率「というわけでやってきましたー!!」ドン!
梓憂純「…」
でかい。
初めてムギ先輩の別荘に行ったときにも思ったが、こういうのは何回見ても思う。
でかい。
結「すいません、やっぱり夏休みシーズンだとどこも埋まってて、一番小さいところになってしまいましたが…」
梓「いや、そのセリフももういい」
結「?」
中に入ると、とても別荘とは思えないくらい、手入れが行き届いている。
結「なんか部活の人を呼ぶって言ったら、お父さん気合い入っちゃって業者さん呼んだみたいで…あ、スタジオはこっちです」
案内されてスタジオについたが、これまた広い。
てかスタジオ付きの別荘持ってる人って、普段何してる人なんだろうか。
…ねぇ、ムギ先輩?
本当に結ちゃんには感謝しなくちゃな。
正直、合宿に関しては諦めてた部分もあったし。
梓「ほら、純も結ちゃんにお礼を…」
純「え?」
…そこには、水着姿の純とりっちゃんがいた。
またこのパターンか!!
純「そうだね、ホントありがとう結ちゃん!結ちゃんたちも早くきなよ!」
率「ひゃっほー!!」
確かに庭にプールがあるとは聞かされていたが…来て早々それか!
梓「ちょ、ちょっと2人とも!練習はどうしたの!憂と結ちゃんも何か言って…」
…そこには、水着姿に着替えた憂と結ちゃんがいた。
結「せ、せっかくですから…」
憂「部員同士の交流も目的でしょ?梓ちゃん」
そ、それはそうだけど…
梓「まったく、練習もしないでいきなり遊ぶだなんて…これじゃ合宿に来た意味が…」
純「とか言って、梓昨日楽しそうに水着選んでたじゃん」
…悪いか。
そんなわけで、結局私たちは日が暮れるまで遊んでいた。
もちろん私は部長として…
憂「相変わらずまっくろだねぇ、梓ちゃん」
梓「…うるさい」
ええ、一番はしゃいでましたとも。
純「さーあ、しっかり遊ぶだけ遊んだし、練習もしっかりやるぞー!」
結率「おー!」
おや。
なんだ、練習もちゃんとしてくれるんじゃないか。
…唯先輩たちも、少しは見習うべきだと思う。
梓「結ちゃんと合わせるのは、今回が初めてだね」
結「はい!もう今日このときのために、今まで練習してきたようなもんです!」
いや、それはライブ本番で出してほしいんだけど…
純「曲は何やるの?」
梓「とりあえず…ふわふわ時間、かな。やっぱりライブでも、一番盛り上がるとこだろうし」
憂「結ちゃん、大丈夫?」
結「大丈夫です!」ふんす!
率「それじゃ準備はいいっすか?行きますよ!」
今まではリードギターは私がやっていたが、結ちゃんが入ったとき、結ちゃんにリードギターをやってもらい、私は前と同じリズムギターに戻った。
純と憂曰わく、慣れないボーカルをやる、私への処置、らしい。
そして、結ちゃんのギターのイントロが始まる。
デデデデデ、デデデデデン、デデデデデン…
その姿、その音は。
梓「キミを見てると…」
唯先輩とは、まったく異なるものだった。
唯先輩のような、あの根拠のない自信に溢れた姿ではなく、おっかなびっくり、間違えないように丁寧に弾く結ちゃんがそこにはいた。
その姿勢は音にも現れ、結ちゃんは確かに丁寧で、ミスのない音を出していた。
しかし、そこには唯先輩のような乱雑だけど、聞いていてワクワクするような、勢いがそこにはない。
そして私は、
梓「ふわふわ時間…」
私は、なぜかほっとしていた。
結ちゃんが、唯先輩ではなかったことに。
わずかな喪失感とともに。
結「ど…どうでした?」
憂「すごいよ、完璧!」
梓「うん、みんなともちゃんと合ってたし、これなら学園祭も問題なさそう」
