ドサッ…
「ふぅ…」
フライトジャケットを脱ぎ捨て、大きなため息とともにソファに座り込んだ。
本来なら、心地良い疲れと充実感が支配しているはずの体は重く、ただ「疲れた」と感じるのみだった。
「とりあえず、シャワーだな」
熱いシャワーに体を包まれながら、ここ最近の自分を思い返してみた。
空軍少将によるクーデター、そして鎮圧。それに関連して、結城海兵大尉の離隊、対抗組織の設立に伴う人員の大幅な減少。
本当に色々なことがあり、状況は目まぐるしく変化していった。
人員の減少については例外なく、海軍にも大きな影響をもたらした。
艦艇部隊は一定の戦力維持に成功したようだったが、我々航空機運用部隊への影響は計り知れない。
基地要員、整備員、搭乗員…それぞれ後輩を指導するべき立場にあった古参兵の離脱は、戦力の大幅ダウンはもちろん
暗い雰囲気を作り出してもいるようだった。
「そりゃ、俺みたいなのにもお呼びがかかるわな…」
ニヒルな笑みを浮かべ、自嘲的につぶやいた。
古参兵の抜けた穴を埋めるべく、艦艇部隊は急速な戦力を目指し、司令官の指揮の元日々訓練をしている。
艦載航空部隊を投入しての訓練は、もうしばらく先になりそうだった。
すると、「ただ飯を食わせる義理はない」といわんばかりに出向を命じられたのだった。
それぞれが陸上航空部隊に派出され、若手の教育や任務に投入されているのが現状である。
そう、私「メリィ・フロンタル」が疲れているのも、まさにそのせいだった。
今日は
P-3Cに搭乗し、基地周辺海域の哨戒任務を実施してきた。
…もちろん訓練兵を連れて、だ。
「まぁ、給料分は働きますか。…さてと」
火照った体を、ビールで冷やす…
「この一杯のために生きているっ!…なんてな」
さっぱりした体と頭ではあったが、あまり食欲は湧かなかった。
こんなときは寝るに限る…ゆっくりとした動きでベットに潜り込みそっと目を閉じる。
独り寝には寂しい季節が続く。
願わくば、この寒いベットを一緒に暖めてくれる存在に巡り逢わんことを…
さて、明日もフライトだ…
「ドンドンッ!少佐っ!起きて下さいっ!」
けたたましく鳴り響くノック(というには少し乱暴だが)によって目が覚めた。
「やばっ!寝坊したか!?」
あわてて飛び起きたが、時計を見るとそうでもない。
なんだよ…まだ3時間は寝れるはずなのに。
「お休みのところすみません。
アレックス少尉です。あの、司令がすぐに来るようにとのことですが…」
呼び出し?なにかやらかしたか…?
