唯先輩たちが卒業してしばらくたち、私は三年生になった。
今軽音部は、私、純、憂の三人。
このままでは、軽音部は廃部になってしまう。
純「だーいじょうぶだってー、新歓ライブの反応も上々みたいだし」
純は相変わらず呑気なものだ。わざわざジャズ研をやめてまで軽音部にきたのに…
まあ純らしいといえば純らしいか。
憂「あとは待つしかないよ、梓ちゃん」
憂もずいぶんのんびりしている。
でも、憂が言うと本当にどうにかなりそうな気がしてくる。
不思議だ。
梓「うん…でもとりあえず、またビラ配り行ってくるよ」
二人とは対照的に、私は焦っていた。
せっかく先輩たちから受け継いだ、この部を廃部にしてしまうことだけは避けたかった。
純「しょうがないなぁ、私も手伝ってあげる」
憂「私は誰か来るかもしれないから、ここで待ってるね」
そんな私の焦りを和ませるように、二人は部長である私の背中を押してくれる。
…いい友人を持ったものだ。
梓「ありがと、何かあったら連絡ちょうだい」
純「よし、行こう梓!」
そう言って部室を出ようとしたそのとき、部屋のドアがノックされた。
?「あの…すいません…」
そのとき私が受けた衝撃は、今までにないくらい、強いものだった。
?「入部希望…なんですけど…」
それは、新歓ライブで唯先輩たちの演奏を聞いたときよりも、もしかしたら強いものだったかもしれない。
?「あ…あの…?」
入ってきた入部希望らしい新入生は、唯先輩と瓜二つだった。
憂「え…ちょっ…お姉ちゃん!?」
純「なんで唯先輩がここに!?」
憂も純も、動揺を隠しきれない。
私だってそうだ。
唯先輩が、こんなところにいるはずは…
?「あの…唯先輩って…?確かに、私の名前はゆいですけど…」
憂「え…?」
何が何だかわからない。
えっと、目の前にいる子は入部希望の新入生で、唯先輩にそっくりで、でも唯先輩じゃなくて、でも名前はゆいで…?
純「ちょ、ちょっと落ち着こう!憂、お茶淹れて!」
憂「う、うん!」
あ、ちなみにティータイムもちゃんと受け継がれてます。
ムギ先輩、喜ぶかな、じゃなくて。
純「ふむ、平沢結ちゃん…か。名字まで一緒とは…」
梓「本当にびっくりしたよ…あ、それでゆ…結ちゃんでいいかな、入部希望、ってことでいいんだよね?」
結「はい…でも、OGの人にそんなそっくりな人がいたなんて…」
純「そっくりなんてもんじゃないよー!ホントもう全く同じ!」
憂「うん…声とか仕草までほとんど一緒なんだもん」
長年唯先輩と一緒に暮らしてきた憂が言うのだから、よほど似ているのだろう。
確かに、そのケーキの食べ方や、間延びしたような話し方もそっくりである。
少なくとも、私にはほとんど見分けがつかない。
強いて言えば…髪留めが違うくらいか。
間違い探しじゃないんだから。
しかし…唯先輩か。
卒業間際、唯先輩とちょっといろいろあった私にとっては、この出会いは少し酷かもしれない。
事情を知っている純と憂も、少しこちらを気にしているようだ。
…我慢するって、決めたんだけどなぁ。
結「私、新歓ライブで先輩がたが演奏しているのを見て、本当に感動しました!私も一緒に、バンドやらせてください!」
なんか何年か前にこんなセリフ聞いた気が…あ、私か。
純「ふむ、まあやる気は十分みたいだし…よっし、じゃあちょっといろいろあったけどなんだかんだ部員も揃ったことだし、新生軽音部出発だね!!」
梓「ちょっと純、それ私のセリフ!」
結「はい!よろしくお願いします、先輩!」
憂「よろしくね、結…ちゃん。えへへ、なんだか恥ずかしいな」
憂にとっては自分の姉そっくりな後輩ができたのだ、ある意味私たちよりもとまどいは大きいだろう。
…でも、ここから始まるんだ。
私たちの軽音部が。
梓「ところで結ちゃん、結ちゃんは楽器何ができるの?」
結「あの、実は私まったくの初心者で…あ、でも幼稚園のとき、カスタネットが上手って言われました!」
梓「…」
純「…」
憂「…」
やっぱり唯先輩なんじゃないか?この子。
結「すいません…やっぱりこんな初心者が入ってきたら、迷惑ですよね…」
純「そ、そんなことないよ!ね、梓!?」
梓「う、うん!」
さすがに私と純の付き合いであった、考えることは同じである。
梓純「(逃がすわけにはいかない…!)」
憂「お姉ちゃんも最初初心者だったんだけど、たくさん練習して、すごく上手くなったんだよ。梓ちゃん、去年の学園祭のライブDVDどこだっけ?」
梓「あ、あれなら物置の中に!」
ナイス、憂!
