人を殺す儀式。
 反抗を抑制する鋼鉄の首輪。
 優勝者に与えられるという、あらゆる願いを叶える願望器《聖杯》。
 如何な手を使ってか自分達を攫い、殺し合いの儀式へと導いた加茂憲倫という奇怪な男。
 あの場で起こった全て、告げられた全てを反芻しながら魔法使いフリーレンは小さく嘆息した。

「……やってくれるな」

 フリーレンは、長命種(エルフ)である。
 その寿命は人間の十倍以上に及び、現にフリーレンはこれまで千年以上の歳月を生き続けてきた。
 千年も生きれば酸いも甘いも様々とある。
 成功、失敗。喜び、怒り。有意義、無意味。
 様々あったが、それでもこんな事態に遭遇したのは生まれて初めてのことだった。

 どのようにして此処まで攫われてきたのかも分からず。
 この状況を仕組んだ加茂なる男の素性に心当たりもない。
 自分の不甲斐なさに目眩がする思いだった。
 まさか、実際に実行されるまでこんな大掛かりな企ての存在を嗅ぎ取ることさえ出来ないとは。

「私も耄碌したかな。何にせよ、とても面倒なことになった」

 自分だけが呼ばれているというのなら、まだ話は楽だった。
 少なくとも気構え的にはずいぶんと軽くなる。
 自分だけの失態ならば、自分で尻を拭いて挽回すればいいだけのことだ。
 だがフリーレンは既に知っていた。
 この場、この儀式に混ぜられた〝泳者〟が自分だけではないということ。
 自分の旅に同行していた二人の人間までもが、加茂の企てに巻き込まれてしまっているということを。

 フリーレンには自負がある。
 自分はそれなりに戦える、という自負だ。
 だが二人の隣人……フェルンとシュタルクは話が別だ。
 彼らはまだ未熟。この島に自分が戦ってきた魔族達やそれに匹敵する使い手がいるとすれば、その命が脅かされる可能性は十分にある。

「それに……」

 それに、どうにもこの儀式はキナ臭い。
 異常事態と言っても過言ではなかった。
 ある筈のない名前が、配布された参加者名簿に刻まれていたからだ。

(―――アウラ。クヴァール。どっちも確かに殺した筈だ……加茂め、一体何をした?)

 腐敗の賢老クヴァール。
 そして七崩賢の一人、断頭台のアウラ。
 いずれもフリーレン一行が討伐した筈の名前だった。
 魔法使いとして極致に達したなどとは微塵も思っていないが、斃した敵の生死を見間違えるほど耄碌したつもりはない。
 ではこの二体の魔族の名前は加茂が仕掛けたハッタリなのか。
 フリーレンには、そうは思えなかった。
 アウラらの生存を信じられないと思う一方で、あの加茂という男がそこで偽りを挟んでくるとは思えなかったのだ。

(そもそも嘘を吐く意味がない。加茂の言う儀式とやらを成功させるのに〝五十五人の泳者による殺し合い〟が前提になるのなら、ますます泳者の数を誤魔化す理由が見出だせない。
 となるとやはり、此処にある二体の名前は本物の彼女達だと思った方がいいだろうな)

 もう一度戦って勝てない相手だとは思わない。
 だが、どちらも強敵だ。勝てはするかもしれないが、正直に言えば二度戦いたい相手ではなかった。
 クヴァールに知識を得る時間を与えたくはない。
 アウラは普通にやれば相性差で勝てるだろうが、あの七崩賢の魔法は時間と人数を与えれば与えるほど脅威になる類のものだ。
 二体の生存が真実であるにせよ虚飾であるにせよ、一分一秒でも早く抹殺したいことに変わりはない。
 そうと決まればもたついている暇は皆無だ。
 魔族に時間を与えれば、その分だけ無益に命が失われることになる。
 そのことをフリーレンは、誰よりもよく知っていた。

(奴らを殺す。そして加茂の儀式も打破する。道のりは長いけど、出来なきゃ死ぬか死ぬまで後悔するかだな)

