紬「良かったね、唯ちゃん、でも一人暮らし大変そうだけど大丈夫?」

唯「……実は結構堪えてるかもー」

紬「私でよかったらいつでも力になるからね!」

唯「頼りにしてますっ!」

 割と本気で。
 そして、私は外出の準備をしてムギちゃんを駅まで送り届け、
 りっちゃんと澪ちゃんの住んでいるマンションに行った。

唯「唯でーす、りっちゃーん? 澪ちゃーん?」

律「おぅ、あがれぃ!」

 ノックをして返事があったのでドアを開ける。

唯「お邪魔しまーす」

 視界に飛び込んできたのは、半裸で抱き合っている二人だった。
 脚と脚が絡まっている。
 今日の気温、たしか30℃だったよね……。

唯「お邪魔しましたー……」

 ドアを閉める。
 はぁ、今夜も一人かー。


律「って、待てや!」

 ドアが勢いよく開き、鼻をぶつけた。
 めちゃくちゃ痛いです。

律「あ、悪い……」

唯「りっちゃん、酷いよ」

澪「だから、こんな遊びは止めろと私は言ったんだ」

律「なんだよ澪、結局やった癖に……」

唯「なにしてたの?」

律「いやー、唯の反応を楽しもうとしただけなんだけどな! 
 まさか、そのままUターンするとは思わなくてな、あははっ!」

澪「んっんっ! ……さぁ唯、上がっていって、特に何もないところだけど」

 澪ちゃんに促され、入室する。
 何回も来ていたので目新しさはないものの、住んでいる人の生活感が滲み出ていてよかった。
 親近感を覚えるから。
 やっぱり、女の子だからといって、いつでも綺麗な部屋が保たれてるわけじゃないもん。
 リビングの床に腰を下ろし、置いてあったファッション誌を手に取る。

唯「いいなぁ~、ルームシェアー、私もしたいよぉー」

澪「唯は来年から、そうするんだろ?」

 そう、私は来年、憂が同じ大学に入ったら一緒に住むことになっていた。
 一人暮らしをしてから、丁度1ヶ月目で自宅に電話をいれた。
 私にはもう無理だー、このままでは、過労死してしまうー、と。
 でも、一応一年は続けてみましょうということになったので、日々細々と生活をしているのだ!

唯「たぶんねー」

律「憂ちゃんが来るまでの辛抱だぞ、唯」

唯「これから来年までここで寝てもいい?」

澪「……それはダメ」

唯「ちえー、やっぱダメかー」

 まあ、解りきってたことなので特に残念でもない。
 ……本当だよ。

律「唯のとこにムギは来たか? 合宿地は天橋立だってよ」

唯「うん、知ってるよー、ケーキ貰ったしー」

律「明後日からだからな、前準備忘れるなよー」

唯「え? 明後日からなの?」

 そういえば日程を聞き忘れてた。
 思ってたより早いや。

律「おう、だから明日は買い物する予定、唯も一緒にくるか?」

唯「勿論だよ! 澪ちゃんもいいんだよねっ!」

澪「……ん? ああ、勿論だよ唯、明日は一緒に買い物だな」

 澪ちゃんがボーっとしてるの珍しいかも。
 笑顔もちょっとぎこちない……かな?
 どうしよう、断ったほうがいいのかな?
 でも、もういまさらっぽいし。

律「そーいや唯、今日の夕飯何食ったんだ? またカップラーメンとかじゃないよな」

 りっちゃんには何度も私がインスタント食品を口にするところを見られていた。
 だから私は堂々と、

唯「カップラーメン醤油味! 定番品の、最近ちょっと高いけどね……」

 スーパーで買っても150円くらいする。
 99円ショップのはあんまり美味しくないから買わない。

律「またインスタントかよ! ……料理覚えればいいのに、要領さえ掴めば簡単だぞ」

唯「なんでりっちゃんは料理ができるのだろう……最大の謎だよ」

律「失礼だろっ! あーと、きっかけはなんだっけなー、
  確か、中学校の調理実習で澪が――」

澪「りーつー、その話は言うなぁ……」

唯「えぇ! すごく気になってきたよ! もうここまで話したんだし聞かせて聞かせて!」

律「いいだろ、澪。 
  そんな大層な話じゃないんだし」

澪「……じゃあ私、お風呂入ってくる!」

律「あらら、怒っちまった……」

唯「澪ちゃん、そんなに嫌だったのかな……」

律「これ、澪にとっては心身ともに痛い話しだからなあ、
 あいつ調理実習の時に包丁で指切っちまったんだよ、そんで血がドパドパと」

唯「……うわーそれは澪ちゃんが嫌がるわけだね」

律「わんわん泣いて、もう料理やだーって泣き出してな、
  んで私が澪の肩代わりをしたわけよ」

唯「うん」

律「それからだな、なーんか私が家でも料理をちょくちょく手伝うようになったの。
  別に澪が私の料理を食って泣き止んで嬉しそうにしてたからってわけでもなく、
  本当にただなんとなく、な」

