第129話(中編) とある戦士達と機械技師の戦場
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(やはり、あの女も生きていたか)
二階からこちらを光の矢で射掛けてきた女の姿は昼間に菅原神社で取り逃がした女だ。
あの武器も金髪の剣士の短刀同様あの時は使ってなかった。新たな協力者がいるのはほぼ間違いない。
そいつが戦闘力を有してるかどうかは不明だが、戦える事を前提に立ち回るべきだろう。
だが、まずは目の前にいる二人の対処の方が先決だ。状況的には2対2なのだが実質は狭い路地の所為で1対1が二組できている。
このままいけば俺が金髪の方を相手にする事になるだろう。問題は俺があいつを倒せるかどうかだ。
この狭い道幅では思う様に剣を振るえない。折角得意の二刀流の型を取れているのにまったくそれが活かせないのだ。
(せめて後20センチ両方の剣が短ければ引っかかる事もなくなるのだが…)
そうなれば短刀を一振りしか持たない様な男など手数で圧倒できる。
なんとかならないものかと思案する俺に妙案が舞い降りてきた。
これなら思う存分戦えるだろう。
両手に握る剣を地面に突き刺す。突然の俺の行動にこっちの様子を見ている金髪が目を見開く。
それに構わず柄ではなく刀身の根元部分を握って突き刺した剣を引き抜いた。
刀身が俺の指の皮膚を切り裂き血を啜っている。だが、俺の傷はこれだけだ。本来刃物は押すか引くかしない限り物を斬れない。
この程度では指の骨を両断する事など起こらないのだ。これによって擬似的にだが刀身を短くする事が出来た。後はあいつを切り刻むだけだ。
開いた間合いを詰めるべく一直線に駆け抜ける。この道幅だ回り込む様な動きなんぞ出来る訳がない。
迎え撃つ様に剣を構える金髪。それに構わず右手の方の剣を横薙ぎに払う。
ぶつかり合った金属同士が火花を散らし爆ぜる。
剣を握る掌が痛む。自らが招いた結果とは言えそう長く戦ってられんだろう。
左に握る『
アービトレイター』で切り上げ、そのまま流れる様な動作で右手から突きを繰り出す。
たまらずバックステップで間合いを離そうとしてくるが、逃がしてやる道理など無い。
踏み込みと共に逆袈裟に斬りかかる。
この一撃は右に受け流されるも、そのままその勢いを利用し身体を回転させ右手から横薙ぎ、更にワンテンポ遅れて左からの切り上げに繋げる。
これぞ我が神宮流剣技。二刀流による手数を最大限に活かし、怒涛の勢いで連続攻撃を仕掛ける。
相手は完全に防戦一方となっている。繰り出す一太刀一太刀が明確な殺意を持って徐々に追い詰めていく。
これだけ攻めても致命打を入れさせてもらえてはいないが、捌ききれなかった攻撃が僅かだが相手の身体に切り傷を作っている。
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刃風が頬をかすめる。
突然刀身を握り締めた男が先程までとは打って変わって圧倒的な手数で攻めてきた。
どうしても短刀一本だけでは捌ききれない攻撃が繰り出され続ける。反撃に移る暇すら与えてもらえない。
閃光が糸状に走るかの様な剣閃が右や左から間隔もあけずに襲い掛かってくる。
片手で振るわれる攻撃故に一撃一撃の重さは大した事無い。だが、それを補っても余りある程の手数が迫ってくる。
しかもどれも直撃してしまえば致命傷となるものばかり。
回避するにしてもこうも道幅が狭いと自然と移動先が絞られてしまう。そこを先読みされて攻撃が飛んでくる。
(クソッ、責めて一瞬だけでも動きを止めてくれれば…)
反撃の糸口を掴もうと考えを巡らす僕の額目掛けて飛んできた突きを首を振ってかわす。
いや、まだかわせていない。相手はそこから変則的な薙ぎに繋げてきた。
間一髪。屈んでその一撃を避けその反動を利用して一歩踏み込む。同時に剣を振り上げようとするが相手の方が早い。
左手に持つ剣が脳天目掛け振り下ろされる。反撃に転じようとした剣をガードに使いなんとかその一撃を受け止めた。
そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、開いた方の手で突きが繰り出される。
力任せに押し退けてなんとかその攻撃を逸らす。
「『魔神剣』」
互いの獲物が届かないぐらいに開いた間合いの中剣圧を飛ばす。
漸く巡ってきた反撃の機会だ。逃す訳にはいかない。
『魔神剣』を両手の剣をクロスさせて受け止める男に攻め懸ける。
「『秋沙雨』」
相手の手数に負けない様に、それこそ無数の突きを繰り出す。崩れた体勢のまま相手は両手の剣を振るって一撃一撃を受け止めていく。
(くっ、攻めきれない)
ぶつかり合う剣同士の衝撃で徐々に間合いが開かれていってしまう。このままでは仕切りなおされてまた防戦に徹せねばならなくなる。
掴んだ勝機を逃す訳にはいかない。
「『襲爪雷斬』」
繰り出した突きと共に跳躍、更に振り上げた剣に電撃を纏わせ一気に叩きつける。
その一撃を受け止めた相手が身体を僅かに痙攣させた。刀身を伝った電気が傷口から直接体内を駆け巡ったのだ。
いかに屈強な人間でも体内に無理やり流される電撃に耐性があるはずなんて無い。
(この一撃で決めるっ!)
