朝が来た。この自室は地下にあるため窓がなく、朝日は拝めないけれど
染み付いた習慣は私を同じ時間に起こす。
--私はダレ?・・・草薙素子・・・ 自己認識…OK
--ここはドコ?・・・ゲゼルシャフト第2基地 メモリー・破損なし…OK
普通の人間であれば、確認しないことを私はする。
しなければ、私のゴーストに呑まれてしまう。
こんな状態になってまだ1週間と少し、いつか慣れる日がくるのかしら?
そう、私は複数人の人格が混在した、「サイボーグ」だ。
ACT.03 「BETRAYER ~復讐の行先~」
自己確認が終了し、体の中で唯一機械化していない脳が覚醒を始める。
ようやくこの体にも慣れてきた。訓練なんて早く終わりして前線に出たい気持ちではあるが、
私の体を改造した「大佐」からの許可は、まだ出ない。
一刻も早く、AMSの奴らを殺したい。私の人生を狂わせた奴らを・・・
--私の根底にあるものは復讐、それを成すためだけに生き残った
やはり、大佐に陳情しよう。私はもう問題ない、さっさと前線に出せ・・・と
そうと決めれば行動するだけだ、素早く着替え、大佐の部屋まで移動するのに
5分もかからなかった。
「大佐、失礼します。草薙素子少佐、入ります」
扉の中から声が聞こえてくる。
「よろしい、入りたまえ」
ドアを開ける。部屋の造りは真ん中に机と椅子があり、その後ろには窓ガラスがある。
窓ガラスの向こうは広い空間になっており、研究施設のようである。
椅子には30歳前後の茶髪金瞳のサングラスを掛けた男が座っていた。
敬礼を交わし、開口一番から本題を切り出す。
「大佐、私の体、精神共に問題ありません。つきましては、前線に復帰させてください」
予想していたのだろう。大佐は驚く様子もなく答えてきた。
「手術を行い十日経ったが、精神はしっかりしているようだな、草薙少佐」
実験動物を見る眼で、こちらの顔色を確認してくる。
「はい、先日大佐と行った実践任務でも問題なかったでしょう?」(←過去スレPart6の600前後を参照)
「問題はなかったな。しかし・・・3分間待ってもらおう」
まだこの大佐との付き合いは短いが、何か考える時はいつも3分間待たされる。
何かの儀式なのかしら?
カチッ カチッ カチッ
時計の音しかしない部屋の中、大佐が机の中から書類を出した。
「いいだろう。草薙少佐、君を復帰させよう」
そう言うと、大佐は出した書類にサインする。
心躍る私だったが、次の大佐の言葉に落胆する。
「だが、君の任務はこの基地の防衛だ、草薙少佐」
目の前の男に殺意が沸く。…がすぐに考え直す。
先日の一件で、そんな事をしても無駄だと判ったからだ。冷静に判断を聞くことにしよう。
「そう睨むな、君が突撃大好きっ娘なのは知っているが、都合というものがある。
君はまだ知らないだろうが、昨日AMSに第1兵器工場を爆破されてな。
次の奴らの目標はこの第2基地の可能性が高い。だからこそ少佐に防衛を頼むのだよ。
それから、立場は隊長だ。必要な銃器があれば申請したまえ。」
「そうでしたか、私はてっきり大佐の嫌がらせかと思いましたわ」
比喩も何もなく、直接的に嫌味を言ってやるが、そんな物はこの男に通じない。
まともな精神をしているならば、あんな技術は使わないだろう。
当然、あんな技術を使っている私も、まともではないが・・・
「それでは、この基地の防衛任務に就きます。ついでにお聞きしますが、
防衛兵器に、大佐の開発した兵器を使ってもよろしいので?」
大佐は椅子から立ち、ガラス越しに後ろにある物を見た。
見つめる先にあるものは、異星人の技術の結晶である。
「ああ、存分に使いたまえ。今回の命令は唯一つ、
あらゆる兵器を使い、攻めてくるAMSを殲滅することだ」
