唯「和ちゃん・・・どうしたの?」
和「・・・」
唯「和ちゃん!」
和「あ、ごめん。何の話だっけ?」
唯「もー!ちゃんと聞いてよ~」
いけない。またボーっとしてしまった。せっかく唯がお茶に誘ってくれたのに。
唯「それでさあ、あずにゃんがすごい怒ってね~」
和「へえ、あなた達はいつも賑やかね」
唯「うん!あ、アイス溶けちゃう」
急いでアイスを食べ始めた唯は私の幼馴染であり親友だ。
でも高2になった今はクラスが別で、しかも唯は軽音楽部、私は生徒会で毎日忙しくこうし
てたまにしかゆっくり話せない。
唯「和ちゃんは生徒会どうなの?」
和「文化祭が終わったばかりだから、後処理とかでしばらく忙しいわね」
唯「大変だね~うちは全然練習せずにだらだらしてるよ!」
和「胸を張って言う事じゃないでしょ・・・もう、澪とかは呆れてるんじゃない?」
澪は軽音部の一員で、私のクラスメート。たぶん軽音部の中では私が唯の次に親しい子。
お互い部活がない時は一緒にお昼を食べるから、最近は唯よりも話してるけど。
唯「うん。でも澪ちゃんも今週くらいならちょっとだらだらしてもしょうがないって言ってたよ~そしたらりっちゃんが『じゃあもう帰ろうぜ!』って言い出して澪ちゃんにぶたれちゃったんだ」
りっちゃん。軽音部部長の律のことだ。その名前を聞くたび少しドキッとする。
和「いつも通りみたいね。安心したわ」
私は、律が好きだから。
私が自分の気持ちに気付いたのは、文化祭が終わった直後だ。私は生徒会室で会長と話して
いた。
和「お疲れ様でした、会長」
生徒会長「真鍋さんもお疲れ様。っといっても仕事はまだまだ残ってるけどね」
各企画の申請書の整理、決算、総括の作成など、生徒会には文化祭が終わった後も大量の仕
事が残っている。ちなみは私は文化系クラブの担当。
生徒会長「来週に総括会議をするから、担当のクラブの報告文まとめといてね。
あ、今回こそ遅れて提出するクラブがないように」
和「はい。私が責任もってしっかり提出させますので」
会長が言っているのは他でもない、軽音部のこと。
律は書類の出し忘れの常習犯で、私はその度に部室に押しかけ律に書類を書かせていた。
でも、私はその行為が嫌いじゃなかった。軽音部の部室はいつも賑やかだし、何より、オー
バーなリアクションをしながら焦って言い訳をする律が面白くて、可愛かった。
生徒会長「あなたも大変ね。でも会長になったらもっと大変だから、覚悟しといてね?」
和「私は会長になりたいなんて言ってませんよ?」
生徒会長「そう?でもあなたなら適任だと思うんだけどなあ」
和「そんな・・・」
生徒会長・・・次は私の学年の誰かになる事は確かだけど、私に向いてるのかな・・・。
そんな事を考えていると、ある事に気付いた。
年が明けて新学期が始まれば生徒会は世代交代の時期になる。
三年は引退し、私たち二年が会長を含めた生徒会の要職を引き継ぐ。
当然私も文化部の担当から離れる。それは、軽音部に、律に書類を催促する事がなくなるこ
とを意味している。
それに気がついたとき、胸が苦しくなった。律とあのやり取りが出来なくなると思うと、泣
きそうになった。
書類のやりとりは、律と私だけをつないでいる絆。
それがなくなれば、幼馴染でもクラスメートではない律とは、ただの”友達の友達”の関係
に成り下がってしまう気がした。
私は律が好きだったんだ・・・その時にやっとわかった。
唯「和ちゃ~ん!」
和「あ!ごめん唯。またボーっとしちゃってた?」
唯「うん。和ちゃんなんか変だよ?体調悪いの?」
和「大丈夫。平気だから」
唯「ダメだよ。和ちゃん生徒会で頑張ってたんだから疲れてるんだよ!今日はもう帰ろ?」
本当に体調が悪いわけじゃないんだけど・・・でも唯がここまで気を使ってくれたら従うし
かない。
唯「約束通り今回は私がおごるね!」
和「覚えてたのね。ありがと」
唯「私は簡単に恩を忘れたりしないよー」
和「じゃあ私はこっちだから。今日は誘ってくれてありがと」
唯「ううん。体調悪いのに誘っちゃってごめんね。今日はゆっくり休んでね」
和「謝る事じゃないって」
唯と別れて帰宅した後、私は自分の部屋のベッドに腰掛け、鞄からファイルを取り出す。
気を使ってくれた唯には悪いが、総括会議に向けて文章を作らないといけない。
和「吹奏楽部、オカルト研・・・」
ファイルの中に入っていた、文化系クラブから提出された企画総括文をペラペラとめくって
いく。私は、あることに期待していた。
和「合唱部、文芸部、・・・ジャズ研。よし、軽音部は出してない・・・あ」
