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第105話 闇の王と炎の王、激突のこと(前編)


幾十もの大気の炸裂音が間髪もおかずに連続し、さながら一つの轟音を奏でているように聞こえる。
フェイト・ラインゴッドは目の前の光景を見やりながら、自身の耳の訴える情報が、
視覚からの情報と矛盾しないことを確かめていた。
炎と闇の相克が生み出した超爆発で、突如として生まれた目前の空き地。
爆風と瘴気に抉られた地面からは、辛うじて抉り取られずに済んだ木の根が、ところどころで露出している。
目の前の空き地がつい1分前までは雑木林の一部だった、その証拠。
そして雑木林に生まれた空き地のあちこちでは、闘気と闘気がぶつかり、弾け、閃く。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!! さっきまで叩いていたデケえ口はどうした変態仮面野郎ッ!!?」
強靭な肉体の周囲を、ほぼ火炎も同然の高温のオーラで包んだ大男、ミカエル。
彼は目の前の敵に吼えながら、それでも拳打の嵐を一瞬たりとも止ませない。
常人の動体視力ではまず見切ることなど不可能な、豪速のジャブの連打を繰り出すミカエル。
しかし彼と相対する黒い影もまたさるもの。
ミカエルの降らせた拳の雨を一つ一つ捌き、いなし、それが終わればまるで飛び掛る蛇のように放たれる、反撃の正拳。
ミカエルはその正拳を正面からガードし、バックステップを取りながら衝撃を減殺する。
間合いが離れたなら、双方がどちらからともなく間合いを詰め、再び無数の拳と拳が入り乱れる。
再度間合いを離す。間合いを詰め、拳が交錯。
それが今まで、数十度は繰り返されていた。
もしここに詩吟の才に恵まれた者がいたならば、二者のこの様子を、
互いの身をついばむことで相手を求める意志を示す、二頭の飛鳥の舞いに喩えていたかも知れない。
ただし実のところ、その舞いに秘められた意志は求愛などではなく、ただただ殺意のみ。
次の瞬間にはひときわ激しい爆音を轟かせて、二者の拳が正面衝突。
ミカエルの拳から巻き起こった灼熱の拳風がフェイトの前髪をなぶり、
それだけで髪の焦げる異臭が鼻の奥に届いたかのような、そんな錯覚が彼の中に起こる。
ちょうど自身らに背を向ける形で、ブラムスが正拳を繰り出していなければ、
たとえ消し炭になることはなくとも、余波だけで全身に致命的な火傷を負っていたかも知れないと考えると、
フェイトは熱気に反して背筋が凍るような思いに駆られた。
「エルネストさん……あの仮面の怪人の正体は一体?」
「そんなこと、俺に聞かれても答えられん。それより、しっかり膝を閉じていてくれ」
「あ――すいません」
ここから数十歩も歩けば、巻き込まれれば確実に命を落とせるほどの力と力の大嵐が渦巻いているというのに、
フェイトは自分の言葉がひどく呑気なように感じられた。
フェイトが尺取虫のように地面を這い、何とかして手に入れたストライクアクスの欠片は、
今やフェイトの膝と膝の間に挟まれ、月の光や荒れ狂う闘気の光を反射し鈍く光っている。
その刃に押し当てられているのは、縄を巻きつけられ自由を奪われた手首。
フェイトの問いにひどくつれない返答を行った三眼の男は、自らの手首の縄を切断せんとして、
先ほどからせわしなく手首を上下させている。
後ろ手に回された状態で縛られた手首を、縄から解放するのは一苦労だとばかりに、その手首の持ち主はぼやく。
「とりあえず、今はこの縄を切ることが先決だ。
ロキもあの怪人が怯ませてくれたし、ドサクサに紛れて逃げ出すなら、絶好のチャンスと言わざるを得ないだろう。
あとは先に逃げ出したクラースを見つけるなり、それ以外の手を考えるなり、とにかく――」
(大丈夫だ! 私は戻ってきている!!)
聞き慣れた男の声。
それが突然、幻聴のようにどこからともなく聞こえてきた。
フェイトは辺りをきょろきょろと見回す。
エルネストも、思わず縄の切れかかった手首の動きを止める。
クラース・F・レスターの声に対し、「どこだ?」だとかそのあたりの、
定型文じみた疑問の声が2人の喉元までせり上がってきた。
そして実際に声が放たれる一瞬前に、クラースの言葉の続きが聞こえてくる。
(私は今、シルフの力を使って風に声を乗せ、お前達に話をしている!
私は不意打ちの機会を窺っている最中だから姿は現せんが、状況を簡潔に説明するぞ!
あの仮面の男の名はヅラムス! 私が偶然遭遇した助っ人――)
(『ヅ』ラムスではない、『ブ』ラムスだ。
まったく、お前は何度人の名前を言い間違えれば気が済むのだ?)
更にフェイトとエルネストにとっては未知の、見知らぬ男のものと思しき声。
たまらずに、フェイトは語尾に疑問符を付け、言葉を漏らす。

「クラースさん? その人の声は?」
(私か? 私の名は、オリジン。万物の根源を統べる……)
(お前の紹介は後でいい!