「わかった。すぐに行く」
一体なんのことだかわからないが、呼び出す声に不穏な雰囲気を感じ、すぐに向かうことにした。
ドアを開けると少尉が待っていた。
「お供させていただきますっ」
少々緊張した面持ちではあったが、精一杯の笑顔を取り繕って彼女は言った。
「ありがとう。では行こうか」
先を促し、歩を進めながら前を行く彼女の後姿を見ていた。
彼女、アレックス少尉は昨日一緒に飛んだ副操縦士である。
正確には副操縦士「見習い」のようなものだが。
士官学校を卒業後、操縦士になるための教育課程をへて、3ヶ月前にこの部隊に来たのだそうだ。
元々の担当教官が退職したことで、俺にそのお鉢が回ってきたってところだ。
まだまだ半人前だが、女性特有の繊細さと、生来の努力家故か知識量は多く将来が楽しみな人材でもある。
「司令、少佐をお連れしました」
そうこうしているうちに着いた様だった。
「ただいま出頭しました」
そう言いつつ周囲をうかがうと、昨日のメンバーがそろっていた。
「とりあえず、そこに座ってくれ」
空いている席に座り、次の言葉を待つ。
と、見慣れない軍服を着た男が目に付いた。
その視線に気づいたのだろう、司令が口を開いた。
「あぁ、紹介しよう。彼は情報局の人間だ。機密保護のため名前は公にできないが…階級は中尉だ。以後のことは彼に聞くように」
そういってその男、「中尉」がしゃべり始めた。
「ただいま紹介に与った「中尉」です。そうですね…“ゴースト”とでもお呼びください」
薄っぺらい笑顔でそういった彼に、とても冷たい印象を持った。
…こういうやつは生理的に受け付けないな。
彼女とは大違いだ。と思ったが、何を馬鹿なことを考えてるんだと自分の思考にあきれた。
「我々情報局が掴んだ情報によりますと、現在この地図に示すポイントを中心とした海域に、我が軍に敵対行動を取る可能性のある潜水艦が行動中とのことです。
あなた方には、直ちにこれを捜索し、撃沈していただきたい」
「必要な情報は、今からお配りします書類に記載がありますので確認してください」
そういって、書類を回してきた。…1枚の薄っぺらい紙に、これまた薄っぺらい内容の。
「出せる情報はこれだけか?中尉」
努めて平静を保ったつもりだったが、横に座るアレックス少尉の表情を見るに、そうでもなかったようだ。
「相手の国家あるいは組織、情報の出所、行動の目的。そういったものがないが…どういうことだ?」
「さらに言えばなぜ我「少佐」…なんだ?」
こちらの言い分を遮り「ヤツ」はこう言い放った。
「それをあなた方が知る必要はない」
ブリーフィングルームの空気が凍る。
司令は苦虫を噛み潰したような顔をしているし、きっと俺もいい表情をしているだろう。
なるほど、司令ですらしらないところで話が進んでいたのか。
とすると、どこの差し金だ…?
まぁいい。駒は駒らしく、盤上で踊ってやるさ。
もちろん、素直に踊る気なんてさらさらないがな。
「了解。直ちに出撃する。司令、よろしいですか?」
「…すまない。よろしく頼む」
隙のない敬礼で答え、皆と部屋を後にした。
あのいけ好かないヤツに言いたいことは山ほどあったが、司令の立場もある。やめといて正解だっただろう。
「あの…、その…、なんていうか…」
航空機へ向かう途中、不安げな表情で少尉は言いづらそうに言ってきた。
「気にするな。俺たちはいつも通り任務をこなすだけだ。いいな?」
「…はい」
「まぁ、なんだ。色々あるが、なんとかなるさ。ちゃんとお家に帰してやるから安心して乗ってな」
彼女の不安を少しでも解消できればと、わざとらしく、ふざけた表情でそういった。
気持ちを汲んでくれたのか、やや困ったような表情を浮かべながらも
「はいっ!よろしくお願いします!」
と力強く答えてくれた。
果たして彼女の心配は今日の任務か、それとも…
