…その姿が、唯先輩と被って、思わず見とれてしまった。
結「梓先輩?どうですか?」
梓「え?あ、あぁ、うん、いいんじゃない?」
いけないいけない。
ちゃんと後輩に指導してあげなくては。
…目の前にいる女の子は、決して唯先輩ではないんだ。
純「ちょっと梓ー、せっかく後輩のギターデビューなのに何ぼーっとしてるのさ?」
憂「そうだよー、ちゃんと見てあげないと」
憂にまで言われてしまった。そんなにぼーっとしていたのだろうか。
梓「ごめんごめん、そうだね、ギターの位置はもう少し上のほうがいいかも」
結ちゃんのもつギターに手をかけ、位置を直す。
結「あ、ど、どうも…」
梓「?」
何故か結ちゃんは頬を赤くしている。
…そんな顔されたら、ドキッとしちゃうじゃん。
率「何照れてんだー、結?」ニヤニヤ
結「も、もう!りっちゃん!」
梓「と、とりあえずこんな感じかな?」
結「あ、ありがとうございます…」
結ちゃんはまだ顔が赤い。私、何かしたっけ?
梓「とりあえずはコードを覚えて、ギターに触れることからだね。最初は曲の練習とかじゃなくて、まずギターに慣れるところからいこう」
結「はい!」
純「ういー、私たちなんか蚊帳の外なんだけど」
憂「しょうがないよ、ギターのことは梓ちゃんに任せようよ」
率「ああ…憂先輩のいれたお茶が染みる…」
勝手にお茶してるし!てかりっちゃん馴染むの早いな!
私たちもティータイムに加わってしばらくすると、結ちゃんがこんなことを言い出した。
結「私、また先輩たちの演奏が聞きたいです!」
ふむ。まあこのままお茶して終わりってのもあれだし、いいかも。
梓「そうだね、そしたらりっちゃんはドラムやってみる?」
率「え?でも私、先輩たちの曲そんな知らないですよ?」
純「大丈夫大丈夫、いい感じに合わせてくれればいいから!」
憂「純ちゃん…」
憂も苦笑している。
純、適当に合わせろはないでしょ、全国のドラマーの人に謝りなさい。
そんなわけで。
梓「準備できた?」
純「あいよ!」
憂「大丈夫だよ」
率「じゃ行きますよ!ワン、ツー!」
慣れ親しんだイントロが流れる。
この曲を聞くと、どうにも先輩たちのことを思い出して、胸が熱くなる。
曲目は、ふわふわ時間。
梓「キミを見てると…」
今、ボーカルは私がやっている。
正直、私は歌があまり上手いほうではないが、憂と純がどうしてもと言うので、そうなってしまった。
でも今、こうして唯先輩と同じ位置に立って演奏していると思うと、悪い気はしない。
梓「いつもがんばる、キミの横顔…」
りっちゃんのドラムは、やはり初めての曲だからかおぼつかない部分はあるが、それでも上手い、ということはわかる。演奏していて合わせやすい。
なるほど、あの言葉は自信があって言ったことだったのか。
梓「夢の中なら、2人の距離…」
それでも、私は律先輩のドラムのほうが、聞いていて気持ちいいと思ってしまう。
あの走り気味なドラムが、懐かしくなってしまう。
…そして、りっちゃんを律先輩と比べている自分が、情けなく思えてくる。
私は、いつになったら先輩たちから卒業できるのだろう?
梓「ああ神様お願い…」
目の前で私たちの演奏を聞いている結ちゃん。
キラキラした目で、私たちの演奏を聞いている。
この唯先輩にそっくりな後輩は、どんな演奏をするのだろう。
…私は、この子の音を聞いたとき、どんな顔をするのだろう。
梓「ふわふわ時間…」
だめだだめだ、こんなことばっかり考えちゃ!
この子たちは私の先輩じゃない、これから一緒にバンドをやる仲間なんだから!