ああもう、簡潔に説明するぞ2人とも! こいつは私の契約した精霊だ!
こいつもあのヅラムスと同じく我々の味方なので安心し――)
(だからあの男の名は『ブ』ラムスだと何度言えば)
「済まないがお二方、夫婦漫才をやるなら目の前の問題を片付けてからにしてくれ」
このまま2人に喋らせていたら、余計話がややこしくなると判断したエルネストは、ぴしゃりと言い捨てた。
風の向こうからはささやき声が絶え、ひどく居心地の悪い沈黙が周囲を支配する。
ほんの、一瞬ばかりだが。
それを破ったのは、ぶつりという縄の切れる乾いた音。
「――よし、これで俺の両手は自由だ」
戒めから解かれたエルネストは、即座にフェイトの膝に挟まれていたストライクアクスの欠片を回収。
即座に自分の足首の間にそれを当て、手首にしたのと同様に縄を切り裂く。
手首の拘束を処理するための時間の、ほんの数分の一にも満たない時間で、エルネストの脚も続けて自由を得る。
「とりあえずそこまで説明を受ければ十分呑み込めた。
最初はこのままドサマギで逃げようかと考えていたが、あの男が我々の味方だというなら話は別だ」
エルネストは続けてフェイトの脚のロープを切り、更に続けて手首のロープを切断。
結果として出来上がったロープの切れ端の中で、長いものを見繕い、エルネストはそれを拾い上げる。
ロープの端と端に玉結びを作り、出来上がった二つの玉結びの中間に、互いのロープの端を差し入れ、
それらを固く引き絞る。
出来上がった玉結び同士が互いを噛み合い、先ほどまでバラバラだったロープは今や一本になり、
それなりの長さを取り戻していた。
釣り人やロッククライマーなど、糸や縄を日常的に扱う人間なら、たやすいにも程があるロープワークの基本である。
およそ3m強ほどの長さになった縄の端を、手の平に数回巻き付けながら、拳を固く握り、
エルネストは言葉を続ける。
「フェイト――ここでロキと、それからミカエルをまとめて倒すぞ。
幸いミカエルはあのブラムスなる怪人の相手に手一杯で、俺達のことには気付いてなどいるまい。
よしんば気付いているとしても、俺達を先に始末しようとすれば、おそらくその背をブラムスとやらに狙われる。
あいつが今俺達を直接襲いに来るとは考えにくいし、大技のとばっちりにさえ気を付けていれば安全だろう」
「ですけれど……」
危険過ぎる、と反駁しようとしたフェイト。
しかしテトラジェネシスにして歴戦の戦士であるエルネストの動体視力をもってすら、
完全に動きを捉える事は困難であろう、超高速の戦闘を目の前にして、フェイトは反論をひとまずは飲み込む。
エルネストは、びん、と即席の鞭に仕立てた縄を張りつつ、独り言のように呟き始めた。
「どうやら、クラースはとんでもない助っ人を呼んできてくれたらしいな。
あのブラムスとやらは、十賢者であるミカエル相手に、
見たところ反物質兵器なしで互角かそれ以上の立ち回りを演じている――おまけにそれも徒手空拳で、だ」
エルネストは、仲間であるクロードやレナ達と共に、十賢者討伐を試みたエナジーネーデでの戦いを、
静かに思い返していた。
十賢者は、かつて宇宙でも最高クラスの科学力を誇ったネーデ人達が、
自らの同胞を素体として創り上げた生物兵器。
最初に彼らと戦った時、惨敗を喫し命からがら逃走に成功したことは、今でもエルネストの脳裏に鮮烈に刻まれている。
そして彼らに対抗するために、エナジーネーデの科学力を結集し作られたのが、
エナジーネーデの武器職人、ミラージュの作である反物質兵器である。
これを手にし、一同はようやく十賢者撃破の糸口を掴み、最終的には彼らを打ち倒した。
無論、たとえ反物質兵器を手にした後でも、十賢者は易々と倒せてしまえたわけではない。
むしろ、反物質兵器があってようやく五分の戦いを挑めるかどうか、というところまで持ち込んだ、というのが実情。
ネーデ人の生み出した生物兵器である十賢者は、それほどまでに桁外れの戦闘力を持っているのだ。

「そんな十賢者相手にステゴロを挑める奴が、成り行きで、とは言え俺達と同盟を結んでくれるなら、
俺達だけで連中とぶつかるよりも遥かに勝算は高い。
後顧の憂いを断つためにも、今の内にこの島での戦いに乗っているミカエルとロキを始末できるなら、
それに越したことは無いだろう。
確かにここはあのブラムスなる怪人にしんがりを任せて、逃げの一手を打つのも悪くは無いが、
あの男が加勢したこの状況、今すぐ逃げ出さなければならないほど切羽詰っているようには、俺には思えないな」
エルネストの声に、風の向こうから再びクラースの声が聞こえ始める。
(私もエルネストの意見に賛成だ。
そもそもあのヅラ……ではなくブラムスが、私達に助太刀する条件として提示してきたのは、
こちら側の持つ全ての情報の提供だ。
いくら口約束とは言え、この取り引きを完全に履行するには、私達3人もブラムスも、
誰一人として欠けることは許されない。
……一応事後承諾をもらいたいが、この程度の条件なら別に呑んでもらっても構わないだろう?)