次回、出撃編。
pre-flight checkを手早く済ませ、出撃クリューを機内に集める。
皆の顔をよく見ると、適度な緊張感と自信とが滲み出ている「いい表情」をしていた。
ベテラン勢が抜け、ルーキーばかりかと侮っていたが、考えを改めなければならないと感じた。
確かに、古参兵と比べると経験は劣るだろうが、彼らなりに必死に訓練し穴を埋めようと努力したのだろう。
彼らとなら、必ずやこの任務を達成できるだろうと感じ、うれしく思った。…いい兵士だ。
おや、例外もいたか。
「アレックス少尉」
「は…はひっ!!」
あわてて返事をするが、どうみても緊張の塊だ。
「そんなに緊張してどうする…って、実戦は初めてだったか?」
そう声をかけると、やや伏し目がちにこう答えた。
「はぃ…。シミュレーターはあるんですが…実際に飛ぶのは初めてなので…」
「そうか、じゃあ今回のはいい経験になるな」
すると、驚いたように顔を上げ人の顔を見てきた。
口をパクパクさせ、何か言いたそうにはしているが、言葉を選んでいるせいか喋れていない。
「君の言いたいことはわからなくもない。シミュレーターとは違い、実際にあちらさんにも人が乗っている…というようなことだろう?」
目を丸くしながらも頷き、また目を伏せながら
「それもあります。頭では理解しているつもりです。しかし…うまく説明できません…」
…甘いな。そうのどまで出掛かった言葉を飲み込み、努めてやさしく声をかけた。
「優しいんだな。だが、そのような考えで飛ぶと…死ぬぞ。」
彼女に言葉を挟ませないようすぐに続ける。
「すくなくとも、このフライト中は忘れろ。そうしなければ、後で悩む時間すら失うことになる」
すっかり黙ってしまった彼女を見て、少々言い過ぎてしまったかと思ったが…フォローするには時間が足りない。切り替えていこう。
「改めて状況を確認する…」
先ほどブリーフィングを受けた内容を再確認し、意識の共有化を図る。
淡々とするべきことを確認し、お互いのするべきことを認識する。
さて、出撃だ。
「少尉、グランドにコンタクト。エンジンスタートする」
「了解しました」
ひどく事務的に返された。…根に持ってるのかな?
"AMS ground,this PHOENIX103 spot 13 start up. I have infomation S."
"PHOENIX103 AMS ground, start up approve. QNH2994"
"QNH2994 PHOENIX103,then start up"
「それではエンジンスタート」
T56A-14ターボプロップの重低音が響く。ジェットの甲高い音もいいが、うなるようなこの駆動音もまたいい。
深夜の飛行場にこだまするエンジン音。薄曇で月明かりもほぼ無い中、誘導灯に導かれ滑走路に向かう。
見ようによっては、きれいな夜景とも言えなくは無いが、そんなロマンチックな気持ちにはなれなかった。
いつからだろう、景色を楽しむこともしなくなったのは…
「タワーにコンタクトします」
少尉の声でわれに返った。考え込む悪い癖だ。
“離陸許可、求ないんですか?”という顔をした彼女に
「よろしく」
とだけ伝えた。
"AMS tower,PHOENIX103 ready. left turnd departure break to southwest"
"PHOENIX103,AMS tower. left turnd departure approve.wind 350 at 12 runway02 cleared for take off"
"runway02 cleared for take off.PHOENIX103"
エンジン音が一際高く、大きくなり、その機体を空へと運んだ。
作戦海域到達まで、約90分。