 何しろ寿命までの時間はたっぷりあるのだ。
 後生大事に抱えていくしかない後悔なんて、少ないに越したことはない。
 そうと決まれば善は急げだ。
 魔族二体の抹殺、もしくは同行者達との合流を目指してフリーレンは歩き始めた。
 此処まで、儀式開幕からおよそ五分ほど。
 わずかな停滞を経て歩き出したフリーレンの旅路は此処から始まる―――その筈だった。



「やあ。こんにちは、いい夜だね」



 声が聞こえ、フリーレンは飛び退くようにその方向を向いた。
 もう一度言おう。飛び退くように、だ。
 千年以上の歳月を生き、数多の魔族を屠り、魔王をさえ目の当たりにした歴戦のエルフが。
 七崩賢を相手にしても毛ほども怯まなかった葬送のフリーレンがこの時、確かに戦慄していた。
 声の主である〝それ〟に対して―――真実、全身の毛穴がすべて開くような戦慄を感じていたのだ。

(…………なんだ、こいつ)

 純粋な魔力量ならば切った張ったが出来ないとまでは思わない。
 フリーレンは千年を生きた魔法使いだ。
 七崩賢が一、断頭台のアウラでさえ及びもつかない魔力を秘めているのだ。

 だが、それ以前の問題だった。
 違う。これは、今まで自分が見てきたどの生命体とも違う。
 人間、魔族。そのどれよりも完成された形が未明の闇の中に立っていた。
 一目で確信する。これは間違いなく、この儀式に招かれた泳者の中でも最大級の怪物であると。
 要するにフリーレンは、一発目にしていきなり最悪のババを引いてしまったのである。
 彼女の前に現れた終末は、その全身から放つ剣呑さとは裏腹に穏やかな笑みを浮かべていた。

「おや。なかなか、優れた目を持っているようだね」
「……伊達に長生きしてないんだ。流石に、目の前にいるのがまともかそうでないかは分かるつもりだよ」
「ずいぶんな物言いじゃないか、傷付いたよ」

 恐ろしいまでの、肉体の完成度。
 フリーレンをして、完全なる形だと認めざるを得ない。
 完璧であるが故の美しい貌(かんばせ)に浮かんだ笑みのその質が変わる。
 擬態をやめた、というべきだろうか。
 そこに宿る底冷えするほどの殺意は、間違いなく人間ではあり得ない怪物のそれだった。

 美青年の形をした何か。
 その輪郭から、神代の魔力が放出される。
 肌が痺れるほどの魔力―――量ではなく質だな、とフリーレンは冷静に分析する。
 存在としての純度が違いすぎるから量で推し量るという概念が成立していない。

「とはいえ君は正しい。ボクとしても嬉しいよ、準備運動は多少歯応えがあった方が好みでね」

 両手を開いて一歩、二歩と近付いてくる影。
 長い緑髪を海風に揺らしながら死神が歩んでくる。
 油断している。ネズミを前にした猫のようなものだ。
 必ず勝てると高を括っているからこそ、当然そこには隙がある。
 となればフリーレンが取るべき行動は一つだった。
 躊躇などあろう筈もない。
 敵を殺すと決めた時、即断即決で行動するのが一番の最善策だ。
 魔力を回し、行動に打って出る―――目の前の脅威を排除するための行動を。



「《魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)》」



 それは―――賢老クヴァールが生み出した殺人の魔法だった。
 正しくは、フリーレンがそれを改良して造り上げた最新版だ。

 魔族を殺すことに特化させた改良型(オリジナル)。
 敵が魔族であるという確証はなかったが、そうであった場合の想定を優先する。
 魔法陣から生じて閃光のように迸った死光に対し、怪物は表情一つ変えなかった。
 右手を翳して、さも小虫でも払うように払い除ける。
 フリーレンほどの魔法使いに対してそれが可能な性能にも驚くが、何よりフリーレンを驚かせたのは魔法に触れた怪物の容態。

(効かない……いや、弾かれた……? 《魔族を殺す魔法》は貫通魔法だぞ)

 彼は悶え苦しむでもなく、ましてその場で死に果てるでもなく、驚いたような顔をして魔法を払った右手を見つめていた。
 物理的に弾いたのではない。
 それよりもっと高度な次元で魔法を弾かれた感覚があった。