唯『U&I!』
結「これが…その唯先輩…本当に初心者だったんですか?」
憂「そうだよ、家でも毎日ギー太弾いて練習してて…あ、ギー太っていうのは」
結「このギターのことですよね?なんとなくわかります!かわいいですね!」
憂梓純「(センスまで一緒…!?)」
梓「ま、まあそんなことだから、一から一緒にがんばろう?」
結「はい!」キラキラ
純「ま、まぶしい…」
憂「あ、でも今足りないパートってドラムだよね?」
梓「あ」
忘れてた。
すっかり結ちゃんとのツインギターの構成しか考えていなかった。
結「私、ギターやりたいです!それと、ドラムだったらやってくれそうな人知ってますよ」
純「マジで!?」
結「はい、高校でできた友達で田井中率ちゃんっていうんですけど…」
梓憂純「…」
またどっかで聞いたことあるような名前だな。
まさか…ね。
結「部活まだ決まってなかったみたいだし、明日誘ってみます!中学のとき、吹奏楽部でパーカッションやってたんですって」
ふむ。
なんにせよこれは願ってもないことだ。
梓「うん、じゃあその子のこと、お願いね。入部届も受け取ったから」
憂「明日からよろしくね」
純「おいしいお茶淹れて待ってるからね」
淹れるのは憂でしょうが。
結「はい、よろしくお願いします!それじゃ、失礼します」
梓「…」
憂「…」
純「…」
純「やったー!!」
憂「よかった、これで軽音部続けられるよ、梓ちゃん!」
梓「うん!!」
否が応にもテンションが上がる。
待望の新入部員だ、それになにより廃部にならなくてすむ。
このことが私にとってなによりも喜ばしいことだった。
憂「明日はとりあえず結ちゃんのギターの下見にでも行く?」
梓「そうだね、ドラムは律先輩が残していったのがあるし」
純「唯先輩と同じのがいいとか言い出したりしてー…」
…ありえる。
結ちゃん、唯先輩にただならぬ憧れを抱いたみたいだったしな。
…さすが唯先輩だ。
人を惹きつける魅力ってものを、無自覚だけど持っている。
だから私も…って今は関係ないな。
その日はそこで家に帰った。
四人の先輩たちには、新入部員が入って、軽音部が続けられることをメールしておいた。
四人ともそれぞれ喜んでくれて、私も明日からまたがんばろうと、改めて部長として決意を固めた。
ちなみに、結ちゃんの容姿のことは詳しく言わなかった。
ちょっとしたサプライズのつもりで。
みんな学園祭、来てくれるかな。
次の日の部室。
私たちは、結ちゃんと、その友達が来るのを待っていた。
憂「結ちゃんの友達、どんな子なんだろうね」
純「私は名前から嫌な予感しかしないよ」
純、私も同感だよ。
しかし、いくら名前が似てるからって、そんな結ちゃんみたいなことが続くはずは…
だって、ねぇ。
憂「梓ちゃんはどんな子だと思う?」
梓「そうだなぁ、中学で吹奏楽って言ってたし、大人しい子な感じが…」
ドグシャァ
?「こんちゃーーーーーーっす!!!!!」
梓憂純「!?」
率「今日から軽音部でお世話になる、田井中率でっす!よろしくお願いしまーす!」
しなかったよ!やっぱりこういうタイプの子だったよ! っていうか…
梓「り…律先輩…?」
憂「そっくり…」
純「なんかもうあんまり驚かなくなってきたよ」
しばらくして、後ろから結ちゃんが入ってきた。
結「り、りっちゃん…私が、紹介するからって、言ったじゃん…」ゼェゼェ
率「わかってねぇなー結は、こういうのは最初のインパクトが大事なんだよ、インパクトが!」