体の周囲から球状の蒼白いオーラが立ち上り、それと共に同じ色のオーラを刀身に纏わせる。
体得した時空剣技の内の一つ『冥空蒼破斬』
繰り出される威力は魔神剣の比ではない。
未だに電撃によって動きのぎこちない相手に僕は剣を振りかぶった。
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侍男の相手をクレスに任せ、私は目の前の剣士にライフルの銃口を向けた。
この距離ならスコープを覗かなくても狙いなんて外さない。
しかし、相手もこの武器を警戒している。見せ付けた威力を考えれば当然の反応だ。
曲がり角に退避し、塀を盾にする。
どうやら彼も未開惑星の住民の様だ。あの程度のブロック塀なんて光学兵器の前には何の妨げにならない。
それどころか砕かれたブロックが散弾の様に襲い掛かる事になる。
相手に手加減はしてやるつもりは無い。私には
負けられない理由がある。
「『プルートホーン』」
銃口から七色に輝く光弾がショットガンの散弾の様に無数吐き出された。
ブロック塀が無残に砕け、飛び散った残骸が更に破壊の爪跡を広げていく。
だが、崩れた塀の後ろに相手がいない。曲がり角一帯のブロック塀は全て吹き飛んでいるのに。
(どこへ?)
見失った剣士を探す為に巡らせる視界に僅かに光るものがあった。
正面のブロック塀の一部にあるひし形の空洞。その隙間から煌めく銃口が私に向けられている。
(来るっ!)
私の勘が告げていた。回避する事は出来ない。後ろではクレスが戦っている。避けたら彼に当たってしまう。
私に向けられる殺気が一層強くなったその瞬間、私はその銃口目掛けて引き金を引いた。
打ち出された虹色の光弾と黄金色の光弾が空中で激突し爆発を巻き起こした。
その衝撃に咄嗟に顔を庇う。
晴れた視界の中で茶髪の剣士が正面にある塀を乗り越えていた。
どうやら彼は角を曲がった直後に向かいの家の塀を乗り越え身を隠していたらしい。
しかも予想外な事にフェイズガンを使ってきた。
もしかしたら私が使っているこれを見て使い方を知ってしまったのかもしれない。
再度銃口を突きつけるが、相手の方が早い。
侍男にも勝るとも劣らない俊足で、剣の間合いまで入られてしまった。
構わず引き金を引こうとした所で、砲身を払われてしまう。
(まずいっ)
次の攻撃動作に移るのは相手の方が早い。
(こうなったら昼間の時みたいに…)
「『マグネティックフィールド』」
周囲の磁場を操作し、向けられる剣閃を
明後日の方向に逸らした。
当然私の持つコスモライフルも磁場に取られて思う様に動かす事が出来なくなっている。
突然の出来事に驚いている青年目掛け、上段の回し蹴りを見舞った。
ガードも間に合わず蹴り飛ばされた相手が背後のブロック塀に打ち付けられた。
『マグネティックフィールド』を解除し、腰溜めに構えたライフルの砲身を向ける。
(最後の一発…。今度こそ外さない)
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打ちつけた頭を振って、ぼやけた視界を元に戻す。
向かい合っている女が光の矢を打ち出す武器を俺に向けていた。
咄嗟に左手に掴んでいる同じく光の矢を放つ武器を彼女に向ける。
射出口を女に向け、再度光の矢を放とうと指先に力を込める。要領はパドラックやジェイクリーナスの使っているクロスボウと同じだ。
だが、光の矢が出ない。二度、三度と引き金を絞るが一向に光の矢が飛び出さない。
(クソッ! どうなっているんだ? 肝心な時に壊れたのか?)