 フリーレンは知る由もない概念であるが。
 この怪物が生まれ落ちた世界には、もといこれが参照している肉体はとある能力を保有している。
 その名は対魔力。読んで字の如く、魔力に対する抵抗力だ。
 防御不能の《魔族を殺す魔法》でさえ、神代の時代を生きた正真の怪物が持つそれを貫くことは不可能だった。
 初撃にして命運が決まる―――だが一方で、驚いているのは彼女の方だけではなかった。

「……へえ」

 魔法の肝の部分は弾いた。
 だが、まったく効かなかったというわけではない。
 手に残る痛みと心臓にまで響く不穏な感覚に、怪物は驚きを抱かされたのだ。

「少し認識を改めよう。大した術を使うじゃないか」

 しかし、それまでだ。
 怪物の歩みを止めるまでには至らない。
 その生命の脈動を止めることは叶わない。
 怪物は地を蹴った。フリーレンにはその動きを見切れない。
 遠い神代に生まれ落ちた泥の人形、完全なる形を象った神の眷属。
 もう一秒でもあれば、彼の魔手はエルフの頚椎を容易くねじ切っただろう。

「ご褒美だ。なるべく派手に殺してあげようじゃないか、さあ―――!」

 ―――だが。




「おいおいいきなり胸糞悪いな。ガキいじめて悦に浸ってんじゃねえよカマ野郎」




 その寸前、真横から割って入った不可視の力が怪物の全身を打ちのめして吹き飛ばした。


▼▼▼


 加茂憲倫という名前を知らない呪術師はまずいない。
 御三家に連ねられる名家である加茂家の歴史に残る、唯一にして最大の汚点。
 今後呪術界がどれほど長く続くにしろ、間違いなく歴史が終わるその時まで残り続けるだろう最悪の術師。
 決して詳しく調べた試しがあるわけではなかったが、それでも五条悟は知識としてその名前を知っていた。

 だからこそ、自分達を集めたその男が加茂憲倫と名乗った時には納得もあった。
 五条は自分の実力に自負を持っている。
 生半可な術師なら百人、いや千人集まっても蹴散らせる自信があったし、奇抜な術式で初見殺しを仕掛けられたとしても上から捻り潰してやれるものと信じて生きてきた。

 その自分が、まんまと攫われたこと。
 どこの馬の骨とも知れない術師の企てに巻き込まれていること。
 その不可解に対する解として、加茂憲倫の名前は間違いなくこれ以上ないものだったと言っていい。
 だが―――それでも納得出来たのは半分だけだ。
 残り半分の疑問は未だに納得出来ないまま、悟の脳裏にべっとりとこびり付いたままだった。

(どういう冗談だ? なんだって傑の奴が二人いる)

 何故、加茂憲倫を名乗る術師が自分の知る男の姿(ガワ)を使っているのか。
 夏油傑。五条悟の親友であり、相棒だった男。
 そして今は、もう手を伸ばしても届かない彼方へと消えてしまった青春の記憶。
 あの場には、夏油傑の呪力が二つあった。
 一つは壇上の加茂憲倫。
 そしてもう一つは自分と同じく、首輪を巻かれて加茂を見上げている群衆の中に。

(あの縫い目頭が偽物だってのは分かる。どんな手を使ったのか知らないが傑の身体を乗っ取って活動してるんだろう。
 何しろ特級の肉体だからな……おまけに術式は呪霊操術。悪事をしでかす上じゃこれ以上ない逸材だ)

 ならば、もう片方は一体何だ?
 あれは、自分の知る傑だったのか。
 そう思っていいのか。であれば、自分はどうするべきなのか。

 人を殺し、魔道に堕ちた親友。
 今の傑は何をするか分かったものではない。
 ましてやあの場には大勢の非術師がいた。
 術師ならばまだしも、非術師に対して彼が情を向けるとは思えない。
 加茂を殺す方針を立てていたとしても、その過程で非術師の間引きをやってくる可能性は非常に高いと思えた。

(傑の肉体が二つある理由の方は考えても仕方ねえ。術式なんて基本は後出しジャンケンだからな、頭悩ますだけ時間の無駄だ)

