アットウィキロゴ
「……というわけで、梓ちゃんは今晩、我が家に泊まることになりましたー」

「おおっー、どういうことなのかさっぱりわからないけど、今晩はあずにゃん抱いて寝れるのかな?」

「だ、だだだ抱くってなんですかっ!」

「……? そのままの意味だけど」

 私の勘違いを憂が横で笑っていた。
 だって、『今晩』に『抱く』なんて連想させるから悪い。

「もぅ、憂も、勝手に話を進めちゃって……」

「ごめんね、でも梓ちゃんといっぱいお喋りしたかったから」

「……いいよ、それより夕食作るの手伝おうか?」

「梓ちゃんはお客さんなんだし、大丈夫。お姉ちゃんの相手をしていてくれるかな」

 ここは、憂に甘えてもいいかな……逆に手伝うことで邪魔になったりもするし……。
 純粋に憂の手料理も食べたいし。

「ありがとう、憂」

「じゃあ、お姉ちゃんをよろしくね」


 エプロンをつけてキッチンに戻っていく憂。

 後ろを見れば、床に転がっている唯先輩。

 この差は、一体どこから生まれるのだろうか……。

「唯先輩は、料理作らないんですか?」

 唯先輩の隣に腰を下ろして、素直に思ったことを聞いてみた。

「あずにゃん、私が作った料理食べたい?」

 唯先輩が作る手料理……。

 砂糖と塩を間違えたり、調味料は目分量ならぬ、袋分量だったり、

 お味噌汁がお味噌煮になったり……だめです! まともに作れる場面が想像できない。

「……やめてください! せめて食べられるものを……っ!」

「ぶぅー、私だってちゃんと食べられるもの作れるよー」

 完全に寝そべりながら、手を伸ばしてバタバタする唯先輩。

 この光景が、こんなにも安心するのは、なぜなんだろう。

「唯先輩は、いいですね」

「……? 何がかな?」

「それでこそ、唯先輩って気がするだけです、気にしないでください」

「ええー、そんなこと言われると気になるよー、教えてよー、あずにゃん」

「時間がありますので、ギターの練習でもしますか?」

「うっ……腰が痛くて起き上がれない」

「……痛いのはどの部分ですか、ここですか、ここですね?」

「あ、きゃは、やめ、くすぐらないで、あはははっ、あはっ……はぁはぁ、
 もう、あずにゃんがそんなことする子だったなんて」

「唯先輩が仮病を使うからです」

「お・か・え・し~」

「やっ! もう、や、やめっ! ど、どこ触ってるんですかぁ!」

「ここがええんか~、ここがええんか~」

「んぁっ! あっ、ハハハッ! ヤぁあ! んっ!」

「……何やってるのかな、お姉ちゃんも梓ちゃんも」

 お玉を片手に持った憂が呆れていた。

「あぁ~、憂もほら、あずにゃんくすぐってみなよ~、楽しいぞぉー」

「ワキワキ時間?」

「君を見てるといつもハンドわきわき♪」

 歌いだす唯先輩。
 それけいおん部で歌ったらさわこ先生とか実践しそう。
 そして、限りなくセクハラ臭がします……。

「揺れるバストはマシュマロみたいにふーわふわ♪」

「澪先輩が泣きますよ……あと私に対するあてつけですか」

 揺れるほど、胸がない。
 この中で一番胸が大きいのは――

「憂っておっぱい大きいよね」

 ボソっとつぶやく。

「……どれ、お姉ちゃんが確かめてあげよう!」

「え、ちょっとお姉ちゃん……」

 床に身体を引き摺らせながら憂に迫る唯先輩は、どことなくゾンビっぽい。

 この危機を果たして憂はどう切り抜けるのだろうか……。

「あ、あの、遊んでると、今日の夕食焦げちゃうよ!」

「あずにゃん、大人しく待ってようか」

「不戦勝っ!?」

 戦う前に勝利を収めるなんて、憂に弱点はないのかな……。

 それからは、唯先輩とトランプで遊び、夕食まで待った。

 完成し、出てきた料理は凄かった。

 まず品数が多い。煮物、魚、コロッケ、漬物、お味噌汁、和え物、ハンバーグ……etc。

 どれだけ効率よく動けばこんなに多くの料理を作れるのか想像してしまう。

「いただきます」

「いただきまーす」

「いただきマンモス」

 ……それは死語だと思うよ、憂。

 でも、料理の味は本物だった。

 何を食べても、舌が美味しいと感じた。

 人情が詰まったような味、もしくは家庭の味とでも言うのだろうか、いくらでも食べられそう。


