18歳、世間では花の女子大生と言われていたお年頃。
 なんで花なんだろーか。
一番輝いてる時期だから?
 別に、スポットライトがあたってるのは大学生の時期だけじゃない気がするよ。
 私の場合は、高校のときが一番輝いてたかな。
 何をしよう、何かしなきゃと思い、初めて奮起できたから。
 一期一会という言葉があるけど、私が出会ったのは一期一生の音楽。
 音楽との出会いは、人との出会いに変わり、自分自身との出会いに繋がった。
 なーんてね。ちょっとかっこよく表現してみたり。
 うん、私にもできること、見つけたんだよ。
 でも、大学生になってから、みんなで毎日お茶を飲みながら活動することはできなくなった。
 高校の時みたいに、放課後という時間が決まってない。
 みんなそれぞれ、違うコマに授業があったりバイトがあったりして、
 いつも一緒ってわけにはいかなくなっちゃった。
 ボックス席は持ってるけど、たまに一人ぼっちの時もある。
 そんな時は、どうでも良いメールをみんなに送ることもしばしば。
 今は、一人暮らしをしているからなおさら、人恋しいのかもしれない。
 だから、一体感のあった高校生の時が一番、なのかな。
 大学は大学で楽しいけれど、『なにか』が物足りないのかも……。
 そんなことを考えながら、私はスパゲティをお腹につめ込んだ――

唯「今日で大学生生活が始まってから四ヶ月も過ぎたよ……」

 今は、7月24日のお昼。場所はN女子大食堂。
 入学式、サークル勧誘、新入生歓迎会、前期の試験期間、
 さまざまな出来事があって、
 カーニバルが過ぎ去ったような気分の中、私は呟いた。

律「珍しく暗いな唯、お腹でも壊したか?」

 りっちゃんは、もう大学に慣れきってる。
 授業をサボって遊びにいくこともしょっちゅう、まぁ私もだけど。

唯「私たち! 大学生なんだよ!」

 大学生だから出来る楽しいことってなにかないんだろうか、
 そんなことを考えちゃう。

律「いや、そんなもん、今更だろうが、なぁ、澪」

 りっちゃんの横には澪ちゃん。
 この二人は相変わらず仲良しで大体いつも同じ講義を取って行動している。

澪「そうだな、明日から本格的な夏期休暇だしな、それにしても大学の休暇は期間が長すぎる……」

 澪ちゃんは、りっちゃんがサボるのをあまりよく思っていない。
 ときどき、連れ戻しに大学を抜けたりもする。

律「大体2ヶ月近くもあるからな、高校より1ヶ月分多い。
  天国だなあ、いやはははは」

澪「暢気だな律は。遊んでばっかりだと大学生活もあっという間に終わってしまうぞ」

律「ばっか澪、今遊ばないでいつ遊ぶんだよ! 
  私は30過ぎて自分磨きとかほざいてる女にはなりたくないわ!」

澪「そこまで極端なことは言っていないだろ、ただ最初から遊んでると、
  後で単位とかが足を引っ張るかもしれないんだ」

 ぐさり、そんな疑音が心を刺していった!
 痛い、その言葉は痛すぎるよ澪ちゃん。
 だ、大丈夫、1年目でちょっと単位が足りなくてもまだ3年間もあるんだから!

律「ふっふっふ、万能美少女田井中律に穴はないのだよ……っ!」

澪「試験の情報を教えてくださいと私に頼み込んできたのは誰だったっけ?」

唯「あはははっ、それでこそ、りっちゃんだよ」

律「やかましいわ! そーゆう唯はどうなんだよ、ちゃんと単位取れそうか?」

唯「んー? 半分くらいは取れるんじゃないかな」

澪「おいおい、半分って……唯も締めるとこは締めないと、時間は限られているのだから」

 澪ちゃんは、大人になっていってる、私は現在のことしか考えてないけど、
 彼女は、もう少し先のことまで見通してる、そんな気がした。

唯「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ、まだ序盤だから、
 音楽で例えたらまだイントロ中だよ!」

律「いや、Aメロ投入してるだろ、少なくとも曲の八分の一は過ぎた」

唯「じゃあインスト曲ってことで!」

律「おいおい、どっちにしろダメじゃねーか」

唯「えへへ……ねぇ、夏休み中はどう活動するか決めようよ~」

律「うーん、今ムギがいれば夏休みの計画とかも立てられたんだけどなー」

 ムギちゃんは今日、集まれなかった。
 私たちは、週に最低1回は全員が集まれる機会を作ろうと提案していた。
 今日はその日だったけど、どうしても外せない用事ができちゃったみたい。

