはあっ」バシャバシャ
澪「…?」クルッ
澪「!!」ダッ
唯「待って!」バシャバシャ!
澪「///」バシャバシャバシャ!
唯「おねがい!!」バシャバシャ!
澪「///…」バシャ バシャ
唯「はあっはあっ!」バシャバシャ!
澪「///」
唯(校門前で止まってくれた!)バシャバシャ
澪「///…」チラッ
澪「/////」プイッ
唯(やっと追いついた…)バシャバシャ
唯「澪ちゃ」ガッ
唯(足がもつれた!)グラァ
澪「/////」
唯「あぶない!」ァァァ
澪「///!?」
不思議なことに動作がやけにスローモーションに思えた。
澪ちゃんが体ごと振り返る。澪ちゃんの首の両脇を私の両腕が通り抜ける。澪ちゃんの胸と私の胸がぶつかった。
押し倒さないために澪ちゃんの体を引き寄せた。なんとか二人とも立て直した。
……わたしが抱きしめてるみたいな態勢じゃないのこれ…。
澪「はっはわわわわわわ!!/////」
唯「あっごめん!」パッ
唯(昨日も澪ちゃんが嫌がってたのにわたしのバカバカバカ!!)
澪「わああああ!!!!/////」ババババシャシャシャシャ!!!
唯「澪ちゃんごめんね!! 待って!!」パシャッ
唯(あっあれ…足が……)
澪「ああああアアアアア―――」ババシャシャ―――
唯「待ってええ!!」パシャッ パシャッ
唯(追いかけなきゃ…)パシャッ
唯(追いかけなきゃいけないのに……)
こわい。
昼間悩まされた恐怖。どんなに澪ちゃんに近づいても避けられてしまうんじゃ…。澪ちゃんを傷つけてしまうんじゃ……。
足の震えが止まらない。前に足を踏み出そうにも足が上がらない。
唯「今追いかけないと! ……」
唯「走って! 走って……」パシャッ
唯「走らないと……ヒック…」
唯「…グスン…」
唯「……ヒック…ヒック…」
唯「…もうやだあ……」
唯「グシュッ……う゛ぇ…」
唯「……みおぢゃあん……」
唯「……ヒック…」
唯「…う゛っ…う゛ぅ……」
唯(……もうかえろ…)トボトボ
無気力。雨天下の暗い町を帰ることにした……我慢できず泣いてしまった。
―――またぼおっとしてた……。
ふぇ…ふぇ……
唯「ぶぇっくしゅん!!」
唯「…グシュッ……」
唯「公園で降られてたっけ……」
唯「……」
唯「…グスンッ…」
唯(……どうしよう…)ブルルッ
唯「ハックシュン! ……うぅ…」
唯(りっちゃんたちにはもう相談できないし……)ブルッ
唯(……あずにゃん…)
唯(…だめだよ…)ブルブル
唯(わたしが解決しないと……)カチ カチカチ
唯(………どうしたら…)カチカチカチ
唯「…ん……?」カチカチ
たたんだ制服の中から聞こえてくる、くぐもった振動音。携帯…とっくに壊れてたと思ってたのに。
歩み寄って制服を探る。
唯「んしょんしょ…」ゴソゴソ
唯「あった……まだ震えてる」ブルッ
唯「…あずにゃんから……」
唯(……出る…?)
唯(……)
唯(………やめとこ)ピッ
唯「あっ通話ボタ」梓「おそいです!!!」
唯「はうっ!」
手に持った携帯から聞こえる声。それは耳元に持ってこなくても響きすぎた。
梓「しかも今電話無視しようとしましたね!!?」
唯「あっあのあず」梓「口答えしない!!」
唯(たっためぐち…)
梓「まったくもー…どの先輩もダメダメです」
唯「…それはけっこうヒドいよ」
梓「はっすいません」
唯(でもあずにゃんの声聞いたら少し楽になれた…かな)
唯「で、何の用?」
梓「そうだった、唯先輩今どこにいるんですか?」
唯「家だよ。あっごめんね、部活さぼっちゃって」
梓「そんなことは今はいいです」
梓「それより澪先輩のことなんですけど」
一気に血の気が引けた気がした。
唯「やめて」
口が勝手に動いた。
りっちゃんたちの助けを拒絶しておいて、あずにゃんの助けは借りる? そんなことできるわけないよ。
それに……こわい…。
梓「…いいんですか、このままで」
唯「っ」
唯「いいわけないじゃん!!!」
あずにゃんの言葉で頭に血が昇ってしまった。
いけないことだってわかってる……わかってるのに口が勝手に…勝手……。
唯「何度もダメだって思ったよ! だから早退してまで追いかけた!」
唯「でも許してもらえなかった!! わたしが転んだせいでまたイヤがることしちゃったの!」
唯「だから澪ちゃんは逃げちゃって……ひとりになっちゃって……グシュッ…」
唯「うわああああ゛あ゛あ゛ああぁん!!!」ボロボロ
梓「………」
もう涙をこらえられなかった。
なにもできない。仲直りしようと近づけば、友達が傷つき避ける。それを見て私も傷つく。それでも諦めず近づけば……。
あずにゃんの一言がそんな負の循環を現実として再び突きつけた。
わたしには耐えられなかった。
唯「ぅ゛ぇ゛ぇ゛ぇぇん……」
梓「……」
唯「…ヒック…ヒック…」
梓「………澪先輩の家に行ってください」
唯「……無理だよぉ……」
梓「どれだけ怖いのかは伝わってきます。でも」
梓「やっぱりあきらめちゃダメです! でないとそれこそなにも変わりません!」
唯「………」
梓「…はあ」
梓「いいですか? 唯先輩が話しかけると澪先輩が逃げるんでしたね?」
唯「……うん」
梓「だったら逃げられない状況にすればいいんですよ」
唯「…えっ?」
梓「というよりもうなってます」
唯「……?」
梓「クエスチョンマークが伝わってきました」
梓「つまり、澪先輩の家なら逃げようがないんです」
最終更新:2010年12月06日 00:14