むかしむかし、あるところに猫の王さまがいました
彼はとても勇敢で、誇り高く、決して仲間を見捨てませんでした
彼が戦場に出ると常勝無敗……猫の天敵達も彼の前では赤子同然です
誰も彼もが憧れて、みんなの人気者でした
王さまと彼の仲間達は、平和を守るために悪い敵と戦ってきました
猫の国に攻めてくる敵は、とても大勢いるのです
そんな戦い続けたある日、猫の王さまは思いました
―猫の国に攻めてくる敵を倒しても倒しても、いなくならないのは何故だろう?―
彼らは自分達の国を守っているだけです
お世辞にも猫の国は豊かとは言えず、占領する理由も見当たりませんでした
それでも、どこからか敵が出てきます
敵を倒した後、一時の平和は訪れますが
真の意味で平和になったことはありません
でも、王さまに深く考える余裕はありませんでした
考えるよりも誰かを救うために、その牙で敵を切り裂いてきました
そして幾百の敵を倒してきたある日……最後の敵がやってきました
その敵は「わるいユメ」
「わるいユメ」は、とても大きいような小さいような真っ黒な闇で、何にでも化けました
仲の良い隣人が、ある日突然、取って代わられみんなが疑心暗鬼になりました
そんな他人を信用できない状況です。彼の仲間も次々と食べられてしまいました
王さまも、多くの仲間を助けようとがんばりましたが
どこからともなく、際限なくでてくる「わるいユメ」には敵いません
そんな「わるいユメ」を倒すため、王さまは決心したのです
国の全てを守るため、世界と契約し「よきユメ」になろうとしました
それは生物の理からはずれ、それ以上の……ナニカになるということです
生き残った仲間達は、そんな尊い意思を持つ彼を尊敬し、崇めました
そして「よきユメ」となった彼は、世界の真実をほんの少しだけ知りました
その真実を知った時……王さまの長い長いの戦いが……
……守ろうとした国と世界を、壊す戦いが始まったのです
~猫神神話「アルゴー・ナウタイ第一巻」序章より抜粋~
第三話 「英雄戦記 ~東方三王国における伝承~」
―??世界 どこかの王国 まだ名前のない草原 ―
見た事もない光景が映し出されている。
火を噴き、翼を持つ、天翔けるトカゲ―ドラゴン―と戦っている3人の人間と1匹の猫……
それはまるで、神話の伝説や空想の中の御伽噺のような闘いが繰り広げられている。
戦っている3人の誰もが、武器を手に持っているが……銃火器ではなく
まさしくファンタジー世界の、剣・弓・杖を手にしている。
そのようなチンケな武器で、自身の数十倍はあろうかという巨体と渡り合っている。
無論、この世界でもこの光景は異常であるが、
それを可能としているのは……傍らにいる1匹の猫にある。
見た目は猫だが猫にあらず……彼を呼ぶならば「よきユメ」と呼ぶべきだろう。
彼は人間の側にいるだけで、一緒に戦っているわけではない。
唯一、していることは歌っているだけである。
その歌こそが、人間の力になるのである。
彼もその原理までは理解しきれていないが、隣人を救うためにこの力がある。
どれだけ攻撃しても、あきらめることなく向かってくる人間達に業を煮やしたのだろう。
ドラゴンは一際大きな息を吸い、特大の炎を食らわせようとしてきた。
3人の人間達は追い詰められ逃げ場もなく、全員が炎に包まれるしかない状況だ。
その先で彼らの見たものは、ただ一面の赤い光の……
……その夢から、ニーギは目が覚めた。
―AMS総合基地 サンフランシスコ本部 地上3階 AA隊準備室―
準備室の大総統席、机でうたた寝をしていたニーギは不機嫌な声で鳴いた。
その理由は、自身の生き方を大きく変えた戦争を夢に見たからだ。
そもそも、自分達が負けた夢を見て、気分が良くなる訳がない。