だから、もっと自信を持って弾いていいよ。
…そう言いたかったのに、言えなかった。
率「先輩!私は私は!?」
純「いつも通り」
率「冷たっ!」
純はああ言っているが、りっちゃんのドラムは本当に上手だった。
軽音部に打ち解けてくれたせいもあるのか、音にも元気が出てきたし、聞いていて安心できる。
…「こっち」は、大丈夫みたい。
そうしてその日、練習はつつがなく終わった。
深夜。
ふとトイレに起きると、スタジオに明かりがついていた。
中を見ると、結ちゃんが一人で練習していた。
梓「結ちゃん?」
結「あ、梓先輩!」
梓「またこんな遅くまで練習して…ちゃんと寝ないとダメだよ?」
結「大丈夫です!それより梓先輩、よかったらギター教えてほしいんですけど…」
梓「そう?…うんわかった、練習しよっか」
結ちゃんに細かいことを教えているとき、ふと結ちゃんが尋ねてきた。
結「唯先輩とも、こうやって練習したんですか?」
梓「え?うん、そんなこともあったね」
思い出す。私が一年生のときの合宿。
まさにこんな状況で、私と唯先輩は練習していた。
梓「唯先輩はホント音楽用語もしらないし、練習もサボってばかりだったけど…本気になったときの唯先輩は、すごくかっこよかったんだよ」
結「ふむふむ」
梓「しかも絶対音感持ってるみたいで…チューニングもチューナー使わないでやっちゃうし。ホント宝の持ち腐れというか…」
結「あはは」
梓「でもって私にはあずにゃんなんてあだ名もつけるし、すぐ抱きついてくるし…ホント、変な人だったんだ」
結「そういえばなんであ、あずにゃんなんですか?」
梓「そ、それは…」
そうして、私と唯先輩のことを話した。
話を聞いているときの結ちゃんは、楽しそうにしていたが、時折その表情に影がさしていた。
…そのときの私は、あまり気にしていなかったのだが。
梓「あ、もうこんな時間か…さすがに寝なきゃね」
結「そうですね」
荷物を片付け、スタジオを後にする。そのとき。
結「梓先輩」
梓「ん?」
結「わ、私のこと…これから、結ちゃんじゃなくて、結って呼んでくれませんか?」
梓「え…?」
ドキッとした。
結ちゃんの震える肩に、数ヶ月前の自分が重なる。
これじゃ、まるで…
結「す、すいません!変なこと言って…忘れてください…」
あの日、唯先輩に言われた言葉を思い出す。
私にはまだ、その答えは出せないけど…
梓「戻ろっか、結」
結「!は、はい!」
これが、今私ができる、精一杯なんだと思います。
帰りの電車。
結「みんな疲れて寝ちゃってる…」
結「りっちゃんは相変わらずだな、やっぱり高校でも盛り上げ役になってる」
私にはできないから。
すごいなぁ、と思う。
結「憂先輩はホントに優しいし、料理も上手だし…」
なにより、みんなのことをよく見ている。憂先輩がいなかったら、この部活もバラバラだろう。
結「純先輩もすごく仲良くしてくれるし、なんかお姉さんができたみたい」
りっちゃんとも仲いいし。
波長があう、ってこういうことなんだろうな。
結「梓先輩…」
私の梓先輩への思いは、まだ伝えられずにいる。
結「でも、一歩前進、かな」
梓『戻ろっか、結』
結「えへへ…」
あのときのことを思い出すと、思わず顔が熱くなってくる。
唯先輩のことを話しているときの、梓先輩の楽しそうな顔。
あれはきっと、忘れることはできない。
今はまだ、唯先輩には勝てないのだろう、ギターでも、梓先輩のことも。
結「梓先輩、私の演奏聞いて、微妙な顔してた…」
残念ながら私は察しがいいほうなので、梓先輩が、私をどう見てるかはわかってしまう。
でも、知ってましたか?