 だが―――泳者の方の夏油傑については話が別だ。

 自分は、決めなければならない。
 彼を殺すか否かを選ばなければならない。
 幸いにして、この場に〝上〟の目はない。
 何をしようがいくらでも誤魔化せる状況は整っている。
 だとして、自分は一体どちらを選ぶのか。
 そもそも選ぶ自由なんてものが本当にあるのか。
 覚悟を決め、自分の本音に従うことを選んだあの男を前に―――そんな余裕が与えられるなんて、本気でそう思っているのか。

「……頭痛えな。本当に余計なことしてくれやがったよ、あの腐れ縫い目野郎は」

 儀式に加担する選択肢はない。
 加茂憲倫は殺す。奴の儀式は、破壊する。そこまでは確定事項だ。
 問題はそこまでの過程で、五条悟と夏油傑の問題にどう折り合いを付けるか。
 逆に言えばそこさえ片付けば、いくらでも暴れてやれる自信はあった。
 首輪の存在は多少厄介だが、その程度の枷で封じ込められる自分ではないと五条はそう自負していた。

 さあ、どうするか。
 どうするのが正しいのか。
 コインでもあればよかったなとぼやいてみた丁度その時だった。

「―――ふうん」

 肌を刺す、圧倒的なまでの殺気が吹き荒れてきたのは。
 五条の顔に一転して笑みが浮かぶ。
 だがその笑みは、苛立ちと紙一重のそれでもあった。

「それなりに出来る奴はいるみたいだな。流石は加茂家の汚点が仕掛けた儀式ってことか」

 五条は、争いの方へと足を向ける。
 歩み出してから彼が乱入を果たすまでの時間は、一般人の視点であれば一瞬と言ってよかったろう。
 幸いにして馬鹿でかい存在感を放ってくれているから迷うこともない。
 ウォームアップも兼ねて一つ派手に暴れさせてもらおうか。

 災害には災害を、怪物には怪物を。
 斯くして五条家の革命児は、神代の怪物の前に颯爽と現れた。



「こっちは虫の居所が悪いんだよね。大人の対応はちょっとしてやれそうにねーんだわ」

 乱入早々、一撃で怪物を吹き飛ばして少女の前に立つ。
 六眼で見たところによると、どうやら彼女も非術師というわけではないらしい。
 いや―――それどころか五条の知る術師の中でも最上位に食い込めるだろう呪力量だった。

 呪力総量ならば、恐らく自分と互角に近い。
 少なく見積もっても一級、術式の如何によってはその上すら目指せる逸材だと五条の六眼はそう認識している。

「オマエもさ、偽装するならもうちょっと謙虚にやったら? 隠せてねえぞ尻尾」
「……驚いたな。そこまで見抜かれるとは思わなかった」

 助けられた少女……に見える見た目をしたエルフ。
 葬送のフリーレンもまた、今日二度目の驚愕を覚えていた。

 断頭台のアウラをして見抜けなかった魔力量の偽装。
 それを開口一番で看破されたことが予想外でなかったと言ったら嘘になる。
 そして彼の持つ魔力の量もまた、明らかに異常と言っていい。

「助けてくれたことには礼を言うよ。手はないわけでもなかったが、危ないところだったのは事実だ。殺される可能性の方が高かったから」
「そこは素直に感謝しとけよ。可愛くねえガキだな」
「まさか怪物に襲われてるところをまた別の怪物に助けられるとは思わなくてね、多少面食らっちゃった。まあその辺の説明は追々するとしてだ」

 五条と、フリーレン。
 二人の意識が同じ方向に向かう。

「来るよ」
「ああ」

 端的なやり取りが交わされた次の瞬間、二人の立つ大地が文字通り荒れ狂った。
 天地鳴動とはまさにこのことか。
 意思を持った生き物のようにうねり、渦巻き、波打つ大地から無数の槍が伸びて二人へ襲いかかる。
 五条がフリーレンを肩に載せ、飛び上がって真上からそれをねじ伏せる。
 言葉にすれば簡単だが、それがどれほど超人的な行為であるかは素人にだって分かることだ。
 しかしそれを息を吸って吐くようにやってのけるからこそ、五条悟は最強の術師と呼ばれているのである。

