第4話
飛翔(後編)
会場入りした我々を迎えてくれたのは、物々しい手荷物検査だった。
「すみませんね。最近テロへの警戒が国内で高まってまして・・・」
そう言いながら、慣れた手つきで物色していく検査員。
空港保安員の制服を着てはいるが、おそらくは軍所属の人間だろう・・・そう第六感が告げていた。
「そうですか・・・お仕事大変ですね。頑張ってください」
当たり障りの無い挨拶を交わしつつ、ようやく施設の中へと入ることが出来た。空港施設内はにぎやかで、普段通りの営業をしているようだ。
「さすが国際空港だけあって、人が多いですね。・・・あっ、あのお菓子おいしそうっ!」
「・・・気になったのなら早く買って来い。挨拶終わったらそのままエプロンだから時間無いぞ」
脱兎のごとく駆け出す我が妻。色気より食い気か。・・・身体の一部分だけは成長しないようだがな。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。くわしいことは部下に説明させますが、この空港施設内は自由に使用していただいて構いません。
もちろん「保安に関わる所以外」ですが。・・・それでは、3日後のショーを楽しみにしていますよ」
手短に挨拶を済ませ部屋を出て行く空港責任者の・・・名前なんだっけ?キイテナカッタ。
部下に連れられショーの会場となるエプロンへ出た。
メイン使用している区画ではなく、やや離れたところにある一角だが・・・その中に異様な建物があった。
「・・・格納庫?ですか、あれ」
気付かれないように小さい声で尋ねる
アレックス。確かに事前に手に入れておいた航空写真には写っていない。
「そうかも知れんな。・・・あんまり見るな、気付かれたらまずいだろ。まぁ任せとけ」
そういって引率の人に近づいていき、こう尋ねた。
「すみません。・・・あの大きい建物の高さはどれくらいありますか?」
引率の男は、やや顔を曇らせてこちらを見てきた。
「え・・・と、一体どの建物のことでしょうか?」
「いえ、見えます?あそこの四角い建物ですよ。・・・困ったなぁ」
(ずいぶんと演技の下手なヤツだな)などとかなり失礼な感想を抱きつつそう続ける。
「えー・・・あぁ、あれですか。何にお困りですか?」
「いえね?今回のショーを組み立てるために事前に見取り図を用意していたのですが、あの建物が入ってなかったものですから。
現在のプログラムだとローパスする際に、どうも近付きすぎてしまうような感じなんですよ。
ですので、あの建物の高さと建物自体が何なのかが知りたいんです。油脂等危険物の近くを飛ぶのも怖いですし」
「・・・少々お待ちください。上に確認します」
なるほど・・・何かあることは確定したな。さて、どうなるか。
「本当に嘘八百並べるのが得意ですね、あなた。」
関心半分呆れ半分の妻。
「・・・キミに対しては常に誠実だよ」
「わかってますよ。もう・・・////」
大楠の冷たい目線を視線の端に捉えながら、妻のご機嫌をとる。・・・女心とは難しいものだ。
しばらく電話口で話していた男だが、なんとか回答がもらえたのかこちらに向かってきた。
「あの建物ですが・・・高さは約15メートル。幅は約80メートルで長さは約60メートルです。・・・航空機用部品の集積庫なので出来れば避けて飛行してもらいたい、との事でした。」
「そうですか・・・わかりました。そのようにして計画を練り直します。ありがとうございました」
その後は簡単に下見を済ませ、用意された宿へと向かった。
部屋に入り簡単に荷解きを済ませた後、まず行うべきは“盗聴器の有無を確認すること”だ。
・・・よし、反応はないな。
安心してゆっくりソファに身を委ね、タバコに火を点ける。・・・やれやれ、演じるより飛んでるほうがどれだけ楽か。
今日の担当者とのやり取りを思い出しながら、大きくため息をつく。
・・・向こうの手違いとはいえ、アレックスと部屋が違うのがこのときばかりは助かった。
人がタバコを吸ってるのをみると「禁煙しろっ!」ってうるさいからな・・・
