こうえん!

梓「昨日って、きのうのこと?」

唯「ちがくて、2年前の話だよ。付き合い出してはじめての、私の誕生日」

梓「・・・・・あー、忘れてたかも」

唯「ええっ?! ひどいよ……あんなにいろいろあったのにさぁ」

梓「うそうそ。ちゃんと覚えてますよ……唯センパイ」くすっ

唯「……あずにゃん」にこっ

梓「なんだっけ、あの日もたしかこの公園で唯が――」


  ◆  ◆  ◆


きんようび!

律「おーし! 演奏も決まったとこで帰ろうぜい!」

澪「はぁ……帰りの準備だけは早いな、お前」

紬「まぁまぁ。それより唯ちゃんが……」


唯「……えへへ~、うふふぅ…!」にこにこ


澪「唯、おとといからずっと心ここにあらずって感じだな…」

梓「たるんでるんですよっ、まったく」


律「ええーっ、そのたるませてる張本人がそれ言うぅ?」にやにや

梓「なっ……律先輩には関係ないじゃないですか!」

紬「でも唯ちゃん、本当に楽しみにしてるみたいね……ふふ」

唯「だって明日は私の誕生日なんだよ? あずにゃんとデートなんだよ?!」ぐいっ

律「わ、わかったわかった。いいから落ち付けって」あせっ

梓「唯先輩……明日は、遅刻しないでくださいね?」

唯「分かってるよぉ…学校終わったらすぐ行くからね」にこっ

梓「はい……楽しみにしててくださいね」にこっ

律「のろけやがって、このぉ!」ぐいっ


ガチャ

憂「ひっひつれいしますっ!!」


唯「う、うい…?」

憂「はぁっ…ふぅっ……」

梓「う…憂、なんかあったの?」あせっ

憂「――お姉ちゃん大変! 明日、おばあちゃんと伯父さんがうちに来るって!」

唯「……ええっ?!」

律「ま、まぁそれぐらいしょうがないじゃん」

澪「いやしょうがなくはないだろ、親戚が来るんだし……」


唯「ちょ、それまずいよおっ?!」


梓「えっちょっと唯先輩、そんなに大変な事態なんですか?」

憂「うん、それに伯父さん、今年受験生だからお姉ちゃんに会いたいんだって……」

唯「ええっ?! ういぃ、どうしよお…!」うるっ

憂「お、おねえちゃん…」


澪「ええっと……結局何があったんだ?」

憂「すみません取り乱して…」

――――――
――――
――

律「……なるほどなー」

紬「そうだったのね…」


梓「……誕生日は、来年もありますよ」

唯「うん……ごめんね、あずにゃん」しゅん

梓「日曜日に軽音部でお祝いパーティするんですから、楽しみにしててくださいね?」

唯「うん……ありがと。ごめんね、本当に」

梓「そんな! 私のために時間作ってくれて、付き合って初めての私の誕生日もお祝いしてくれて…」

紬「梓ちゃん……」


律「まあ、しょうがないだろー今回は」

澪「残念だったな、唯も……」


憂(お姉ちゃんの笑顔がいたいたしいよぉ…)

憂(梓ちゃんも、無理して笑ってる感じだし…)

律「あーあ。……なんかもう、唯が増えればいいのにな!」

梓「そんなに増えたら憂が朝起こしきれませんよ」くすっ

唯「えへへ……めんぼくないです」

憂「ふふっ……………………あ」

律「憂ちゃん?」


憂(……一つだけ、手があるかも)



【2010年11月27日 13:20:4/平沢家】

 11月27日土曜日、天気は晴れ。

 私のお姉ちゃんの18歳の誕生日です。

 オレンジ色の落ち葉が散る家の前の道を「平沢憂」が純ちゃんと出ていったのは、三十分ほど前のことでした。

 私はお姉ちゃんを見送ると、もう一度だけ鏡の前に立ちます。

 そこには――桜高三年の制服を身にまとった「平沢唯」がいました。

 ……うん、たぶん大丈夫。だよね?