「ああ。非の打ち所の無い、的確な交渉に感謝する」
「…………」
鷹揚にうなずくエルネスト。対するフェイトの顔色は、今一つ浮かなげに見える。
エルネストはそんなフェイトに、鷹揚なうなずきを終えたのならば、そっと手を伸ばす。
まるで年下の弟分を気遣うようにして、エルネストはフェイトの肩に手を置いた。
「フェイト。
お前はさっきのあの力を使えなくても、十分俺の背中を任せるに足りる力を持った戦士だ。
お前だって、自ら剣を取ることの意味は十分に分かっているはず――そうだろう?
少し意地の悪い言い方になるが、もしここであいつらを野放しにした結果、
あのブラムスという男がミカエルに殺され、まだ生き残っているお前の仲間も次いで殺されでもしたら、
お前はここで退いたその選択を、後悔せずに思い起こせるか?」
「……それは……」
フェイトの表情に、苦悶が浮かぶ。
フェイトは胸の内の形容しがたい苦しみに、その両目を瞑った。
だが、その瞳が再度開かれた時、そこにたゆたう光は怖じ気などという、軟弱なものではない。
れっきとした、闘志。
戦士がその心の内に宿す想いの中でも、最も尊ぶべき感情。
(――そうだ。
崩壊紋章が使えなくて、そのせいでロキに捕まって、クラースさんやエルネストさんを
巻き添えにしてしまったからと言って、それで僕がいつまでも怯えていてもいい理由にはならない!)
フェイトの拳の中に、もう一度力がみなぎる。
生気を取り戻した瞳で、拳を交えるブラムスとミカエルの、超絶の演武を見据える。
確かに、フェイトのうちの戦士の本能は、エルネストの言葉は正論だと認めている。
ブラムスという男を足止めとして利用し、逃げることならいくらでもできる。
この身が自由でさえあれば、いつでも作戦を切り替え遁走することはできる。
だが、それは選択肢の一つに過ぎない――大別して二つある、戦うか逃げるかの、その選択肢のうちの一つに。
選択肢があるということは、それだけで十分に幸運――その選択肢の先にあるのが、
自分達にとって理想的な事態であれば、なおのこと。
「――分かりました。僕達も加勢しましょう、あのブラムスっていう人に」
エルネストは三つの瞳でフェイトを眺めながら、かすかに笑んだ。
クラースは風の向こうで、一つ安堵したような声。
しかしながら、その次に来たのはクラースの「あ! しまった!!」という、非常に情けない声音であり、
フェイトはせっかく作り上げた決意が早くも崩れそうになるのを感じたのは、ここだけの秘密である。
「……おいおい、一体どうしたというんだクラース?」
(い、いや……よくよく考えたら、私のいる箇所からでは、射程は大丈夫だがロキの姿が確認できん!
これではせっかくの召喚術も、狙いをつけることができんぞ!)
「……やれやれ、これだから地球人は」
エルネストは、盛大に嘆息して見せた。
ブラムスとミカエルの戦いの余波で、雑木林のあちこちには光が投げかけられる。
だがそれだけでは、雑木林の彼方にぶっ飛んだロキの姿を確認するには、不十分と言わざるを得ない。
おまけにロキがブラムスに吹き飛ばされた先が雑木林の中と来れば、
樹木のせいで死角も多く、ロキの姿を視認するのはなおのこと困難。
テトラジェネスの視力には、薄ぼんやりとながら人影は確認できるが、
それを地球人(厳密に言えば「人間」と表現した方が正しいが)であるクラースに要求するのは、
やはり酷ということか、とエルネストは今更ながらに思い直していた。

ではどうしたものか、とエルネストが次なる手を考えようとしたところに、おもむろに第三の声が上がる。
「クラースさん、何か光源があれば、ロキの姿を視認することはできそうですか?」
(あ、ああ……私の潜伏した位置からならおそらく、な。
だが、光源を用意するといっても、ロキは今死角だらけの雑木林の中だ。
それこそ複数の角度から光を照らさねば、召喚術の狙いをつけるために十分な視界は得られない――)
「その複数の光源は、何秒維持できれば召喚術の狙いを定められますか?」
フェイトが風に向かってささやき返す。
遅滞のない鋭気に満ちた物言いに、エルネストすらも毒気を抜かれたように戸惑った。
「フェイト? 一体何を考えている?」
「エルネストさん、クラースさん、僕に一つ作戦があります。
できれば僕が直接ロキの所まで行って肉弾戦を挑めれば、それが一番確実なんでしょうけど、
そのためにはブラムスさんとミカエルが殴り合っている、あの空き地を横切らなければなりません。
そんな危険を冒すくらいなら、こんな手はどうでしょう?」
フェイトは、風の向こうと、そして傍らのエルネストに聞こえるように、自らの腹案たる作戦を告げる。