唯「そこは澪ちゃんのためって言ってた方がりっちゃんの株があがったのになぁ~」

律「じゃあ! 澪のためっ!」

唯「っぷ、もう遅いよりっちゃん」

律「あちゃー、やっぱ遅かったかー、
  唯もキッカケがあれば料理できるようになるって、ギターだって出来たんだし」

唯「キッカケねぇ……うぅーん、なんも思い浮かばないや!」

律「たとえばだ、好きな人を作ったりすれば、君のためにお弁当作ってきたの……とか出来るじゃん」

唯「好きな人……たとえばりっちゃんとか?」

律「……いや待て、その好きは好意の種類というか感情のベクトルというかなにか違うだろ!」

唯「りっちゃんが難しいこと言ってる……」

律「唯は、私にお弁当作りたいって思ったことあるのか?」

唯「え? ないよ。
  そもそもお弁当は作ってもらうものってイメージだし」

律「さすが唯、ダメっ娘の鏡だ」

唯「そんな褒めないでよぉー」

律「褒めてねえ!」

唯「そういうりっちゃんは、今日何か作ったの?」

律「ご飯と豆腐の味噌汁と豚のしょうが焼きに豆サラダと漬物とマグロの刺身」

唯「豪華すぎて澪ちゃんと私の立場を交換させたくなったよ!」

律「こうなったら合宿で、唯のための料理講座でも開くかー」

唯「りっちゃん先生! よろしくお願いします!」

律「はっはっは! 任せなさいな!
  唯を立派な女に成長させてみせよう!」

唯「やったねー、これで私も料理の達人だよー」

律「まあ、唯の集中力が続けばな……」

澪「律も唯も随分楽しそうだったな、お風呂場にまで笑い声が届いてたぞ」

唯「あ、澪ちゃん、お風呂上がったんだね、お肌つやつやー」

 タンクトップにショートパンツ姿の澪ちゃんはカッコ可愛い。
 ビールとかも似合いそう……飲めるのかな?

澪「あ、あまり触るな、恥ずかしい……」

唯「えへへーぷにぷに、ぷにぷに」

澪「……もぅ、唯ったら……」

律「ほんじゃ、澪も風呂上がったことだし私が先でいいか、唯?」

唯「どうぞどうぞー、私は澪ちゃんぷにぷにしてるからー」

律「ほどほどになー」

 お風呂場に向かうりっちゃんを背に、澪ちゃんと戯れる。

澪「……で、唯はいつまで私のほっぺたをつつくんだ」

唯「澪ちゃん、可愛いんだもんー」

澪「……さっき、料理の話を律としてみたいたけど、全部聞こえてきてたぞ」

 ほっぺから手を離す。

唯「澪ちゃん、髪乾かしてあげるよ」

 近くにあったドライヤーをコンセントに差し込んで澪ちゃんの髪の毛を乾かしていく。
 自分でやる、と言いたげだったけど、私が髪の毛の手入れをしていく。
 だって澪ちゃんの髪、すっごく綺麗。触ってるとなんだか美容師さんみたいな気分になる。

唯「……りっちゃん、意外と恥ずかしがりやさんだね、新たな一面発見だよ!」

澪「……律が?」

唯「さっき、りっちゃんと話しててね、思った。
  澪ちゃんの失敗からりっちゃんが料理するようになったって言ってて」

澪「でもそれは、私のためじゃないって……」

唯「照れ隠しだよ、あれは! りっちゃんの一番はいつでも澪ちゃんなんだなーって
  びしびし伝わってきたよ! 熱いねっ! 私もう焼けちゃうよ!」

澪「……私、唯みたいになりたい」

唯「ええっ! 澪ちゃんがっ!!」

 自分で言うのもなんだけど、澪ちゃんが私みたいになったら、
 きっと放課後ティータイムは雑談系サークルで終わっちゃう!

澪「唯は誰とでもすぐ仲良くなれるし、一緒にいても嫌じゃない。
  私と違って、知らない人に対しても億劫じゃないし、私は気持ちとか伝えるの苦手……」

唯「うーん、澪ちゃんには澪ちゃんの良さがあるし深く考えなくてもいいんじゃないかなー」

澪「……私のよさ?」

唯「そうだよ、澪ちゃんの良さ。だけど、私が知ってる澪ちゃんの良さはきっと一部だけだもん。
  私なんかより多く理解しているりっちゃんに聞いてみたら一発だよ!」

澪「……私は、唯が知ってる私の良さ、聞きたいかも」

唯「まず一つ目はー、美人さん! もうこれは誰が見ても明らかなところだよ!」

澪「……」

唯「次に二つ目はー、ベースが上手いこと! 特にりっちゃんとの音の相性は抜群」

澪「……うん」

唯「最後にみっつ目、りっちゃんが大好きなところ!
  心配しなくても、澪ちゃんの思いはりっちゃんには届いてるよ、絶対!
  以上、私の思う澪ちゃんのいいところでしたー」