だいたい、こんな先輩たちとのバンドと比べるようなことをしていたら、憂と純にも失礼だ。
私も、前に進まなきゃ。
…自信は、正直、あまりないけど。
ジャジャ、ジャジャ、ジャーン
結「わぁ…」パチパチ
梓「ふう…どうだった?」
結「やっぱりすごいです!早く私も先輩たちに加われるようにがんばらなきゃ!」
結ちゃんは燃えていた。
その目はマンガだったらメラメラと燃え盛っているのだろう。
期待してるよ、結ちゃん。
純「りっちゃんもやるじゃーん!」
憂「うん、とても初めてとは思えないよ!」
率「へへ…」
りっちゃんは照れていた。
似合わないなこいつには。
そうして、今日はそこで解散した。
梓「じゃあ結ちゃん、ギターのことでなにかわからなかったらメールでもしてね」
結「はい!あ、普通にメールしてもいいですか?」
梓「?いいけど…」
わざわざことわらなくてもいいのに。
結「ありがとうございます!それじゃまた明日!」
憂「ばいばい」ニコ
純「梓!私りっちゃんの家寄ってくから!私の好きなバンドのCDとかDVDとか、たくさん持ってるらしいの!」
率「純先輩、早く行きましょうよ!先輩がた、お疲れ様でっす!」
なんだかあそこは意気投合したようだ。
梓「じゃ、帰ろうか」
憂「うん」
帰り道。
今後の部活についていろいろと話していると、憂がこんなことを言い出した。
憂「梓ちゃん。結ちゃんは、結ちゃんだからね?」
梓「…え?」
憂「梓ちゃん、結ちゃんのこと、お姉ちゃんと重ねてるでしょ」
…憂にはバレバレか。多分、純も気づいてるんだろうな。
憂「確かに結ちゃんはお姉ちゃんそっくりだし、梓ちゃんが思うこともわかるけど…それは絶対だめ。いつか、結ちゃんを傷つけちゃう」
私の懸念は、すべて看破されていた。
自分でも、これがいけないことなのはわかるし、結ちゃんに失礼だっていうことはわかる。
でも、
梓「気にしすぎだよ」
憂「…そっか」
私は、こんなときでも、素直じゃないのだ。
その次の日の部活。
結「こんにちはー…」
憂「結ちゃん!?」
梓「ちょっと、どうしたのその顔!?」
結ちゃんは、目の下にくまをつくって、フラフラしていた。
結「昨日帰ってから家でがんばってコード覚えたり教則本読んだりしてて…徹夜になっちゃいました、てへへ」
梓「そこまでしなくても…まだ始めたばっかなんだし」
結「そんなこと言ってられなあですよ…早く先輩たちと演奏、したいですもん」
梓「なにやってんの!!」
結「!?」
梓「一生懸命やってくれるのは嬉しいけど…それで体壊しちゃったら元も子もないんだよ?」
結「…ごめんなさい、ただ」
梓「?」
結「唯先輩に、負けたくないな、って」
衝撃を受けた。この子は、それを気にして、こんなになるまでがんばったというのか。
梓「…何言ってるの」
結「梓先輩…?」
梓「結ちゃんは、結ちゃんでしょ。結ちゃんのペースでやらなきゃ」
結「梓先輩…ありがとうございます」
私が直接何かしたわけじゃないけど、申し訳なくなった。
結「あ、でも…コードはほとんど覚えましたよ」
梓「…バカ」
そして、この後輩と一緒にがんばろうと、改めて思った。
一方。
純「梓ー…私たちも目の下にくま作ってだるそうにしてるんだけど…」
率「うぁ…頭いてぇ…」
梓「徹夜してDVD見てるからでしょ、バカコンビ」
純率「ひどい!」
自業自得だ。
そんなこともあったが、部活は順調だった。
結ちゃんは飲み込みが早く、元来の一生懸命さもあり、めきめき上達していった。
りっちゃんも一番あとに入部したわりに、すぐに私たちと馴染み、特に純とは姉妹のように仲良くしている。
純「だからぁ、あのサビの部分は…」
率「全っ然わかってないっすよ純先輩!」
…うん、仲良くしているようだ。
ちなみに、結ちゃんは料理をするのが好きらしく、たまに憂に教わりに行くらしい。
憂「初めて家来たときはおもしろかったよー、お母さんたら、「あれ唯、帰ってきたの?…てかなんで制服なんて着てるの」なんて言っちゃって」
結「別人だって納得してもらうのに、すごい疲れました…」
両親でも間違えたのか。どれだけ似てるんだ。
ある日部室でお茶しながら談笑していると、先輩たちの話になった。
純「そういえばさー、梓が抱きつかれてるの見ないから、からかいがいがないんだよね」
梓「…は?」
率「誰が抱きつくんです?」
憂「お姉ちゃんだよ、よく「あずにゃーん!」って言って抱きついてたもんね」
結「あずにゃん…?」
梓「ちょっと!それはもういいでしょ!?」
私の黒歴史が暴露された…
率「あずにゃんって…梓先輩がっすか?ぷぷっ…」
ガスッ
率「痛い!」
梓「うるさい!私の心はもっと痛い!」
失礼な後輩だ。
率「おーいてぇ…あ、それじゃ結、ちょっと梓先輩に抱きついてみてよ!」
梓憂純「!?」
結「ふぇ!?」
お菓子を口にしながら、結ちゃんが変な声を出した。
結「そっ、そそそそそんな…お、恐れ多いよ!」
困惑する結ちゃん。そりゃそうだ。
私たち先輩組は…微妙な顔をしていた。「事情」を知っている2人からしたら、また唯先輩を思い出すきっかけになってしまうと思ったのだろう。
私は…全然大丈夫じゃない。2人が心配するとおり、きっと唯先輩を思い出してしまうだろう。
…先日、割り切ったはずなのに。
率「いいじゃんいいじゃん、ね、梓先輩も」
ニヤリ。と。
りっちゃんからすれば、殴られたことへの仕返し程度に思ってるかもしれないが…これはまずい。
憂「り、りっちゃん、ほら、結ちゃんも困ってるし…」
結「…行きます」
梓憂純「!?」
え?マジで?結ちゃん?