しばらくの間、フェイトの声のみが、周囲を支配。
そしてフェイトの言葉の全てを聞き終えた時、エルネストは思わず苦笑。
「――おいおい、それじゃあ俺だけ一人二役か? 随分と年長者をこき使ってくれるな」
皮肉気味にフェイトに物申すエルネスト。だが、決してフェイトの作戦を拒絶するニュアンスは存在しない。
フェイトは、それでも律儀にエルネストの皮肉に答えを返す。
「エルネストさんは大体の方角さえ示してくれれば、あとはミカエルの相手をお願いしてくれて結構です。
ロキは、僕とクラースさんの2人で倒す」
(……だな。今ミカエルと格闘戦の間合いで戦っているブラムスを安全に支援するなら、
ピンポイント攻撃が可能なエルネスト――お前がミカエルを抑えるしかないだろう。
私の召喚術やフェイトの魔術……もとい紋章術では、ブラムスまでも巻き添えにしてしまう)
クラースは、風に向かってそうささやいていた。
「まあ、俺の鞭もここからではミカエルには届いても、ロキには届かないだろうから、
それを考えれば、妥当な役割分担というべきか。
――よし、フェイトの案を採用だ。2人とも、紋章術と召喚術とやらの準備を頼む」
「はい!」
(任せておけ!)
フェイトとクラースは、同時に呪文を、そして呪紋を口にし、組み上げ、力を練る。
フェイトの繰り出す力は、おのが精神力そのもの。
クラースの呼び起こす力は、自然界の精霊力。
フェイトの方が先に呪紋の詠唱を終え、そしてそれにだいぶ遅れる形で、クラースの呪文詠唱が止む。
(いいぞ、エルネスト。詠唱待機は完了した、いつでもいける!)
「こっちもです!」
「よし、ならば合図は俺に任せろ」
ばちん、と手の中で即席の鞭を鳴らせるエルネスト。
縄で作り出した即席の得物ではあるが、これもまたフェイトの作戦を遂行するには、必要不可欠のパーツの一つ。
エルネストはブラムスと殴り合いを続けるミカエルと、そして雑木林の中で伏せるロキの人影を、
三つの目で交互に眺めながら、固く手の内の縄を引き絞る。
(さあ、早く上手いこと隙を作ってくれよ――ブラムスとやら!)
ブラムスがロキと間合いを離してくれたなら、その瞬間が作戦開始となる。
固唾を呑むエルネスト。
息を潜めるクラース。
緊張した表情のフェイト。
ヅラを月光にきらめかせるブラムス。
四者を交えた一大作戦は、今動き出そうとしている。

   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

大気が激震。
十賢者ミカエルと、不死者王ブラムス、二者の拳が中空で正面からぶつかり合い、
互いの拳にまとわせた灼熱の炎気と漆黒の瘴気が、互いの身を食らい噛み裂く。
次の瞬間には、ブラムスはその間合いを一気に離していた。
「むう――!」
双方の繰り出した拳力は、共に互角――傍目には一瞬、そう見ていた者もいたかも知れない。
だが再度拳を引き、次なる激突に備えるブラムスの右手を見れば、そんな考えは浅はかに過ぎると、誰もが理解しよう。
ブラムスのまとう墨染めの袈裟は、右の袖口から肩に至るまで、一瞬で炎に包まれ、焼滅していた。
その下から現れるのは、生気を感じられない土気色の肌に包まれた、巌のような筋肉から成る右腕。
正面衝突の瞬間に、力負けを感じたブラムスは、その拳を振り抜くことなく即座に間合いを離していた。
もし強引に拳を振り抜いていたら、おそらく袈裟のみならず、その下の肌まで黒焦げになっていたであろうことを、
ブラムスは静かに分析する。
(やはり、炎の攻撃を得意とする相手に、不死者である我はどうしても遅れを取るか。
このまま真正面から素直に当たるのは、下策に過ぎん)
むろん、ブラムスとて幾星霜もの年月を生きてきた……
厳密に言えば、「歪んだ生を生きてきた」とでも言うべき、強大なる不死者。
生半可な炎や聖なる力では、致命傷にはなりえない。
惜しむらくは、ミカエルの繰り出す炎は生半可な威力ではないという、その一点。
一瞬たりとて隙を見せぬまま、それでも攻めあぐねているかのようにその場に佇むブラムスを見て、
ミカエルは途端に嗜虐的に言い放つ。
「どうしたぁ? 随分とヌルくせぇヘナチョコパンチじゃねぇか!」
対するミカエルの拳もまた、無傷というわけではない。
だが、拳が瘴気に蝕まれた程度は、ブラムスの拳が火傷を負った、その程度の半分以下、と言ったところか。
噛み砕いて言えば、無傷ではないが無傷も同然。
(どうやらこの男、我の繰り出す闇の力にも耐性がある。相性で言えば厳しい相手と言わざるを得まい)
「かかって来ねえならこっちから行くぜぇ!!」
ブラムスの考察は、ミカエルの突撃によって阻まれた。