 あっでも少し髪の毛とかハネさせとかなきゃ……。

 ぶつぶつつぶやきながら「平沢唯」に変装した私は伯父さんたちが来るのを待っていました。

 そうです。

 私と律さんはお姉ちゃんのデートを成功させるために、それぞれ「唯」と「憂」に変装することにしたのです。


 無理がある計画なのは、思いついた時から分かっています。

 三十分前、家で私たちがそれぞれの服に着替え終わった時にも純ちゃんはあきれていました。

純「……うん。改めて聞くけどさ、正気?」

憂「…………そうだよね」

律「まっまあまあ! これ以外いい案出なかったんだし、しょうがないって」

 カチューシャをはずして私みたいに髪の毛を後ろでくくった律さんがフォローします。

唯「りっちゃん、もっと憂らしいしゃべり方してよぉ」

律「できるかーいっ!! ………お、おちゃがはいりましたよぉ?」

唯「おほっ! 似てる似てるー!」

純「あの、唯先輩喜んでる場合なんですか……」

 律先輩のものまねに、お姉ちゃんは飛び跳ねてはしゃいでいます。

 そんな場合じゃないのは分かっているんですけど、お姉ちゃんの楽しそうな顔を見るとどうしてもほっこりしてしまいます。

純「でもさー、そんなに憂の伯父さんって怖い人なの?」

 何の気なしに純ちゃんが尋ねたのですが、私たちは思わず言葉を失ってしまいます。

純「……え、そんなに? あっだったら無理に説明とかしなくても――」

憂「ううん、気にしないで。純ちゃんだって協力してくれるんだし」

 伯父さんのことは私から説明しました。

 とてもまじめな人だと思うのですが……ときどき融通がきかないところがあるのです。

 私たちが中学生のころ、仕事でお父さんたちが海外に出ずっぱりになり始めた時にも少しもめてしまいました。

 伯父さんは、年頃の娘を家に残すのではなく一緒に海外へ連れていくべきだと言い出したのです。

 転校するのはいやだ、日本にいたい――私とお姉ちゃんは泣いて伯父さんにすがりました。

 お父さんとお母さんも私たちを海外に連れて行くよりも慣れ親しんだ学校に通い続けてほしいと伝えてくれたそうです。

 ですが、伯父さんは「それなら保護者をやめて、生活費も出さない。このことは学校にも伝える」と主張を変えません。

 結局、日本に残される私たちのことは隣のとみさんや和ちゃんのお母さんが面倒を見ることで落ち着きました。

 けれどもしきたりや常識を重んずる伯父さんにはやっぱり今でもあまりいい印象は持っていません。

律「大変だよなあ……その人、唯の担任にも『言葉遣いがなってない』とか文句言ったんだっけ」

唯「もう困っちゃうよ、あの人が来るとろくなことになんないもん」

 お姉ちゃんの顔色が曇るので、とにかく今日の計画に集中することにしました。

律「じゃあまとめると、私が憂ちゃんの振りして鈴木さんと一緒に唯のおばあちゃんと一緒に過ごす、と」

憂「はい。それで私がお姉ちゃんの振りをして伯父さんを出迎えます」

純「私は……とりあえず、律先輩のフォローでいいんだよね?」

憂「うん……ありがと、急な話なのに」

純「いいっていいって。それに、」

 純ちゃんはにこっと笑って、昨日の夜の律先輩と同じことを言いました。

 ――なんかおもしろそうじゃん、そういうのって。

唯「みんな、ほんとにありがとう……それじゃあ、行ってくるね!」

律「おー! 楽しんでこいよ、梓もきっと喜ぶから!」

 お姉ちゃんはあふれんばかりの笑顔を浮かべて、普段しない化粧まで少しだけしてデート先に向かいました。

『伯父さんたちが来たら、おばあちゃんを散歩に連れていく。そこで「平沢憂」におばあちゃんを届ける』

 昨日の夜、簡単に作った台本を頭の中で何度も復唱します。

 おばあちゃんは目も耳も遠いから、なんとかごまかせるはず。

 ……考えていたら、家の外で自動車が止まる音がきこえました。

 台所のデジタル時計を見るともう13時45分になっています。

 どうやらお姉ちゃんがデート先に向かってから一時間以上経っていたみたいです。

 梓ちゃんと楽しい一日を過ごせるように……私ががんばらなくちゃ。

 私は深呼吸をひとつすると、わざとスキップしながら玄関を開けました。



【2010年11月27日 13:50:9/サイゼリア 桜ヶ丘駅前店】

 デートです。私は今日、デートなのです。

 今日は私の誕生日、待ちに待ったあずにゃんとデートの日なのです!