「あの、少佐?」
暇をもてあましたのか、彼女が聞いてきた。
「少佐はなぜAMSに?」
場をつなぐための話題にしてはやや重い内容のような気がしたが、離陸前までの事務的な対応とは違い、安堵した。
「ん?簡単だよ。飛行機に乗りたかったんだ」
話せる内容を選んで、こう答えたのだが…
「へっ?」
と、呆れたような顔をしてこちらを見てきた。
…機上整備員(FE)まで人の顔を覗き込んでくる。
苦笑しながら続けた。
「いや、元々は自衛隊でこいつに乗ってたんだ」
そういって操縦桿を軽く叩いた。
「え?でも艦載部隊の…」
そう彼女は言ってきたが…いやいや、最初の自己紹介聞いてなかったのか、こいつは。
「そう。艦載のジェット機に乗りたくてさ。AMSに来たんだ。
そもそも経験者でもなければ、こうやって指導しに来ないでしょ?…って最初の自己紹介で言ったはずなんだが?」
我慢できずにそう突っ込むと、バツが悪かったのか窓の外を見て
「右舷、異常ありません」
などと誤魔化して来やがった。…帰ったらとっちめてやる。
「少佐、まもなく作戦海域です。捜索作戦については、事前の打ち合わせの通り。」
そう言ってきたのは、戦術航空士(TACCO)のオリバー大尉だ。彼はこの航空機の頭脳とも言える配置にあり、
対潜音響員(SS-1/2)、対潜非音響員(SS-3)からの情報を統合、精査し相手を追い詰める。
実績、知識ともに申し分なく、彼なら大丈夫だろう。
「了解、よろしく頼む」
そうだな、皆に言っておくか…。
「まもなく作戦海域に到着する。色々含むところはあるが、我々は兵士だ。課せられた命令を実行しよう。
諸君の奮闘を期待する。以上だ」
「了解」
簡潔だが、力強い応答が口々に帰ってくる。
この信頼に応えられるよう、さらに気を引き締めた。
到着まで後10分。作戦行動可能時間、残り6時間15分。
「捜索開始」
厳かにそう宣言して作戦が始まった。
今回の作戦の概要はこうだ。
1、ソノブイ(sonobuoy)による対潜音響網の構築。
2、レーダーによる小型目標捜索。
最近の潜水艦は静粛性が向上し、音響による探知も難しくなったが、それでも原子力潜水艦のような大型艦であれば期待できる。
通常動力潜水艦であれば、艦内換気や充電(シュノーケル)のため海上に排気筒を上げざるを得ず、レーダーで探知できる。
また、2時間もすれば日が昇る。目視による発見も期待できるだろう。
本来なら、情報からどちらを重視するか考えるところだが、“ゴースト”の情報によると「不明」とのことだった。
…よし、決めた。
「まずはソノブイによる探知を優先。もちろん可能な限りレーダーでも捜索する。日が昇ってからは高度を下げて捜索する」
そうと決まれば対応は早い。
戦術航空士が捜索計画に基づき、機上武器整備員(ORD)と協力しソノブイによる対潜音響網を展開。
それを用いて対潜音響員が潜水艦を捜索する。
また、対潜非音響もレーダーによる捜索と平行し、赤外線暗視装置による捜索も行う。
P-3Cという兵器が、その能力を発揮する。
この躍動感を感じる瞬間が心地よい高揚を与えてくれた。
捜索開始から2時間が経過したが、潜水艦らしい反応は未だ無い。
東の空がうっすらと明るくなってきた。
「もう朝ですね…、コーヒーでも持ってきてもらいましょうか?」
気が利くなぁ…と思ったが、そういうアレックス少尉をよく見ると、目元があやしい…。なるほど、コーヒーを飲みたいのは自分か。
「そうだな、熱いヤツを頼む。ブラックで」
「あ、私は砂糖入りでお願いしますっ!」
これ幸いと便乗した彼女と啜るコーヒー。
女性と飲むモーニングコーヒーは、もう少しおいしかったはずなのになぁ…。
そう思いながら飲むコーヒーは、淹れた人の気遣いか濃い目だった。
作戦行動可能時間、残り4時間。