そんな気分を変えたいのだろう――ニーギはAMS総合基地にいる
友に会うため、机から降りる。
そう言えば、その彼から頼まれたことがあったような気がするが……
歩いているうちに思い出すだろうと考え、部屋を後にする。
彼の名は、ニーギクス・エマ・ブフラエラ……三人の親友の名前を繋げたものだ。
彼を呼ぶ名は数多く、様々な伝承も残っている。
例えば、長靴の国より来る客人、猫神族の英雄、猫神族の王にして列王の一柱
猫岳の王、ゴージャス・ブルー、猫の神様などなど……
かつての彼は、その多くの名に恥じぬ英雄だった。
だが、いかに英雄であろうとも、無敵ではなかった。
そんな彼が敗北し、逃げるようにたどり着いた先に……けもにゃぁがいた。
ニーギの所属していた陣営は全滅し、敵からは死んだと思われているのだろう。
特に追手もなく、もはや彼自身の心も折れている。
彼が行動することは稀で、特に生きる目的もないまま死ぬ度胸もなく、
気に入った者に少しだけ手助けするくらいだ。
ニーギはAMS総合基地の中庭まで来ると、辺りを見回しあるぬこを探す……ほどなく見つけた。
目当ての人物は当然、この世界で知り合った友、
けもにゃぁである。
この世界に逃げ込んだニーギを、介抱し世話をしてくれたのがけもにゃぁであった。
「にゃ~ご (調子はどうかな?けもにゃぁ君)」
気のない鳴き声で尋ねるニーギ……このまま散歩にでも誘いそうな勢いである。
そんな彼を見たけもにゃぁは呆れつつ、多少の苛立ちがある。
それもそのはず……
「ニーギ殿……我が依頼した、トンヌラの動向調査はいかがなされた?」
苛立ちを隠さずに、けもにゃぁは尋ねる。
トンヌラの裏を調べるために、彼がニーギを通してAA隊を動かしたのだ。
そんなAA隊をまとめる立場である彼がこの体たらく……苛立つなという方が無理である。
しかし、相手は数千年を生きる猫の神様……自分のペースを崩さずに
「にゃん! (そんな話もあったが、今日はこんな雲一つない晴天の日……
日向ぼっこをしようではないかッ!)」
この調子である。けもにゃぁも彼との付き合いは長いが、
いまだにニーギのこういった態度には慣れない。
よく言えば泰然自若、悪く言えば人に合わせない
そんな性格と言えばそれまでだが、今回の依頼は緊急を要するものだ。
「そんなことをしている暇はないッ!!今回ばかりは言わせてもらうが、
何故、あなたはいつもそんな態度なのだッ!!それほどの力がありながら……どうして……」
勢い良く言ったはいいものの、最後の方は声が掠れている。
以前、一度だけニーギが戦っているのを目撃したときに思った。
―自分もそれなりに力を持っているとは思っていたが、アレには敵わない……と―
そんな彼が、日々何をするでもなく、時間を持て余している。
それが許せないということもあった。
しかしけもにゃぁ自身は、ニーギが何故ここにいるのか理由を知らない。
彼の何一つを知らないのは、ニーギが何も話さないからだ。
無論、ある程度の予想はしている。普段の会話からでも性格以外に
生まれや育ちを予測できるのだが……その予測は荒唐無稽な御伽噺になってしまう。
一体、誰が信じるというのだろう……違う世界からきた神様? の御伽噺なんて……
「にゃ~ん (真面目だな……けもにゃぁ君は。そんなに急いでも、事を仕損じると思うが
そこは君がうまくやるだろう。どれ……しばし待て)」
そう言うとニーギは目を閉じ、むにゃむにゃと何事かを呟いた。
見た目ではわからないが、ぬこぬこ通信と接続中である。
ぬこぬこ通信は元々、けもにゃぁが世界を旅したときに出会った仲間たちとの
連絡手段でしかなかった。しかし通信精度はそれぞれの力量に左右されるため