すべてめくり終えて軽音部がまだ書類を出してないとわかり、つい「よし」なんて声に出し
てしまった。 自分が恥ずかしくなる。
和「でもこれで明日、律に会えるな・・・」
明日が楽しみだ。
翌日。昼休み。澪と一緒にお昼を食べる
澪「あれ、今日はパンなんだ」
和「昨日あまり寝れなくてね。遅刻ギリギリまで寝坊しちゃったからお弁当作る時間がなかったの」
澪「珍しいな。和が寝坊なんて」
律に会えるのが楽しみで眠れなかったなんてとても言えない。
遠足前の小学生じゃあるまいし。
和「澪はそういうこと全然ないよね」
澪「律がよく寝坊するからさ、昔から学校行く時によく私が起こしてたんだよ。おかげで私は寝坊しなくなったんだ」
和「へえ、そうなんだ」
澪と律は幼馴染だ。それにとても仲がいい。なんかまた胸が苦しくなってきた。
これはあれか?私は澪に嫉妬しているのだろうか。たしかに律と仲良しなのはうらやましい
けど・・・
和「澪と律って仲良しよね」
澪「そ、そうか?」
和「ええ。いつも一緒だし」
澪「ま、まあ幼馴染だし、ね」
幼馴染か・・・澪と律はお互いのことをどう思ってるだろう。
私が唯に恋愛感情を持っていないように、二人も何もないのか、それとも・・・
和「うらやましいな・・・」
澪「え?」
和「あ、ううん!なんでもない」
また声に出てしまった・・・
放課後。生徒会室にて書類をもう一回確認。よし、軽音部のは出てない。
和「行ってきます!」
私は颯爽と生徒会室を飛び出し軽音部の部室へと向かう。
自分でも生き生きしてるのがわかる。
階段を上り部室の前へ到着。深く息を吸って勢いよくドアを開ける!
和「律!また書類出し忘れてるわよ!学園祭の企画総括文!」
律「・・・へ?」
唯「あ、和ちゃんおいーっす」
澪「・・・りーつー?」
律「ああああ!忘れてたあ!」
律は予想通り大慌てだ。ああ、可愛い。
梓「律先輩また出し忘れですか?」
澪「律!これで何度目だよ・・・いい加減にしろ!」
紬「まあまあ。うふふ」
律「ごめーん!すぐ書くから!えーっと確か鞄に入れておいたはず・・・」
ゴソゴソと鞄の中を漁り始めたけど、見つからないみたいだ。
律の性格からしてきっと鞄の中はいつもぐちゃぐちゃなんだろうな。
律「あーもう!見つかんない!」
和「そんな事だろうと思って、新しいの持ってきてるから。ほら」
律「おお!さすがは和!ありがとう、今すぐ書くから!」
律は大げさに私に感謝して自分の席に戻り、
目の前にあったお菓子とティーカップをどけてお気に入りの黄色いシャーペンで書類を書き
始めた。
澪「和、いつもごめんな」
和「いいのよ」
紬「和ちゃん、お茶飲んでいかない?」
和「ごめんなさい。まだ仕事があるから。生徒会室に戻らないと」
唯「え~!ゆっくりしてきなよ~」
私だってここでずっと律を眺めていたいけど・・・
律、さっきから何回も消しゴム使ってるな。
焦って書いてるから間違えまくってるのかな。
あ、消しゴム落とした。拾って机に頭ぶつけてる・・・どこまで可愛いんだこの娘は!
律「いってー!」
澪「落ち着けって・・・」
和「ふふっ」
律「あ!笑うなよ~」
澪「騒がしくてホントごめん・・・」
和「賑やかでいいじゃない」
唯「だったら和ちゃんも軽音部入ろうよ!」
和「遠慮しとくわ」
唯「ぶー」
私が仮に軽音部に入ったとしても、律に見とれて練習なんてろくにできないだろう
和「じゃあ生徒会室に戻るから。終わったら持ってきてね」
律「ええ!待ってよ!」
ああ・・・律に待ってよなんて言われたら私・・・
和「じゃ、じゃあ一杯だけお茶もらおうかな」
誘惑に負けてしまった・・・生徒会の皆、ごめん。
でも書類がちゃんと書かれるか監視してるんだから、
これも生徒会の仕事だよね。
紬「はい、どうぞ♪」
和「いただきます・・・ああ、おいしい」
紬「ありがとう♪」
唯「軽音部自慢のお茶だからね!えっへん」
梓「なんで唯先輩が威張るんですか・・・」
真剣な表情で書類を書いてる律。こんな表情珍しい・・・写真に収めたい。
いきなりそんなことするわけにはいかないから頑張って脳に焼き付けないと・・・
和「・・・」
唯「和ちゃん?」
澪「じーっと律を見つめてどうしたんだ?」
律「ん?」
和「は!い、いやあの、真面目な表情してる律って珍しいなーと思って」
律「ひでえ!」
唯「あはは!りっちゃんいつも不真面目だもんね~」
律「お前が言うな!」
澪「馬鹿やってないで書類書けって」
律「へいへい」
ふう。危ない危ない。うまくごまかせたかな。
紬「あらあら。ふふふ」
和「!!」
何?いまの悪寒は・・・気のせい、だよね