完全に日が昇り、朝日に照らされる海面が眩しかった。
我々は高度を降ろし、如何なる探知機会をも逃さぬよう神経を研ぎ澄ましていた。
しかし、既に離陸から4時間余りが経過し、疲れの色は隠せなかった。
となりで大あくびをする少尉を横目に、ただ淡々と周囲を捜索していった。
「いないんですかねぇ…」
そういう彼女は、外を向いていたため本心から言っているのかわからなかったが、すくなくとも冗談ではなかった。
「何を馬鹿なことを言っているんだ?君は」
声のトーンから異変に気付いたらしい彼女は驚いて振り向いた。
「居なければ居ないでいい。でも、もし居たらどうするんだ?向こうだって必死に隠れているんだ。こちらも必死に探さなくてどうする」
「…すみません」
バツが悪そうな顔をした彼女は小さな声でそう言い、外の警戒を再開した。
この程度のことでイラつくとは…。自分でも認識しないうちに疲労が蓄積されているようだ。
後でちゃんと謝っておこう、そう思い頭を切り替える。
任務が優先だ。
作戦行動可能時間、残り3時間。
先ほどの彼女の呟きは、機内に暗い影を落としていた。
元々潜水艦捜索というものは、砂場に落としたダイヤモンドの粒を探す行為に近く、根気を必要とする。
疲れが表れ始めたこの時間帯に投下されたあの発言は、
「本当に居ないのではないか?」というような精神状態を招く結果をもたらした。
…いかんな。士気が落ちてきている…
さて、どうしたものか…と思案し始めたその時だった。
「レーダーに反応っ!小型目標1っ!」
機内の空気が一瞬にして熱くなる。
矢継ぎ早に戦術航空士が指示を出し、目標の確認に向かう。
目標までの距離は15nm、まだ潜水艦と決まったわけじゃない。
「皆、とりあえず落ち着け。」
浮き足立った皆を静める。そうだ。冷静に熱くなろう。
「…!? 反応消失っ!」
一時落ち着いた空気がまた熱くなる。
それもそうだ。反応が消えた、ということはそれが潜水艦である可能性が高まる。
潜水艦ということを前提とした対応をする必要があるな…
「大尉」
忙しいであろう彼に一声かける。
「大丈夫です、任せてください。ORDはダイファー、ダイキャスブイ投下用意」
力強い言葉が返ってきた。思ったことを実行してくれる、さすがだ。
レーダーの反応消失ポイントには何も無かった。
ソノブイを投下し、ピンポイントでの捜索を継続する。
「ダイファーブイ、ダイキャスブイに探知あり!」
「音紋による解析結果は…オスカーⅡ型です!」
よしっ!!
機内の誰もが「してやったり」な表情を浮かべ、逃してやるものかと気を引き締める。
しかし…
「オスカーⅡ…ですか?とするとロシアが…?」
そう尋ねられ、記憶の糸を手繰り寄せる。
SSGN 巡航ミサイル原子力潜水艦 オスカーII型 国籍はロシアだが…
…ん?SSGN?
なるほど。“ゴースト”が持ってきた情報もあながちうそではなかったようだな。
「いや、少尉。そう断定するのは早計だ。作った国と中に入っている人間の国籍が同じとは限らない。」
「あ、そうですね」
表情をコロコロと変える彼女は見ていて飽きない。
「だが、良い考えだ。普通はそう考える。だが、そこまで考えるのは俺たちの仕事じゃないな」
そう言って、意識を追尾に集中させた。
「通信/航法員(NAV/COMM)、司令部に連絡。“獲物を見つけた”だ」
そういって詳しい情報を司令部に連絡したところ
「ただちに目標を撃破せよ。それが探し物である」
との返答だった。
やれやれ、詳しいことは帰ってから問い詰めるとして…
「諸君、狩りの時間だ」
そう高らかに宣言した。
速やかに敵潜水艦上空に向かい、MK-46魚雷を投下する。
「攻撃用意…投下っ!」
戦術航空士の号令で魚雷が向かっていく。
(当たってくれよっ)
機内の想いが、希望が高まる。
ドーンッ!!
