第131話 時空剣士、堕つ(前編)


彼女達を支えているのは、『希望』だ――――モニターの前でブレア・ランドベルドは考える。

おそらく現在プリシスは室内で首輪解除の為の作業を行っている。
レナがミランダの首輪をプリシスの下へと運び、そのプリシスが戦闘に出てこない事からもそれは容易に想像がつく。
首輪解除の方法。脱出を目指す彼女達にとって、その存在は希望そのものだ。
希望という大きな拠り所があるからこそ、彼女達は必死に戦っている。目的を持てるからこそ、己を保つ事が出来る。
ミランダの死を目の当たりにして挫折しかけていたレナが持ち直したのも、その希望に向かう意志があればこそ。
ブレアの居るF・D界の大多数の人間が失ってしまっている希望と意志の力とは、それ程までに強靭で、尊い。

しかし、もしもその希望が潰えてしまったら。

希望が大きければ大きい程、反動もまた大きい。
絶望が彼女達の精神を掌握し、強靭な意志ごと闇の深淵にまで引きずり込むだろう。
そうなればあの4人はおそらく、そこから二度と這い上がる事は出来まい。
仮にこの場を凌げたとしても、次の危機を退けるだけの気力を保っていられるとはとても考えられない。
プリシス達を潰すには強大な力などは必要無い。拠り所を消すだけで充分なのだ。
それは例えば、あの民家付近で倒れているIMITATIVEブレアのような非力な存在でも可能な事。

そう、今の平瀬村で最も問題視すべきは洵やルシオではない。IMITATIVEブレアなのだ。
IMITATIVEブレアには絶対に首輪解除作業を見られてはならない。

IMITATIVEブレアがゲームの破壊に繋がる要素を見つければ、妨害しない理由が無い。
このプロジェクトも終盤に差し掛かった今なら、これぞ自分の役割だ、とばかりに命をなげうってでも妨害に走るかもしれない。
勿論IMITATIVEブレアをマニュアル操作にして妨害をくい止める事は不可能ではないが、
プリシスが首輪解除に専念している事はブレアにも予測がついているのだ。ルシファーが感付いていない筈も無い。
となれば、『IMITATIVEブレアが首輪解除作業に対して何もしない』という不自然さが確実にルシファー達に伝わる事となり、
その不自然さを追及されればブレアの介入がいずれ露見してしまうだろう。どちらにしても最悪の展開となる。
出来る事ならIMITATIVEブレアはマリアと合流させたいところだったのだが、この状況では断念せざるを得ない。

ブレア・ランドベルドは考える。
今、最も避けなくてはならない事は、希望を潰えさせてしまう事。
IMITATIVEブレアにプリシスの行う首輪解除作業を気付かれてしまう事。
それならば、IMITATIVEブレアは今はどう動かせば良いのか――――


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


殆ど間を空ける事無く鳴り続けている甲高い音が、IMITATIVEブレアの意識を覚醒に向かわせていた。
目覚めと共にゆっくりと瞼が上がる。
映る景色は今まで居た暗い茂みの中ではなく、うっすらと光の差している住宅街だった。

「……ここは?」

起き上がろうとすると腹部に鈍痛が走った。
顔をしかめ、原因を思い出す。気を失う前の最後の記憶は、自分に走り迫り当身を放つ洵の姿だ。
それをきっかけに、思考が急速に広がっていった。

現在地は何処か。
誰が自分をここまで運んだのか。
ロキ達の戦いはどうなったのか。
あれからどれ程の時間が経過しているのか。

とりあえずすぐに分かりそうなのは時間くらいか。
ブレアは荷物から時計を出そうとし、気付いた。自分の荷物が消えている。辺りにも見当たらない。誰かに持っていかれたらしい。
ならば、と目覚めた時から耳に届いてくる音に意識を向けた。
おそらくは二人の人物による戦闘の気配。剣と剣が打ち合わせられる音。
聞こえてくるのは路地の奥だ。そちらには彼女の位置から見えるだけでも大きな破壊の跡が確認出来た。