よく通信不能になっていた。そこで人間たちの先端技術を使い
独自のネットワークを構築していた。普通ならば、そのようなウイルスモドキは
駆逐されるだろうが、ニーギが手を加えることによってぬこぬこ通信は
その存在を発見できないようにされた。
ネットワーク自体は人間のそれと同一だが動力源が違う。
人間は電気を使い構築したが、ぬこぬこ通信の動力源は魔力である。
その魔力を担っているのがニーギである。
これならば個人の力量に左右されないので安定性もある。
無論、全世界のぬこ達の魔力を賄う必要があるため、途方もない力量が必要であるが。
5分程たっただろうか、まるで寝ているように通信しているニーギが目を開け
けもにゃぁに結果を伝えた。
「にゃにゃん! (一昨日の夜に電話記録が残っているな。相手は噂のゲゼルシャフトの首領
内容は新型サイボーグのテストがしたいから、適当な部隊を派遣しろ……ということらしいな
見返りとして、その新型サイボーグを優先販売するようだ
派遣する部隊は、3時間後に出発する予定だな)」
けもにゃぁはその情報を聞き、驚きと先程とは比較にならない程の怒りがこみ上がる。
尋ねるニーギにも、口調が荒くなってしまう。
「それではまたしても仲間達が、死地に送られるではないかッ!!
あなたは……何とも思わないのかッ! 無益な命が消えていくのをッ!!」
その言葉を聞き、ニーギはあることを思い出した。
かつて、全てを守ろうとして失敗した誰かを……
しかし今は、けもにゃぁを安心させるために今後の作戦を言う。
「にゃん (安心したまえ……既に、AA隊がゲゼルシャフトの本部に向かっている
早ければ、今日の夜にでも襲撃するだろうな)」
その言葉を聞き、多少疑いながらもけもにゃぁは信じることにした。
今までも、嘘だけはついたことがなかった。彼の発言はわからない表現も多くあるが
意味がないことは言ってこなかった。
「大丈夫なのか? いくらAA隊でも情報がない新型サイボーグ相手ではどうなるか……」
心配をするけもにゃぁだが、逆にその姿を見て気遣うニーギがいる。
遠い目をして空を見上げ、かつての自分とけもにゃぁを重ねた。
「にゃおう (この世界での友よ……彼らに任せたからには信じて待つのだ)」
―かつて私にはできなかったが、君にはできるはずだ……―
その最後の言葉は出さずに答える。
そんなニーギの真意がわからないけもにゃぁは、なおも問いかける。
「それは判るが……しかし、我にもできることはあるはずだ!!
サイボーグのような、自然の摂理に反する兵器ならば、この
クラウ・ソラス・マカサウァルで
光に還しても、問題ない!! 」
腰に差してある鞘から剣を抜き、気炎を吐くけもにゃぁ……
その姿を見たニーギは、あるデジャブに襲われる。
ひどく懐かしい気持ちを思い出したニーギは、彼が道を間違えないよう
とある昔話を聞かせることにした。
「にゃお~ん (そうだな……その行動をする前に、ひとつ老人の昔話に付き合ってもらおうか)」
今すぐにでもAMS中庭から飛び出そうとしているけもにゃぁに待ったをかける。
普段なら無視したかもしれないが、ニーギの昔話が気になったけもにゃぁは足を止める。
そのまま彼に向き直り、おとなしく話を聞くことにした。
むかしむかし、あるところのある国に、名前のない英雄がいました
英雄はとても勇敢で、誇り高く、決して仲間を見捨てませんでした
英雄が戦場に出ると常勝無敗……どんな敵も彼の前では赤子同然です
誰も彼もが憧れて、みんなの人気者でした
しかし、倒しても倒しても……次から次に、別の敵がやってきました
どんな敵が来ようとも、英雄は国を守ってきました
その姿を見た国民達は、さらに英雄を讃えました
