男1「秋山っていっつも本読んでばっかで暗いよなー」

澪「え・・・」

男2「本当だよな、見てるだけでこっちまで暗くなっちゃうよな」

澪「・・・」

そんなこと言われても・・・私は外で遊んだりするより、
本読んだりしてる方が楽しいんだもん・・・。

男1「どうしたんだよ、何も言い返せないのかー?」

男2「本当に暗い奴だよなー」

怖くて何も言い返せないよ・・・。
私って本当に臆病で駄目な子だよね・・・。

澪「うぅ・・・っ」ジワッ

?「こらー!お前らー!」

!!
この声は!

男1「げっ!?田井中!?」

律「澪ちゃんをいじめるんじゃない!」タッタッタッ

澪「りっちゃん・・・!」

田井中律ちゃん。
すぐに私のことをからかうから、前はちょっと苦手だった女の子。

律「澪ちゃんをいじめる奴は、私が絶対許さないぞ!」

男2「お、おい逃げようぜ」ボソッ

男1「そ、そうだな・・・」ダッ

律「あ!こら待てお前らー!澪ちゃんに謝れー!」

澪「りっちゃん・・・私は大丈夫だから、いいよ」

律「でも澪ちゃんにあんなこと言うなんて!」

澪「私、りっちゃんに助けてもらえて嬉しかったから、そんなことどうでもいいよ」ニコッ

律「え?へへへ、そっかー。澪ちゃんが喜んでくれたなら別にいっか!」

澪「うん!りっちゃん、いつもありがとう」

でも本当は誰よりも明るくて優しい、私の大好きな女の子。
私はもうこの時からずっと、りっちゃんのことが大好きです。


時が経って、私達は中学生になった。
律は変わらず引っ込み思案な私のことを引っ張ってくれて、
そんな律の影響を受けてか私も律にだけは本音で話すことができるようになっていた。

そして、当然と言うべきか私の律への思いはどんどん膨らんでいた。
けれどこれもまた当然と言うべきか、私は律への思いを伝えられずにいた。

そんなある日、律は私の家に泊まりに来ていた。

律「何だかんだで、澪ん家泊まるのも結構久しぶりだよな」

澪「そうだったか?」

律「中学になってからは初めてじゃん。・・・中学生にもなって、一人で留守番したくないなんて澪ちゃんらしいでしゅねー」

澪「な!何を言うんだ馬鹿律!そんなこと一言も言ってないだろ!」

律「えー?じゃあ何で久々に私に泊まりに来ないかなんて誘ったのさー」

澪「そ、それはだな・・・」

律「まぁまぁ、他の奴に言ったりなんてしないから。怖がりな澪らしいし別にいいじゃん」

澪「もうそれでいいよ・・・」

本心でも、律がそう勘違いしてくれたままならそれでいいと思った。

本当は中学に上がってからあまりお互いの家に泊まったりすることが無かったから寂しくて、
律と一緒に居たくて、律を呼んだというだけだった。


澪「律、そろそろお風呂に入ってきたら?」

律「あ、もうこんな時間か。ていうか私が先か?」

澪「一応お客さんだからな、後に入ってもらう訳にもいかないだろ」

律「一応って何だ一応って、それより久しぶりに一緒に入るか?」ニヤニヤ

澪「んな!?何を馬鹿なこと言ってるんだお前は!」

そんなことしたら私の理性が危うい!