 それに、こんなものはこれから吹く嵐の前触れでしかない。
 本命は次だ―――悟るのと、紫色に輝く凶影の到着とは立て続けだった。

「いいね」

 振るわれる魔腕の一撃は、掠めただけでも致命傷になり得る。 
 フリーレンのレベルでもそれなのだから、まともな人間ならば大型トラックの全速力に撥ねられる程度の被害は被るだろう。
 怪物の徒手空拳が、土杭の吹き荒ぶ地獄絵図の中でリズミカルに乱れ飛んだ。

「どうせ鏖殺することは変わらないんだ。なら多少は愉しませてもらうのも悪くない」
「あっそ。で? オマエ何だよ。人間じゃなさそうだけど、どうも見たことない組成してんな。呪霊か?」
「なんだ、思ったよりも腐った目をしているんだな」

 五条はそれに対し、売られた喧嘩を買うように自分も徒手で挑んだ。
 プロボクサー同士の対決、そのスケールを何十倍にも跳ね上げたような絵図が展開される。
 しかしこればかりは、五条悟の万能さでも届かない。
 怪物が繰り出す拳は速度においても威力においても、更には手数においても完全に五条のそれを凌駕していた。
 現代最強の術師が油断を捨てて戦っているにも関わらず、その領域を数段は超えた拳戟で圧倒しているのだ。

「呪いなどとよく吼えた。誤った鑑定の代償は、その命で支払ってもらおうか」

 五条の防御を掻い潜り、手刀がその胸元へと潜り込む。
 心の臓を一撃で貫き穿つそれが、五条悟の血潮を飛散させる。
 本来待ち受けているべきその光景は、しかしいつになっても訪れはしなかった。

「……何?」

 怪訝な顔をするのは、怪物の方だ。
 確かに当てた筈だった。心臓を貫き、即死させる手筈だった。
 にも関わらず攻撃が当たらない、いや、届いていない。
 不可解に顰めた横っ面が、五条の回し蹴りによって身体ごと跳ね飛ばされたのは当然の帰結だったといえる。

(純粋な防御じゃないな。障壁を作ってるんじゃない……いや、障壁自体は存在するのか。
 ただその障壁を作っている材質がどうもまともじゃない。攻撃を防ぐというよりも、遠ざけているのか?)

 五条の肩に背負われながら、フリーレンは冷静に分析していた。
 こればかりは職業病というやつだ。
 一秒後には命が飛んでもおかしくない修羅場の中でも、魔法使いの頭脳は目の前にある未知を分析し続けている。
 そして同刻、一度ならず二度までも地を転がされた怪物もまた彼女と同じ結論に辿り着いていた。

「……攻撃の無効。自分に干渉してくる事象を、何らかの術で湾曲させているのか」
「正解。無下限呪術って言ってね。僕の身体は常に、展開された無限によって守られてんだよ。アキレスと亀って分かんない?」

 無下限呪術。
 それこそが、五条悟を最強たらしめる柱の一本だった。
 展開された無限の前に、攻撃威力の大小は関係がない。
 そもそもそこにある壁のサイズが事実上〝無限〟であるのだから、どうしたって届かないものは届かないのだ。
 たとえ神代の泥人形が放つ凶撃であったとしても、決してそこに例外はない。

 次に攻め込むのは五条の方だ。
 来たる怪物の一撃を無下限で流し、腹腔にカウンターで拳を叩き込む。
 かは、と肺の酸素を吐き出した怪物に、呪術師は凄絶な笑みを浮かべた。
 振り上げる踵の威力は見てくれ通りではない。年齢離れした殺意と躊躇のなさが同居して、怪物に振り下ろす断頭台の役目を果たす。

 怪物は口から溢れた血を拭うでもなく、再び土を操った。
 即席の防御壁を作り上げて五条の一撃を防いだのだ。
 この怪物が、神代の暴風が、迎撃ではなく防御を選んだ。
 その事実が五条悟という男の異常さをこの上なく物語っており、そして―――