カチッカチッと乾いた音を繰り出し続けるそれを放り捨て、立ち上がる。このまま座り込んでたら相手の光の矢に射抜かれてしまう。
(出来るだろうか? さっき彼女がやったみたいに空中で打ち落とすなんて真似が?
いや、どの道やるしかない。今の体勢ではろくに回避なんて出来やしない)
死へと誘う七色の煌めきが放たれようとするその瞬間、極限まで研ぎ澄まされた感覚が刹那の時を永遠へと引き伸ばした。
まるでコマ送りの様に、目に映る一瞬一瞬の光景が流れていく。
(プラチナッ! 俺は…)
そうだ。俺は死ねない。優勝して彼女を蘇らす為にも。
揺るぎない決心が俺の後押しをしてくれた。躊躇わず、当る事を疑わずに『シャイニングボルト』を打ち出す。
俺が剣先より繰り出す電撃と虹色の光弾がぶつかり合い眩い閃光と共に大きな爆発を引き起こした。
まさかの俺の悪あがきに青髪の女は目を見開いて驚いている。
(いける!)
僅かでも接近する為の時間を稼ぎたい。そう思いブレアの荷物から失敬した穴の開いた包丁を投げつけた。
女はそれを手にする武器で叩き落している。
(何故さっき見たく撃ち落とさない? あっちも故障か?)
疑問に思っている場合ではない。光の矢が飛んでこないのならこちらとしても好都合だ。
後はさっきの様に妙な力場に武器を取られなければいい。
強力な足技を持ってはいるものの、剣を手にする俺とでは間合いの広さが違う。
叩きつける様に振り下ろした剣を、彼女の手にする武器で受け止められてしまった。
(所詮は女の腕力。このままねじ伏せれば)
体重をかけて武器を押し付ける。徐々にその勢いに負けて青髪の女が体を逸らしていく。
このままいけば勝てる! そう確信した俺に、この女の後ろの光景が目に飛び込んできた。
まるで電撃を浴びて痺れている様な状態の洵目掛けて、金髪の剣士が巨大なオーラを纏った剣を振りかぶっている。
(まずいっ!)
押し付けている剣を引っ込め、相手のガードの上から力任せに振り上げた剣閃をぶつけ相手を吹っ飛ばす。
殴り飛ばされた女と金髪の剣士が激突してもつれ合うように地に伏している。
『すまない! 助かった』
『ああ、だがそれよりも…』
『わかっている。ルシオ、俺が仕掛けたら追撃を頼む』
こっちはちょっと休んだとは言えロキ戦の疲労が完全に抜け切っていない。長期戦になればこちらが危うい。
洵に併せようと間合いを詰める俺の視界に新たな人影が飛び込んできた。
『洵! 上だ!』
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ルシオに言われ頭上に目を向ける。
そこには片足を突き出した格好のまま飛び降りてきた女がいた。
なんとかそのとび蹴りを身体を捻って回避。
反撃に移ろうとするが、若干さっきの痺れが残っている。それに懐に入られすぎた。
掌打、突き、足払いから流れる動きで繋げられる中段蹴り。
紙一重でそれらをかわしていく。
(くっこの女武道家か? この間合いではまずい…。一旦仕切りなおすか)
飛び退いて間合いを開ける。構えを取って追撃に備えたが様子がおかしい。
乱入してきた女が空中に見た事の無い魔法陣を浮かべている。
(こいつ、魔法も使うのか!?)