コンコンッ『あなた?わたしです。空けてくださいな』
んっ!?噂をすればなんとやら・・・
「はいはい・・・ちょっとまってね~・・・・・・・・・っと」
慌てて窓を開け放ち、テレビを付けた後ドアへと向かう。
「ふぅ・・・なんで夫婦なのに部屋が別なんですかねぇ・・・もう。って、またタバコ吸ってましたね?」
「部屋が違うのは向こうの手違い。タバコを吸うのは俺の自由。・・・そんなことを言いに来たんじゃないだろう?」
叱られる子どもの如く、とりあえずの言い訳を並べながら話題の転換を試みる。
「・・・それもそうですね、と。(大丈夫ですか?耳は)」
「大丈夫だ。既に掃除は済んでる」
ジェスチャーで盗聴器の心配をしたアレックスにそう伝える。
「うちの部屋も大丈夫でした。マークはされていないようですね、助かります」
「ま、テレビをつけているとは言え大声は禁物だな」
備え付けのコーヒーを淹れた後、おもむろに口を開いた。
「あの建物・・・なんだと思いますか?部品の集積庫とのことでしたが・・・」
「それを真に受けて思考停止させるのは良いこととは言えないな。ここで考えるべきは“あのサイズの格納庫に入る航空機は何があるか”ということだ。」
しばし考え込んだ後、降参とでも言いたげに手を上げながら
「わかんないです・・・すみません」
「いやいや、謝ることじゃないって。・・・一緒に考えて行こうね」
しょんぼりするアレックスを慰めつつ、もう一度思考の海へと潜る。
「あのサイズの格納庫・・・B-2が入っていても不思議ではないな。警戒員が銃持って立ってたら更に確立はあがるが。しかも、航空写真に写らないようにカモフラージュさせている点を見ても
秘匿性を重んじるB-2に通じるものがある。」
「B-2を配備することによる利点はどこにありますか?」
「別に配備する必要はないが、利点はある。航続距離から考えると爆撃地に近いこの土地は有効だ。目的地到達時間も短くなるし、ほぼ半分を爆撃圏内に納めることが可能。その分敵地に
近いので、その分のリスクはある。いくつかあるうちの一時の休息、給油ポイントと見るのが妥当かも知れん。」
「確かに・・・空中給油もいつでも出来る訳ではありませんしね」
そう、ここから何が推測されるかだが“米軍はいつでも爆撃できる体制を整えつつある”ということだろうか。
状況はなかなかに厳しい。だが、断定するには情報不足か・・・
「よし、考えすぎて腹が減ったな。外に喰いに行くか!?」
「はいっ!行きましょ~!」
夜の街はそれなりに賑わっているようだった。
バーのマスターの話によれば、
「近々戦争になる気配があるため、国境から離れる方向に疎開する動きがある」
とのことだった。
ちびちびとワインを飲みつつ、周囲の客の会話に耳を傾けていると・・・
「おたくらもアメリカから来たのかい?」
そういって話しかけてきたのは・・・これといって特徴の無い男だった。
「そうだよ。今度行われる航空ショーに出るために来たんだ。・・・キミも観光かい?」
そう言うと、目を丸くして大笑いしながらこう答えた。
「ははっ。いや、俺は地元の人間だよ。ここ最近、アメリカ人が来ることが多くてね・・・ん?ショーに出るって言った?」
少年のように目を輝かせながら食いついてきた。
「そうだよ?アクロチームのパイロットをやってるんだ。こうして知り合うのも何かの縁だ、是非見に来てくれ。・・・どれ、一杯おごろう」
そうしてしばし航空談義に花を咲かせつつ色々な話を聞いた。
・・・こら、人の嫁を口説くな。
「ところで、さっき“アメリカ人が来ることが多い”って言ってたけど・・・?」
「そうそう、それなんだけど。・・・ここ2,3週間の間に急に増えてきたんだよな。あいつら癖が悪くてしょっちゅう女に手をだそうとしてトラブルになってる。
・・・見るからに軍人っぽくてな。最近きな臭いし、そろそろ田舎に帰るべきなのかな・・・商売もうまくいかないし・・・彼女には振られるし・・・」
こいつ・・・泣き上戸かっ!?