もう何度目か数えるのも諦めたくなるミカエルの強襲を、ブラムスはやはり受けに回る。
炎をまとう拳を、同じく闇をまとわせた拳で受け流す。
真正面から打撃を受ければ、腕の損傷は避けられない以上、「受け止める」のではなく「受け流す」ことに専念。
側面に拳が弾かれたのを見たなら、更に間合いを詰めつつ膝を一気に持ち上げるブラムス。
その一撃は、狙いを過たずミカエルの鳩尾を目掛けて閃く。
同じくその脚を持ち上げながら腰を捻り、ミカエルはブラムスの膝蹴りを脚でガード。
ブラムスはガードされた膝を基点とし、更にそれを地面と水平に振り払われるトーキックに変化させる。
狙うはミカエルの背中――人体の急所の一つである、腎臓。
しかしそれすらも、弾かれた先から戻って来たミカエルの腕に阻まれ、届きはしない。
ブラムスの爪先は、叩き潰すように降って来たミカエルのエルボーで払い落とされ、
ミカエルの背中に刺さることはなかった。
攻防一体のエルボーに使われた左手に代わり、ミカエルの右手が炎をまといながら、掌底を繰り出す。
ブラムスはとっさに体を引き、その掌底を両腕を交差させ受け止める。
その威力に無理に抗わぬまま、ブラムスは一気に後方に身を退く。
風にはためいた袈裟の袖が、放たれる熱量に耐え切れず炭化し、一部が崩れ落ち地面に消え行く。
ブラムスは更に自ら後方に跳躍するが、ミカエルは足元が陥没しかねないほどの激しい踏み込みで、
それ以上間合いを離す事を許しはしない。
(そうそう簡単に、間合いを離すことはできぬか――)
ブラムスは先ほどから、何度も間合いを離さんとして、牽制とバックステップを繰り返し、
時には空き地の端に追い詰められたなら横っ飛びで殴り合いの軸線を変え、時には自ら掌打でミカエルを吹き飛ばし、
それを繰り返していた。
だが、クラースの示した間合い……およそ二十歩分の間合いを稼ぐことは、今の今まで成功していない。
クラースはこうして戦いが始まる前に、限界まで効果範囲を絞っても、召喚術を相手にのみ撃ち込むには、
二十歩という大きな間合いを要するとブラムスに告げている。
間合いを離さねば、ブラムスはクラースからの援護射撃を期待することはできないのだ。
そもそもクラースの援護射撃は、本来ロキへ対する不意打ちが失敗した時の保険であり、
こうしてミカエルと戦う羽目になったのは、予想外の事態と言わざるを得ない。
(ロキもしばらく立ち上がっては来れまいが――)

ブラムスは、夜の闇にも遮られる事のない不死者の眼力で、ロキの伏せる茂みの辺りを僅かに一瞥。
そこではロキは阿呆のように顎を脱臼させて口をおっぴろげたまま、
先の正拳同士の正面衝突の際巻き起こった衝撃波の余波で破壊された岩盤の欠片を股間に受け、
激痛のあまり白目をひん剥き鼻から泡を吹いて悶絶していることを確認し、
さっさと見切りをつけてミカエルを睨み直す。
(……ならば、挑発して大技を誘い、その隙を縫うか?)
しかし、ある意味千日手に近い打ち合いの中、ブラムスはそれを打破するための鍵は掴み取っている。
ブラムスにとっては、未だ正体不明の相手であるこの男……すなわちミカエルの体力は、かなり消耗されている。
この巨漢には未だ息が切れている様子はないが、ブラムスほどの観察眼を持つ者ならば、それに気が付ける。
先ほどから彼の繰り出す攻撃に、徐々にブレが出始めている。
この男ほどの体力があれば、本来この程度の拳闘で拳や蹴りにブレが出始めるなど、まず考えられない。
ならば考えられることは、これまでもこの男は連戦を行い、ろくに休息を挟まずにこの戦いに乱入した可能性。
肉体の疲労が十分に取れていない状態で、ほんの僅かのインターバルしか挟まずに連戦すれば、
一旦は取れたかに見える疲労は、万全の状態のときに比べ、数倍以上の速度で蓄積され露見する。
猪突猛進する以外に能が無いのか、はたまたこの程度の疲労など敵に対するちょうどいいハンデと考えているのか、
とにかく最初の不意打ちを自らの決め技「ブラッディカリス」で相殺されても、
なお大人しく引き下がることをしなかった時点で、少なくともこの男には戦術的な判断がないのは自明。
(この男が正真正銘の痴れ者なのか、慢心の余り目が曇っているのかは我の知るところではない。
しかしどちらにせよ、その隙には遠慮なくつけ込ませてもらうとしようか)
ブラムスは、先ほどからほとんど開くことのなかった口を、仏像の仮面の下で静かに開いた。
もし彼が仮面を着けていなければ、その拍子に彼の口元からそれが覗けていたかもしれない――
人間が持つものにしては、不自然なまでに長く鋭利な、一対の犬歯が。
「貴様――存外に出来るようだな」
「当たりめぇだ、この俺様を誰だと思っていやがる!?