「誰が居るのか確認したいけれど……状況の判断材料が少なすぎる。
 下手に相手に姿を見られれば、まずい展開にならないとも限らないわね」

戦闘を行っているのは誰なのか。
一方はブレアをここに放置した人物。つまりロキ、洵、ルシオの誰かの可能性が高い。
だがもう一方がどんな人物なのか分からない今、ここは出来る限りの安全策を取る方が良いだろう。

ブレアは向かい側の住宅に目を向けた。
その家は戦闘の行われている路地にも面している。戦闘中の人物達に気付かれずに様子を伺うには適当な場所に思えた。
奥の路地に注意を払ってブレアは塀をよじ登る。住宅の敷地内へと入ると、金属音を背後に聞きながら家内を目指した。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


クレスを援護する為に放たれたレナの魔術で戦闘の空間が開けてから、皮肉にもクレスは防戦を強いられ続けていた。
地の利は圧倒的に男にあった。
男は足場の悪さを物ともせず、クレスの周りを縦横無尽に駆け巡り、襲い掛かってくる。
反撃を試みるも、男の基本は攻撃と同時に身体を横や背後に動かすヒットアンドアウェイにあり、的を絞り切れないでいた。
加えて武器のリーチ差と、二刀流であるが故に生み出される独特の剣技やフェイントの多彩さもまた、それを許してくれない。
クレスもアルベイン流剣術を駆使して攻撃を防いでいるものの、とても全てを防ぐ事など出来ない。
身体には傷が刻み込まれて行く一方だった。

「レナにミランダ。実質二人を死なせたな」
「……っ!」

そして、男の攻撃は剣撃のみに留まらなかった。
剣閃の要所要所に組み込まれるのは、クレスの心を抉る辛辣な言葉の数々。

「誰が、誰を護ると?」

真新しい心の傷が、抉られる。言葉と同時に上段から剣が降りかかった。
左手に持つ短剣を合わせ受け止めようとし――――――手応えが、来ない。
男の剣は短剣の手前を通過した。遅れて剣閃をなぞる様に発射された衝撃波。
身体を捻るが避け切れない。直撃を受け地面を滑らされるが、左足を支えにして踏ん張った。

「己すら護れぬ貴様如きに、誰かが護れるなどと本気で思ったのか?」

ミランダを護れなかった事実を、男に抉られる。男の一言一言が、クレスの冷静さを掻き乱す。
耳を貸してはならない。戦闘に集中しなくては命取りになり兼ねない。
そうは分かってはいても、ミランダが死んだのはたった今、目の前でなのだ。そこに触れられて冷静でいられる筈がない。
それ故の焦りか。
距離が開いた――――詰められれば不利――――
たったそれだけの状況判断でクレスは動いた。

「魔神剣っ!」
「せぁぁあっ!」

不快さと苛立ちを吐き出すかのように魔神剣を放つ。しかし読まれていたのか、男からも衝撃波が二発放たれた。
魔神剣が衝撃波の初弾とぶつかり合い、風圧を残して掻き消えた。そして次弾がクレスに迫ってくる。
思い出す。魔神剣は先の時に同様の方法で破られたのだと。
迂闊さを呪う間も無く、男が衝撃波を追いかけ駿足で突進してきた。
迷いが生じた。衝撃波を避けるべきか。防ぐべきか――――――いや、迷う間にも避けられないタイミングにまで陥っていた。
迫る衝撃波を短剣でガードするが、手に生じる重み、続けて払い上げられた一筋の剣閃が、クレスの短剣を空中高く舞い上げた。

「消えろ」

冷たく発せられた言葉を具現せんとクレスの喉元を狙う閃光。
防ぐ手立ては――――思いつかない。

「うわあああっ!」

だが、クレスの身体は無我夢中で獅子型の闘気を撃ち出していた。
獅子の牙が閃光に喰らいつき、受け止める。食い千切らんばかりの勢いで男から剣をもぎ取り瓦礫に向かい弾き飛ばした。
飛んで行く長剣を、クレスは無意識の内に眼で追っていた。

(…………これだ!)