唯「寂しいよー、なんだか~」

律「泣くな唯、このサンドイッチやるから」

 りっちゃんから貰ったのは玉子サンド。
 パン生地と同じくらい厚さのある玉子はとってもボリューミー。
 遠慮なく食べていく。

唯「ありがとぉ~」

澪「……でも、困ったな、2ヶ月もの長期休暇の予定をどうするか」

律「バイトとサークル活動だけじゃつまらないよなあ」

 りっちゃんのバイトは派遣の仕事だ。
 音楽イヘント系、レストラン、新規オープンでのコンビニなど、なんでも挑戦している。
 活動的なりっちゃんには合っていると思う。

唯「私、提案します!」

 玉子サンドを食べ終えたので、手を挙げた。

澪「どうぞ」

唯「合宿がしたいです!」

律「まあ、妥当な線だろうな」

 反対意見はなかった、安心。
 なら、もっと突っ走ってみようかな。

律「今年はどこ行くんだろうな、まぁムギの別荘次第になると思うけど」

唯「私、提案します!」

 今度は両手を挙げた。

澪「……どうぞ」

唯「現地でライブがしたいです!」

律「それもいい案だが、まず、何処にいくか決めないといけないな」

唯「ムギちゃんは何処へ! かむばーっくムギちゃーん!」

律「そういや、ムギどこに行ってるんだっけ?」

澪「私も知らないな、日本にいることは確かだと思うが」

「…………」

 三人で沈黙する。
 周囲の喧騒が、やけに耳に響いたよ。

澪「とりあえず、練習でもするか」

唯「そうだね」

 大学のキャンパス内には多くのサークルボックスが存在している。
 その内のひとつを、私たち「放課後ティータイム」という学内公認音楽サークルが占領している。
 サークルリーダーは変わらずりっちゃん。
 あとのサークル部員は私と澪ちゃんとムギちゃん。
 桜高で、あずにゃんが加入する前の4人だった。
 楽器部屋に置いてあった、りっちゃんのドラムを引っ張り出して音楽練習室を借りる。
 私、澪ちゃん、りっちゃんの3人が準備を整え、目線を合わせる。

律「よーし、まずは『Don't say"lazy"』からな」

 これは大学に入ってから新しく作った曲。
 ボーカルは完全に澪ちゃんのみ。
 ギターパートは簡単だったからすぐに覚えられた。
 私やればできる子だし!

律「ワンツースリーフォー、ワンツースリー」

 演奏してみるものの、
 やっぱり3人だけじゃ、音の数と粒が足りないよー。
 それは、他の2人も同じだったみたいだ。

澪「うーん、やっぱりムギと、もう一人ギターがいてもいいかもしれないな……」

 もう一人のギター、それはかつて5人だった名残。
 最近は、メールくらいしかやり取りをしてないあずにゃんの顔が浮かんだ。

唯「でも放課後ティータイムは……」

澪「わかってる、わかってるよ唯、梓以外に追加させるメンバーはいない、だろ」

澪ちゃんは、ちゃんとわかってくれていて安心した。
 そうだよ、あずにゃん以外の誰が、代わりを務められるのかな。

唯「うん、やっぱりあずにゃんじゃないと放課後ティータイムじゃないよ」

澪「でも、梓はもういないんだぞ。来年私たちと同じ大学に来るのかも不確定だし」

唯「あずにゃんは来るよ、絶対」

澪「……随分な自信だな、何か確信してることでもあるのか?」

唯「なんか頭の片隅に引っかかる記憶があってね、
  あずにゃんは私たちを追ってくるんじゃないかと」

澪「じゃあ、電話で聞いてみるか、高校生は既に夏休みだろうからな」

律「夏期講習とかあったらどうすんだよ、澪」

 りっちゃんにしてはまともな発言。

澪「……メールにしておくか」

 携帯を開き、手早くメールを送る澪ちゃん。
 すると、私の携帯のバイブレーションが反応した。

唯「……あれ? 私にもメール着た」

 画面を開くとFrom:澪ちゃんとなっていた。

唯「澪ちゃん?」

澪「いいから、中を見ろ」

 メールには『唯が聞くべき』と、書いてあった。
 どうやら、澪ちゃんが送ったメールは私宛だった。
 お返しはもちろんメールで。
 絵文字だけで打ち込み、送信。
 数秒後、澪ちゃんの携帯がブルブルブルって震えた。