英雄はそんな声を聞きながらも、自分に満足しませんでした
それは自分に憧れて、一緒に戦ってくれる仲間が大勢いたために
敵との戦いで、死んでしまう仲間も大勢いたからです
英雄は、誰にも死んでほしくなかったのです
だからこそ、誰よりも強く、何者にも辿りつけない境地にまで行きました
国民達は讃えます……どれだけの強さを持とうと、決して驕らず、
さらなる高みを目指す彼を尊敬します
ある日英雄は決意しました
この国の全てを守る……だから安心しろと
国民達は安心します……英雄の言葉に嘘はないからです
それからです
どのような戦争でも、英雄一人でがんばり仲間が死んでいくことはなくなりました
共に戦っていた仲間も彼に任せ、次第に戦う者が少なくなっていきました
そしていつしか、英雄は戦場にひとりぼっちになりました
全てを守ると誓ったのに、その周りには何もありません
そんな彼を、おかしいと思う国民もいませんでした
なぜなら、英雄は全てにおいて完璧で問題なんてなかったから
そんな何か歯車が狂った国に、最後の敵が現れました
見たことも聞いたこともない、恐ろしい敵です
多くの国民が、その敵に食べられました
みんなが不安と絶望に苛まれ、その矛先を英雄に向けました
―みんなを守るって言ったじゃないか!! 多くの仲間が死んでしまったぞ―
―どうしてくれる!! 兄弟が……あいつらに食われちまったんだ!!―
―返して!! わたしの息子を……返してよ!! 守るって……言ったじゃない!!―
みんなから尊敬された英雄は、もういません
みんなからやり場のない憎しみと怨嗟がくるだけです
それでも英雄は言います……自分を信じてくれ、必ずあの敵を倒してみせる……と
―そうだ!! お前が言ったんだ!! やってみせろ!!―
―そうよ!! わたしたちみたいな力のない者を救ってよ!!―
みんな、口々に呪いを囃し立てます……それが英雄という言葉を使った
体の良い「イケニエ」だということだと、思わずに……
そして英雄は決意します
みんなと国と……世界を守るユメになることを……
「つまり、我がそのような向こう見ずなことをすると思っておられるのか?」
呆れながらも、けもにゃぁは聞いた。
まさか、ここまで荒唐無稽な話を聞かされるとは思っていなかったからだ。
そんな話をしたニーギは、いたって大真面目な顔をして
「にゃお! (そこまでは言わぬが……何、老婆心というものだよ)」
ため息をつくけもにゃぁ……
どうやら自分は、この老猫にかなり無鉄砲なものと思われているらしい。
ならば、その認識が過ちだとわからせよう。
腰に差した剣を再度抜刀し、天に掲げる。
「ニーギ殿……それは杞憂というものだ、自分の力は把握しているつもりだ
我はこの剣と各地にいる戦友に誓って、仲間と共に戦うつもりだ」
その光の剣を、懐かしそうな目で見るニーギ……
現在の所有者である彼に、ある歌を伝えることにする
「にゃにゃん (君なら、そうするだろうな……どれ、君にひとつ、歌を送ろうではないか)」
ニーギはそう言うと、古い祝詞を述べる
その歌を聞いたけもにゃぁは……歌詞が抽象的すぎて、訳がわからない顔をしている
それは、このような歌であった。
”夜が暗ければ暗いほど 闇が深ければ深いほど 歌は燦然と輝きだす
それは互いを呼び合う声 いかなる闇も声は殺せぬ
それは光の替りに与えられし 偉大なる力
二つからなる一つのもの 互いに引き合い 手をふれあう
聖なるかな 聖なるかな それは偉大なる 最強の力
その心は闇を払う銀の剣”
青にして空色……自身の根源を戒めた英雄は
今だ、眠り続けている。
To be continued
最終更新:2012年06月06日 23:28