狙ったわけではなかったが、これはチャンスだ。
長剣を拾う為にクレスは走り出した。しかし、すぐに足音が追いかけてくる。
背後に迫る気配に悪寒を感じ、横っ飛びに地面を転がるクレス。ヒュン、と頭上の空間を剣が切り裂いた。
直ぐ様体勢を立て直すと、男は舌打ちを残し、クレスを尻目に駆け抜けていく。
どうやら一刀での追撃よりも剣の回収を優先した様だ。
素手で戦わずには済んだが、これでは男より先に剣まで辿り着けない。
ならば、空間翔転移なら――――そう思い転移しようとするも、発動が出来なかった。
いや、出来ないのではない。出来ないというよりは、遅いのだ。
今までよりも転移発動に要する溜め時間が、クレスの感覚ではあるが数秒程長くなっている。
これもおそらくは制限だろう。幾度もの転移使用はどうもルシファーのお気には召さないらしい。
たかが数秒。しかし戦闘ではそれが命取りになる。
そう、例えばミランダを護りに向かおうとした時が良い例だろう。
あの時も転移が出来なかったのではなく、したくても咄嗟には発動が間に合わず、そのせいでミランダを死なせてしまったのだから。
そして今も、結局その差で長剣は男に拾われた。慌ててクレスは落ちてきた短剣を取りに戻った。

「往生際の、悪い……!」

呟きに怒気を孕ませ、男は腰を落とし、顔の前で腕を交差させ、独特の構えを取る。
顔の半分が腕に隠れ表情が読めないが、眼光の鋭さは一段と増していた。
しかし、諦める、臆する、屈する――――それは出来ない。
確かに今、戦闘状況もクレスのコンディションも最悪ではある。
短剣一本でここまでの敵と対峙した経験も無ければ、昼間の怪我も完治してはいない。転移使用後の疲労感も普段以上。
精神的にもミランダの事で集中を欠き、彼女が脳裏をよぎる度、死体が目に触れる度、どうしても気を取られてしまう。
だが、クレスは今漸く見つけたのだ。勝利に繋がる一筋の希望の光を。
それは相手の剣を奪う事。まずは男を倒す事は忘れ、剣を奪う事だけに集中して戦うのだ。
もし一本でも奪えれば男の二刀流剣術を封じる事が出来、自分には得意武器が手に入る。成功すれば状況は一気に変わってくれる。
ここは引けない。希望が見えた今、諦める事など出来ない。勝利を掴み取り、これ以上の犠牲を出さない為にも、絶対に。

「諦めは、しない……!」
「何?」
「僕は…………絶対に護るっ! お前を倒して! みんなを護ってみせるっ!」

胸に抱いた決意を見せつけるかのように、クレスは勢いよく男に短剣を向けた。
丁度その時だった。
マリアの居る方向から、久しく鳴らなかった爆音が空気を揺らしたのは。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


光の矢に吹き飛ばされたルシオは、そのまま後方にあるブロック塀に叩き付けられた。
呼吸に一瞬の不自由さを感じるも、敵の追撃を想定すればもたもたしてはいられない。
すぐにブロック塀に手を掛けて跳び上がり、細い塀の上を転がるようにして身体を滑らせ民家側へと落ちる。
着地と同時に地面に伏せた直後、ビュン、と太い鞭でも振るったかの様な音が聞こえ、
今降りたばかりの塀が爆音を立てて木っ端微塵に破壊された。
降りかかる破片と舞い上がる粉塵の中、姿が見え難くなったと踏んだルシオは這いずる様に、しかし素早く塀に沿って移動した。