「料理、憂に教えて貰おうかな……」

「梓ちゃんは家で家事とか手伝わないの?」

「……ごめんなさい」

「せ、責めてるわけじゃないからっ!」

「あずにゃん怠け者だね~」

 …………。

「あぁっ! あずにゃんが私のハンバーグを誘拐したよ~!」

「泣かないでお姉ちゃん! 私のハンバーグ分けてあげるから」

「ありがと~憂ぃ~」

「駄々甘……」

「美味しいよ~憂~」

「ありがとうお姉ちゃん♪」

 なんだろう、この疎外感……。

「でも、本当に美味しいよ憂の料理」

「梓ちゃんもありがとう、いっぱいあるからお腹いっぱい食べていってね」

「うん、でも全部食べたら太っちゃいそう……」

「憂の料理は美味しいから太らないよ~」

 それは何処の世界の物理法則なのでしょうか……。

「そういえば、唯先輩はいくら食べても太らない体質でしたね」

「んあー、そうだよー」

「私のコロッケも食べてください、先ほどのお詫びと残してしまうと勿体無いですので」

「じゃあ、私のにんじんをあげよう」

 ……なぜにんじん?

「私からは、はい、沢庵どうぞ」

 ……憂まで。

 貰ってしまったので素直に食べる。
 あつあつの白いご飯に渋い色の沢庵を乗せ食べていく。
 噛むと、ポリッ、ポリッ、と心地よい食感がした。
 結局、ご飯のおかわりまでしてしまった。
 普段はそんなに食べるほうではないのに……。

「ご馳走様でした、この料理を毎日食べてる唯先輩が羨ましいです」

「憂のご飯とムギちゃんのケーキは欠かせない毎日の動力源だよー」

「ふふっ、お粗末様でした」

 食器くらいは洗わせて、そう伝え、あと片づけを手伝う。
 30分程の時間を置いてから、食後のデザートが出てきた。
 私が持ってきたお茶菓子、中身はラスクとスイートポテトだった。

「デザートは別腹、別腹♪」

 唯先輩は気にせずむしゃむしゃと食べる。

「あうー、このお菓子も美味しいよー」

 やすらぎってこういうことを言うんだろうか……。
 安心したら眠気が強烈に襲ってきた。
 部屋の暖かさと満腹感、それと……。

 それと、ああ、昨日はあんまり寝れてなかったんだっけ。

「…………」

「あれ、あずにゃんもう寝そう……」

「本当だ、疲れてたのかな?」

 …………声が遠い。

「でもここで寝かせるわけにはいかないから……梓ちゃん、梓ちゃん」

 身体が揺すられている、この振動すら心地良い……。

「ダメ、眠りの世界に入っちゃいそう」

「ここは私に任せるのだ! ……あーずーにゃん、ふぅー、れろれろ」

「……んぁ!」

 今、耳になんか……なんか!

「あ、凄い、起きた」

「あずにゃん、寝るなら、お風呂入ってからにした方がいいよ」

「……すみません、なんかうとうとしてしまって……」

「よし、お風呂に行こう!」

「……はい、行きましょう」

「憂、あずにゃんに貸せる着替えとかある?」

「パジャマならいくらでもあるよ。

 下着はさすがに私たちのは貸せないから、お客様用にまだ使ってない新品のが用意してあるの」

「さっすが憂、準備万端だね!
 それじゃあ、あずにゃんをお風呂にれんこーしていきます」

「……はい、どうぞ」

「はーい、こっちだよー」

 唯先輩に手を握られている。
 どこかに向かうのだろうか。
 空気の質が変わったように感じた。

「じゃあ、ばんざーいしてみようか」

「……ばんざーい」

「おおっ、あずにゃんが素直に私に従っている、そーれ、脱ぎ脱ぎ」

 ……寒い。すーすーする。

 気温の低下が意識を急激に覚醒させていった。

 自分の状況を確認していく。真っ先に気づいたのは身体的変化。

「……え? な、なんで私上半身裸……っ!」

 頭が真っ白になる前に、

 手元にあった、バスタオルで身体を隠す。

「お風呂に入るからだよ、あずにゃん」

「ああ、お風呂ですか、それじゃ仕方ないですね……ってそうなりません!」

「一緒にお風呂入ったことあるしいいじゃん」

 それはきっと、合宿の時のことを言っているのだろう。

 でもあの時は限りなく広く開放された空間だから大丈夫だったわけで、

 個室となると意味合いが変わってくる。

 しかも、一緒に入る気なのですか?


5
最終更新:2010年12月12日 01:22