ええ、インパクトはありましたとも。いろんな意味で。
結「そんなわけで、田井中率ちゃんです」
率「ども!」
梓「よ、よろしく…えっと、率ちゃんはドラム志望で入ってくれた、ってことでいいんだよね?」
率「うぃっす!てか率ちゃんなんて堅苦しいことは言わず、りっちゃんでいいっすよ、梓先輩!」
梓「梓…先輩…?」ズキューン
そういえば梓先輩なんて呼ばれるのは中学以来だったかもしれない。
あのころは何とも思わなかったけど、今こうして律先輩そっくりの後輩が私を梓先輩と呼んでると思うと…
梓「…悪くないね」
率「?」
純「どうしてウチの部に来ようと思ったの?」
率「いや、先輩たちの新歓ライブ見てかっこいいなー、ちょうどドラムいないし私やりたいなーなんて思ってたら、結が誘ってきて…」
結「ドラム大歓迎、って言ってたって話をしたら「私の時代だ!」とか言っていきなり走ってっちゃうんだもん…まったく、本当に人の話聞かないで突っ走っちゃうんだから」プンプン
率「そう怒んなって…」
なるほど、まさしく律先輩のような子だ。
一つ違うのは、律先輩のようなカチューシャはしておらず、前髪は下ろしてきちんとセットされている。
率「へい!なんでしょう?」
梓「おでこは出しちゃだめだよ」
率「?」
純「ちょっと失礼…よっと」ファサッ
率「ああ!私のおでこがあらわに!」
憂「律先輩だね」
梓「うん、律先輩だ」
結「あーっ、りっちゃん、OGのドラムの人にそっくりだよ!」
今更かい!
というわけで、私たちはまた去年のライブのDVDを見ている。
率「うお!?マジだこの人私にそっくり!」
純「順番的にはあんたが律先輩に似てるんだけどね…」
結「昨日見たときは気づかなかったな…ドラムの人は暗くてよく見えなかったから」
そういや律先輩、そんなことを気にしてた時期もあったっけ…
率「ふむ…確かに似てるけど…一つ言えることがあります」
率「私のほうが上手い!」
なんと。
率「この人、リズムキープはバラバラだし、どんどん突っ走ってって…ベースをはじめ、梓先輩も大変だったんじゃないですか?」
ふむ。さすが経験者、鋭い。
憂「ま、まぁそれがある意味お姉ちゃんたちのバンドのいいところだったというか…」
純「元気があっていいじゃない、ね、梓?」
2人は私が先輩を馬鹿にされて怒るとでも思ったのだろうか、そんなことを言ってくれた。
梓「確かにその通りだね」
昔の私なら、リズムキープもできないドラムなんて問題外だと思っただろう。
梓「でも、」
でも。
あの人たちとやってきた今なら言える。
梓「それが私たちの音楽なんだって、胸を張って言える。そんなバンドだったよ、私たちは」
純「なーにかっこいいこと言ってんのよ梓」
梓「い、いいじゃん別に」
憂「でも今の梓ちゃん、すごくいい顔してたよ、部長、ってかんじで!」
部長だっての。
ふとりっちゃんを見てみると、なにやらキラキラした目でこちらを見ている。
梓「り、りっちゃん?」
率「感激した!!」
率「そんなにまでバンドのことを思ってくれてるなんて…一生ついていきます!」
よくわからないが、りっちゃんは私の言いたいことをわかってくれたようだ。
私と結ちゃんのギター、純のベース、憂のキーボード、りっちゃんのドラム。
この5人が揃って、私たちの音楽は完成する。
そのためにも、まず新入部員の2人には、このバンドを好きになってほしい。
そう思って、今の話をしたのだが…わかってくれたかな?