『あのクロスボウは何度も使えるクリスタル系アイテムみたいなもんだ』

出来る限りの早口で、場所を替えながら洵に伝えた。
あちらも戦闘中。返答は無いがそれでも構わない。とにかく敵の能力は伝えておく必要がある。

『光の矢は「魔術」に近い。威力も速さも並みの魔術師の魔術以上。
 拡散したり一直線だったり様々な形状で放てるみたいだけど、見てから回避するのは絶対に無理だ』

破壊の届いていない位置より少し奥まで移動すると、ルシオは仰向けになり地面に背中を預けた。
ルシオが今いるのは、彼が最初に光の矢を放つクロスボウを使用した民家の塀の奥だ。
角度から考えてマリアの居る路地からは塀から身を乗り出しても見えない位置まで移動したはずだが、
ブロック塀など紙くずのように貫いてくる恐るべき威力の道具。いや、見れば破壊の跡は塀を貫通して民家の壁まで達している。
それ程の威力だ。万が一自分の居場所を悟られて光の矢を撃ち込まれれば民家や塀など何の防壁にもならない。
その事を想像すればとても立ってなどいられなかった。

『だけどクロスボウを除けば接近戦での技はそこまで脅威じゃない。
 要するにあいつらは魔術師二人と同じだ。「マリア」はメルティーナ。もう一人は詩帆みたいなものだと思え』

メルティーナに詩帆。どちらもエインフェリアの仲間の名前。
実際に二人の戦闘を見た回数は少ないが、メルティーナは攻撃系魔術を、詩帆は防御、回復系魔術を得意としていた。
洵に分かり易く敵の能力を例えるならこの二人が適当だろう。

(そうは言っても……)

ルシオは空を仰ぎ、額から流れる汗を左手の甲で拭った。
砂塗れでざらつく感触に不快感を覚えるが、ざらついているのは額なのか手なのかは自分にも良く分からなかった。
鮮やかな朝焼けが、昇る太陽の光に押し包まれてゆっくりと消えていく。朝日が隣の民家の屋根を照らし始めていた。

(どうする……どうやって近付けばいい?)

敵の能力を大雑把にだが分析して洵に伝えたは良いが、ここからどうするか。
今までのように接近戦に持ち込みたいところだが、随分距離が離れてしまった。
狭い路地を二人分の魔術――――特に一人のはあの光の矢だ――――を避けつつ剣の間合いまで近付くのは無理がある。
近付くには何とか気を逸らせる必要があるが、その為にはどうすれば良いか。
或いは、ここが潮時なのか。判断の難しい場面だった。
だが、あまり考えている時間は無い。長い時間姿を隠していれば、今度は洵が狙われる危険があるのだから。
徐々に高くなる朝日の日差しに目を細めながら、ルシオは決断を下すべく頭をフル回転させていた。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


やや雑音混じりのルシオの早口を一言として聞き漏らす事無く、洵は両剣を走らせていた。
クレスという剣士。短剣一本でここまで洵の剣を防ぎ、致命傷を避け続けているのは見事としか言いようがなかった。
どうやら体術の心得もあるらしい。
短剣では防ぎ切れないはずの打点には手足で器用に対処し、後一押しのところで決定打を決めさせない。
左利きというのも中々面倒だ。これまでの戦ってきた相手とどうも勝手が違う。
更にはクレスの目に宿った光。何かしらの対抗策でも閃いたのか、つい先刻の宣言から雰囲気が変化していた。

