コンコンッ『開いてるよ』
「フロンタル大佐、入ります」
そういって招き入れた主は、RHS海軍第1艦隊提督「ビル・“フリー”・カニンガム」中将、その人だった。

「で、話というのはなにかな?大佐」

ここは第1艦隊提督執務室。華美ではなく、落ち着いた調度品で整えられた応接スペースの中、ふかふかのソファが私を迎えてくれた。
机をはさんで向かい合い、ゆっくりと座る。
こうしてわざわざ人払いまでして、時間を取ってもらったのには訳がある。
「お気遣い感謝します、提督。」
そう言うと、豪快に笑いながらひざを叩いてこういった。

「今更そんなに気を遣う間柄でもあるまいて。ワシと君との仲だろう・・・まぁ、艦艇部隊と艦載部隊の関係なんてそんなものだろうがな。」
そう、私はこれまで「第1艦隊艦載部隊」の指揮を執ってきた。
艦隊の行動、航空機の運用に関して意見を衝突させたこともあるが、そこは豪快な海の男。喧嘩の後は仲良し、だった。
艦隊の「顔」として、指揮官として信頼に足る人物であり、よき友人でもある。

「そんなものでしょう、提督。私とて“一応”形式は重んじるんですよ?・・・日本人ですから」

「HAHAHA!そういえばそんなことも言っていたな。・・・とすると、階級も年齢も上の私の命令は絶対なんだな。
よし、そこへひれ伏せ。俺を崇め奉れW」
「くたばれくそオヤジ。サメの餌になりたいのか?・・・もっともサメもこんな脂身ばかり喰いたくはないだろうがな」
「なにおぅっ!?」
「あんだとぉ!?」

・・・しばしのときを置いて、どちらともなく笑い出す。
「お前くらいだよ、いまだに俺とじゃれ合ってくれるのは。最近の若いモンは張り合いがなくて困る」
「いやいや、普通提督にこんなこと言えませんよ。私だって言えるようになるまで大分掛かりましたから」
そう、見た目どこぞのマフィアのようなこの人。この風貌でありながら実は寂しがり屋さんで、じゃれあってくれる人を探してはいるものの、
自己の階級、年齢も加勢して中々そういう人間にめぐり合えないという・・・なんとも不運な人間である。

「まぁ、いつものじゃれ合いはここまでとして、そろそろ本題に入ってくれないか?大佐。正直、1時間程度しか時間がつくれなかったのでな、すまない」
「いえ、こちらこそ無理を言いまして。ありがとうございます・・・では、改めまして」
そういって差し出す2通の封筒。

「お、そういえば結婚したんだったな。」
かわいいラッピングのしてある封筒は、そう。結婚式の招待状だ。
「そうです。それが招待状なんですけど・・・実は、スピーチをお願いしたいと思いまして。」

「スピーチだって!?俺が?なんでまた・・・」
「提督がそういうの苦手だってのも知った上でですが、お願いします。」
「海兵の結城大尉で良いのではないか?」
「彼は仲人なのでね。上司といえばあなたしか居ないのですよ。・・・新郎新婦共々の上司なのだから」
「・・・しょうがないな、任されよう。なぁに『スピーチとスカートは短いほうが良い』というくらいだ。手早くやってやる」
「・・・セクハラだけはやめてくださいね」

「大丈夫、大丈夫。任せとけって。して、もう1つは・・・と。」
そういいながらもう一通を確認した彼の表情が変わった。
「これはどういうことだ!大佐!」

・・・やはりそう来ますか。彼が顔を真っ赤にして握っている封筒には「辞表」と書いてあった。
「・・・その字の通りです、提督。」
「そんなことわかっとる!なぜか、と聞いているんだ!」
肩で息をしながら、必死に怒りを堪えようとしている。・・・もうしばらく待たないと話せないな。


「・・・すまない、取り乱したな。」
「いえ、我ながら突拍子もないことをしているとの認識はあります。私でも多分そうなります」

「とりあえず、なんでこの結論に至ったのか教えてくれないか?・・・その前に一服どうだ?コーヒーを持ってこさせよう」

コーヒーの良い香りが鼻腔をくすぐる。程よい泥臭さと苦味が口に広がる・・・モカがよかったな。
「・・・さて、そろそろ教えて貰えないかな?」

穏やかに、それでいて力強い眼差しが、目を捉えて離さなかった。
「・・・家庭を守るためです。夫婦共々、生死と隣り合わせの職業です。残し、残されの不安を抱えたままで普段通りのパフォーマンスが発揮できる保障はありませんから。
部下へ示しも付きませんし、ね。」