その言葉を待っていた。ああ、これで奴らを遠慮なく殺せる。
「了解、ふふふ、AMSが来るのが楽しみですわ・・・」
さあ、これから忙しくなるわ。奴らを殲滅するために
あらゆる準備をしましょう。
拝啓、妹へ・・・
一雨ごとに寒さもゆるみ、春めいてきましたが妹も変わりなくお過ごしのことと存じます。
お兄ちゃんも元気で過ごしておりますので、天国でもご安心ください。
さて、まことに些細ではありますがお兄ちゃんも近いうちにそちらに行くかもしれません。
何故かって、それは・・・
「総員、無事かッ!!何名残っているッ!!」
部隊長が声を張り上げている。ここはゲゼルシャフト第2基地、地下第8ブロック。
このブロックまでの制圧は完了したが、こちらの被害も甚大である。
我が部隊の任務は前回と同じ、基地の爆破である。バンカーバスターを使おうと言ったのに
また却下された。理由も同じである。お偉いさんは戦場で散る兵士の命などに興味がないのだろう。
命について我輩にとやかく言う資格はないが、嘆かわしいことだとは思う。
「中隊124名の内、死者27名、負傷者42名、順次負傷兵を後方へ移送しているため
現在行動可能な人員は、部隊長を含めて10名であります」
壊滅である。ここまで数が少なくなれば部隊行動も何もあったものではない。
通常であれば、任務継続は困難であり、退却すべきである。
実際、部隊長は既に何度も退却を求めているが、上からの指示は退却を認めないを
くり返すだけだ。この人数で何をしろと言うのか。
「10名か・・・まさか、ここまで一方的にやられるとは、前回とは質がまったく違うな」
部隊長が愚痴を言う。指揮官が部下に弱音を吐くなどあってはならないが、この状況では仕方ない。
ここまで進入し、戦ってきた相手は全てサイボーグであった。
地球の技術力だけで作ったサイボーグなら、ここまでの苦戦はなかったが
倒したサイボーグを調べてみて、理解した。あれは我輩の技術が使われていた。
こうなると、ゲゼルシャフトに宇宙船のメインエンジンがあるのは確実であり、
メインエンジンを失ってから、各種兵器の開発期間を考えると
この基地にメインエンジンがある可能性が高い。
別行動を取り、爆破前に基地を探索したい所だが、爆破すらできないときた。
現在、作戦の1/3も進んでいないのだから。
「さて、上からの命令はこうだ。『できるだけ奥に進み、爆破しろ』それだけ言ってきおった。
ここまでの敵を考えると、我々の命を対価にしても、この基地を少しでも破壊したいのだろう」
「何とも、素敵な命令ですね。まだ、灰色熊と素手で戦う方が楽に思えます」
同僚が答える。この状況でも笑って答えるこの男は、阿呆か大物のどちらかだろう。
「通常であれば隊列を組んで進むべきだが、この人数で敵と遭遇すれば、その時点で負けてしまう。
無能な部隊長ですまんが、敵をかく乱する意味も込めて、それぞれ単独で行動しようと思う」
この基地を探索したい我輩にとって、その作戦はありがたいが、サイボーグとの戦闘をどうすべきか
考えていると、またしても同僚が軽口を叩く。
「了解しました。我ら第1工兵隊、部隊長に春が訪れるまで、死ぬ気はありませんので」
笑いを堪える9人、その態度を感じた部隊長は、
「ばかもんがッ!!無事に帰ったら立てなくなるまで訓練してやるぞ、貴様等ッ!!」
いつも通り怒鳴ったが、照れ隠しか顔が赤かった。
タタタタッ
爆弾を受け取った我輩は、迷うことなく奥に進む・・・が、違和感を感じる。
他の隊員と別れてから、まだ一度も敵と遭遇していない。
誘われているのか?とも感じたが、する必要がない。サイボーグを出撃させれば、それで終わる。
仲間にも位置を悟らせたくなかったため、通信装備をOFFにしたのが仇になった。