もう幾度目になるかも分からない踏み込みから剣を振るい、打ち合わせる。
手を止める事なく二の太刀、三の太刀……と連続して次々に打ち込むが、
数本の剣閃がクレスの皮膚を掠めるも惜しい所でまた距離を取られた。
既に肩で息をしている相手だというのに、捉えきれない。その理由はクレスの戦い方の変化にあった。
クレスは今、攻撃に打って出ようとはせず、防御に専念しているのだ。
そして、攻撃を捌きながら洵をどこかへ誘導しようとしている気配を感じる。おそらくは最初に洵が出てきた路地。
その路地は先刻までのこの場と同様、二刀を振るうには不自由となる狭い場所だ。そこで戦おうとしているのだろう。
確かに洵は狭い場所の方が戦い難い。相対的に、クレスは狭い方が有利となる。
ならば少しでも有利な場所で戦おうとするのはクレスの立場からすればごく自然な発想だ。

(ちっ、面倒な!)

ロキ戦は奇跡的にダメージは受けなかったも同然で切り抜けたが、残った疲労は大きい。
少しは身体を休めたとはいえ、今も体調が万全とは言えない。粘られるのは決して望ましい事ではないのだ。
それにルシオからの通信を聞けば、マリアが再び光の矢を使えるようになったとの事。
一目見た程度だが、あれはいつまでも避け続けられる代物ではない事は良く分かる。
仮にルシオがやられたら次は自分だ。足には自信があるが、流石にあんなものに狙われるのは御免だった。
出来る事ならそうなる前にクレスを殺し、ルシオの助太刀に向かいたい。

距離を離されたところで洵は深追いをせず、次はどう攻めるかを思案する。
千光刃で一気に片をつけられれば楽なのだが、クレス相手にまともに千光刃を出したとしても転移されたらそれまでだ。
得るのは勝利どころか今以上の疲労だけとなる。
切り札を出せない相手。それも戦いが長引いている原因の一つでもあるのだが。

『洵、ちょっと良いか』

そこでルシオから新たな通信が入った。
油断無くクレスとの間合いを保ちながら内容を聞き、思わず顔をしかめそうになる。
だが次の瞬間、洵は笑みを漏らしていた。ルシオの言葉で、この状況に幕を下ろす手を思い付いたのだ。
洵は顔を引き締め、返答を返した。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


茶髪の剣士がブロック塀の向こうに消えて数十秒が経過していた。
舞い上がった粉塵が落ち着きを見せ、砕け散った塀の奥――住宅の壁に開いた大きな穴から家内まで覗けるようになっていたが、
剣士の死体は見当たらない。残念ながら仕留められなかったようだ。それだけではなく見失ったという事になる。

(こんな事なら連射しておくべきだったかしら……?)

住宅の壁まで破壊した追撃では実験がてらフェイズガンの出力を20に上げてみた。その為エネルギー残量は70/100。
侍と戦う事を想定すれば連射までは躊躇われたのだが、出し惜しみしている場合ではなかったのかもしれない。
中々現れない剣士に焦れたのか、緊張した面持ちでレナが口を開いた。

「こっちから攻めた方が良いんじゃない?」
「いえ、私達から近付けば不意をつかれる恐れが出てくるわ。少なくともここならそれはない」
「でも、早く倒さないとクレスが……」

レナの懸念も当然の事。確かにここから見る限りではクレスは侍に押されている。
出来れば援護したいところだが、こちらの剣士もいつ出てくるか、何を持っているか分からないのだ。
軽率に背中を向けるわけにはいかないし、そもそも銃で援護するにはクレスと侍の距離は近すぎる。
もしこれがクリフやミラージュやフェイト――共に死線を越えてきた仲間達だったなら、
マリアの「撃ち気」を汲み取り、不利な戦いでも射撃のチャンスを作る為に動いてくれただろう。
しかし今戦っているのはクレス。この島で初めて出会った男だ。とてもそこまでを望む事は出来ないし、
互いの戦い方など知らないも同然の急造チームの呼吸では、いかにマリアと言えども確実に敵だけを撃ち抜ける自信は無かった。