澪「『猫ハート』ね、これまた唯らしい文だな」

唯「澪ちゃんもにゃんにゃん、だよ」

律「いや、意味解らんからっ!」

唯「りっちゃんは……ねこじゃないなー」

澪「唯は、犬っぽいな」

唯「えー、それ和ちゃんにも言われたよー」

律「じゃあ間違いないな」

澪「そうだな、幼馴染がそう評価するなら間違いない」

唯「わたしは、動物ならきっと狼だよ」

律「それはない」

唯「澪ちゃんまで、もー、二人とも意地悪だよー、狼さんかっこいいじゃんー」

律「かっこいいのかもしれないが唯っぽくはない」

唯「……私っぽい動物ってなんでしょうか」

澪・律「犬」

 二人は声を揃えて答えた。
 そうして、今日は動物談義でサークル活動を終えたのであった。
 中身なんてこれっぽちもないけど、いつもの放課後ティータイムっぽくて、やっぱり楽しい。


 ――大学の隣駅にあるアパートの一室が、私が今、住んでいるところ。
 1Kの家賃は6万5千円。親に出して貰っている。
 女性管理人で女子学生専用フロア、防犯カメラ、インターネット設備あり。
 バス・トイレ別、ガスキッチン、フローリング、バルコニー付き。
 りっちゃんと澪ちゃんも、私のマンション近くに住んでいる。
 というか、二人はルームシェアをしていた。
 対し、私は一人だった。

唯「あーあ、久しぶりに憂の手料理が食べたいな」

 一人暮らしを初めて、何が一番面倒くさかったのかといえば、間違いなく食事だった。
 一日三回の料理がまるで修行みたい。
 食べるのは好きだけど、作るのは嫌い。
 毎日料理作ってた憂って、もしかして超人なのかな。

唯「今日も、カップラーメンでいいや……」

 私は、どうしようもなくダメ人間ならぬ、ダメダレディーだった。

 料理なんか簡単だよ、と一人暮らしを始めた初日は、思っていた。

 だけど二日目で諦めたよ。あとは冷凍食品やレトルトカレー、カップラーメンの日々。

 たまに、りっちゃん達が一緒に食べようと誘ってくれるときもあるけど、毎日じゃない。

 一人暮らしの人には格安で食事を作ってくれるサービスがあればいいのに……。

 そもそも、一人暮らしをすると自宅で相談を持ちかけた時、

 すんなり両親からOKを貰えたのが原因だよ。


――回想するとこんな感じ。

 それは、大学合格が決まった後、冬休みの出来事だった。
 夕食を食べたあと私は、両親に話を切り出した。
唯「私、一人暮らしがしたい!」
母「……いいわよ。物件は早めに探しなさい、春になると良い物件はもう空いてないから」
唯「やっぱりダ――あれ? いいの?」
母「ええ、唯ちゃんも成人するのだし、最近、よく頑張っていたから大丈夫よ、ねえあなた」
父「……そうだな、唯もついに大学生か……時間が経つのは早いな母さん、
  つい最近まで子どもだと思っていた唯が……こんなにも立派に成長して父さん嬉しいぞ!」
唯「やったー、じゃあ明日から物件探すの手伝ってー」
憂「……ちょっと待って!」
唯「憂?」
憂「お姉ちゃんが一人暮らし? 家を出る? 許可? 何を言っているのかな」
唯「憂……」
憂「お姉ちゃんがいなくなったら……私、わたし……どうしたらいいか……」
母「憂ちゃんは本当にお姉ちゃんっ子ねえ、今は寂しいかもしれないけど、
  憂ちゃんも来年になったら、唯ちゃんと同じ大学に行けばいいじゃない」
憂「……お姉ちゃん、本当に一人暮らしするの? どうしても自宅からは通えないの?」
唯「ここからだと片道2時間くらいかかるし、
  やっぱり現地から通ったほうが効率よさそうなんだよね、
  りっちゃんと澪ちゃんも家を出るって言ってたし」
憂「…………うん、わかった、律さんや澪さんも近くに住むなら、少しは安心できるかも」
父「唯、一人暮らしは、想像以上に大変だ。
  無理そうだったら、いつでも戻ってきなさい」
唯「ありがと~、憂もお父さんも」
 そうして私は今の物件を見つけ、一人暮らしを決行するのだった。

 ――回想終了。


唯「憂の手料理が食べたいよ~~~~っ」

 夏休みの間だけでも、自宅に帰ろうかな……。
 カップラーメンを啜りながら、携帯電話を弄る。
 そういえば、あずにゃんにメール送らないと。
 なんて送ればいいのかな?

