梓「はふう……すいません遅れました」
唯「先輩遅刻ッス」
梓「ちょっと準備に手間取っちゃって」
唯「寒かったなぁ」
梓「う……ごめんなさい」
唯「なんてね! それじゃ行こっか!」
唯「いざ、常夏の島へ!!」
梓「ところで……どうしてギター担いでるの?」
唯「このギターケースの中身はギターじゃないのだよ」
梓「じゃあ何を」
唯「秘密~」
梓「……まあいいけど」
梓「あと飛行機のチケットとパスポート忘れてないよね?」
唯「ええっと、これがチケットで……パスポートが……あれっ!?」
梓「えっ!?」
唯「なんちゃって~ちゃんと持ってるよ」
梓「そういう冗談はやめて下さい」
唯「ごめんごめん」
唯「それにしてもテンション上がるよ~!」
唯「私実は海外旅行って初めてなんだ」
梓「私も初めてだよ」
などと話しつつ国際空港へ向かう私達。
私の方が遅刻してしまうという失態を犯したけど早めに集合していたので問題無かった。
空港に着いてからチェックインやら検査を終えた後はお茶をしたり、早速お土産を買おうとしている人を窘めつつ自由時間を過ごす。
そうこうしているとアナウンスが流れた。
私達はゲートへ向かい飛行機に搭乗する。
実は出かける前からワクワクしてたんだけど、ここに来てますます盛り上がってきた。
寒さも忘れるくらいだ。
席に着き、シートベルトをして、飛び立つ。
これが昼だったら空港や周りの街がどんどん小さくなっていくのが見えるんだろうな。
帰りは昼の飛行機だから楽しみにしておこう。
飛行機は偏西風を受け流してさらに上昇する。
唯「おあー暗くてよく分からないけど街の明りが綺麗ー」
唯「うおー凄いよ! これイヤホンかと思ったら空気も出てくるよ!」
唯「ラジオが聞けるんだね~。テレビも見れるの? あっゲームもできるんだ~!」
梓「……」
よかった。
空いてる飛行機でよかった。
本来は寝て過ごす予定の機内で高校生みたいに大はしゃぎする姿を見てつくづくそう思う。
せっかくだから私も起きてようかなと思っていたら……
頭が痛い、耳が痛いと言い出して急にテンション駄々下がり。
最後に「気持ちわるぃ……」と言い残して深い眠りに落ちていった。
梓「忙しい人だな……」
そりゃあ当初は寝る予定だったけどさ。
騒ぐだけ騒いで寝入ってしまったこの人を見てるとなんだか……
なんだかイタズラしたくなってきた。
鼻を摘んでやろうか、瞼を開けてやろうか、それとも唇に……いや、やめておこう。
元々乗り物に弱い人だしもし起きたら可哀想だ。
梓「はぁ……」
仕方のない人だなという言葉の代わりに溜息が出た。
残された私は何をしようか。
ラジオ、テレビ、ゲーム……どれも気が乗らない。
というわけで貴方が眠るなら私も眠ります。
枕が欲しいから肩を借りるね。
いいにおい。
少しの間おやすみなさい。
――――
――――――――
――――――――――――
唯「うおおーーーー!!」
梓「んわあっ!! ……じゅる」
梓「んもうびっくりしたなあ……あさからなにごとなの……」
唯「凄いよ! 外見て外!」
梓「へぇあ?」
梓「う……」
梓「うおおーーーー!!」
飛行機の窓から覗くと辺り一面がエメラルドブルーに染められていた。
海に日差しが反射してキラキラしている。
夜は暗闇しか見せてくれなかったのにその下ではこんなにも常夏の景色が。
否が応にもテンション上がる。
気付いたら眠気も何も忘れて叫んでしまっていた。
唯「ねっ! 凄いでしょ!」
梓「すごーい!」
梓「……はっ」
空いてる飛行機でよかった。
一瞬我に返ったけどテンションは高いまま。
誰だってこの景色を見せられたら興奮するよね。
気が付くと私達は一緒になって大盛り上がりしていた。
その後相方も乗り物酔いすることなく無事に常夏の島へ到着した。
ホント気分屋なんだから。
唯「うおー暑いぞー!」
確かに飛行機に乗るまで厚着していたのが嘘みたいだ。
梓「ほら、いい年して叫ばないでよ」
自分の事を棚に上げつつホテルへと向かう。
唯「なにー、今月から同い年なんだからね。これで二人とも四捨五入したら……」
梓「はいはい。それも今日までだけどね」
唯「む……そういえばさ、空港で『観光ですか』とか聞かれなかったね」
唯「せっかく切り返しを考えてきたのにさー。”Sightseeing?” ”No...combat.”」
梓「またしょうもないことを……て言うか英語で話し掛けてくるとは限らないと思う」
唯「おうふ……」
梓「それよりチェックインしなきゃ」
唯「そうでした」
こんなでもちゃんと英語も勉強してHTTの作詞を担っている一人なのだ。
私よりも優秀な英語力に期待してたんだけどちょっとダメかもしれない。