とは言えクレスを見殺しにするわけにもいかない。
寸秒の逡巡の後、マリアは判断を下した。

「……そうね。レナ、あなたクレスの援護に行ってくれる?」
「マリア!? でも!?」
「私なら大丈夫よ。これさえあればあんな男になんて遅れは取らないわ!」

マリアはフェイズガンを掌の上で回転させると、そのまま背中に廻して空中に放り投げ、目視もせず左手でキャッチする。
単純なガン・パフォーマンス。扱い慣れている事のアピールだった。
レナはやや呆気に取られた様子でそれを見ていたが、複雑そうな笑みを浮かべると、頷いて身体を翻した。

「……気をつけてね」
「あなたも」

マリアはフェイズガンを右手に持ち直し、前方に注意を払った。
レナが駆けて行く足音が背後から聞こえ――――ほんの数歩で、それは止まった。

「マリアッ! こっち!」

悲鳴に近い叫びを受けて素早く振り返り、レナの視線の先を見る。
侍が、マリア達に向かい走り迫っていた。
同時に確認出来たのは、侍の身体で見え隠れしているが、侍を追いかけてこちらに向かうクレスの姿。
どうやらターゲットを変更したという事らしい。
対処しなくてはならないが、しかし、振り返る一瞬前にマリアの視界に入ったものがあった。
今まで向いていた方向。正面の灰燼(かいじん)と化した塀の脇で動いた一つの影。
焦燥に急かされるように視線を戻すと、その影――――茶髪の剣士もまたマリア達に向かい走り出すところだった。

「こっちからも来たわよ!」
「分かってる!」

まるで示し合わせたかのようにほぼ同時に迫る二人の剣士。
合図を送れるような状況ではなかったはず。なのに何故。そんな疑問が浮かぶが考えている場合ではなかった。
マリアはもう一度クレスの様子を確認する。
必死に侍を追いかけているが、とても追いつけそうにはない。となればレナと二人で対応しなければならない。

「でも、どうするの!?」
「逃げ道も無いんだから迎撃するしかないわね。レナはあの侍をお願い。クレスが来るまで持ちこたえてっ!」

自分が侍の相手をした場合、もしもフェイズガンを避けられたら直線上にいるクレスに当たってしまう恐れがある。
それ故の判断だ。

(だけど、甘いわね)

マリアは茶髪の剣士に向き直し、なびく髪を掻き上げた。
この狭い路地での挟み撃ちは確かに有効な戦法の一つだろう。だが今は先程までとは状況が違う。
手元にあるのは何百年も前の型の、古臭くて無駄に大きいライフルではなく、使い慣れたサイズの銃だ。
狙いもより正確になるし、もちろん小回りだって効く。
その事を知ってか知らずか剣士は無謀にも真っ直ぐ向かってくる。
そして向かってくるという事はつまり、茶髪の剣士にはもう遠距離の攻撃は無いという事。それならば。

(消し炭にしてあげるわ!)

マリアは剣士を見据えてフェイズガンを構えようとし――――剣士が左手に持っている四角い何かに気が付いた。
剣士もマリアの構えに合わせるように、その何かを前に突き出した。

(っ! しまっ――)

その存在に気付いて注視してしまった分、反応がほんの僅かに遅れてしまった。
慌てて狙いをつけるも相手の方が早い。



パシャッ!



それはまるでカメラのフラッシュだった。
四角い何かから放たれた眩い光が、マリアの視界を白一色で覆い隠した。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


ダンッ!


威圧的な音を響かせて地面を踏み切った侍は、そのまま真っ直ぐにはレナ達へと向かって来なかった。
侍はスターフレアで開けた路上を凄まじい速さで、それこそ跳ぶような勢いで駆け巡り始めたのだ。

(え!? う、嘘?!)