惑星ネーデの科学力を結集して作られた宇宙最強の生物兵器――十賢者のミカエル様よ!!」
吼え、自らの名を名乗ったミカエル。
ブラムスは聞き慣れない単語のいくつかを耳にし、思わず口から疑問の声がついて出る。
「『ウチューサイキョー』? 『セーブツヘーキ』? よく分からんが、貴様はそのネーデなる国の出身者なのか?」
「俺様の言うことがよく分からねえなら――」
轟、という乾いた唸りと共に、空気が貪食される。
ミカエルの右手に灼熱する闘気が集結し、そのまま彼は超前傾姿勢のまま地面を疾走。
残像すら視認するのが困難な速度で、ミカエルはブラムスに突撃を仕掛ける。
「――とにかく俺様は最強だとだけ理解しときなッ!!」
爆炎と、高熱の余り融解し溶岩と化した岩盤をまとい、ミカエルは渾身のアッパーカットを振り抜く。
そのアッパーカットに手応えは無いが、それはミカエル自身予測はしていたこと。
アッパーカットはあくまで目くらましに過ぎない。
本命は次の一撃――アッパーカットの勢いのまま飛び上がった空中からの、猛火をまとった踵落とし!
大気との摩擦で燃え上がり赤熱した隕石のごとくに、ミカエルは地面に降り注ぎ、激突。
ミカエル自身を爆心地とした、灼熱のマグマの波涛が周囲のもの全てを無差別に焼き焦がす。
「俺様の名はミカエル――創造神トライアの伝承で言うところの、『神のごとき者』よォ!!!」
この場に急遽出来上がったマグマの池の中心部で、ミカエルは高笑い。
全てを焼き焦がしかねない強大な熱量の只中で、自らの炎により傷付かず仁王立ちするその姿は、
確かに『神のごとき者』の名にふさわしかろう。
この攻撃で、彼がブラムスを葬ることに成功さえしていれば。
「――それで『神のごとき者』か。随分と創造神トライアの名も安くなったものだ」
「!?」
ミカエルがその声を聞いたとき、全ては動き出していた。
ミカエルの作り出したマグマの池の縁で、腕組みをしていた袈裟の男は、その双眸に邪悪な赤光を宿し、
そして飛びかかる。
暗闇の中に赤い残光の尾を引きながら、その男は一飛びでマグマの池の中心部まで低空飛行。
厳密に言えばその動きは低空飛行ではない――地面を蹴っただけで得た勢いのみで、
ほとんど高度を落とすことなく彼はミカエルに肉薄したのだ。

月光を受け、さながら剛弓より放たれた矢のごとくに、ミカエルに飛びかかるのは、
シャイニングなオンリーワンヘアーのウィッグと仏像の仮面を着けた怪人。
字面にしてみれば余りにシュールであるが、それを迎え撃つ側にしてみれば笑い事ではない。
全力で対応しなければ、人生最後の光景をそんなシュールな光景で締めくくるという、
人間としての尊厳を甚だ欠いた死に方をする羽目になるのだから。
「クソがぁっ!!」
苛立った様子を隠しもせずに、ミカエルは拳を引く。
それも、利き手とは逆の左手を。すなわちそれは、拳術ではなく柔術の使用を、見る者に予感させる。
「とっとと俺様のマグマ風呂に浸かって焼け死にやがれぇっ!!!」
飛びかかるブラムスの体を掴み、そのまま自らの直下で煮えたぎる岩漿に放り落とす。
それがミカエルがとっさに選んだ対応策。
無論不死者の肉体を持つブラムスも――否、不死者の肉体を持つブラムスであるからこそ、
溶岩の海に沈めばただでは済まない。
溶岩の中にその身を放り込まれた状態で脱出ができなくば、
五つ数を数え終える頃には、ブラムスの歪んだ命は無残に燃え尽きる羽目になろう。
ブラムスの肉体と、ミカエルの右手が交錯、そして――!
「!!?」
ミカエルは、あるはずの手応えが無いことに、愕然と目を瞠る。
しかしながら、それも道理。
ミカエルの目前にはもう、ブラムスはブラムスの姿として存在していないのだから。
彼の視界を埋め尽くす黒い霧は、そのままミカエルの背の方に抜ける。
「出来ることなら、そんな惨めな死に方は御免被ろう」
もしこの瞬間にミカエルがその背後の視界を得ることが出来ていたなら、その奇怪な光景に唖然となっていたであろう。
彼の背後で、ブラムスの生首だけが浮いているという、信じ難い光景に。
追って、ブラムスの首から下の肉体も実体化。
異常事態に気付いたミカエルがようやくのことで振り向いたなら、
その時すでに彼の視界はブラムスの脚で埋め尽くされていた。
痛烈な打撃音。
ミカエルの顔面に、ブラムスが繰り出した宙返り蹴り――サマーソルトが直撃!