律「顔真っ赤でちゅねー澪ちゃん」

澪「う、うるさい!それに中学になって背も伸びたりしたんだから昔と違って二人一緒にはきついだろ!」

律「・・・」ジーッ

澪「な、何だよ人のことじっと見て・・・」

律「だよなぁ・・・いつの間にか澪、私より背も高くなったし胸も・・・」ジーッ

澪「!! ひ、人の胸をじろじろ見るなぁ!」

律「はーい、自信喪失しちゃいそうだし素直に一人で入ってくるよ」

全く、律は・・・。


あいつは本当に、自分が可愛いって自覚が無いから困る。
律と二人でお風呂になんて入れる訳ないだろ、全く。
私がいつも律を見ていてドキドキしているなんて、考えたこともないんだろうな・・・。

澪「あ」

まずい、律が使うタオル置き忘れてきちゃった。
まだそんなに時間経ってないし、きっと大丈夫だよな。
よし、さっさと置きに行こう。

澪「律ー?」ガラッ

脱衣所のドアを開け、浴室に居る律に呼びかけてみる。

律「あ、澪?どうしたー?」

澪「ごめん、タオル置き忘れちゃってたから置きに来たんだ」

律「わざわざ悪いなー」

澪「気にしなくていい・・・よ・・・」

何気なく、本当に何気なくだった。
タオルを置こうと床に目をやって、私は『それ』に気付いた。

澪「なぁ、律・・・」

律「んー?どしたー?」

澪「その、すぐにお風呂上がったり、しないよな・・・?」

脱ぎ散らかされた衣類の中にあった『それ』は、
まるで純度の高い黄金や白金、高価なダイヤモンドに匹敵するような、
何物にも変え難い美しい輝きを放っているようにすら見えた。

律「え?まだ入ったばっかりだしそりゃそうだけど、急いだ方がいい?」

澪「いや、洗濯しちゃおうと思ったからちょっとの間ここに居るからさ・・・」

律「そういうことか、じゃーゆっくり入浴タイムを楽しませてもらうとするよん♪」

澪「あぁ、そうしてくれ・・・」スッ

私は震えながらも、床に無造作に置かれていた『それ』に手を伸ばした。

そして私の手はおそるおそる『それ』に触れた。
おそらく『それ』は何の変哲もない綿か何かなのだろうが、
少なくとも今の私にはどんな高価で上質なシルクより滑らかで心地いい手触りだった。

そして、遂に『それ』をしっかりと手に取り自分の目の前に掲げた。

これが・・・、これが・・・



律がさっきまで履いていたパンツ・・・!

特別に色気のある訳でもない、
白地にオレンジの水玉で、センターに小さいリボンがついた比較的シンプルなショーツ。

しかし、だ。これは、あの律が。
まるで慈愛の女神のように優しい世界一の美少女、聖女である田井中律が、
先程まで身につけていたというこの世のどんなものより尊く価値のある布、云わば聖骸布なのだ。

そのあまりの高貴なる神々しさに、思わず気後れしそうになってしまう。
だがしかし、気後れしている場合ではないのだ秋山澪
私には、律の親友として、幼馴染として、律を愛し信仰する者として、確認の義務があるのだから。

強い義務感で気後れした心を奮い立たせると、私は聖骸布を自分の鼻腔に押し当てて思い切り息を吸い込んだ。
瞬間、私の体をえも言われぬ快楽が襲った。

その香りは、熟成されたワインのように豊かで芳醇でありながら、まるで摘みたての薔薇のように甘く優雅で、
それ程の香りでありながら決して強すぎることも無く、聖母のような優しさで私を包み込んだ。
私の魂は、今にもふわふわと天に昇りそうだった。


更にドア一枚隔てた浴室からは、律の玉のような肌に水滴がぶつかり弾ける音と、
小鳥のさえずりのように美しい律の鼻歌が素晴らしいハーモニーとなって私の耳に届いていた。

律「~♪」ザアァァ

今この瞬間、世界は私と律、二人だけのドリームタイムだった。
楽園は、理想郷はこんなところにあったのだ。

私は気が付くと涙を流していた。

だが、泣いている場合ではない。律の入浴時間にも限りがある。
それに、さっき私は洗濯をすると言ってしまった。
ある程度の時間が経過したのに洗濯機も動かさずにここに居たら、律に怪しまれてしまう。
律に疑われることだけは、どうしても避けなくてはならない。