潜水艦が居るであろうポイント付近に水柱が上がった。
「やったか!?」
「ソノブイは引き続き探知中ですが…命中はしたようです!。航行音にも変化有、速度も遅くなってる」
息も絶え絶えといったところか。
「よし、止めを刺しにいこう」
結果として、ヤツは4発の魚雷を喰らいその巨体を海底に沈めていった。
我々は戦果を上げた。意気揚々と基地へと帰る機内に、一人だけ複雑な表情を浮かべるものがあった。
そう、アレックス少尉である。
「あの潜水艦って、何人の人が乗ってたんですかね?」
…あぁ、そうだった。この子はそういう人間だった。
ここではぐらかしてもいいことは無いだろう。
そう思い、答えることにした。
「約100人だ」
「そうですか…」
現実の数字を聞いて、さらに表情が暗くなる。
「だがな、少尉。良く聞いてくれ」
「ここからは、俺の推論が混じる。そこから自分で判断してくれ、いいな?」
そういって顔を上げた彼女に、ゆっくりと語り始めた。
「あの潜水艦は、核ミサイル搭載型だ。射程は550km前後と言われている。
発見したポイントと地理情報をあわせると、我々の基地まであとわずかだ。
そういった意味では水際だった。しかも、さらに進出すれば、すぐそこに100万もの人が住む都市もある。
彼らの目的はわかっていないが、こうして出張って来た以上、その目標は我々か、はたまた依頼主か…。
もちろん彼らがテロリスト集団という考えもある。」
「でも、そうじゃなかったとしたら?」
「それを考えるのは俺たちの仕事じゃない。もっと頭のいいヤツが考えた結果、こうして実行部隊に命令がくるんだ。
更に言えばそのときの責任を取るのは、機長の俺であり司令だ。
それにな、酷く個人的な感情だが、俺は自分の守るべきものが傷つけられる可能性が1%でもあるのなら行動を惜しまない。
…行動しなかった結果どうなるか、身にしみてわかっているからな」
そういって思わず目を細めた。忘れたつもりだった胸の痛みが、光景が、悲鳴が…
「少佐!?どうしました!?」
少尉の声で我に返る。…また、か。
「いや、急に眠気がな…」
そう言って誤魔化す…つもりだったのだが。
「昔、なにかあったとか…?」
はて、どうしたものか。
と、目の前に見慣れた地形が映ってきた。そうだ、基地に戻ってきたのだ。
当社比120%の「やさしい」笑顔を張り付かせてこういった。
「少尉、人のプライベートに土足で入り込むのは感心しないな。
そんなことを考える暇があるなら…さっさと管制塔に通信とって着陸許可を貰わんかっ!
今、どこを飛んでるかわかってるのかっ!?」
「は、はひぃ!」
そういって慌てて通信する様をみて、
「まったく…最近の若者は…」
といいつつ回りを見ると、自分がまだ若年層に位置することに気付き、閉口した。
「司令、ただいま戻りました。戦果については通信により報告したとおりです」
「よくやってくれた。ワシも鼻が高いよ」
そういってがっちりと握手を交わす。
…ん?ヤツの姿が見当たらないが…
「あぁ、彼ならお引取りいただいたよ」
表情に出ていたらしい。とんだ失礼を…と謝る私に
「いいんだ。ワシも嫌いな人種だったのでな。撃沈の報告を受けた後、『もう用はないだろう?』と突き帰してやったわ」
そういって高らかに笑う彼は、豪胆で、歴戦の勇士を思わせた。
「少佐、今日はもう疲れただろう。ゆっくり休め。」
「了解しました」
しっかりと敬礼し、部屋を辞す。
「いやぁ~…本当に疲れた」
つい独り言が口からこぼれる。
倒れこむようにベットに横になり、眠りの国へと旅立つのだった。
1ヵ月後。
相変わらず訓練、任務に明け暮れている毎日を過ごしていたが、司令に呼び出しを受けた。
「司令、お呼びでしょうか」
「良く来てくれた。…アレックスは順調かい?」
「えぇ。かなりマシになってきました。センスもなかなかですし、なにより努力家ですから」
好々爺よろしく笑みを浮かべながら頷き、
「そうか、それは楽しみだ」
と、答えた。
「して、ご用件とは?」
一向に本題に入らず、痺れを切らして催促した。
すると、急にまじめな顔になって一枚の紙を出してきた。
「命令…書?ですか」
その命令書にはこう書いてあった。
“艦載航空隊 第151哨戒飛行隊所属 少佐 メリィ・フロンタル
艦載部隊合同訓練のため、第6151哨戒飛行隊の出向の任を解く”
とあった。…そうかお別れか。
感傷に浸っていると、もう一枚紙を回してきた。
これは…
“第6151哨戒飛行隊 少佐 メリィ・フロンタル
敵潜水艦撃破の功により 中佐 へ昇進させる”
…へ?