努めて冷静に。嘘を付こうものなら、とんでもない逆鱗に触れてしまいそうで、慎重に言葉を選んだ。

「・・・公私混同をするような人間には見えんが。そもそも、君が軍人を志した理由・・・それを考えれば、この選択には疑問が残る。他に理由がないと納得いかんな。
・・・そうではないか?立花2尉」
「その名前は捨てました・・・し、“元”2尉ですから」
調べればわかることとは言え、面と向かって言われるとも思わず、少々顔が曇る。

「他の理由を聞かせてもらえるか?」
深いため息をつき、肩を落とした。・・・この人にはかなわない。

「・・・提督は、AMS、RHS共、新たに導入される新型艦艇についてご存知ですよね?」
やや間を置いてから、そう口火を切った。
「・・・どこでそれをって、愚問だな。もちろん知っているよ。それがどうかしたかね?」

「それが、もう1つの辞める理由です。私は元々MPA(Maritime Patrol Aircraft)の搭乗員でした。・・・もちろん今も、ですが。
私が訓練生の頃から口すっぱく言われ続けたものの中に、OTH(Over The Horizon)戦術の重要性があります。
・・・ドレッド・ノート級に始まった大艦巨砲主義。航空母艦の発展台頭により徹底的なアウトレンジ戦術が確立され、大艦巨砲が廃れました。
我々飛行機乗りとしては各種相手の先制探知、母艦位置の秘匿等・・・艦隊の手足となり作戦を遂行してきた自負があります。
しかし、“画期的な新兵器”により、それが覆ろうとしています。重装備の艦艇による直接の殴り合い。それが新型艦艇の目的なのでしょう?
そうなると、我々飛行機乗りでは対応できなくなる。・・・早期警戒は無人機の発展も著しいですし、海上有人航空機はもうそろそろ潮時。となりかねません。」

緊張と『口を挟まれたら困る』という感情がそうさせたのか、思いのほか一気に喋ってしまった。
・・・母親に話しかける子どもでもあるまいに。そう思うとばつが悪く、やや冷めてしまったコーヒーを口に含んで誤魔化した。

「君の考えはわかった。・・・が、潮時云々は少々短絡的ではないかね?」
教師が諭すように、そう語り掛ける提督。
「・・・そう思われるのもわかります。しかし大なり小なり・・・事実は事実として受け止めなければなりません。
我々航空部隊が相手艦艇を撃破する手段を持たない以上、おのずと重要性は下がり対潜水艦戦もヘリに譲って久しい中、我々の任務は
輸送と、一部の対地攻撃任務のみになります。その対地攻撃任務も、艦隊戦の後に行われることが多く、その戦闘の最中“お荷物”に
成り下がるのも解せません」

その話を聞いた老練な船乗りは、おもむろに葉巻に火をつけ、その香りを楽しみながら聞いた
「・・・アレックスは何と言っている?」

「わたしの意志に付いてきてくれると。良い妻です。」
まだ言葉にするとやや恥ずかしい感じがするが、きっぱりとそう答えた。
「俺の前で惚気るとは良い度胸だな」
男臭い笑顔を作り立ち上がった提督は、こちらに背を向け自分の執務机に向かって歩き出した。

「お前が“時間を作ってくれ”なんていうから、そんなことだろうと思っていたんだが・・・まさかなぁ・・・ほんとになぁ・・・」
なにやらブツブツ言いながら机をあさり、一枚の書類を出してきた。

「これは?」
ニヤリとしてその紙を出す。白紙の命令書だった。
「その字の通りだ。大佐」

「いや、何も書いてませんし、ちゃっかりやり返さなくて良いですから」
提督のドヤ顔をスルーして付き返す。
「・・・つまらん男よの~。まぁ、そのままだ。とりあえず、辞表は受け取っておく。・・・次の就職先にも悪いだろうからな。
だが、お前ほどの男を手放すのは惜しい。・・・いつでも帰って来い、席は空けといてやる。その理由が、私的なものであれなんであれ、私は歓迎しよう」

「お心遣い、ありがとうございます」
深々と頭を下げ受け取る。
「もし、以前のように・・・失いそうな、守りたいものがあるとき、我々でよければいくらでも力になるぞ。・・・兄弟。今度こそ、守り通せ。」

言葉にならなかった。
声を上げてなきそうなのを堪え、精一杯の敬礼で場を辞した。

この青い空のもとに出会えたかけがえのない戦友たち。
そのすべての出会いに感謝。
新たな出会いに期待。

そして、二人の未来に幸あれ


メリィさんの愛のメモリー【完】
先生の次回作にご期待ください

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最終更新:2012年04月28日 22:57