なんでそんな顔真っ赤にしてるの?
なんでそんな決心したような顔してるの?
…なんでそんな、唯先輩そっくりなの?
あ、ヤバい。
結「あ、あずにゃ…梓先輩っ!!」
だきっ
梓「!!」
私の中で、隠してた思い出が溢れ出す。
唯先輩の体温。唯先輩の声。唯先輩の笑顔。
そしてそれに対する思いが言葉になって出てきてしまう。
梓「ゆ、唯先ぱ…」
純「あーずさっ!」
ダキッ
梓「ちょ、ちょっと純!?」
純「せっかくだから私もやってみようかと、ほら憂もりっちゃんも、数少ないチャンスだよ!」
憂「あ、梓ちゃん!」
ダキッ
率「私もいいんすか!?梓せんぱーい!」
ダキッ
…そこには、私が4人の女の子に抱きつかれているという、異常な事態ができていた。
梓「はあ、はあ…なに考えてんの、あんたたち…」グッタリ
結「す、すいません…」
憂「ごめんね、梓ちゃん」
純「たまには部員同士の交流をだな、ね、りっちゃん?」
率「そ、そうですけど!私なんで耳引っ張られてるんすか!?千切れる千切れる!」
こんなことを言ってはいたが、純には感謝しなくては。
…もう少しで、結ちゃんを傷つけてしまうところだった。
梓「はぁ…もういいから、そろそろ練習始めよう」
私も、反省しなきゃな。
夏休みを目前に控え、私たち三年生組は頭を悩ませていた。
梓憂純「うーん…」
きっかけは、先日、純がこんなことを言い出したことだ。
純「合宿しよう!合宿!」
梓「…は?」
憂「だから合宿だよー、バンドの強化合宿!」
そういえばもうそんな時期か。
確かに夏休みを使ってバンドメンバーの結束を深め、技術向上を図るためには、悪くない考えだ。
悪くない、のだが…
憂「でも、場所はどうするの?」
梓「ムギ先輩の別荘を借りるわけにはいかないし…スタジオ付きの泊まれるとこなんてお金もかかるよ?」
純「…」
考えてなかったのかい。
ということで。どうしたら合宿をすることができるか、ということで悩んでいた。
純「学校に泊まるのは?」
梓「学園祭の前日でもないし許可がでるかな…」
憂「それにご飯とかお風呂とかもないしね…」
純「うーん、悪くないと思ったんだけどなぁ」
梓「純は何かジャズ研のコネとかない?」
純「あー、ジャズ研は人多すぎて合宿とかそういうのはさっぱりよ。だから私、軽音部がうらやましかったんだもん」
そういえばそんなこと言ってたな。
梓純「んー…」
憂「そしたらさ、結ちゃんとりっちゃんにも聞いてみない?」
純「えー…」
純は不満そうに口を尖らせる。
純としては後輩にはサプライズで合宿する!と言って、先輩っぷりを見せたいらしい。
理由を聞くと、
率「純先輩って、先輩って感じしないっすね!」
と言われたのが気に食わなかったらしい。
…しょうもな。
憂「でも私たちだけじゃいい考えはでないわけだし、ね?」
純「ちぇー…」
てか、軽音部なんだから演奏で先輩らしいとこを見せなさいよ。
梓「…というわけなんだけど、何かいい案ないかな?」
率「結、お前んとこの別荘は?」
結「大丈夫だよ?」
梓憂純「なん…だと…?」
率「いやこいつんちが金持ちって話はしましたよね?なんか親がどっかの社長らしくて」
結「そんな大したものじゃないですが…5人泊まれるくらいのとこなら確保できると思います」
純「…梓、この学校ってそんなお嬢様校だったっけ?」
梓「…いや、違うと思う」
なんというか…あるとこにはあるもんだな。
憂「じゃ、じゃあ結ちゃん、お邪魔しても大丈夫かな?」
結「はい!じゃあ今日帰ったら、親に話してみます」
率「うおお合宿かー!楽しみだー!!」
梓「はは…」
軽音部って社長令嬢を引きつける何かでもあるのか?
最終更新:2010年12月08日 02:21