考えてもわからないが、考えなければ生き残れない。難儀なものだと感じつつ
次の区画への扉を開けると、それはあった。
区画の広さは、縦横20mほど、高さは5mくらいの部屋中央にメインエンジンはあった。
ようやく、見つけた。その喜びから周囲の警戒が疎かになり、背後の気配に気づかなかった。
ドドドドドドッ
背中に衝撃を受け、部屋の中に吹っ飛ばされる。
「あら?ここまで出会った9人は、それなりに苦戦もしたのだけど・・・
最後の一人はあっけなかったわね」
女の声が聞こえる。背中の感触から、肉までは抉れていない。おそらく軽機関銃なのだろう。
ライフルやショットガンでなくてよかった。
女が言ったことを問い質したいが、油断させるために死んだ振りをすることにしよう。
コツッ コツッ コツッ
「これで進入者は全滅っと、最後の一人は楽しもうと思ってたのに、残念ね・・・」
独り言を言いながら、こちらに近づいてくる。
このまま、飛びかかれる位置まで来い。仲間の仇を討たせてもらおう。
「さて、ここに死体を置いておくと五月蝿いから・・・」
そこで、我輩は跳びかかった。狙いはアゴ、下からアッパーを放つ。
通常の人間であれば首を狙いに行くところだが、
この基地で出会った敵は全てサイボーグ、目の前の女もサイボーグの可能性が高い。
たしかにサイボーグは頑丈であるが、脳などは人間と変わらない。脳を揺さぶるのが効果的である。
しかし、女はその攻撃を見越していた。13の攻撃を簡単に避けると、そのまま腕を取り
一本背負いの要領で投げ飛ばす。
飛ばした後、起き上がれないよう13の背中に乗り、拘束する。
「決死の抵抗だけど、残念だったわね」
「なぜ、死んでないとわかった?」
押しつぶされながらも、質問する。女は見下しながらも答えた。
「血がまったく出てないのに、死んだと判断すると思うの?」
その通りだ、暗いから誤魔化せると思ったが相手はサイボーグ、暗視機能でも付いているのだろう。
サイボーグと戦ったのは初めてだから、咄嗟の判断を間違ったようだ。
「貴様、先ほど『進入者は全滅』と言っていたな。仲間をどうした!!」
「ああ、貴方で最後よ。ひさびさの戦場ですもの、部下達も休みが必要なのと
私も、獲物を追い詰めて直接この手で殺したかったのよ。
私のこの手で、あなたたちAMSに復讐したいから」
ぐうぅ、と唸る。どうやら仲間達は全滅したようだ。このままでは我輩もそうなってしまう。
脱出しなければ話にならないが、以前、結城大尉に拘束された時のように、着ぐるみを脱ごうとしているのだが、
サイボーグの予想以上の重さによって、抜け出せない。
「安心しなさい、情報が欲しいからすぐには殺さないわ。でもそうね、まず眼を潰してあげるわ
次に爪を剥がして、耳も切り取りましょう。ああ、生殖器も必要ないわね
私と私の部下が味わったものの、何万分の一以下だけどAMS隊員のあなたにも味合わせてあげる」
狂っている、女の発言よりも、眼を見てそう判断する。あの眼は自分以外の全てのものに
復讐を誓う狂気の眼だ。
「貴様に何があったか知らな・・・グハゥ」
「貴方に発言する許可は与えてないわ、黙りなさい」
左腕を刺された、確認すると、女の手にはサバイバルナイフがあった。
「そうだ、貴方にはこれから先AMSが潰れていくのを、毎夜毎晩、話してあげるわ、
ああ楽しみね、あなたの仲間の最後の言葉、命ごいの様子、無様に逃げ出す兵、
全てを語ってあげるわ」
どうしようもない。抜け出す方法はなく、仮に抜け出せたとしても、
目の前の女に勝つ手段がない。結城大尉に突きつけた、我輩が開発した銃は持っているが
使うためには準備がいる。その時間も取れないだろう。
