第2話

洋上遥か彼方をF135-400 ターボファンエンジンが低いうなり声を上げ疾走する。
高度21,000ft、M1.02で巡航中。周囲の警戒は怠らないようにしなければ・・・
現在は作戦行動中であり、厳正な電波管制をしているため僚機にハンドサインで指示を送る。
(しばらくこのままの針路、速力を維持。引き続き警戒せよ)

簡潔にサムアップで応える僚機。普段はお調子者の彼女だが、操縦桿を握ると性格が変わるようだ。
パイロットとしての経験、更に言えばこの機種に転換して日が浅いというのに、
ここまでタイトに着けるのは、やはり才能だろうか・・・

「予定ポイントまで後8分・・・か。」
任務である洋上偵察のコース、まもなく次のポイントだ。
周りを見渡せば、所々発達途中の積乱雲がちらほらと、といっても雲高15,000ft程度で問題は無い。
ESにも探知は無く、上層は青空が広がっていた。・・・日差しが暖かい。
自動操縦だし、5分程落ちてしまおうか・・・などと考えたその時だった。

「ピーーーッ!!」
甲高い警報音と共に画面に現れる「MISSILE ALERT」の文字。・・・5時方向っ!

「MISSILE ALERT! five o'clock! break!」

すぐさま電波封止を解き、フォーメーションからミサイル回避の機動へと移る。
電子妨害弾射出、チャフ撒布。
A/Bで加速しつつ降下旋回・・・体にすさまじいGが掛かる。
うちのレーダーに敵機の反応は無い。
遠距離か、ステルスか・・・とにかく行動しなければこちらがやられてしまう。
運よく初弾については回避出来たようだが・・・

「Two This Leader, Have you insight bogey?」
「Negative...All sensor NOJOY」

まずいな・・・敵の情報も無く、管制機の支援も得られない。単独での作戦がこんなにも心細いものだとは。
レーダー、ES、赤外線、目視・・・目をいくら凝らしても見つからない。
・・・焦るな。冷静になれ。いつかチャンスは巡ってくる、そう自分に言い聞かせた。

・・・が。
「ピーーーッ!!」
再度、甲高い警報音と共に画面に現れる「MISSILE ALERT」の文字。今度は6時だと?
完全に狙われている。慌てて回避行動をとりつつ索敵に移る。
なぜだ。このF-35C自体のステルス性能も低くはない。にもかかわらず、こうも易々と背後を取られるとは・・・
鳴り響く警報音を恨めしく感じながら愛機を駆り続ける。

ロックは外れたようだったが、いまだに敵の反応は攫めない。
僚機の位置はLINKで把握しているが・・・無事だろうか?

最初の被攻撃位置、そして先ほどの被攻撃位置と僚機の位置を考えると・・・この辺りか。
レーダーを一旦止め、予想位置に機体を奔らせる。

・・・居たっ!!まだ距離があり、種別はわからないが敵に間違いないだろう。
僚機の位置を確認して・・・と。

「Tally Ho! Make the course 257 degrees. target course 125 speed 630kt ALT 22,000ft」

「willco.」

1対2だ。追い詰めてやる・・・
まだ米粒よりも小さい敵機を睨みつけながら、徐々に距離をつめる。
まだレーダーは使わない。見る限り、まもなくミサイルの有効範囲に入りそうだ。

「this two. target insight」
僚機も見つけたか。・・・よし、攻撃だ。

更に機体を加速させ、一気に距離を詰める。
レーダーON、Tracking start・・・

「TRIDENT03.FOX2!」
AIM-120 AMRAAMが目標に向かって翔ける。終端誘導開始まであと5秒、4、3、2、1・・・
自立誘導に切り替わったことを確認し、すぐさま回避行動に移る。

「TRIDENT05.FOX2!」
僚機も攻撃したらしい。これでどうにかなったか・・・
やれやれ、一体どこのどいつだ?うちに喧嘩を売ってきたのは・・・


「ピーーーッ!!」


・・・へ?


甲高い警報音と共に画面に現れる「MISSILE ALERT」の文字。
ミサイルのシンボルが画面を覆いつくしている・・・
弾数不明、ほぼ全方位からの攻撃。

(ここまでか・・・)
軽く頭を振って弱気な感情を追い出す。
まだだ。まだ終わらんよ。こんなところで死ぬわけには行かない。
画面上に僚機のシンボルは既に無かった。

すさまじいGが体に掛かる。ブラックアウト寸前だ。
どれだけ動いても、どれだけ対応しても警報音が鳴り止まない・・・
しかし、あいつのためにも生き残らなければ。
すこしでも可能性がある以上は、どれだけ醜かろうが足掻いてやる。
掠めていくミサイルを見つつ、機体を更に機動させる・・・がそれも限界だった。