 窓の外は11月にしてはめずらしいほどのかんかん照り、大好きな人と出かけるにはうってつけの天気です。

 昨日の夕方は少し空が曇ってて不安だったけど、どうやら心配はいらなかったみたいです。

梓「……ほら唯先輩、バニラアイス溶けそうですよ?」

唯「あっ……ごめん、あふにゃん」

 言いながらスプーンを口に含んだら冷たさに言葉をかんでしまいました。

 あわてないでくださいって言われちゃった……えへへ。

 くすくす笑うあずにゃんは今日もかわいいです。すいません、のろけました。

梓「でももう、唯先輩も18歳なんですね。月日がたつのは早いなー……」

 あずにゃんが私の顔をのぞき込んで、しみじみと言います。

唯「えっ……わたし、大人になった?」

梓「どこがですか」

 むっ、笑われちゃいました。かわいいけどちょっとシンガイです。

唯「あずにゃんひどーい! 私、ちょっと今日はメイクがんばったんだよ?!」

梓「唯先輩は化粧してもあんま変わんないですね…」

 もうあずにゃん、それってコイビトに言うコトバなの?

 18歳、ちょっと大人な気分だったのにへこんでしまいそうになった時、あずにゃんがつぶやきました。

梓「……けど、きょう最初会ったとき…ちょっとどきどきしちゃいました」

唯「……えへへ」

 おもわずにやけちゃったら、顔に出やすいですねって言われました。

 本当に……昨日までは、デートそのものもできないんじゃないかって不安でいっぱいだったのに。

 ちょっと幸せすぎて、なにか起きそうでこわくなります。

唯「……今日はありがとね、あずにゃん」

梓「そんな……私の方がうれしいです、こんなにうれしそうだし」

 それに、私の誕生日だって唯先輩がめいっぱいお祝いしてくれたじゃないですか。

 あずにゃんは自分でそう言ったくせに、しばらくすると顔を真っ赤にしてしまいました。

梓「……ぁ…や、まあそれは、その…いいんです、けど」

唯「そうだねぇ、あずにゃん家で抱きしめながら17歳の誕生日迎えたんだよね…」

梓「……もっもう、その話はいいじゃないですかっ!」

 あのときのあずにゃんも、肌は白くて髪の毛はつやつやですっごくかわいかったなあ……って。

 私、なんだかへんたいさんみたいだ……。


梓「とっとにかく! もうそれ原型うしなってますから早く食べちゃってくださいっ」

 当てつけのようにあずにゃんが指さした私のアイスは……ありゃりゃ、こんなに溶けちゃってるし。

 そうだ、あずにゃん一緒にたべようよ! ねぇあーんして?

梓「いっいまはいいです! ちょっとサイダーくんできますねっ」

 顔を真っ赤にしたあずにゃんはドリンクバーの方へ逃げちゃいました。

 うーん、ちょっとからかいすぎちゃったかな?

 半分以上溶けたアイスを一人でほおばったら、甘くてつめたい味がべろの奥にきゅって溶けこみました。


 駆けてったあずにゃんのちっちゃい後ろ姿を見つめていると、バス停の方の窓が目に入りました。

 そろそろ12月。駅前に植えられた木々から、オレンジや黄色の紅葉が空にはらはらと舞っています。

 今日はちょっと風が強いのでしょうか、なんだか葉っぱの量も多いみたいで、掃除してるおじさんも大変そうです。

 憂たち、うまくやってるかな……。

梓「お待たせしました……って、なにみてるんですか?」

 ふいに声が聞こえて、ちょっとびっくりしてしまいます。

唯「あっああおかえり。……なにそれ?」

梓「タピオカです。飲みますか?」

 そう言って自分のストローを自然と差し出したあずにゃんは、数秒後に気づいてさっとしまいました。

唯「……えっ? 私と間接キス、やなの…?」

梓「唯先輩に恥じらいってないんですか?! ……あぁ、もうっ」

 恥ずかしがるときのいつものくせで、あずにゃんはとっさに手でほっぺを隠しました。

 テーブル越しだけど、抱きしめたくなっちゃうよ……。

梓「あっそうそう……さっきこれくんでくるときちょっとバス停の方が見えたんですけど」

唯「うん……それがどしたの?」

 ちょっといやな予感がしました。

 うーん……でも、大丈夫だよね?

 ここまでは、憂たちの作戦もうまくいってるんだし――


梓「バス停のほうにも唯先輩が見えたんですよ」

 えっ――ええっ?!

 やばい、憂があずにゃんに見つかっちゃったかも!

梓「他人のそら似だとは思うんですけど……まあ、勘違いですよね。じゃあそろそろここを出て――」

唯「待ってあずにゃん! 私ものど乾いてきちゃった!」

 時間稼ぎしなきゃ。あわててドリンクバーに駆け込み、目に付いたものをくんで戻りました。

 砂糖なしのカフェラテ、おいしくない……。


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最終更新:2010年12月13日 23:43