「へぇ・・・そんなことがあったの。物騒な世の中になったものね」
そういってフォローに入る優しいマイワイフ。
「そうなんだ・・・だから君に癒してもらいたいn・・・グエッ」
「こら、手を握りながら人の女を口説こうとするな。ばか者」
つい手を出してしまった・・・が、悪いのはあいつだ。
「良い女は大体売約済みなんだよなぁ。・・・俺も頑張ろう」
「おう、頑張ってくれ。・・・じゃあ、またな」
そういって分かれた名も知らない彼。有益な情報をありがとう。・・・人の嫁を口説こうとした彼に天罰があらんことを。
「“人の女に手を出すな”かぁ・・・うふふ/// あなたも言うようになりましたね」
酔いが回ったのか、頭の中お花畑のマイワイフが腕を絡めつつそういった。
・・・上目遣いの攻撃力は中々だ。
その夜のことは夫婦2人の秘密である。
・・・ショー自体は大成功を収めた。
好天にも恵まれ、観客の入りも上々。こうして我々アクロチーム“SOG A分遣隊”は海外での公演を成功させ帰国の途に着いた。
日本に帰った我々を迎えてくれたのは数々の取材と、親会社主催のパーティーだった。
連日の取材、撮影、パーティーと息つく間もなく活動し、休めたのは帰国から2週間後のことだった。
そうして、ようやく3人で食卓を囲むことが出来た。
「本当にお疲れ様。君たち2人のおかげで成功したようなものだ。改めて御礼を言いたい。ありがとう」
そう言って、深々と頭を下げる大楠。
「いえっ・・・あの、頭上げてくださいよっ」
アレックスはあたふたしながら頭を起こさせようとするが、なかなかに上がらない。
「いや、こちらこそ良い経験になった。ありがとう。」
ようやく顔を上げ、どちらからとも無く笑い出して和やかに食事は進んだ。
宴もたけなわになったころ、大楠が口を開いた。
「・・・で、これからどうするか決めたかい?」
顔は紅潮しているものの、急に真顔になってそう聞いてきた。
アレックスと顔を見合わせ、頷いた後ゆっくりと話し出す。
「あぁ。・・・やはり軍に帰ろうと思う」
やはりな・・・という感じで息をつき、飲み物を口に含んだ後理由を尋ねてきた。
「各国巡らせてもらって非常に良い経験になった。感謝している、ありがとう。
色々見て回った結果、やはり第3次世界大戦へ向けた動きは徐々に表面化してきていると感じたんだ。
やはり、我関せずではいられない。自分の守りたいもののために、戦う。・・・これは夫婦で出した結論だ。
二度と、自分が動かなかったせいで大切なものを失いたくない。・・・ついでにお前も守ってやる」
そう言い切って、改めて顔を見る。男臭い笑みを浮かべた大楠・・・無言で握手を交わした。
「君の無事を祈っているよ。・・・死ぬなよ。軍人」
「お前こそ、アクロとちって死ぬなよ。パイロット」
「奥さん、こいつから目を離すなよ。結構思い込み激しいヤツだからな、しっかり手綱を握っとけ」
「言われなくてもそのつもりですよ。ありがとうございました」
こうして、
メリィとアレックスは日本を離れRHSへと向かった。
大切なものを守るために・・・そして友人との約束を果たすために。
「おかえり大佐、大尉。世界一周旅行はどうだったかね?」
あまりよくないユーモアセンスで迎えてくれたのは、RHS海軍第1艦隊提督「ビル・“フリー”・カニンガム」中将そのひとだった。
「ええ提督、世界中のおいしいものを食べ歩くのも良い経験ですね。経費で落ちるから、なおのことうまく感じますよ」
「お酒もたくさん楽しめましたしね。・・・はい提督。おみやげの日本酒です」
がははと大きな声で笑いながら大切そうに酒瓶を受け取り、戸棚にしまいこんだ。
「さて、大佐。世界中の料理もいいが、この艦の食事も恋しいだろう。どれ、食事でもしながら話を聞こうか」
「了解しました。では」
緊張する世界情勢、暗躍する組織、そして我々。
この時代の流れにどこまで逆らえるのかは、まだ誰もわからない。
最終更新:2012年05月03日 20:59