私、割と諦めが悪いんです。
結「梓先輩、私を…見てください」
誰にも聞こえない程度の声量でそう呟き、私も目を閉じた。
合宿も無事終わり、私たちは残りの夏休みを満喫していた。
合宿はみんな楽しんでくれたみたいだし、演奏のほうも問題はなさそうだったので、成功と言えるだろう。
私と結ちゃ…結は、まあ、いろいろあったけど、より仲良くなった気がする。
結が呼び方を変えてほしいと言ったことは、誰にも話していない。あくまで
梓「なんとなく」
で通した。
他になんかないのか、私。
さて、その残りの夏休みだが…
ある日、私たちは結の家に別荘のお礼を言いに訪ねた。
梓憂純「…」ポカーン
率「ね?すごいっすよね?」
梓「これ…一軒家?マンションとかじゃなくて?」
憂「すごい…うちの何個分くらいなんだろ…」
率「へへっ、そんな誉めないでくださいよ!」
純「あんたの手柄じゃないでしょ」ゴスッ
率「痛い!」
純とりっちゃんのやりとりも見慣れたものだ。あの純がしっかり先輩してるのは、なんか変だけど。
純「梓!何か言った!?」
心を読むんじゃない。
ピンポーン
結「はーい…あ、お待ちしてましたー、上がってください!あ、スリッパはそこのを…」
梓憂純「お邪魔します…」
おそるおそる。
率「お邪魔しまーす!」
うるさい。
リビングのようなとにかく広い部屋に通された私たちは、そこでしばらく待つように言われた。
結「今お父さん呼んできますね」
梓「う、うん」
なんだろう。無駄に緊張する。
率「先輩たち固くなりすぎっすよー、リラックスリラックス」
純「あんたはもう少し大人しくしてなさい…」
憂「はは…」
ガチャ
結父「あ、どーもすみませんお待たせしましたー、いつも結がお世話になってますー」
梓憂純「!!」
出てきたのは、やけに腰の低い、恰幅のいい紳士だった。
梓「は、はじめまして!軽音部で部長をやってます、
中野梓です!」
順番に憂と純も挨拶をする。
よかった。感じのいい、話しやすい人だ。
しかし、結父と結、全然似てないな…母似なのだろうか。
てかお父さん、誰か…いや、何かに似ている気がする。
憂「トンちゃん?」
梓純「!?」
それだ!確かに鼻の形とか似てるかも!
でも憂、それは黙っとこうよ!
結父「?まぁ、大したおもてなしもできませんが、ゆっくりしていってくださいね」
梓「あ、あの!」
結父「はい?」
梓「あの、先日は別荘を貸していただいて、ありがとうございました、つまらないものですが、どうぞ」
持ってきた菓子折りを渡す。
…今テーブルの上に置いてあるお菓子のほうが豪華なのは、許してください。
結父「ああこれはご丁寧に…こちらこそ気を使わせてしまってすいません、また何かあったらいつでも言ってくださいね」
…いい人だ。こんなお父さんだったら、結みたいな子が育つのもわかる。
そういえば結たちは何してるんだろう、とあたりを見回すと…
結「やったー!また私の勝ちー!」
率「くっそー!もっかいだもっかい!」
いつのまに始めたのか、サッカーゲームで遊んでいた。
しかしサッカーなのに12-0って…
りっちゃんが弱いのか、結が強いのか…
結父「はは、りっちゃんも来てたのか。まあ皆さんも自分の家だと思って、のんびりしてください」
梓憂純「は、はい…」
自分の家ってか!この豪邸が!
…なんというか、自分とは違った世界を見た気がした、そんな1日だった。
またある日。
夏休みも終わりにさしかかったころ、純から電話があった。
梓「ヤダ」
純「冷たいよ梓!?そんなこと言わずに手伝ってよ!!」
梓「ちゃんと計画立ててやらないからでしょ…自業自得」
純「私がそういうの苦手なの知ってるでしょ!ねぇお願い!」
そう、純は夏休み最大の敵、宿題という壁にぶち当たっていた。
ちなみに、私はこういうのは先に終わらせてしまうタイプなので、合宿前にすでに終わっている。
ふふん。
梓「はぁ…もう、わかったから。適当にうち来て」
純「え!いいの?」
梓「宿題終わらなくて部活出られなくなっても困るしね。あくまでも、教えるだけだからね!」
純「ありがと梓!ねぇ、梓大丈夫だってさ!」
…誰と話してるんだ。
ピンポーン
しばらくすると、どうやら純がやってきたようだ。
梓「はーい…って」
純「よ!」
率「んちゃす!」
頭が痛い。
梓「なんでりっちゃんまでいるの…」
純「りっちゃんも宿題終わってないんだって、それで梓に見てほしいと」
率「早々にバラした!私のイメージが!」
いや、イメージ通りだよ。
二人を私の部屋に通すと、いちおうやる気はあったらしく、ちゃんと宿題を広げだした、広げだしたのだが…
梓「…純」
純「ん?」
梓「あんた、宿題一つでもやった?」
純「全然」
だよね。だってこれ、明らかに多いもん。
率「純先輩マジっすか…」
あのりっちゃんですら軽く引いている。
梓「そういうりっちゃんはどれくらい残ってるの?」
率「私はあと一つだけですよー、数学の問題でどうしてもわからんとこがあってそれが残ってます」
なんと。
りっちゃんは思いのほか真面目な子のようだ。
それに比べ…
純「?」
梓「何来て早々に漫画読み出してんの!ほら、やるよ!」
純「へーい…」
この先輩は…
最終更新:2010年12月08日 02:22