驚いて顔を上げると、ニヤニヤした顔が目に入った。
「ワシからのプレゼントだ。」
後で聞いた話だと、かなりの猛プッシュをしてくれたらしい。本当にありがたいことだ。
「…でな?ものは相談なのだが…」
「はい、なんでしょうか」
神妙な面持ちでこう切り出してきた。
「中佐ともなると、副官のひとりぐらい居てもおかしくないよなぁ?」
まぁ、確かにおかしくはないが…真意が読めんっ!?
と、混乱しているとすぐに答えが出た。
「アレックスはどうだろう。連れて行かんか?」
「な、なんですとぉ!?」
「まぁ、落ち着け。あれはな、ワシの孫なんだよ。孫かわいさから手元に置いておきたくてな…
名前も変えとる故、これを知っているのはごく一部の人間だけだ。
しかしな、このままでは良くないと思っていたのだよ。
そこで現れたのが君だ。君になら安心して任せられる
どうか、よろしく頼む」
そういって頭を下げる司令は、優しい“おじいちゃん”そのものだった。
「わかりました。ですが、本人の希望が第一です。そこを確認しなければ…」
バンッ「その必要はありませんっ!中佐っ!」
勢い良くあいたドアに佇むひとりの女性…確認するまでも無い、この声は…
「なんのつもりだ、少尉」
非常にまずい、まずすぎる。俺の第6感センサーは先ほどからエマージェンシーモードで鳴り響いている。
「“中尉”ですよ、中佐」
そういって階級章を指で弾く。
「アレックス、もう荷造りは終わったのかい?」
「えぇ、おじい様。すべて完了。いつでも大丈夫だわ」
「風邪を引かんようにな、あぁ、酔い止めの薬は持ったかい?」
「もう…。子どもじゃないのよ?安心してて。ね、中佐」
…なるほど。すでに退路を断った上での交渉。なかなかの策士だ…。
これは、もう…しょうがないか。
「わかりました。お預かりしましょう…ただし、過保護は厳禁!私の指示に従っていただく」
罠にはめた二人の策士はハイタッチを交わした後、こちらにサムアップしてきた。…こんちくしょう。
「よろしい、では改めてこれを。」
そういって司令は3枚目の紙を回してきた。
“第151哨戒飛行隊 中佐 メリィ・フロンタル
兼ねて第1航空隊副長を命ずる”
“第6151哨戒飛行隊 中尉 アレックス・オースティン
第1航空隊副長 副官を命ずる”
「「了解しました」」
二人の声が重なる。
「中佐、あの…よろしくお願いしますっ!」
確かに最近情は湧いてきたけれども、こんなことになるとは…。
(もちろん教え子としてだからねっ!他意はないんだからっ!)
「これからもビシバシ鍛えてやるから覚悟しとけよ」
そういって、右手を出す。
「はいっ!」
握り返した手は力強く、でも柔らかだった。
新たな相棒を得て、更に邁進する。
願わくば、彼の未来に幸多からんことを…
end
おまけ
S-3にて空母に移動中…
「ギャーっ!! 海面っ!! 空母の甲板っ!! 墜落する~っ!!」
「えぇいっ!落ち着けっ! お前が操縦してるわけじゃないだろうっ!?」
さっきからこの調子だ…落ち着きがないったらありゃしない。
「今後はお前もこれ操縦することになるんだぞぉ~…」
「いやっ!無理ですっ絶対無理~!」
やれやれ、こりゃ鍛えがいがありそうだ。…大丈夫かな…トホホ。
「おじぃ~ちゃ~んっ!!」
こんどこそおしまい。
最終更新:2012年04月27日 23:28