キーンコーンカーンコーン…

唯「ん~授業終わった~」

授業終了の合図とともに私は体を伸ばす。

唯「疲れた~」

律「んなこと言ったってお前ほとんど寝てたじゃねーか」

机に突っ伏していたら近づいてきたりっちゃんにそう言われてしまった。まあこれは事実なので否定できない。

唯「むう…そういうりっちゃんだって寝てたんじゃないの~?」

律「あたしは席が一番前だからそう簡単には寝られねーんだよ」

りっちゃんは自慢げにそう言った。

澪「で?一番最初の授業で居眠りして怒られたのはどこのどいつだ?」

律「私だよん♪」

--ゴツン!!

律「いだっ!!」

軽快な打撃音とともにりっちゃんが崩れ落ちる。やっぱり寝てたんだねりっちゃん。そのことを知らなかった私ももちろん寝てたんだけどね。


澪「まったく…」

紬「まあまあ、りっちゃん大丈夫?」

ムギちゃんがりっちゃんの頭を撫でて慰める。りっちゃんはそんなムギちゃんにすがる様に抱きついて「澪が~」なんて言ってる。


そんなりっちゃんの姿はなんだか憂に抱きついて慰めてもらってる私のようだ。…なんだか憂に会いたくなってきた。

澪「…唯?」

唯「へっ?なっなに?」

不意に澪ちゃんに声をかけられて少しビックリした。



律「なんかボーっとしてたぞ…まだ眠いのか?」

唯「ちっ違うよ~、ていうかそろそろ部室に行く?」

憂のことを考えてボーっとしてました~なんて恥ずかしくて言えなくて、私ははぐらかすようにそう言った。


紬「あの、今日なんだけど家の用事が急に入っちゃって…」

澪「ごめん、今日は家の用事が…」

澪ちゃんとムギちゃんが申し訳なさそうに同時にそう言った。

唯「えー!?2人ともダメなの!?」

律「すまん唯、ついでに私も今日は行けないわ」

唯「りっちゃんまで!?りっちゃんも家の用事?」

律「いや、私は呼び出し食らった」

みんな来られないんだ…ということはあずにゃんと2人きりかぁ。

紬「ごめんね唯ちゃん…あっ、じゃあ今日は梓ちゃんと2人でギターの特訓ね!!」

律「おっ!それいいじゃん!!梓にしっかり教えてもらえよ~」

ギターの特訓かぁ…確かにいいかもしれない。
…でも--


唯「うーん…ねぇ今日は部活休みにしない?」

澪「特訓が嫌なのか?」

唯「そんなことないよ~。ただやっぱり練習はみんなでやりたいし、寂しいよ~。それに…」

別にあずにゃんとの特訓が嫌なわけではないし、みんなが居ないと寂しいのは本当。でも私が今日部活を休みにしたい理由は他にあった。

唯「今日は憂と帰りたいな~なんて…ダメかな?」

そう、これが本当の理由。だって憂に会いたいなって思っちゃったんだもん、しょうがないよね。

澪「それにとか言っといてそれが今日部活を休みたい一番の理由なんじゃないのか?」

少し呆れたような笑顔の澪ちゃんに図星をつかれる。


紬「ふふ、唯ちゃんは本当に憂ちゃんのことが好きね」

唯「うん!大好き!!」

本当に憂のことが好き。そりゃもう愛してるってくらいにね。だって私の可愛い可愛い妹だもん。

律「ったく妬けるね~」

唯「みんなのことも好きだよ~」

律「あたしらは好きで、憂ちゃんは大好きねー。結局は憂ちゃんの下かよー!!」

りっちゃんがあげあしを取るかのようにそう言った。私は「あはは」と笑って誤魔化す。けして否定はしない。だって本当のことだから。
みんなには悪いけど憂は私にとって何よりも大切な存在で、他の人なんて比べ物にならないくらい好きな人だから。
出来ることならずっと一緒にいたい人。さすがにそれは無理な話だけど、いつか離れるとしてもそれはきっとずっと先の話。それまでに妹離れできるかな?
そんなことを考えていると再びりっちゃんが口を開く。

