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*第二章 第九節(仮
翌朝、戦闘準備を整えてヴェルギリウスの畔までやってきた琴菜と澪が驚きの声をあげた。
「……広いな」
畔の木の陰から見るヴェルギリウスは辛うじて対岸が見えるが非常に広く深く、想像した「湖」の大きさを遥かに越えていた。
水を湛えていない湖はまるで大きなクレーターのようで、枯れた水草達が地面にへばりついていた。
少し生臭い匂い。落ちているゴミのようなものは魚や水辺の生き物の変わり果てた姿だろうか。
その中心にひっそりと聳える神殿が小さく見える。
「うーん……思ったより見晴らしがいいなぁ」
「しかしここからだと数の把握も難しそうだ」
いつの間にか隣に立っていたカサンドラとルギネスが呟く。
町から離れた林の間から見ると神殿のある中州がなだらかな丘になっていて、その裾野に天幕が張ってあるのが遠くに見える。
「あそこに行くまで身を隠すところも無いしな……」
右目を細めるようにしてルギネスは遠くを見つめる。
「あの中州の裾野、結構範囲大きいし。逆方向から行けば行けそうじゃねぇ?」
手を庇のようにしてカサンドラも遠くの中州を見つめている。
「……何か、覆ってないか?」
眩しげに目を細めて神殿を見つめていた澪が呟いた。
「え?」
「……そーかぁ?」
ルギネスとカサンドラが振り返る。
「私にはあまりよく見えないけど……言われたらそうかも」
琴菜も同意する。
「ガラス……?青みがかったような……ドームみたいなのが中州の中腹くらいから上全体を覆ってる」
目を細め、首を傾げるようにしていた澪の肩に手が掛かる。
「よく見えるねーあれ、サフの結界。魔物はまず触れないし人間も通れない」
ジルコンが神殿を眺めながら言う。
「サフィちゃんはね、守護系の魔法が得意なの。彼女が本気で張った結界は彼女が解除しないと入るのは大変だよ」
へらりと笑いながら言うジルコンにルギネスが聞き返す。
「人間も?」
「そう。よっぽど特殊な能力でないとね」
「とりあえず、会ってみようよ」
ようやく準備が終わったらしい春日の一言で、枯渇した湖に足を踏み入れた。
「……そろそろ埋まるかも……?」
「そう簡単に埋まって堪るか」
ぬかるんだ土に足が沈んでいく。
クレーターのようになった湖の一段深くなった辺りから弱音を吐き始めたカサンドラを琴菜が引き抜いた。
「そろそろ見つかるんじゃないか?」
「……もう見つかっててもおかしくないと思うんだが……」
見かけよりだいぶ体重が軽いらしい澪はほとんど危なげなく進んでいく。
反対にルギネスは足場の悪さに四苦八苦していた。
ジルコンはいつしか姿を消しており、春日に至っては泥遊びがしたくてうずうずしているのが手に取るようにわかる浮かれ様だ。
「ここで戦闘となると……」
「考えたくねぇっ!!」
「……確かに、見つかってるだろうな……」
呆れたように澪が呟いた。
居丈高に王家紋を翻した陣からちょうど死角になる辺りを選ぶようにして進んだため、ずいぶんと遠回りをしながら中州の裾野に辿り着いた頃には、昇ったばかりだった陽も傾き始めていた。
「少し湿ってるな……堂々と火も焚けないし、陽のある内に神殿に入ってしまいたかったんだが」
なだらかな傾斜を描く地に手をついてルギネスが眉をひそめた。
「結界だっけ?あの中はあんまり湿ってなさそうだよなー」
カサンドラの言うとおり、丘の中腹あたりで土の色が明らかに変わっている。
「う~ん……やっぱりおかしいかも」
いつの間にか姿を現していたジルコンが眉根を寄せる。
「返事、無いのか?」
琴菜の問いに困ったように微笑む。
「うん。これだけ近くにいるのに気付いてもいないみたい。それに……」
「それに?」
困惑したように途切れた先を澪が促す。
「それにね……なんか、変」
「「変?」」
「サフらしくないんだよね、水源まで一緒に結界内に取り込んで閉じちゃうってあたりが」
説明に困ったかのようにジルコンも首を傾げる。
「……水源ごと、封印されちゃったのかな?」
鼻の頭に泥をつけた春日がジルコンを見上げた。
「……かもね」
なぜか春日に寂しげな微笑みを浮かべるとジルコンは唐突に姿を消した。
結局、カムフラージュになるかと身を覆っていた深い緑色のマントを湿った地面に敷いて一晩を明かした。
すぐそばに魔物兵がいるということもあって春日以外一睡も出来なかった。
しかし、物陰に隠れているとはいえすぐそばにあるはずの陣からは物音一つしていない。