そんなことを思いながら結ちゃんを見てみると、なにやら複雑な顔をしていた。
梓「結ちゃん?」
結「え?い、いや、なんでもないです!私も感激しました!」
そういうわけじゃなかったんだけど…まあいいか。
結ちゃんは私の言葉に、何を思ったのだろう?
純「とりあえず一区切りついたとこで、今日は予定があるんでしょ?」
そうでした。
梓「そうそう、今日は結ちゃんのギターを見に行こうかと思って」
結「私のですか?」
純「他に誰のがあるのよ…」
梓「結ちゃんはまずギターを買わなきゃいけないし、選ぶにしても何もわからないままじゃ選べないだろうしね。その下見ってことで」
憂「これからよくお世話になるだろうお店だし、道とかもわかってたほうがいいでしょ?」
結「は、はい!私のために…ありがとうございます!」
そんな畏まらなくても。
率「よかったー、結から話聞いたとき、私がアドバイスしなきゃ!って思ってたんすよ!」
梓「りっちゃんはギターわかるの?」
率「全然!とりあえずかっこいいやつ買わせようと思ってました!」
…よかった、この計画考えといて。
例の楽器屋
率「おー…」
結「ギターがいっぱい!」
梓「唯先輩はほんと直感で決めたらしいけど…とりあえずいろいろ見てみようか」
結「あ!これかわいい!」
聞いちゃいねぇ。
純「唯先輩と変わんないじゃん…」
憂「どれどれ?」
結ちゃんが手に取ったそのギターは…
私と同じ、ムスタングだった。
梓「あ、それは私とおな…」
率「ダメだそんなんじゃ!!」
梓憂純結「!?」
率「もっとこう、激しいやつにしようぜ!あっちのV型のやつとか、あっちの先の部分ないやつとか!」
結局適当なんじゃない…
率「そんな甘っちょろい、普通の形のやつじゃつまらん!」
ゴスッ
率「ったぁーっ!?」
なんとなく殴ってみた。私のむったんを甘っちょろいなんて言うんじゃない!!
結「でも私これがいいな。梓先輩もこれと同じやつでしたよね?」
梓「う、うん、それだと女の子でも扱いやすいだろうし、私も教えやすいかも」
まあ結ちゃんのチョイスは特に問題ないものだったし、大丈夫だろう。
純「じゃ、お金用意したときにまたみんなで…」
結「すいませーん、これいただきたいんですけどー!」
梓憂純「!?」
憂「だ、大丈夫なの?そんな安いものじゃ…」
率「大丈夫じゃないすか?結んちめっちゃ金持ちだし」
な、なんと…
そんなわけで必要なものを一通り買って、店を出た。
途中、結ちゃんの財布の中身を見て、三人で驚愕したのは、まあ、いいだろう。
純「さて、思いのほか早く終わったね」
憂「このまま解散するにはちょっとね」
梓「うーん…せっかくだし、学校戻ってちょっと練習してみる?」
結「はい!」
率「私も大丈夫っすよ」
というわけで。
学校に戻った私たちは、部室で買ったものを広げていた。
梓「…でこれがチューナーで、こうやってギターの音を調律するの」
ミョーン
結「へぇ…」
純「ねえねえ、そんなことよりとりあえず持ってみてよ!」
率「おおー、結のギターデビュー!」
結「は、はい…」
結ちゃんは立ち上がり、ギターを担ぐ。
最終更新:2010年12月29日 20:50