放課後。誰もいない生徒会室。
和「ついにこの時が来たか・・・」
用意していた偽造書類を取り出す。
和「頑張れ、私」
ちょっとした罪悪感に心を締め付けられたが、私の律への想いはそれ以上だ。
そんなわけのわからないことを考えながら生徒会室を出る。
本当は留守番だから離れちゃいけないんだけど、知ったことか。
和「・・・」
軽音部の部室の前に到着した。落ち着け、まずはいつもの調子でいい。
深呼吸して、部室のドアを開ける!
和「律!また書類だしてにゃいでひょ!」
噛んだ。
律「・・・」
澪「・・・」
紬「・・・」
梓「・・・」
唯「・・・かわいい」
すごく恥ずかしい。ああでもそんなこと忘れて計画を実行しなくては!
和「と、とにかく、書類出し忘れてるわよ」
律「え、ええ~」
澪「律・・・またか」
律「そんな目で私を見るなあ!」
梓「2日連続ですか・・・」
律「も、もう提出書類なんてなかったはずだけどなあ・・・」
和「ほら、これよ」
律「見覚えもないんだけど・・・それに昨日言ってくれれば良かったのに」
和「ごめんなさい。他の仕事とかあったから言うの忘れてたの」
澪「和が謝る事じゃないよ。りーつー?」
律「うう・・・わかったよ。今書くからさ」
和「ちょっと待って、ここで書くのはだめよ」
律「へ?なんで?」
和「生徒会の方針で、この文章は部長と生徒会以外には機密って事になってるの」
律「こんなアンケートが?」
ちょっと苦しいけど、押し切れるはず!
和「軽音部のことを信用してないわけじゃないんだけど、
立場上みんなの目があるところで書かせるわけにはいかないの」
律「面倒だな~。どこで書けばいいんだよ」
行け!言うんだ私!行けええええええええ!
和「生徒会室で書かない?今日は私しかいないから!」
言えた!
律「じゃあそうしようかな」
ついに律と2人っきりに・・・
生徒会室に誘うだけでこんなに精神すり減るんじゃ告白なんてしたら死ぬかも。
和「あ、ありがとう!」
律「なんでお礼言うんだ?」
和「あ、なんでもないわ」
紬「あらあら」
律「悪いねみんな。ちょっと行ってくるわ。私のお菓子とっとけよー?」
唯「了解!」
律「あやしいな・・・唯、もし食べたりしたら」
澪「いいから早く行け!」
律「わかってるって!」
生徒会室。律を招き入れる。
和「そこの席を使って。一番机の上が綺麗だから」
律「おう。悪いな」
律を案内した席は私の席の正面。もちろんあらかじめ机の上を片付けておいた。
律「うへ・・・書く事多いな。時間かかりそうだ」
少しでも律を長居させるために作ったのだから当然だ
和「私は自分の仕事してるから、好きなだけ時間使っていいわよ」
目の前に律がいるのに自分の仕事なんか手につくはずはないけど。
ああ、それにしてもなんていうベストポジション。真正面から律を見つめ続けられるなんて・・・
数時間経った。
律は、たまに私に話しかけたり、伸びをしたりしながら書類を書き続けている。
話の内容は他愛のないものばかりだけど、律との会話はすごく楽しい。
しかも会話していない時は真剣な律や悩んでる律を見ることが出来る。
今はまさに至福の時だ。
律「和~」
和「なに?」
律「ここなんて書けばいいかなあ?」
和「自分で考えて」
律「ちぇ~」
律は上唇と鼻でシャーペンを挟み、うーんと唸りながら椅子にもたれ掛かった。可愛い。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。そんなことを思う日が来ようとは。
でも、時間は刻一刻と進み続ける。
律「ふあ~あ」
欠伸してる。可愛い。あ、目が合った。
律「・・・何?」
和「ううん。なんでもない」
律「そっか」
和「もうすぐね」
律「何が~?」
和「下校時刻」
律「げ!もうそんな時間かよ!」
まだだ。まだこの幸福な時間を終わらせるわけにはいかない。
律「まだ書き終わってないよー!」
和「生徒会室なら下校時刻から1時間くらい過ぎても先生が多めに見てくれるから、まだ大丈夫だよ」
律「お。そうなのか。じゃあ間に合うかな。
澪たちには先に帰るようにメールしとくか」
やった。律は軽音部より私との時間を選んでくれたんだ。
妙な優越感に浸った。
律「・・・なあ和」
和「何?」
律「ありがとな。いつも」
和「え・・・」
律「今日も、私のためにこんな時間に残ってくれてさ。
書類忘れた私が悪いのに・・・ごめん」
和「・・・いいのよ」
胸がズキズキする。本当は今日の書類なんてなかったのに。
本当は私が律に謝らなきゃいけないのに。
急に自分がみすぼらしく思えてきた。
律の純心につけこんで、こんな卑怯な方法で律と2人になろうとする自分がすごく醜い。
私はなんでこんなことをしてしまったんだ。
律との距離を縮める方法はいくらでもあったじゃないか。
こんな、律と軽音部に迷惑をかけるようなことするなんて、私は最低だ。
律「・・・和?どうしたんだ?」
律が話しかけてくれている。こんな最低な私に。
ん?どうしたんだっ・・・て?
