第3話
「結婚おめでとう、大佐。いやぁー・・・お前が『大佐』ってのも驚いたが“結婚”とはね」
そうニヤニヤしながら話すこの男『大楠 優也』
幼馴染であり、腐れ縁であり・・・元同期だ。現在は退役して、某航空会社で操縦士として勤めている。
「で、かみさんは今どこに?」
「・・・式の調整で飛び回ってるよ。親戚やらなんやらと話がしたいそうだ。俺はもう終わったんで暇なんだがね」
先週入籍を済ませた私は、妻たっての希望で豪華な式をするべく各所と調整中だ。
もっとも、式自体はコーディネータにまかせっきりなので・・・専ら招待客との調整だけなんだが。
「それで俺のところに来たってわけね。・・・なにすれば良いの?」
「話が早くて助かる。まぁ簡単な話だ。友人代表の挨拶だけ」
「任せろ。幼馴染の頼みとあれば断る理由はない。・・・が、名前はどうする?」
「・・・私は『メリィ・フロンタル』だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「赤い人乙WWW ・・・日本人顔で横文字の名前ってのもな、前の名前を知ってるだけに違和感があるわ」
昔の名前・・・そう言われて、しばらく会っていない両親を思い出した。結婚式にも呼ぶことが出来るか微妙なところだ。
名前を変え、職を変え・・・そうしなければ生きて行けないと思ったからこその行動だったが、果たして本当に良かったのか・・・
「表情が怖いぞ。」
そう言われて我に返った。いや、すぐに考え込んでしまうのは悪い癖だな。
「ところで、
メリィ。今後も夫婦で職業軍人は続けるのか?」
「・・・今のところそのつもりだが」
深いため息をついて、首を振る
「悪いことは言わん。日本人的感覚だが・・・家庭を守るためにも別の職業に変えたらどうだ?実際俺は退役してよかったと思ってる」
なにかの冗談だろうと顔を見たが、そうでもないようで、さらにこう続けた。
「いつ死ぬかわからない。しかもそれが夫婦共に、と来た。・・・軍人という職業に思い入れでもあるのか?」
思い入れ・・・思い入れか。
そもそもこの職を選んだのは空を自由に飛びたかったからだ。
非常に残念なことに、某猫型ロボットは来てくれなかったので、自分で何とかするしかなかったわけだが。
エアラインは自由度が低いと思っていたから、軍用機のパイロットを目指したってだけのこと。
・・・今更考えると、大したことでもないのかも知れん。
「思い入れなどと大層なものはないが、今の会社に恩義もある。・・・やめても再就職に困るしな。」
「再就職先さえあれば、やめても良いという風に聞こえるけど?」
「正直な話、『安定した職業か?』と問われれば、常に死と隣り合わせの商売だし、残るのも残されるのも遠慮したい。
家庭を考えると、そういう選択肢もあるのかも知れん。・・・しかし、俺だけで考える問題でもないしな。」
「まぁ、そこは夫婦でよく話し合ってもらうとして・・・話は変わるが、今度うちの会社でエアロチームを組むことになったんだ。広報用に、な。」
「お前のとこ、エアラインだろ??」
「そうなんだがな。ここんところ景気は悪くないんだけど、ライバル会社と差をつけるため・・・とかなんとか。
俺は会長の趣味だと思ってるんだが。・・・俺が部長に就任した。」
「そりゃめでたい・・・わけでもないようだな」
苦虫を噛み潰したような表情で酒をあおり、一気に捲くし立てる。
「ほんとにふざけてるよ!だってまともなパイロット俺くらいだぜ!?確かにエアラインだから、低高度機動とか、フォーメーションとかしたことない人たちばっかりだけど・・・
希望者すら居ないとは思わなかった・・・唯一の救いは予算に余裕があることぐらいだな。一応好きな機体も使えるし、移動用の輸送機も手配できる」
「それはしょうがないだろう。お前のように500ftで駆けずり回って喜ぶ変態じゃないってだけマシな人間だと思うが。」
「ひどいっ!!それが唯一と言っても良い幼馴染にかける言葉か!?」
ハンカチを噛みながら、わざとらしく悔しがる良い大人を見ると涙が出てくるな・・・
「ここまでは冗談。して、本題だが・・・」
こう言って急に真面目な表情になった。表情のコロコロ変わるヤツは、見てて飽きないな。
「・・・うちに来てくれないか?」
時が止まった。
「お前とかみさん、どちらも欲しい。お前は主に出演機で、奥さんは機材の輸送機。・・・もちろん奥さんにも出演機に乗ってもらってもかまわないが、腕は大丈夫だよな?」
「かみさんの腕は心配ないが・・・って違うな。なんでそんなことを?」
「簡単な話だ。アクロの出来る、信頼できるパイロットが欲しい。自衛隊時代にもお前の腕はピカイチだった。
今はその会社で功績もあり、複数の戦闘機乗務もこなす。そんなスーパーマンが身近に居るんだ。利用しない手はないな。
しかも、俺には時間がない。一刻も早くアクロ体制をとらないと上にどやされるから、そんな悠長に養成する時間がないんだ」
沈黙が場を包み、しばらくが過ぎた。
ただ時折、グラスを傾けたときに氷が鳴る『カランッ』という音がやけに大きく聞こえた。
「返事は・・・あまり急がん。よくかみさんと話してみてくれ。もちろん賃金や勤務体系は優遇させてもらう」
帰り支度を始めた背中に声を掛けられた。
「・・・わかった」
短く返事をして、握手を交わす。
「じゃあな。新婚さんW 俺は行くところあるから。ノシ」
そういって夜の街に消えていくやつの背中を見送り、宿へと向かった。
まったく・・・新婚で幸せ絶頂な人間になんてこと言うんだ。
もういい、こんなときは寝るに限る。悩むことを諦め、さっさと意識を手放した。
どういう未来が待っているのかは、まだ誰も知らない。
最終更新:2012年04月27日 23:30