ミカエルはたまらずにもんどりうち、その勢いのままマグマの海の外側に弾き出される。
一方のブラムスは、ミカエルの顔面を蹴りつけたその反動で一気に後方に下がり、
再度マグマの海の縁に着陸するという、軽業師も仰天の身のこなしを見せていた。
ミカエルの作った炎の池の対岸に、それぞれ不時着と着地を行うミカエルとブラムス。
それでも稼げた間合いは、ブラムスの目測で十六歩。二十歩には、未だ届かない。
「ちきしょうが……またわけの分からねえ小細工を使いやがってぇ!!!」
歯噛みするミカエルの顔面は、それでもせいぜい鼻の軟骨が歪んだ程度の損傷しか負ってはいない。
おまけに頭部を強打されたにもかかわらず、脳震盪を起こした様子すらも見られない。
無論ブラムスの蹴りの威力は折り紙付き――凡人ならば受けたその瞬間首が盛大に千切れ飛ぶか、
さもなければざくろの様に首っ玉が弾け散っているかするほどの、猛烈な打撃力がこもっていた。
それほどの打撃を受けても、ミカエルの顔面は未だ問題なく原形を留めているのを見て、
ブラムスは半ば感嘆に近い感情が湧き上がるのを抑え切れない。
(ほう――『影討ち(ダーク)』から見舞った不意打ちの一撃でも、まだあの程度か)
ブラムスがミカエルに飛びかかった際に見せた、自らの体を黒い霧に転じさせる能力――それは、
エインフェリアやエインフェリア相当の実力を持つ戦士にのみ許された秘技、『影討ち(ダーク)』。
エインフェリアの脚力を活かし、敵の目が眩むほどの超高速で背後に回り込み、
その無防備な背から不意打ちを見舞うこの秘技を、ブラムスは何と自らの身を霧に転じさせることで成し遂げる。
ヴァンパイアはその身を霧に変え、いかなる隙間にでも入り込めると伝承にはあるが、
不死者の王族たるヴァンパイアの、そのまた王の座に着くブラムスにとって、
その手のヴァンパイアとしての力を振るうことなど、造作も無い。
ブラムスはミカエルに飛びかかりざま、自らの身を霧に変化させ、
そのままミカエルの体を霧の形態のまま素通りし、
背後で再度実体化した瞬間に、ミカエルの肩を足場としてサマーソルトを放っていた。
これを成し終えるまでに、かかった時間は僅かに数秒。
その様子の全てをつぶさに観察していた者でも、大多数の者はブラムスの姿がミカエルの目前で掻き消え、
そして次の瞬間にはミカエルの背後を取っていたようにしか、感じ取ることはできないだろう。
(だが、この力を使ってもやはり首輪は外れんか)

ブラムスは未だに自らの首元から離れる事の無い首輪を僅かに意識。
この程度の小細工で首輪があっさり外れてくれる、などという期待など端からしてはいなかったが、
これで実際に確認は取れた。
もちろんヴァンパイアがその身を霧に転じるとき、彼または彼女は着衣や装備品程度なら、
一緒に霧に転じさせることはできるし、望むのならば逆に着衣や装備品の一部または全部を残し、
霧になることも可能。
だがこの首輪には、それを許さないための、何らかの仕掛けが内蔵されている。
随分とご丁寧なことだ、とブラムスは内心で呟きつつも、目の前の脅威について忘れたりはしない。
ミカエルはブラムスのサマーソルトを受けながらも、即座に受け身をとり手首のバネを活かして跳ね起きる。
その背が地面に着いた瞬間など、一瞬間もなかった。
口元から僅かに血を流すミカエルは、鬼神のごとき憤怒の表情で顔を固め、雄叫びながらその拳を振りかざす。
ブラムスが制止の声を上げねば、彼は再度ブラムスに猛突撃で食らいつきに行っていただろう。
それを阻んだのは、ひとえに不死者の王のその提案。
「待て――これ以上無為に殴り合いを続けていても、双方共に埒が明くまい」
「あぁ? 今更になって命乞いか、変態仮面野郎?」
相も変わらず剣呑な言葉を吐きながら、ミカエルは鳩尾の前と肩先で固めた拳を、ほぐそうともしない。
ブラムスは仏像の仮面の中で、僅かに唇を曲げる。
頭部に装着したヅラも、主の意を汲んだように不敵に月光を反射していた。
「違うな――ここは一つ、我と貴様の最強の技を、真正面からぶつけ合ってはみぬか?」
「……何を考えていやがる?」
「簡単なことだ。我と貴様――どちらの技が競り勝つか、純粋に知りたくなっただけのことだ」
ブラムスは右袖を失った袈裟を夜風になびかせ、ミカエルにその意を開陳する。
「我とて互いに殴り殴られてじわじわと消耗戦にもつれ込み、そのまま泥沼の戦いに陥ることなど望みはせぬ。
できる事ならば最高の奥義を以ってして貴様と勝負をつけたいと願うが、
貴様が相手では奥義の為の『溜め』を行う隙を見出すのは困難極まるだろう。
無論我とて、貴様に『溜め』を行う隙を与えてやるほど、お人好しではない。
結果として、戦いは必然的に泥沼のもの――これでは、面白くなかろう」
ブラムスの岩石のような握り拳が、彼の仮面の前にまで持ち上がる。
そこから言い知れぬ力が湧き上がり、ただでさえ光に乏しい夜闇から僅かな光すらも残しはしない、
とばかりに闇が吹き上がる。
「なればこそ、互いに『溜め』のための時間を提供し合い、最高の奥義で決着を着けるのが、
最も望ましいものではないか?