朝日がようやく一条の光を放った頃、大胆にも陣に近づいていったカサンドラは昨日とは打って変わって足音一つ立てずに戻ってきた。
「本隊にしては数が少なかった。町に出払ってんのかな?」
「……いや、奴らの目当てが石精霊なら、わざわざ多数が町にいる必要は無いだろう。何かあったのか?」
「……サフの、結界……」
ぽつん、とジルコンが呟いた。
「そうだ、『魔物はまず触れない』って言ったよな。どういうことだ?」
「触れるとね、消し飛ぶんだ。身体全部。ただ、サフ本人も動けなくなる。中と外を完全に切り離してしまうんだ」
それでも思念だけは届くはずなんだけどね、と力無く言った。
「……玉砕した、とか?」
やっぱり頭良くないかも、と呆れたように言うとカサンドラは癖なのか腰の剣をいじりながらルギネスに視線を送る。
顎に手をかけて考え込んでいたルギネスはふ、と澪に目を向けた。
「昨日の魔法、頼って良いか?」
「……そのために呼んでおいて、何を今更」
無表情なまま、澪は言い返す。
琴菜には、澪の表情が一瞬、嫌悪か何かで歪んだように見えた。
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*第二章 第九節
翌朝、戦闘準備を整えてヴェルギリウスの畔までやってきた琴菜と澪が驚きの声をあげた。
「……広いな」
畔の木の陰から見るヴェルギリウスは辛うじて対岸が見えるが非常に広く深く、想像した「湖」の大きさを遥かに越えていた。
水を湛えていない湖はまるで大きなクレーターのようで、枯れた水草達が地面にへばりついていた。
少し生臭い匂い。落ちているゴミのようなものは魚や水辺の生き物の変わり果てた姿だろうか。
その中心にひっそりと聳える神殿が小さく見える。
「うーん……思ったより見晴らしがいいなぁ」
「しかしここからだと数の把握も難しそうだ」
いつの間にか隣に立っていたカサンドラとルギネスが呟く。
町から離れた林の間から見ると神殿のある中州がなだらかな丘になっていて、その裾野に天幕が張ってあるのが遠くに見える。
「あそこに行くまで身を隠すところも無いしな……」
右目を細めるようにしてルギネスは遠くを見つめる。
「あの中州の裾野、結構範囲大きいし。逆方向から行けば行けそうじゃねぇ?」
手を庇のようにしてカサンドラも遠くの中州を見つめている。
「とりあえず、行ってみようよ」
ようやく準備が終わったらしい春日の一言で、枯渇した湖に足を踏み入れた。
「……そろそろ埋まるかも……?」
「そう簡単に埋まって堪るか」
ぬかるんだ土に足が沈んでいく。
クレーターのようになった湖の一段深くなった辺りから弱音を吐き始めたカサンドラを琴菜が引き抜いた。
「そろそろ見つかるんじゃないか?」
「……もう見つかっててもおかしくないと思うんだが……」
見かけよりだいぶ体重が軽いらしい澪はほとんど危なげなく進んでいく。
反対にルギネスは足場の悪さに四苦八苦していた。
ジルコンはいつしか姿を消しており、春日に至っては泥遊びがしたくてうずうずしているのが手に取るようにわかる浮かれ様だ。
「ここで戦闘となると……」
「考えたくねぇっ!!」
「……確かに、見つかってるだろうな……」
呆れたように澪が呟いた。
居丈高に王家紋を翻したテントからちょうど死角になる辺りを選ぶようにして進んだため、ずいぶんと遠回りをしながら中州の裾野に辿り着いた頃には、昇ったばかりだった陽も傾き始めていた。
「少し湿ってるな……堂々と火も焚けないし、陽のある内に神殿に入ってしまいたかったんだが」
なだらかな傾斜を描く地に手をついてルギネスが眉をひそめた。
「う~ん……やっぱりおかしいかも」
いつの間にか姿を現していたジルコンが眉根を寄せる。
「返事、無いのか?」
琴菜の問いに困ったように微笑む。
「うん。これだけ近くにいるのに気付いてもいないみたい。それに……」
「それに?」
困惑したように途切れた先を澪が促す。
「それにね……なんか、変」
「「変?」」
「サフらしくないんだよね、水源とか閉じちゃってるあたりが」
説明に困ったかのようにジルコンも首を傾げる。
「……水源ごと、封印されちゃったのかな?」
鼻の頭に泥をつけた春日がジルコンを見上げた。
「……かもね」
なぜか春日に寂しげな微笑みを浮かべるとジルコンは唐突に姿を消した。
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