律「・・・泣いてるの?」
和「え・・・」
気がつくと、私の目から涙が溢れていた。
和「あ、私…」
自己嫌悪に陥ってるうちに泣いていたみたいだ。つくづく自分勝手な女だ。
律「わ、私なんか悪いこと言ったかな?ごめん」
律が自分の席を立ち私の隣に来て、私の顔を心配そうに覗き込んできた。
あなたは全く悪くないのに。こんな私を心配してくれるの?
いつもなら喜ばしい場面だけど、今は律の優しさが心に突き刺さる。
和「違う・・・わた、私が・・・ううっ」
もうダメだ。涙が止まらない。まともにしゃべれない。
律「えっと、ま、まあ落ち着きなよ」
律の手が私の肩に置かれる。私をなだめようとしてくれてる。
和「ううっ・・・律」
律「わわ!っと」
私は律に抱きついた。抱きついて泣き続けた。
和「ごめんなさい・・・う、わたし、わだじ・・・うう」
律「の、和・・・」
律は戸惑いながらも私を抱きしめてくれた。
しばらくの間私の頭を撫でてくれた。
どのくらい時間がたったのだろう。30分?1時間?
何にせよここまで泣いたのは記憶の上では初めてだった。
和「うっ・・・ひっく」
律「落ち着いたか?」
和「うん・・・ごめんなさい」
律「・・・」
和「ごめんなさい・・・」
律「あの、さあ。なんで謝ってるのかはよくわかんないけど、
辛い事とかあるんだったら・・・私で良ければ聞くから、さ。私でよければだけど」
律はちょっと照れながらそう言ってくれた。
喋り方はいつもの元気な感じではなく、とても優しい。
律の優しさのまえで自分がさらにちっぽけに見えたせいか、
涙を拭っても拭っても視界はぼやけたままだった。
和「・・・あれ?」
そう、いくら目をこすっても視界がばやけたまま・・・
ちょっと待って。いくらなんでももう涙は拭い去れたはずだ。
なんでまだ目の前がぼやけたままなんだろう。
ベキベキ。おかしいな。涙はもう流れてないのに。
・・・ん?今のベキベキって音は・・・
律「和・・・」
和「あ・・・」
律「眼鏡踏んでるぞ・・・」
通りで視界がぼやけてるわけだ。
和「め、眼鏡が・・・」
律「ちょっと!割れてるから危ないぞ!」
眼鏡を拾おうとしたら律に静止された。
今の私の視力では眼鏡が割れてるかどうかもわからない。
和「あ、ごめん。わからなかった」
律「わからないの?そりゃよっぽどだな」
和「ええ。眼鏡がなければまともに生活できないわ」
律「そうなんだ。って、それで家帰れるのか?」
帰宅。私ほど目が悪いものにとって、眼鏡無しでの帰宅は常に死と隣りあわせだ。
道は覚えていても、交通事故の危険性が大幅に上昇する。
和「怖いけど、車に気をつければ大丈夫・・・だと思う」
律「だと思うって・・・。やっぱり危ないから私が送ってくよ」
和「え?いいの?」
律「もちろん!」
和「ありがとう・・・うう」
律「おおい、また泣くなよ?」
おっと。なんか涙腺が緩くなってるみたいだ。でも本当に嬉しい。
律「じゃあ、行こうか」
和「ええ・・・いたっ!」
律「おい!そのドア開いてないから!」
私と律は校門を出た。ここまでは何とかなった。でも・・・
和「ごめん、やっぱり怖い・・・」
律「室内であれだもんな。仕方ないよ」
外の世界を舐めていた。
数年ぶりに眼鏡を外して歩く外の世界は、私にとっては魔境だった。
和「ちょっと歩くのゆっくりになるけど・・・」
律「いいよいいよ。ほら」
和「え?」
律が私に手を差し伸べる。
律「そのままじゃ危なっかしいから。手、繋ごうよ」
!!!!
和「て、てててて、手って!」
律「あ、嫌だった?」
和「嫌じゃない!むしろ・・・じゃなくて、その、お願いします」
律「?おう」
ああ・・・私のよりちょっと小さいくて細い律の手、やわらかくて暖かい律の手。
私はなんて幸せなんだろう。こんな興奮を、じゃない幸運を手にするなんて。
私たちは手をとって歩き始めた。
和「ああ・・」
律「ど、どうしたんだ?」
和「律って優しいなって思って」
律「や、やめろよ。照れるだろ」
律「和の家わからないんだけど、案内できる?」
和「うん。ギリギリ」
律「ギリギリかよ」
和「ごめん」
律「ははっ」
和「え?」
律「なんか和って意外と面白い奴なんだな。今日一緒にいて思ったよ」
和「そ、そうかな?」
律「うん。今日はなんだかんだで楽しかったかも」
律の笑顔が眩しい・・・どうしよう。
今こそチャンスなのではないだろうか。でも・・・
和「あっ!」
律「おわっ!」
色々考えたらつまづいて転んでしまった。
和「いたた・・・」
律「和、大丈夫か?」
和「うん。ありがと。痛っ!」
律「どうした?うわ。膝擦りむいてるじゃん。うへー痛そう」
最終更新:2010年01月07日 23:53