律「んじゃそんなシスコン唯ちゃんのために今日の部活は休み!!明日はみんな休むなよ!!」

りっちゃんが私をからかうようにそう言った。まあシスコンなのも本当なので何も言えなかった。

澪「うん、分かった」

紬「はーい♪じゃあ梓ちゃんに今日は休みだよっていいに行かないとね」

唯「あっみんな用事が有るだろうし憂のところにも行くから私が言いに行くよ~」

そう言って私は急いで帰りの準備をする。…早くしないと憂が帰っちゃうかもしれない。

澪「そうか?ありがとうな」

唯「いいよ~。…よしっじゃあみんなまた明日ね~」

いつもの私じゃ考えられないくらいの速さでしたくを終え、私は席をたつ。

律「おう!また明日な!!」

澪「またな」

紬「バイバーイ」

そうして私はあずにゃんのいる教室、そして憂のもとへと向かった。

------
----
--

唯「っと、着いた」

自分の教室をでて間もなく私はあずにゃんの教室に着いた。

唯「あずにゃんいるー?」

梓「あれ?唯先輩どうしたんですか?」

私が教室を覗くとちょうどあずにゃんが荷物を持って部室に出て行くところだった。

唯「あのねー、今日は部活休みになったこと言いに来たんだー」

梓「えっ!?そうなんですか!?」

練習熱心なあずにゃんのことだ、とても残念に違いない。…ごめんね。

唯「うん。なんかみんな用事ができちゃって今日の部活に来れないって言うから休みになったんだー」

梓「そうなんですか…って唯先輩なにキョロキョロしてるんですか?」

ハッとする。どうやら私は無意識のうちに教室を見渡していたようだ。心の中じゃあずにゃんに謝ってたんだけどな…

唯「あっごめん!…あの憂ってもう帰っちゃったの?」

梓「ああ、そういうことですか」

あずにゃんは納得したように、そして飽きれたようにそう言った。

唯「あはは…」

梓「憂ならまだ帰ってないですよ。ほら、憂の机にまだ荷物ありますし」

そう言ってあずにゃんが指差した憂の机を見てみると確かに憂の荷物があった。

唯「ホントだ…どこ行ってるのか分かる?」

一刻も早く憂に会いたい私はあずにゃんにそう聞いた。

梓「他のクラスの子に呼ばれてたんでその子と話してるんだと思いますよ」

唯「そっかー、他のクラスの……えっ?」

先生にでも呼ばれたのかと思っていたので少し驚いてしまった。

梓「なに驚いてるんですか…」

唯「えっと、憂って他のクラスにも友達居るんだなーって」

…今の台詞は少し酷いかもしれない。でも憂から聞く友達の話なんてほとんどがあずにゃんか純ちゃんのことだけだし、同じクラスの子の話だってめったに聞いたことがなかったから。

梓「なに言ってるんですか、憂ってけっこう友達多いですよ?それにうちの学年じゃあ有名人ですし」

唯「えっ、有名人?なんで?」

友達が多いならまだしも有名人だという点は理解ができなかった。

梓「なんでって、唯先輩の妹だからですよ」

唯「私の…妹だから?」

さらに理解ができなくなる。どうして私の妹だからといって憂が有名になるの?

梓「なんていうか、自分で言うのもなんですけどうちの軽音部って今じゃこの学校のアイドル的存在らしいんですよ。先輩たちみんなかなり人気ものですよ?ちなみに唯先輩は二番目に人気者ですよ」

唯「そっそうなんだ、…えへへ、照れますなぁ」

まあ確かに廊下でいろんな人に声をかけられたりはしてたけど、そういうのは澪ちゃんだけだと思ってたから素直に嬉しかった。だけど再び疑問に思う。

唯「あれ?でもそれじゃ憂は関係なくない?」

梓「…唯先輩だったら好きなアーティストの妹が身近にいるとしたらどうしますか?」

唯「へっ?えっと、気になって見に行くかなー…あっ」

自分でそう言った瞬間納得した。

梓「そうです。当然唯先輩に妹がいると聞きつけた同学年の子達は憂のことが気になって見に来ます」

唯「なるほどー、だから憂も有名人になったんだー」

梓「はい。でもそれだけじゃないと思いますよ」

またまた疑問。やっと理由が分かったと思ったのにどういうことなのだろうか?

唯「他にも理由があるの?」

梓「唯先輩が憂のことを教えるとしたらどんな子だっていいますか?」

質問を質問で返されてしまった。ともかく答えないと。

唯「憂のこと?んーと…頭が良くって、運動も大抵のことはなんでもできてー、料理がすごく上手で…あっ!なによりもすっごく優しいよ!!それにすっごく可愛い!!」

梓「…可愛いの部分を同じ顔をしてる人が言うと少しムカつきますね」

思ったことをそのまま口にしたのに軽く睨まれちゃった。

梓「まあ実際私も憂のことを聞かれたときそんなこと言いましたけどね」

唯「そうなんだー…って憂のこと聞かれたの?」

なんで憂のことを聞くの?