「《魔族を殺す魔法》」
「ッ、ぐ……!」


 土壁が砕け、視線と視線が繋がった瞬間にフリーレンが動いた。
 死の光が瞬と閃き、怪物の胴を射抜いて苦悶をあげさせる。

 確かに彼は、対魔力の鎧に常時守られている。
 並の魔術師では、どうやったって彼に傷を付けられはしないだろう。
 しかし今、現代最強の術師と並んで怪物退治に挑んでいるのは千年を生きた魔法使いなのだ。
 魔王を討ち果たした勇者パーティーの一員。
 最も多くの魔族を殺した魔法使い。
 葬送のフリーレン。彼女の駆使する魔法を完全に凌ぐには、神代の神秘でさえ役者が足りなかった。

「舐めてくれるなよ、旧人類共が―――!」

 だが、それでも殺し切れはしない。
 それどころか致命傷すら与えられてはいなかった。
 その証拠に、憤怒の神威が暴と吹き荒れて二人の方に殺到する。

 出現したのは、無数の武具の群れだった。
 どれ一つとしてなまくらなど存在しない、一振り一振りが歴史に永久に名を刻めるレベルの武装群。
 もはや遊びは終わっている。
 新人類たる己に不覚を取らせた存在は沽券にかけて抹殺せねばならないと、怪物はそう誓っていた。
 だからこその武装掃射だ。
 五条悟と、フリーレン。二人を跡形も残さず蹴散らすための制圧射撃だ。

 尤も、それを狙っていたのは何も怪物の方だけではない。


「術式反転―――」


 指で鉄砲の形を作る。
 狙いは押し寄せる無数の武具、その間に存在するわずかな隙間だ。
 零に限りなく近い須臾を見極めるのが前提だが、五条悟にはそれが出来る。
 彼の六眼は決して、必要な情報を見落とすことなどないからだ。


「―――赫」


 放つ、呪力の塊。
 払い除けるべく腕を振るう怪物だったが、その腕は触れた時点から先に進まない。
 今度は無限に阻まれているのではない、純粋な力勝負で拮抗されてしまっているのだ。
 徐々にその美しいシルエットが押されていく。
 そして駄目押しとばかりに真横から〝順転〟してきた巨大な呪力のハンマーが、怪物の姿を空へと吹き飛ばした。

 三度目だ。このわずかな時間に三度、神代の泥人形を押し破ったのである―――この二人は。

「殺す?」
「殺そう。あれを放置しておけば、必ず多くの犠牲が出る」
「オッケー。じゃあ容赦なく行こうか」

 情けは存在しない。
 フリーレンは魔族の生存を認めないし、五条悟は必要ならば命を奪うことに何の躊躇も覚えない。
 二つの葬送が描きあげる死の華が、未明の宵闇に咲き誇る。
 そう思われた、しかしその瞬間のことだった。

「……ッ」

 五条悟の脇腹が、爆ぜるように吹き飛んだのは。
 これまで完全に無視出来ていた武具の嵐、その内の一振りがまごうことなき深手を彼に及ばせたのは。

 脳内を埋め尽くす疑問符は、それが五条にとって初めて経験する事態であることを示していた。
 術式が、消えた。
 星漿体事件で覚醒し、真に完成した筈の無下限呪術が未体験の不覚を引き起こしたのだ。
 五条は術式のオンオフをオートで行えるように、自分の術式に改良を施している。
 だが阻むべき事象に対して〝オフ〟を返したことはこれまでに一度もない。
 では今になって、これまでたまたま見つかっていなかった欠陥が表出したのか。
 そう考えることも出来るだろうが―――五条悟は此処で、この未知を真剣に受け止めることを選んだ。

「悪り、前言撤回。退くぞ」
「……治療は必要かい?」
「自前でどうにか出来る。見かけはヤバいけど僕にとっては掠り傷だ。で、それよりヤバいことが起きてる」
「分かった。君の判断を信用する」

 術式自体が焼き切れているわけではない。
 呪力は練れるし、それによる身体強化も問題なく働いている。
 だが無下限呪術による防御、それだけが機能不全を起こしている。
 この状態でも戦えないことはないが、あの怪物は五条をしても無限の消えた状態で相手取るには手に余ると思わせる規格外だった。
 だからこそ、此処は退く。
 退いて状況を把握することを、彼は選んだ。