でもこれ以上ここにいるとボロが出ちゃうな。そろそろ行かないと。
和「もう行くから。お茶ごちそうさま」
唯「え~。もっといてよ~」
梓「あんまり引き止めたら迷惑ですよ」
律「悪かったな和。あとで届けるから」
和「え、ええ、ごめんなさい!」
律への思いを振り切るように私は音楽室を飛び出した。
生徒会室。
和「ふう・・・」
自分の席に着く。まだ仕事は他にもあるんだ・・・でも
和「律・・・」
ドキドキが止まらない。最近律への想いがどんどん激しくなっている。
このままじゃダメだ。それはわかってるつもりだ。
でも、女同士なんて・・告白なんてしたらみんなに引かれちゃうかもしれない。
だったらこのままの関係の方がいいのかな。でもそれじゃあ私が今の担当をはずれたら終
わってしまう。
生徒会長「真鍋さん?」
和「は、はい!すいません!」
生徒会長「まだ何も言ってないけど・・・」
和「あ、はいなんでしょうか」
生徒会長「明日、他校との交流会で生徒会全員が放課後、○高校に行くんだけど」
和「はい、そうでしたね」
生徒会長「さっき先生達から、生徒会室に一人は残るようにって要請があったの」
和「急な話ですね」
生徒会長「ええ・・・どうしよう」
その瞬間、私の脳細胞は想像を絶する速さで回転し、ある計画を思いついた。
和「私が残りますよ!」
生徒会長「え、いいの?」
和「はい。留守は任せてください!」
生徒会長「ど、どうしたの突然元気になって」
和「いえ、とにかく明日は私が生徒会室に残りますので」
生徒会長「真鍋さんがそう言ってくれるなら、任せようかな」
和「ありがとうございます」
思いがけないチャンスが舞い降りた。
明日の生徒会室には私しかいない。これはかなりのアタックチャンスなのではなかろうか。
そんなことを考えていると生徒会室のドアが開いた。
律「お待たせ!書いてきたよ!」
律だ。明日の事を考えたらいつもよりさらに心臓の動きが早くなった。
和「あ、ありがとう。今度は忘れないでね」
律「大丈夫!もう絶対忘れないからな!」
控えめな胸を張る律も可愛い。
和「先輩、文化部の総括文これで全部揃いました」
生徒会長「お疲れ様。あ、秋山さんによろしくね」
律「え?はい。じゃあ私部活戻るから」
和「うん。お疲れ」
もう行っちゃったか。だけど私は明日のためにやるべきことをやらないと。
自宅。家族で共有してるPCを起動する。
そろそろ自分のPCがほしいな。今はそんなこと言ってられないけど。
和「クラブ用 来年度学園祭アンケート・・・っと」
私は今、書類を捏造している。
和「提出期限は明日・・・」
来年度学園祭アンケート。各クラブへ、今年の学園祭を踏まえ来年度はどういう学園祭にし
たいか問うものだ。
まあ内容は何でもいい。そんなもの実際は存在しないのだから。
和「よし。完成。あとは印刷ね・・・」
家のプリンターに生徒会室から拝借してきた用紙を入れて、印刷を開始する。
期限を明日に設定したこの書類を、いつもの調子で律に渡し、理由をつけて生徒会室で書か
せよう。 そうすれば私は律と2人っきり・・・
和「印刷完了。これで明日律と・・・うふふふふ」
おっとまずい。家の中で不気味な笑みをこぼしてしまった。
和「今日は早く寝ようかな・・・」
明日は大事な大事なアタックチャンス。
律との距離を縮めて、あわよくば、こ、こ、告白とか
和「律・・・」
律の夢が見れる事、そして明日の成功を願って私は眠りに・・・寝れない。
やっぱり明日のことを考えたら眠れない。まずい。
これでは2日連続でさすがに寝不足になってしまう。
ああでも心臓がおとなしくなってくれない!
次の日。結局またほとんど寝れなかった・・・
でも今日は身体が奮い立って眠気も吹き飛ぶ気分だ
澪「おはよう。和」
和「おはよう」
いつも通りクラスで澪と挨拶する。勝負は放課後だ
澪「和、どうしたんだ?なんか鬼気迫る表情だけど」
和「なんでもないわ。気にしないで」
澪・・・もしあなたが律の事を好きだとしても、私は諦められない。ごめんなさい。
澪「そ、そうか?唯に聞いたけど、生徒会が忙しいんなら無理しちゃだめだよ?」
和「ありがとう。大丈夫よ」
澪はこんなにも優しいし、美人でスタイルもいい。
律は地味な私なんかより澪を選ぶんじゃないだろうか。
って、澪が律のこと好きと決まったわけじゃないのに
なんで勝手にライバル視してるんだろ。 今日の私はゆとりがない。
和「そろそろ授業ね。席に着きましょう?」
澪「うん」
今日は授業が頭に入らないだろうな・・・
最終更新:2010年01月07日 23:45