『大学はどこ受けるのかにゃ? にゃんにゃん』

 頭悪そうだよ。

『受験生という人生の荒波に揉まれながらあずにゃんはどこを揉まれたい?』

 変態さんだし、意味がわからないよ。

『あずにゃんの第一志望は何処?』

 やっぱりシンプルに聞くのが一番だよね。
 送信ボタンを押――

『ピンポーン』

 チャイムが鳴った。
 誰だろう、変な人じゃなきゃいいけど……。
 玄関穴から訪問相手の顔を見る。
 すぐに不安は解消された。

唯「あ、ムギちゃん!」

 私はすぐさま鍵を開け、ムギちゃんを家の中に入れた。

紬「ごめんね、こんな時間に」

唯「いいっていいって……ってケーキ!?
  ムギちゃん、ありがとう~」

 手に持った、どこかの喫茶店で買ったとおぼしきデザードが無性にありがたい。
 言葉にならないくらい優しさが身に沁みた。

紬「もう食事は……ん? 唯ちゃん、何食べてるの?」

唯「カップラーメンだよ」

紬「そ、それはもしかしてインスタントラーメンってもの?」

唯「うん」

紬「……ちょ、ちょっと貰ってもいいかな、一度食べてみたいと思っていたの~」

 こんなのでよかったらいくらでもどうぞー、と差し出しショートケーキを貰う。
 美味しい? と私が聞くと、不思議な味って答えが返ってきた。
 インスタントはあまり舌に合わなかったのかな?
 ケーキを食べ終えてから、ムギちゃんがポツリと話し出した。

紬「りっちゃんや澪ちゃんにはもう話したんだけど、重大なお知らせがあって……」

 俯きがちに声のトーンを低くして話し出すムギちゃんに、急に不安を覚える。
 ムギちゃんのこんな暗い声なんて聞いたことないよ……。
 ……ッ! まさか、ムギちゃん脱退!? 留学!?
 嫌だよそんなの、私たち、まだバンド続けたいよ。
 なんとかして引き止めないと――

紬「(実は……今年利用できる別荘がハワイくらいしかなくて……)」

唯「…………え?」

紬「(ごめんなさい! 国内で賄うつもりだったのだけど、パスポートは持ってるかしら?)」

唯「ハワイ……? パスポート……?」


 ――――というわけで私は今、オアフ島にいます。
 青い海! 澄み切った空! アロハダンス! ココナッツジュース!
 ビバハワイ! ビバワイキキビーチ!
 ハロー、ファインセンキューアンジュー!
 あっはっはっはっはっは――


紬「唯ちゃん、唯ちゃん、帰ってきてー」

唯「……はっ、ここは家?」

紬「よかった、無事に戻ってきた……」

唯「それで、ハワイはいつ行けるのかなっ!」

紬「え? なーにハワイって? 今年は天橋立の別荘しか使えなくって……」

 全部、私の妄想か。
 せつないよお……。


唯「ところで、天橋立って何処なのかな?」

 そもそもどう聞いたらハワイと間違えるのかな、私疲れてるのかな?

紬「京都よ~」

唯「やったー、京都の和菓子がまた食べられるよー」

紬「い~っぱい、楽しもうね!」

唯「そうだムギちゃん! 今夜ここに泊まっていかない?!」

 聞きたいことがいっぱいあるし、寂しいから!

紬「ごめ~ん唯ちゃん、ちょっとやり残した仕事があって」

唯「うぅ~、今夜も一人身だよ~」

紬「どうせならりっちゃんとこに泊めてもらったら~?」

 すぐさま電話を手に取り、コール。
 2コール目で繋がった。

唯「……もしもし、りっちゃん? 今夜泊まっていってもいい?」

紬「唯ちゃんすごい……」

唯「ありがとー、じゃあ今から着替え持ってそっちのアパート行くからー、うんじゃあねー」


通話終了。
 さすがりっちゃん、二つ返事でOKだった。


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最終更新:2010年12月12日 19:12