「飛ばすぞ。振り落とされても拾わないから」
「問題ない。こういう状況は何度も経験しているから」
「……オマエ一体いくつなんだよ。不老の術式でも使ってんのか?」

 怪物討伐戦線、一旦の撤退。
 五条悟はこの儀式でも変わらず最強だが、しかしその最強には微かな翳りが生じている。

(たぶん悪さしてんのはこの首輪だな。後で六眼で解析するとして……面倒臭え真似しやがって)

 この島では、最強でさえ一人の泳者でしかない。
 そのことを思いがけず思い知らされ、五条は加茂への怒りを募らせた。


【一日目/A-4・路上/未明】
【フリーレン@葬送のフリーレン】
【状態】疲労(小)
【装備】フリーレンの杖@葬送のフリーレン
【道具】基本支給品一式、ランダム支給品1~2
【思考・行動】
0:儀式を破壊し、元の世界に帰る。
1:凄いやつを集めたな、あの縫い目頭。
2:フェルンとシュタルクとは早めに合流したいところ。
3:魔族は殺す。クヴァール、アウラの二体は特に優先して探して殺したい。
【備考】
※参戦時期はアウラ編後です。

【五条悟@呪術廻戦】
【状態】右脇腹が吹き飛んでいる(反転術式で治療中、行動に支障なし)、無下限呪術使用不能(残り15分)
【装備】なし
【道具】基本支給品一式、ランダム支給品1~3
【思考・行動】
0:儀式を破壊して、加茂憲倫を殺す。
1:術式の制限か……面倒臭えことしやがって
2:傑については―――
【備考】
※参戦時期は懐玉・玉折編終了後です。
※無下限呪術に制限が加えられています。計5分の使用で15分のインターバルが発生します


▼▼▼


 美しい怪物は、溜息と共に自分の右手を見下ろしていた。
 既に気配は遠くへ離れている。
 屈辱の代償をすぐにでも味わせるつもりだったがままならないものだ。

「……まさか、此処まで虚仮にしてくれるとはね」

 吐き捨てたその言葉は、五条とフリーレンに向けたものではない。
 この殺し合いを仕組んだ儀式の主催、加茂憲倫に対するものだ。
 完全である自分の肉体に細工を施し、あろうことか下等な旧人類達と足並みを揃えさせようとした不遜者に対する静かな怒りであった。

「やってくれるじゃないか。だがいいとも。その刎頸、確かにこのキングゥが引き受けた」

 キングゥ。
 それが、この怪物の名前である。
 塩水の母神が命を吹き込んだ泥の人形。
 偉大な母の嘆きを愚かな旧き者達へ伝えるモノ。
 ある〝完全なる形〟の亡骸だった。

 五条達を追跡しようとしたところでキングゥは気付いた。
 速度が出ない。普段ならば島の端から端までを数分で移動出来る筈なのに、逃げた兎に追い付くことさえままならない。
 肉体に手が加えられている。その事実を認識したキングゥは、生まれて初めて味わう屈辱にドス黒い殺意を抱かずにはいられなかった。

 儀式を制することに異存はない。
 言われずともこの島に揃った泳者の命、そのすべて殺し尽くして帰投しよう。
 聖杯も持ち帰る。叶えるべき願いなどこの身には存在しないが、少しでも母の益になるならばわざわざ捨てる理由もないのだから。
 だがすべてが終わったその暁には、不遜にも自分を儀式に招き、そして醜悪なる冒涜を働いたあの主催は必ず殺す。
 串刺しにした上で四肢を毟り、生まれたことを悔やむほどの苦痛を与えてから首を落としてやる。
 キングゥは止めた足を動かし、活動を再開した。

「―――皆殺しだ。分かるだろう?」


【キングゥ@Fate/Grand Order】
【状態】苛立ち、全身にダメージ(中)
【装備】なし
【道具】基本支給品一式、ランダム支給品1~3
【思考・行動】
0:聖杯を手に入れ、お母様のもとへ持ち帰る。加茂憲倫は殺す
1:カルデアのマスターは必ず殺す。
【備考】
※参戦時期はカルデアとの初戦後です。
※身体能力に制限が加えられています。主に移動能力への制限になります。


前の話


次の話

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前の話 キャラ名 次の話
- フリーレン :[[]]
- 五条悟 :[[]]
- キングゥ :[[]]

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最終更新:2024年01月02日 16:36