梓「ええ、『唯先輩の妹の憂ちゃんってどんな子なの?』って感じで。たぶん私以外で憂のことを知ってる人たちにもされた質問だと思いますよ?純もされたって言ってましたから」

唯「……」

私は黙ってあずにゃんの話を聞く。

梓「その質問をされた人達の答えはさっき唯先輩が言ったようなことでしょう。で、『唯先輩の妹はすごい人』みたいなのが一人歩きしちゃったんですよ。まあ本当にすごい子なんですけどね」

なんとなくあずにゃんの言いたいことが分かってきたけど…少し気に食わない。私の知らない人が憂のことを知っているっていうのがなんか分かんないけどムカつく。

梓「そんな感じでうちの学年じゃ憂は有名人なんですよ。友達が多いのは憂の人柄のおかげだと思いますけどね」

唯「そうなんだ…」

憂がたくさんの人に好かれてるのはいいことなのに今の私はそれが嬉しいことだと受け止めることが出来ない。…ごめんね憂。

梓「…それにしても遅いですね憂」

唯「そっそうだね…」

そう言われて気づく、けっこう長い間あずにゃんと話しているのにいまだに憂が帰ってこない。
無意識に憂が私の知らない人と楽しそうに話をしていることを想像してしまう。憂が私の知らない人と話すだけ、たったそれだけのことなのに…すごく嫌だ。憂が離れて行っちゃうんじゃないかとか考えてしまう。そんな訳ないって分かってるのに急に気持ちが不安定になる。

梓「…迎えに行ってあげたらどうですか?」

あずにゃんはそう言って憂の荷物を持ってきて私に差し出してくれた。

梓「どうぞ」

唯「ありがとう…」

私はあずにゃんから憂の荷物を受け取る。私は憂を引き戻すかのように荷物をギュッと抱きしめる。

引き戻すも何も離れてなんかないのにね…

梓「じゃあ私はせっかくの休みなんで楽器屋にでも行きますから…唯先輩もそんな顔してる暇があったらさっさと憂を迎えに行ったらどうですか?」

俯いて動かない私の背中をあずにゃんがそっと押してくれた。
…そうだ、私は憂に会いたくてここに来たんだから早く憂を迎えに行かなくちゃ

唯「うん…わっ私迎えに行ってくる!!」

そう言って私は慌てて教室を出て、二年生の廊下を駆けた。


------
----
--

あずにゃんの教室を二つほど離れた教室に憂はいた。

唯「………」

会いたくて仕方なかったはずなのに私は黙って憂を見ていることしかできないでいた。だって憂がとても楽しそうに話しているから…私の知らない人達と。

ああ、気分が悪い。

こんなに気分が悪いのは知らない人と話してるから?…違う。私の知らない人と話してるからじゃない。憂が私以外の人と楽しそうに笑っているからだ。
そうだ、憂があずにゃんたちや軽音部のみんなと話してる時だって少し変な気分だった。でもそんな時の憂はちゃんと私を見てくれていて、私のことを一番に思ってくれている。だから気づかなかった。
今の憂はそうじゃない。私がこんなに近くにいるのにちっとも私を見てくれない。

唯「……うい」

とても小さい、憂には届くはずのない声で憂を呼ぶ。憂は私に気づくこともなく楽しそうに談笑を続ける。私の大好きな笑顔をふりまきながら。

唯「……っ」

あの笑顔を、私以外に簡単に見せないでほしい。常に笑顔な憂には無理な願い。そもそも憂が誰と話し、笑い合おうとそれは私が決めていいことじゃない。憂の恋人でもない…ただの姉の私がそこまで気にすることでもないはずだ。

でも嫌なものは嫌。どうしても憂を縛り付けたい私がいる。

ただでさえ憂には色々してもらったりしているのに、そのうえどうしようもないほど醜い独占欲で憂の行動まで制限したがるなんて酷い姉だ。

いまさら自己嫌悪したってもう遅い。私は…気付いてしまったから。

憂のことを誰にも渡したくないくらい好きなんだってことを。愛してるってことを。

ほんの少し前はいつか来る別れの日までに妹離れできるかな?なんて考えてたくせにね。

唯「…ごめん」

本当にこんなわがままなお姉ちゃんでごめん。
でも憂だって少しは悪いんだよ?こんなどうしようもないお姉ちゃんに優しくするから。


だから、今の私のわがままも聞いて?

唯「……助けて………ういっ」

また、とても小さな声で言った。
憂のことが好きすぎて苦しい私を助けて。…お願いだから。


14
最終更新:2010年12月13日 21:30