とりあえずチェックインやボーイさんとのやりとりは全て私がこなした。
唯「おおー! いい部屋だね!」
梓「そりゃあいいとこ選びましたから」
梓「特別な日だからね……」
今回は私達二人の誕生日旅行という名目だ。
今月の空いている日にやろうということになり、それがたまたま26日からだったので丁度よかった。
こうして常夏の島で誕生日を迎える瞬間を二人で祝えるんだから。
唯「え……? ああーそうだったね!」
ひどいや。
唯「海が楽しみでつい……へへへ。それより早く海に行こうよっ!」
私だって海が楽しみだけど……。
とか思っていると早速準備を始めてるよこの人。
唯「ほら早く早く!」
梓「わかったわかった」
準備を終えていざ常夏のビーチへ。
それにしても暑いなあ。
ビーチへ向かって歩く僅かな時間でもう汗が吹き出てくる。
昨日までコートを羽織って生活してたんだから無理もないか。
服を着ているのが馬鹿馬鹿しくなるほどの日差し。
映像でしか見たことのなかった白い砂浜。
手前は透明で奥はエメラルドブルーな素晴らしい海。
それとは違った色彩を放つ群青の空。
唯「おーーーー!!」
思わず叫んでしまうのも仕方ない。
脱衣所でさっさと着替えていざ海へ。
二人して波打ち際まで走った。
私達の足が透き通った波に浸かる。
唯「うはあぁ~冷たくて気持ちいい」
梓「ひゃっ」
唯「ん? かわいい声で鳴くじゃないか」
梓「うるさいな」
唯「ふふふ~……ほいっ!」
ばしゃあ。
梓「っぷは! 冷たっ! もう、何するの!」
唯「あはははは!」
テンション上がりすぎて何を言っても無駄そうだ。
かくいう私もはしゃぎたくてうずうずしている。
とりあえずお返し。
梓「このっ!」
唯「ひゃああ!」
梓「はははは!」
唯「くぬぅお~!」
それからひたすら水を掛け合う。
それだけでこんなに楽しいなんて思わなかった。
自然と笑みが零れる。
子供の頃に戻った気分だな。
人もまばらだから迷惑もかからないし私も人の目を気にしないではしゃげる。
そもそも人の目とか気にしないではしゃいでる人もいるけどね。
唯「あははっ、楽しいねっ!」
梓「うんっ!」
年甲斐もなく暴れる二人。
だけどそんなことは気にしない。
ていうかまだ20代だしいいよね。
唯「なんだか合宿を思い出すやぁ」
梓「軽音部の?」
唯「うん。そういえばあの時に着てたピンクの水着可愛かったね」
梓「私が着てたやつ?」
唯「そうそう。それさあ、次の年にも着てたよね」
梓「わ、悪い?」
唯「いやぁ~ただ成長しなかったのかなぁって」
梓「あれからちゃんと成長しました!」
くそー自分が成長したからって……。
私だって高校の時より成長したんだから。
……目の前のビキニには負けてるけど。
唯「あーーたのしーーーー!」
唯「そうだっ!」
梓「どしたの?」
唯「実はとっておきがあるんだよ」
とか何とか言いながら荷物置き場へ向かう。
なんだろう?
唯「見て見て!」
バッグから取り出したるは……
梓「メ、メロン……?」
梓「なんでメロンなんか持ってるんですか……?」
唯「実はスイカ割りがしたかったんだけど家にメロンしかなくって」
梓「……あぇ?」
唯「とりあえずメロン持ってきたんだ。でね、こっちが――」
よく見ると何故かギターケースがある。
え、ビーチに何もって来てるの。
唯「メロンってスイカみたいにパックリ割れなさそうだからこれ持って来た」
ギターケースから細長いものを取り出して腰に添える。
そして柄に手を掛け腰を捻り一息で鞘を抜くと切っ先が光った。
日本刀である。
梓「っちょ、何やってるんですか!」
唯「これでスイカ割りしよっかなーって」
梓「あ……ははは」
いくらテンションが高くてもそれは恥かしいです。
周りを見回すと外人の夫婦がこちらを見ていた。
SAMURAI? みたいな声が聞こえてくる。
combatってこういう事だったんだろうか。
梓「いやーははは……」
唯「目隠しお願いね!」
梓「……わ、わかったよ」
ここまできたら楽しもう。
わざわざ海外に来てまで小言ばっかりなのもアレだし。
レプリカとは言えよく空港で引っかからなかったな……。
唯「ふう……」
梓「まっすぐ、まっすぐ、ちょっとだけ左……」
上段の構えでよろよろとメロンに近づいていく。
梓「そこ」
唯「きええぇぇい!」
梓「あぁ……」
唯「やった!?」
梓「やってないよ」
唯「あれー!? じゃあもう一発……」
結局いくらやってもメロンは割れなかったのでホテルへ持ち帰ることに。
かわりに近場で何故か売っていたスイカを買って食べた。
このぐらいの奇抜さが無ければHTTのギターボーカルは勤まらないのかもしれない。
最終更新:2010年12月11日 04:15