レナは驚愕した。
侍が、目で追う事が出来ない程に速さを増していく。
かつて戦った十賢者のジョフィエルも驚くべき速さで飛行していたが、この侍は下手をするとそれ以上だ。
気付けば、いつの間にか侍の姿は2人に見えていた。
いや、2人では終わらない。侍が地面を蹴る音が響く度、2人が3人に、3人が4人に、5人、6人……次々と増えていく。
もはや地面を蹴る瞬間、つまり僅かに速度を落とす瞬間のみの残像しか捉えられなくなっていた。
既に侍が何人居るのかも分からない。いや、正確には何処に居るのかが分からないというべきか。
どの侍がいつ攻撃してくるのか。タイミングが全く掴めない。

ふと前方のクレスを見れば、今、彼は足を止めてしまっていた。
クレスの身になってみれば無理もない事だ。
彼がレナ達の元に駆けつけるには、無数の侍の軍勢の中を突っ切らなければならないのだ。
そんな事をすればどうなるか、結果は目に見えている。

(……なら、私に出来る事は……!)

レナに与えられた役割は、持ちこたえる事。ならばレナのやる事は一つだった。
今レナ達が居る路地は狭い。侍の攻撃のタイミングは掴めなくとも、攻撃の方向は前からしか無いのだ。
ならばそれだけを封じれば侍に打つ手は無くなるはず。

「プロテクション!」

レナは侍の侵入を防ぐ為、路地を塞ぐように防壁を張った。これなら侍の攻撃は防壁がもつ限りはシャットアウト出来る。
あれ程のスピードをいつまでも保てるとは思えない。いずれ動きは止まるはずだ。
止まりさえすればクレスはこちらに向かってこれる。時間稼ぎならこれで良い。

(でも、いつまで……?)

しかし、防壁が消滅するのが先か、侍が止まるのが先かまではレナにも予測がつかない。
ここからはある意味侍との精神力の勝負。技をより持続させた方が勝利を掴むのだ。

(ううん。負けないわ……! 絶対に持ちこたえるっ!)

何とも言えない緊張感が息苦しさを感じさせていた。
レナはそれを忘れるかのように防壁へと手を翳し、全神経を集中させた。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


光に怯んだマリアのクロスボウから、オレンジ色の光線が撃ち出された。
しかしそれは明らかに避けるまでも無い角度。光線はルシオとはまるで見当違いの方向に射出され、
ルシオとマリアを丁度分断するかのように地面にオレンジのラインを描いただけに終わった。

(よし、見えていない!)

そう確信したルシオは走る速度を上げる。今が絶好のチャンスだ。
洵に相手の気を引いてもらった甲斐はあった。
上手く行くかどうかは良くても五分五分くらいだと考えていたが、『マジカルカメラ』での目眩ましは大成功を収めたようだった。

カメラは今、ジジジと何かの虫の鳴き声のような音を立てて『紙』を吐き出している。
運が良ければこの『紙』はあのクロスボウになる筈だが、
失敗すれば『ピンボケ写真』とやらが出来上がるとカメラの説明書には書いてあった。
成か否か。その結果が出るまでには若干の時間を要する事は、アービトレイターをマテリアライズした時に確認している。
こちらもクロスボウが使えるならば不利な要素が一つ消えるが、
今はとてもマテリアライズを待っている時間は無いし、そんな賭けに勝敗を託すつもりもない。
接近するだけなら、狙い通りに事は運べている。今はそれだけでいい。剣の間合いまで一気に距離を詰めるのだ。
ルシオは左手に持っているマジカルカメラを走り込みながら器用にデイパックにしまい、剣を両手でしっかりと握りしめた。

オレンジのラインが目前に迫る。得体の知れない物は回避しておくに越したことはない。
ラインに到達したルシオはそれを軽々と跳び越えようとし、ふと鼻に刺激を感じた。
それは、埃の焼ける臭い。戦場では幾度も嗅いだ事のある、馴染み深い臭いだった。
同時に熱気を感じた。熱気と臭いがルシオに違和感を訴えかけていた。
地面だ。地面に何か違和感がある。その正体にはすぐに気が付いた。

(何で、砕けてないんだ?!)