「ドンッ」
衝撃を感じた。被弾したようだ・・・やられた。
右翼が半分ほど無い・・・。制御不能。・・・錐揉み状態で急速に高度を失っている。

緊急脱出を試みるも、機能を失っているのか反応が無い。
海面に激突するまで約50秒。さて機体が持たずに爆散が早いか、ミサイルの餌食になるのが早いか・・・
こんなところで死ぬとは思わなかった。もうどうしようも無いというのに、急に生への執着が増してくる
走馬灯のように人の顔が浮かんでは消え、彼女が残った。
最後に現れた彼女の顔を見て、改めて認識した。
(彼女と生きたかった)
今更ながらに気付き、悪態つく。なぜこんなにも簡単なことに気付かなかったとは・・・
「くそっ!くそっ!くそっ!・・・くそったれー!『うるさーいっ!』・・・ほぇ?」


「さっきからなんなんですかっ!?もうっ・・・とっくに昼休みは終わってますよ!?・・・さぁさぁ仕事仕事!」

ふと気付くと、知らない天井・・・いや、自分の執務室だ。
頭がボーっとしている。はて????

「もうっ・・・まだ寝ぼけてるんですか?しゃきっとしてくださいよ。いくら最近転換訓練で忙しかったとはいえ・・・
あ、わかった!お昼のカレー食べすぎたんでしょ!? 実は私もちょっと気分が悪くって」
「そんなことするのは自己管理の出来ないお前ぐらいだ。・・・もう少しゆっくりさせてもらう。電話がなったら起こしてくれ」
「えー。・・・はいはい、わかりましたよーだ。」

目を開けずとも、子どもの様に舌を出してこっちを威嚇してるのがわかる。
本当に子どもっぽいヤツだな・・・
まぁ、それは良いとして頭を整理しよう。

そうだ。つい昨日までF-35Cの機種転換訓練を受けていた。人手不足からか、哨戒機乗りの我々にも攻撃機乗務が課せられることとなり、
急速練成も良いとこで、昼夜を問わず訓練に明け暮れていた。
なんとか検定には合格したが、疲れは溜まっていたようだな。あんな夢を見るとは・・・
・・・気分転換に散歩でも行くか。

立ち上がり凝り固まった体をほぐす。上着を羽織ったところで話しかけられた。
「あら、どちらへ?」
「散歩だ・・・お前も行くか?」
ガタンッ!慌てて立ち上がり、驚いたようにこちらを見ている。
・・・なるほど。これがうわさの“なかまになりたそうなかお”なのか。
「どうかしたか?」
「いえ、そんな素直に誘ってもらえるとは思ってなくて・・・」
あはは、と乾いた笑みを浮かべながらそう言った。一体こいつの中ではどんな悪人にされているのだろうか。

「まぁいい。まだ外は寒いからな、上着忘れるなよ」
「あの、今日はこれしか今持ってきてないんですけど・・・」
と、薄手のジャケットを摘む。
「・・・そこに掛かっている俺のジャンパー着ろ。それよりかはマシだ」
「了解っ!」

広い空母の甲板上、風は吹いているが天気はよく、一面の蒼い世界だった。
RHSは現在作戦行動中だが、主に陸空軍、海兵隊が行動しており我々海軍はその運搬支援と、適時航空打撃力支援を行っている。
出番はまだ先のようだった。
「良い天気ですね」
「そうだな。」


言葉は少なかったが、お互いの存在を感じられる距離でゆっくりと景色を眺める。


「こんなとき素敵な一言ぐらい言うのが男の甲斐性じゃないんですか?」
ニヤニヤしながらこちらをのぞきこんでくる。
「何を馬鹿なことを。そんな冗談言う暇があるなら、戻って仕事でもしたらいかがですか?」
「ちょ、ちょっと。なんで敬語なんですかぁ?距離感じちゃいますよ・・・」
ちょっと拗ねたようにそういう彼女。
「さて、帰りましょうか。・・・と、そういえば月が綺麗ですね」

ふと立ち止まりきょろきょろしている彼女。
「え?どこにあります?・・・目、良いんですね」
「大日本帝国軍のパイロットは日中でも星が見えるように訓練していたそうな。・・・目視も大事だからな。鍛えないといけないぞ」
「勉強になりますねぇ・・・」
そういって歩き始める。・・・わからないか。まぁ、それでもいいか。


「大佐」
そういって振り向いた彼女はにやりとしてこう言った。
「思ってたよりロマンチストなんですね。でも、出典の無い話をするのはどうかと思いますよ。・・・男なら直球ど真ん中で行きましょう!へいっ!かもん!」

無言で頭をはたき、先を促す。
「さっさと歩け。・・・仕事が待ってる」
「そうですねぇ・・・。あ、ドレスは何着ようかなぁ・・・。おじいちゃんにも連絡しなきゃっ!」
「待て待て待て・・・気が早すぎるだろう」

夢見る乙女に勝てるものなし。
笑顔で妄想が暴走している彼女を見つつ“この笑顔を守り続けよう”そう思った。

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最終更新:2012年04月27日 23:30