あきらめかけたその時、銃声が響く。
ドーン ドーン
銃声は二発、一発はナイフを弾き飛ばし、もう一発は女に命中する。
致命傷ではないが、僅かに拘束が緩む。ありったけの力を全身に入れ
女を投げ飛ばす。
銃声がした方向を見ると、見慣れた姿があった。
今まで何処をほっつき歩いていたのか、この阿呆が。
「無事か!兄者、俺様が来たからには、安心しろ」
部屋の入口には、身長2mくらいの二足歩行する爬虫類がいた。
我輩の相棒であり、弟である阿呆が決めポーズを取っている。
まったくタイミングが良すぎるぞ、出待ちかと疑いたくなる。
「なんとかな、よし、ここは協力してそこの女を倒すぞ!」
「いや、兄者は戦闘は得意ではないだろう、怪我もしている。
ここは、お茶の間のアイドルである俺様にまかせて、兄者は一旦撤退しろ」
判断する、確かに弟の言う通り我輩は頭脳労働担当である。
心苦しいがここは奴にまかせる他ない。
「判った、ここはまかせるぞ」
「合点承知の助、安心して後方に下がってくれ」
略式の敬礼を交わし、移動する。女のほうを確認すると
ようやく動き出そうとしている。
チッ・・・逃がしたわね
そんな声が後方から聞こえてきた。
それからは先は特筆すべきことはない。爆弾を持って奥に行った隊員の内
戻って来たのは我輩だけであった。
爆発もないことから、全員爆弾をしかける前に戦死したのだろう。
そう報告すると、上は撤退を指示してきた。
バババババババババッ
基地へ帰る輸送ヘリの中で考える。メインエンジンがあそこにある以上
もう一度、あのサイボーグ女と戦う必要がある。弟の性格を考えると、
適当に相手をしたら、逃げるはずだ。
もう、四の五の言っていられない。敵が我輩の技術を使ってくるなら、
こちらも対抗策を打たねばならない。
ヘリの中で、忌わしい過去を思い出す爬虫類であった・・・
時は少し遡る・・・
ドーン ドーン
銃声は二発、一発はナイフを弾き飛ばし、もう一発は私に命中する。
致命傷ではないが、僅かに拘束が緩む。組み敷いた男がありったけの力を出し
投げ飛ばしてきた。
受身を取ったが、運悪く壁に頭をぶつける。
脳が撹拌され、動けなくなる。
仲間なのだろう、二言三言、会話すると
組み敷いていた男は逃げ出した。
「チッ・・・逃がしたわね」
そう呟き、乱入した男を確認する。・・・途端に訳がわからなくなる。
目の前の男に見覚えがあるからだ。
「どういうつもりですか?敵を逃がすとは、説明してください」
「説明はできないし、するつもりもない」
カチンときた。目の前で獲物が奪われたというのに、その説明で納得しろというのか。
よっぽどの怒気を感じたのだろう、向こうから話かけてきた。
「ふむ、納得できないか。少佐ならばこう言えばわかるだろう。
奴はな、私の生涯の敵なのだよ」
なるほど、私に復讐すべき相手がいるように、この人にも
人生を賭して殺すべき相手がいるようだ。
「わかりました。その言葉で納得しておきましょう。
それよりも、いつまでそのような姿でいるのですか?」
「そうだな、久々に戻って開放感があるため、忘れていた」
そう言うと、目の前の男が変異する。筋肉が流動し、表面を覆っていた鱗は毛に変わる。
数秒もすると、見慣れた大佐の姿があった。
「何度見ても、気持ち悪いですわ、ムスカ大佐」
「私もそう感じている。奴を殺す理由の一つでもあるがね」
似た者同士が、そこにはいた。
さあ、役者は出揃った
一人は復讐のみに生きる女サイボーグ
一人は裏切りと復讐を誓う狂った生物
一人は自身の過去に贖罪を誓う爬虫類
誰が勝つのか、負けるのかはわからない
ただこの物語、戦場に勝者はいないだろう
To be continued
最終更新:2012年03月29日 19:57