直感的に自分の身に迫る危険を察知し、曲がり角に身を隠した。
「『スターフレア』」
聞いた事も無い名前の魔法だが、頭上からヒュンヒュンと甲高い音共に無数の光のが降り注いできている。
しかもその光は何かに当たると爆発を引き起こしていた。たちまち十字路一帯の塀が崩され瓦礫の山へと化していく。
身を隠せばどうにかなる代物ではない。全力で範囲の外へ向かって足を動かす。
だが、そんな俺の直ぐ背後に破壊の光が降り注いだ。回避はままならない。なんとか振り向いて両腕を交差させるだけで精一杯だった。
爆発の衝撃で俺の体が吹き飛ばされる。虚空へ投げ出された体が二回、三回と大地を跳ねる。
続く光に襲われなかったのは運が良かったとしか言えないが、こんな大魔法クラスの攻撃をそう何度も撃たれてはかなわない。
『洵! 大丈夫か?』
ルシオからの通信だ。短くあぁと答えながら立ち上がり剣を構える。
塀を壊してくれたおかげで、もう鍔元を握る必要は無くなった。
足場は瓦礫だらけでいい状態ではないが相手だってそれは同じだ。
『ルシオあの女危険だ。奴から仕留めるぞ』
『それよりも、戦局が芳しくない。一旦撤退を』
『そのタイミングはお前に任せる。菅原神社で拾った道具を使えば戦場から抜け出せるのだろう?』
あの時拾った道具『
韋駄天』に付いていた説明書にはそう書かれていた。
『とにかくやるぞ。いいな?』
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(最悪です…)
ミランダはマリアからの伝言をプリシスに伝えた後ため息を漏らしながらそう思った。
理由は簡単だ。洵とルシオ、今彼女が身を寄せているパーティーに敵対する形でかつての同行者達が戦っている。
(特に洵さんがまずいです…。あの方は私の荷物をしきりに探ろうとしていました。私の事を疑っていたはずです…。
もし、マリアさんやクレスさんに要らない事を吹き込んだりしたら…)
このままクレス達に同行して、多くの人間をまとめて始末するつもりだった。
だがこのままいくとその計画もご破算になってしまう。
更に彼女は焦っていた。虎の子の『
パニックパウダー』が暴発した上に、
結局コントみたいなやり取りしか展開されず期待した効果が得られなかったのだから無理もない。
(そうです…。今参加者は22名その内私を除けばここに6人もの人がいます。こうなったら神のご意向に添う為にも爆弾を使って…)
ミランダは抱えるデイパックを強く抱きしめた。最後の切り札『
時限爆弾』が今か今かと出番を待ってうなり声を上げている気がした。
そっと顔を上げてプリシスの様子を伺う。彼女はマリアに言われたとおりに手渡された武器を弄るのに夢中になっている。
(今なら気付かれずに隣の部屋に移れる…。後は説明書通り操作して爆弾を起動させれば…)
そうなればここにいる6人もの人間を一網打尽に出来る。
(そう、これも私の信仰心を試す為に神が与えたもうた試練。
全ての物を投げ打ってでも神のご意志に添える事が出来るか? そういった事を神はご覧になっているはずです)
彼女の中ではこの島での出来事は全て神から与えられた試練。そして開催を宣言したルシファーは神の使い。
そして、神の使いは彼女達にこう言ったのだ「最後の一人になるまで・・・殺し合え」と。
(神の御心のままに…)
彼女は短い祈りと共に音も立てずに立ち上がると、プリシスのいる居間から出て行った。
それからしばらくして…。
「うーん…」
プリシスはそんなミランダの様子に気付く事無くうなり声を上げていた。
カスタマイズも大詰めの段階に入り、後は部品を組み上げるだけになっている。
だが、その為に必要な止め具が一つどうしても見当たらないのだ。
もしかしたら作業中に何かの拍子に落としてしまったのかもしれない。
「ねぇーミランダー。これ位の輪っかみたいな金属部品知らないかな?」
そう言って親指と人差し指で大体のサイズを表現しながらミランダがいたはずの方向に顔を向けた。
「あれ? いない?」
周りを見渡し彼女を探してみるが見当たらない。
とうとうプリシスは立ち上がり彼女の捜索を開始した。
(もう、敵がいるんだからはぐれたら駄目じゃんか…っとボルト発見!)