あのクロスボウは家や塀など簡単に破壊出来るのに、今光線が直撃した地面はラインが引かれているだけであり、無傷。
嫌な予感に襲われるが、ルシオの足は地面を離れてしまう。既に踏み切ってしまっている。体勢は変えられない。
ラインのすぐ上を身体が通過していくその時、ルシオの進路を阻まんとするかのようにラインが輝き、爆発を巻き起こした。
全身が爆風に包まれる。抵抗などしようが無かった。

「うわああああっ!」

ルシオは身体が宙に浮き上がる感覚を感じた。
自分の体勢がどうなっているのかも良く分からない。
髪の焦げる臭い。目まぐるしく回転する視界。風を突き抜ける感覚。そして――――背中に走った衝撃。
地面に叩きつけられたと気付いたのは数秒後だ。

(く、そ……しくじった……)

激痛の中、ルシオがまず思ったのは作戦が失敗に終わった事実だった。
せっかく近づくチャンスを作れたというのに、これでは最初からやり直しだ。
先程と同じ手は通じないだろう。ならば次はどうやって近づけばいいのか。
いや、それ以前に自身のダメージはどうなのだ。身体が、妙に熱かった。
肘を立て、痛む身体を何とか起こして、ルシオは青ざめた。
炎が衣服に燃え移っていたのだ。

「くっ!? うおおおおおお!」

慌ててルシオは炎を消す為にアスファルトの上を転がり回った。
自分を狙うマリアの殺気には気付かずに。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


(時間稼ぎのつもりだったんだけど……)

視力を奪われたマリアが放ったのはレーザー・エミッションだった。
光線を放ち、しばらく後に爆発を起こす技。
光線そのものには攻撃力は無いが、そんな事は相手が知る由もない。
光線と爆発を警戒して剣士が動きを止めてくれれば良いと咄嗟に考えて出した技だが、まさか上手く命中するとは思わなかった。

(まあ、結果オーライね)

フラッシュの残像は未だに網膜に焼き付いていた。
炎に焼かれて地面をのたうち回る剣士の姿は見える事は見える。だが、残像が邪魔をして距離感がはっきりとは掴めない。
普通の射撃を命中させるのは少々困難だろう。

(だったら、これしかないわ!)

マリアはフェイズガンを前方に構えた。剣士にではなく、剣士の居る方向に、だ。
今の視力で確実に命中させるには、この技しかない。

「バースト・エミッション……!」

マリアは呟きと共に左手をフェイズガンにかざし、アルティネイションによる『改変』を施し始めた。
マリアの銃技は全てにおいてアルティネイションの能力が必要不可欠だ。
物質を別の材質へと変化させる事には強力な制限がかけられていたこの能力だが、
殺し合いには支障を来さないようにしてくれたルシファーの親切な配慮なのだろうか、銃技への制限は緩いのだ。

そして今マリアが選択したのは、彼女の持つ技の中で最大級の極太レーザーを撃ち出すバースト・エミッション。
この狭い路地ならばレーザーは路地一面に広がり、必ず命中させる事が出来る。躱そうとしても不可能だ。

フェイズガンは少しずつ、確実にエネルギーを変化させていった。
見た目には何も変わらない。その感覚はアルティネイションの使い手であるマリアにしか分からない。
だが確実に、破壊のエネルギーを増していく。剣士を殺す為のエネルギーを蓄えていく。
後、少し。もう間もなくそれは終わる。首筋に微かな痛みが生じ出すが、問題は無い。
剣士の纏っている炎もまだまだ消えそうには無く、未だに焦げ付く臭いを撒き散らし続けているのだから、何の問題も無かった。







「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」







レナの甲高い絶叫が、高まりつつある緊張を打ち破るまでは。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★








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第129話 131話(後編)
第129話 ルシオ 131話(後編)
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最終更新:2013年01月07日 03:09