名残惜しいが、この聖骸布ともお別れをしなければならない。
―ならば、せめて―
私はそっと、聖骸布に舌を這わせた。

カラメルソース、グラニュー糖にブラウンシュガー、メイプル、ハチミツ etc...
色々な甘さのものがこの世には存在しているが、
それら全ての良いところだけを凝縮したような圧倒的なまでの、しかし不思議と甘すぎることは無い、
かつてから甘味作り、菓子作りに関与してきた全ての人達を否定してしまうのではないか・・・
そう思わせる程の究極の味に私は出会ってしまった。

―律は、最高のパティシエでもあったんだな。あなたの火加減一つで、こんなにも美味しくなるなんて―

私の涙は勢いを増していた。究極の味に出会った感動というのも勿論あった。
だが、何より―
これ程までの感動を与えてくれた聖骸布ともお別れしなければならない、
その喪失感が私の心にぽっかりと穴を開けてしまっていた。

だが、これを手元に置いておく訳にはいかない。
私は涙を流しながらも周囲の洗濯物を洗濯機に放り込んでいき、
遂に聖骸布をも洗濯機に入れようとした。





しかし、澪に電流走る―――!!


待て・・・、待てよ・・・?
乾かなかったと言って、明日すぐに返さなければ・・・?
そしてすぐに同じものを買ってくれば・・・?
買ってきた新しいものを、『返すよ』と言って律に返せば・・・!?

聖骸布は、私の手元を離れない・・・!!

しかしこんな手があるのであれば、味を見るべきではなかった・・・!
下賎な人間である私の唾液がついてしまった聖骸布を見て、私は己の愚かな行為を悔いた。

だが考えてもみる。先にこの手を思いついたからといって、私は味を確かめずにいられたのか?
律の脱ぎたてパンツが私の手の中にあるのに、それを舐めてみずになんていられるか?

答えはおそらく、否―。

過ぎてしまったことを悔やんでも仕方あるまい。
それよりも早く聖骸布をどこかにしまってしまわないといけない。
不自然でないようにさっさと洗濯機を動かしてしまって、
律がお風呂から出る前に最適な場所を確保せねば―。

私は洗濯機を動かすと、脱衣所を出た。



やはり、木の葉を隠すなら森の中だろう。
自分の部屋の箪笥、その一番下の自分の下着をしまい込んでいる箇所を開けた。
私は申し訳ない気持ちで一杯になりながらも、とりあえずは聖骸布を一番奥にしまい込んだ。


ごめん、私のパンツなんかと同じ場所にしまっちゃって・・・!
今は緊急だからこうするけど、後日別の場所、に―・・・



―その時・・・・!圧倒的 閃きっ・・・・・・・!!



そうだ。私は何故、こんな簡単なことに気付かなかったのだろうか。
自分で今思ったじゃないか、木の葉を隠すなら森の中、と。
だが、私の下着の中では聖骸布を収納するのにふさわしくない。
―ならば、どうすればいい?答えは簡単だ。



―たくさんの、聖骸布があればいい。―


私は自分の記憶を思い起こした。
今日はこの聖骸布、明日はさっき脱衣所で見た白と黒のチェック柄。
昨日はライムグリーン、一昨日は水色、その前は薄いピンク、更にその前は・・・。

私の中で、カチリとパズルのピースがハマり込む音がする。
間違いない、私の長年の調査結果が物語っている。
律の下着は、ローテーション制だ。

ならばそれを読んで、泊まりの機会などに履いてくるパンツを把握すれば・・・
そしてそれと同じものを買っておけば、そして既に一枚持っているものでも同様に買っておけば・・・!
聖骸布を大量に入手可能・・・!
しかも複数枚入手したものは保存用と味見用、匂いを愉しむ用と使い分けが可能だ!

私は、真理の扉を開くことに成功した。


律「澪ー、お風呂上がったよー」

澪「ああ、のんびりできたみたいだな」

律「いやー良いお湯だったよ、ありがとなー」

澪「じゃあ次は私が入って来るね」

律「おーう」


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最終更新:2010年12月08日 03:06