作業をしていた机から転げ落ちて扉の近くまで転がってしまっていたらしい。
だが、もう一つの捜索対象が見当たらない。一先ず廊下に出て正面にある襖を取り敢えず開けてみる。
開けた部屋にはミランダはいなかった。変わりに部屋の隅っこに置かれている異様なものをプリシスは発見した。
分厚い技術書の様なサイズをした黒光りする金属の塊。
中央部にはデジタルで『01:48』と表示しているタイマーが規則正しいペースで一番右の数値をカウントダウンしている。
「えっ? ちょっ!? これ爆弾? ごつい目覚まし時計じゃないよね?」
事態を飲み込めず思わず疑問が口を付いて出てしまうプリシス。
もうミランダ捜索どころではない。どう考えても目の前の爆弾は2分以内に爆発してしまう。
どれほどの破壊力が秘められているかは解体してみないと判別できないが、最悪自分だけではなく外にいるレナやマリア達も巻き込まれてしまう。
「あぁっもうっ! どうなってんのコレ!?」
すぐさま居間に戻って『
ドレメラ工具セット』を回収し爆弾の前に座り込む。デジタルの表記は既に1分を切っていた。
慎重かつ素早く外装部分のネジを回して中身をさらけ出す。
その中身を見てプリシスの目は驚愕に見開かれた。
(C4爆薬? それもこれざっと見ても5キロはあるじゃん…。
こんな木造の建物なんて木っ端微塵だよ…。近くで戦っているマリアもただじゃ済まない)
その他の仕組みに目を通していく。
タイマーから直接伸びたコードの先に着いた信管が粘土状の塊に突き刺さっている。
当然コードを直接切断したり、信管を引き抜いた瞬間ドカンだ。
信管やそのコードにはセンサーの様なものが取り付けられていて、不用意に触っただけでも起爆しかねない。
残された1分でセンサーを誤魔化して無力化させる事は流石の彼女にも不可能だった。
(だったらこのタイマーを誤魔化せれば…)
むき出しにした回路に目を走らせて行くプリシス。
テスターのクリップで端子を挟んで入出力信号を調整。
手に握っているテスターのデジタルメーターが僅かに揺れ安定を示した。
残り30秒を切っている。
(さてどれだ?)
残された時間は僅かだが彼女は作業する手を止めた。
後はタイマーが『00:00』を示した時に起爆信号を流す配線を切断すればいい。
一先ずそれだけで時限装置は無力化される。
時間さえあれば信管に取り付けられたセンサーを騙す事も用意である。
なのだが、彼女は緊張のあまり息を呑んだ。その頬には流れた汗が伝っている。
目の前には8本の配線があった。それはつまり1/8のギャンブルにこの場にいる全ての人間の命が委ねられているという事だった。
(うぅっ、これも作ったのはルシファーかぁ? 首輪の装置と同じ様な作りじゃんか)
赤、白、黄色等様々な色の配線が伸びている。こればっかりは製作者の癖を読まなければならない。
それは果たしてそいつの好きな色なのか嫌いな色なのか。ただ気まぐれ等では決めないはずだ。
うっかり起動してしまった時。解除用のコードの色を忘れてしまう恐れがある。
恐らくはルシファーの持っているイメージが直接反映されているはずだ。
(うーん赤はイメージ的に無い。白は…なんとなくいいイメージがあるけど無とかそんな感じもあるんだよね。
青とかどうだろう? レナの髪の毛の色。なんか安らぎって感じがする。待って、ルシファーがレナの事詳しく知ってるの?
そういやマリアも髪青いよね…。ルシファー的には嫌いな色かも…これも無い。あぁっもう残り5秒! こうなったら私の好きな色!)
追い詰められた彼女は咄嗟に頭の中に浮かんだ色の配線を切断した。
永遠とも感じられる5秒間が過ぎた。ピッっという電子音と共に示される『00:00』のデジタル表示。
何も起こらない。切断された回路が正解だった事を告げていた。
ほっと安堵の息を漏らすプリシス。後はプラスチック爆薬から信管を引き抜くだけだ。
抜いてしまえばその後は火にくべようがプラスチック爆弾は爆発しない。
落ち着いてその作業を開始する。その傍らには切断した黒いコードが転がっていた。
咄嗟に彼女が思いついた色。それは今最も気にかけている青年の身に纏っている衣服と同じ色だった。
最終更新:2010年10月07日 19:43