奥義の威力が上回った側が勝利する。よしんば奥義のみで決着が着かずとも、
その後競り負けた側には絶大な隙が出来上がる。実質上、勝負は一撃必殺のものとなろう」
くつくつという陰鬱な笑い声。
それは仮面を通ったがゆえにくぐもりはするものの、それがブラムスの喉から漏れ出ていることは、
誰の耳にも明らかな事実。
「どうだ、面白かろう?
我は先ほど貴様を下郎と評したが、なかなかどうして我と互角かそれ以上の勝負を行うようでは、
その発言は撤回せざるを得まい。
貴様が相手ならば、我も全力を出すに値しよう――むしろ、全力を出したいと願わずにはいられぬ」
ブラムスの右手が、掌を天に向ける形で差し出される。
折り畳まれる、四本の指。
残る人差し指のみをくいくいと動かし、ブラムスはそれを以ってミカエルへの誘いのメッセージとする。
「さあ、この我からの提案、呑むか呑まぬかは貴様次第だ。
もっとも、貴様はこの誘いを断るほどの腰抜けには思えぬがな」
「……よく分かってるじゃねえか、てめえって野郎はな」
地上に発生した巨大な熱源が巻き起こす、超局所的な上昇気流。
ミカエルは拳を左右に引き分け、腰だめに握り構え、その上で自らは野蛮な笑みを浮かべる。
「確かにそんなチンケな勝負なんざ、面白くも何ともねえ。
さっきはてめえに止められたが、そうまで言われちゃあ、俺様も本気で『スピキュール』をブチかましてやらあ!
今度はさっきみたく、あっさり止められるなんて思うなよ、変態仮面野郎!!」
ミカエルの踏みしめる足元から、白色の蒸気が一瞬ばかり立ち上る。
それが終わり、土から全ての水分が奪われ乾いたなら、今度は土そのものが燃え上がる番となった。
土中に含まれた落ち葉や木の根の欠片など、可燃物はたちまち内部から火を吹き出し、
残された砂粒は煮えたぎるマグマへと姿を変える。
その姿は、まさに地上に生まれたもう一つの太陽と形容するに、何ら違和感などあるまい。

あたりの雑木林は、まるで山火事にでもあったかのように、炎の真紅に染まり、揺らめく。
全身を引き裂くような苛烈な熱を前に、ブラムスもまた構える。
近寄れば輻射熱だけで体の焦げそうな業火を前に、それでもブラムスは怯もうとしない。
「さあ――今こそ共に舞おうではないか」
大地に仁王立ちするブラムスの全身を、濃密な闇が包み始め、ミカエルの輻射熱の浸透を阻む。
火に含まれる二大要素は、言うまでもなく光と熱。
しかし闇は光を遮り、そして光のもたらす熱をも防ぎ止める。
「我と貴様――最後まで舞い切るはただ1人の――」
ブラムスのまとう闇の密度は恐るべき速度で高まり、そして臨界点を超越するまでにそう時間はかからない。
鮮血色の闇――ブラムスの闘気のボルテージが極大を迎えようとしている証が、
そのまま彼自身にまとわれ、炎の光を頑ななまでに拒絶。
炎が闇を焼き払うか。
闇が炎を呑み込むか。
選び取られる結末は、どちらかただ一つきり。
それが決まるのは、次の一合。
「おおおおおあああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
ミカエルの姿が、黄金の残像と化す。
その光景を遠目から見る者は、その様相を何に例えようか。
ブラムスは、そんな叙情的な思索に耽りたい衝動に駆られなかったわけではない。
それほどまでに、彼の炎は鮮烈で、激烈で、それでいて純粋無垢だった。
炸裂すれば自らの身を灰になるまで焼き尽くす滅びの猛火が、周囲の空間そのものすらも焼き尽くさんばかりに、
唸りを上げて周囲に轟いた。

   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇




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第101話 ブラムス 第105話(中編)
第101話 ミカエル 第105話(中編)
第101話 ロキ 第105話(中編)
第101話 フェイト 第105話(中編)
第101話 エルネスト 第105話(中編)
第101話 クラース 第105話(中編)
最終更新:2009年01月15日 04:08