澪「…………ふ、っふっふっふ、あっはっはっははっ」

唯「うあ、澪ちゃんが壊れた」

澪「唯、そういうときは普通性格とか褒めないか?
 っくく、天然だよ、唯は……ふふっ」

唯「ええー澪ちゃんの良い所を私なりにまとめたのになー」

澪「私も、唯の良い所、知ってるよ」

唯「おゅ!?」

澪「一つ目は、唯なら何やっても、まあいいか……で許せちゃうこと」

唯「……本当に?」

澪「……二つ目は、ギターとか物を大事に扱ってること」

唯「だってギー太は私の家族だもん」

澪「三つ目は、そんな台詞を堂々と言っちゃうとこ。
  以上、私の思う唯の良い所でした」

唯「えへへ、褒められるのって照れるよぉー……」

 ドライヤーのスイッチを切る。
 丁度、澪ちゃんの髪の毛も乾いてきてたから。

澪「ありがとうな唯、そろそろ律も上がる頃だろうし、お風呂入っていってくれ」

律「ふぃー、やっぱ夏は風呂に入らんとさっぱりしないなー」

 お風呂上りのりっちゃんはパンツ1丁だった。

唯「お、本当だ……澪ちゃんエスパー?」

澪「まあ、音で判断しただけだ……律、服はちゃんと着てくれ」

律「あ、悪い悪い」

 なんて軽口を叩いて、半袖のTシャツとハーフパンツを身に着けた。

唯「なーんだ、じゃありっちゃん、お風呂借りてくねー」

律「おう、シャンプーとかタオルも自由に使っていいからなー」

唯「あ、タオルは持ってきてるから大丈夫ー」

律「いってらー」

唯「うぃーっしゅ」

――それからは入浴して、寝巻きに着替えて、お喋りを続け、眠った。
 翌朝は、りっちゃんの寝返りキックで起こされ、お昼は外食、ウィンドウショピングも兼ねて
 必要になる移動中のおやつ、小物、洋服など揃えたよ。ちょっと疲れたかな……。
 二人とは駅前でお別れして、私はマンションに戻り、明日の準備を済ませる。
 ギー太に、おやすみをしていっぱい眠る!


――そして、合宿当日。
 新幹線やローカル路線を乗り換え、駅からは車でお出迎えされちゃった。
 ここの別荘は石造りで作られたヨーロッパ風の建物で、
 まるで日本にいるようじゃないみたいだった。
 こういうのってペンション? リゾート地? なんていうのかな?

律「やっほー! 到着ぅ~~」

唯「今回も海だよ海~!」

澪「あんまりはしゃぐなよ、二人とも」

律「おいおい、昨夜はしゃぎすぎて、ベースをずっと弄ってた澪さんが何を仰いますか」

澪「エリザベス弄るくらいいいだろ別に……」

紬「こっちの別荘使うの、何年振りかしら~」

?「先輩方、ようやく到着したんですね、お久しぶりです」

「!?」

 ムギちゃんを除く全員が驚く。
 髪の毛を二つ結んだ懐かしささえ覚えるその後輩……

唯「あずにゃーん!?」

律「な、なんで梓が来てるんだ!?」

紬「サプライズプレゼント~、1回こうやってみんなに驚いて貰うのが夢だったの~」

律「ム、ムギの仕業か……」

澪「梓、嬉しいことは嬉しいが夏期講習とか勉強は大丈夫か?」

梓「問題ありません。模試でもA判定を貰ってますので。
  1日、2日なら息抜きをしても影響も少ないですし」

澪「まあ、梓なら大丈夫か」

律「そうだな、唯でも大学に合格できたんだし梓なら楽勝だな~」

唯「ええ~、りっちゃんだって、似たようなもんじゃん~」

澪「でも本当に驚いたぞ、一昨日の集まりに参加しなかったのはこのためか?」

紬「うん、梓ちゃんとお話ししてて~」

梓「丁度1週間くらい前でしょうか。ムギ先輩に話を持ちかけられていましたので、
  来ちゃいました。先輩達は相変わらず仲が良さそうで何よりです」

唯「あーずーにゃ~ん!」

梓「……久しぶりだとこうやって唯先輩に抱きつかれるのも、いいものですね」

澪「梓、なんか変わったか……?」

律「そうだな、なんだか落ち着きというか貫禄が今までとは違うというか」

梓「私だって、もう3年生なんです。いつまでも、子どもじゃありません」

 あずにゃんは、私達と離れて成長したのかな、私より大人っぽいよ。
 ちょっと寂しいかも……。
 今回は個室に部屋が振り分けられていたので、
 一度荷物を置いてからスタジオのある部屋へ再集合ってことになったよ。

唯「ギー太、今日もよろしくね~」

 もうすっかり手になじんだ愛用のギターを持ってスタジオへれっつごー。


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最終更新:2010年12月12日 19:13