第四章 代償-Howard
14:39 February 25,2012
Maj. Howard "
Marine" Anderson
Northern Iran
広い平原を、数両のハンヴィーが砂埃を上げながら走っていく。
現在第1海兵師団はイラン北部、トルコとの国境付近に展開している。
第1海兵師団はクーデター時に陸上部隊の中核となって戦ったため指揮官の多くは階級を下げられ、中には不名誉除隊となった者もいた。それ以後は危険な任務ばかりを担当する懲罰大隊のような部隊と化した。が、依然士気は高く、やる気の無い者が次々と隊を抜けていったことで相対的に質が高まったようだ。
その数はおよそ2500人。師団とは呼べないのではないかと思うほど、小規模な部隊となっていた。
Marineは師団長を解任され、およそ600人で構成される第1大隊の大隊長となった。ちなみに海兵隊総司令及び第1海兵師団長には、ロイヤルマリーン出身の経験豊富な中将が任命されたという。評判は良いそうなので、心配はいらないだろう。
「敵のテクニカルが向かってくるぞ!マイク、50キャリバーで蜂の巣にしてやれ!」
「了解だ!」
ダダダダダダ…と、凄まじい射撃音が響く。僅か数秒後、ターゲットは鉄屑と化していた。
「HOOOOAH!これがあれば、どんな車両が来たって一捻りだぜ!」
「当たり前だ!」
頭上を真っ黒に塗装されたF-15が飛び去って行った。イスラエル軍だろうか。イラクやシリア周辺の
UNJFはイスラエル軍が中心となっている。
いつまでこの戦争が続くのだろうか。
Marineはそんなことを考えていた。口に出すことは出来ない。周りにいるのは、自分を信頼しこんなところまでついて来てくれた頼もしい部下達だ。悪戯に不安を煽ってはいけない。
遠くから轟音が聞こえてきた。先程のF-15が爆弾を投下したのだろう。
ここに来てから数週間で既に数十人の死傷者が出ている。皆外には出さないだけで、心の中には少なからず不安な気持ちを抱えているに違いない…
ギィン!
嫌な音が車内に響き、我に返った。
「どこから撃ってきてる?」
「右側だ、それ以上はわからない!」
「全車両隊に告ぐ。こちらMile1-4。敵からの銃撃を受けている。敵の位置は不明。繰り返す。こちらMile1-4。敵からの銃撃を受けている。敵の位置は不明。」
『こちらMile3-6、敵を発見。二時方向、あの大きな家のあたりにいる。少佐、交戦許可を。』
「こちらMile1-1。All Mile、敵部隊との交戦を許可する。」
『了解。よし、撃ち返せ!』
車両隊が一斉に射撃を開始する。
しかし、敵は巧みに身を隠すのでなかなか当たらない。土埃が上がるのみだ。
「畜生!あんなところに隠れやがって!」
「駄目か。よし、俺に任せろ。」
「少佐、何をするおつもりで?」
「まあ、少し見ていろ。」
ハンヴィーの後部に積んであったM72LAWを持ち、ドアを開けて外に出ると、部下が慌てて止めようとしてきた。
「危険です!中に入って下さい!」
「陰に隠れていれば当たらないさ。」
筒を引き伸ばし照準器を跳ねあげて射撃準備をする。距離はおよそ200m、少し上を向けて狙い、引き金を引く。
大きなバックブラストとともに、HEAT弾頭が敵の隠れている壁に向かってわずかに弧を描きながら飛んでいく。爆発で壁は粉々になり、数人の敵が大きく吹き飛ぶのが見えた。
「少佐、さすがです!」
『Mile1-1、感謝します。』
「礼はいい。残っている敵の掃討を行ってくれ。」
『Mile2了解!』
『Mile3、roger that!』
「敵は片付いたようだな。負傷者は?」
「Mile3、Mile4で一人ずつ、幸い軽傷です。」
「そうか、それは良かった。」
「よし、全隊、目標へ向かい前進しろ!」
第二大隊は再び動き出した。
この後待ち受けている試練のことなど、まだ知る由も無かった。
*******
2012年2月26日、100名弱で構成される第1大隊A中隊はイラン北部の山岳地帯を南へ移動していた。道程の半分は何事も無く過ぎ、激しい戦闘は起こらないように思われた。しかしそこへいきなり敵の戦車が現れ、先頭を走っていた車両が主砲により破壊された。車両隊は岩山の陰に隠れ、応援を要請した。基地からAH-1が駆けつけたが、戦車までたどり着く前に撃墜されてしまった。
それでも戦車を破壊しようと、LAWを持ち車両から降りていく者もいたが、ほぼ全員が敵の砲火に斃れた。
頼みの戦闘攻撃機隊は人員不足により満足に機能しておらず、辛うじて残っている数隊は別の地域の応援に回っている。絶望的な状況だった。
17:51 February 26,2012
Maj. Howard "Marine" Anderson
Northern Iran Mountains
「おい、応援は来ないのか!」
「俺に聞くな!」
「早く帰ってこいつの傷口を何とかしないと…くそったれ!RPGだ、隠れろ!」
「奴を撃て!ハンヴィーがやられたら本当に全滅するぞ!」
「おい!ブラックモアが撃たれた!誰か手当てを!」
「応急手当てはできるが、もう点滴薬がない!このままだとまずい!」
半数の者は体の何処かに銃傷や裂傷を負っている。無傷の者も負傷者の手当てに回らなくてはならず、まともに戦える隊員はもう十数人しかいないように見える。
「誰か、弾倉をくれ!早く!」
「これを、使ってくれ!」
自分の持っていた弾はとうに撃ち切り、戦えない者から渡される弾倉を使って何とか撃ち続けている。
銃身は過熱し、撃てなくなったものもあるようだ。
ハンヴィーに搭載されているブローニングM2重機関銃を使いたい所だが、敵から見える場所に出そうものならハンヴィー自体がすぐに破壊されてしまうだろう。
ようやくRPGを持つ敵を排除しても、すぐに他の敵が地面に落ちたRPGを拾って使い始める。
「これじゃきりがない!」
「少佐、戦闘攻撃機隊は来れないんですか!?」
「ああ、あいつらは第2師団と共にリビアとチュニジアに展開している。とてもここまでは来れない!」
「自力でどうにかするしかないということですか…」
「このままでは全員やられてしまいます!多少の犠牲を覚悟して包囲網を突破すべきです!」
「そうだな…」
『おい、聞こえるか?誰か!応答してくれ!』
突然通信が入った。
「何だ?」
マイクを口に近付け応答する。
「こちらAMS第1海兵大隊A中隊、感度良好。どうした!?」
『こちらAMS陸軍第3旅団戦闘団第1歩兵大隊第7中隊!敵に囲まれている、しかも援護に来てくれ!』
「どこにいるんだ!?」
『あんたらのすぐ近く、北西へ約4kmの川のところだ!頼む!他に動ける部隊が居ないんだ!』
「…よし、わかった!すぐに向かう!」
『ありがとう、感謝する!』
「こちらMile1-1。All Mile、東へ進め。敵の包囲網を突破しろ。孤立している陸軍の機動部隊を救助する。
少し遠回りになるが俺も死ぬ気で戦う、どうかついて来てくれ!」
『もちろんだ!』
『了解、少佐に従います。』
『よし、Mile4、行くぞ!』
「全隊、前進!全速力で進め、敵を蹴散らせ!」
その言葉を待っていたかのように、大隊は一斉に移動を開始した。
その後、陸軍の部隊と合流したA中隊は包囲網を突破し、多大な犠牲を払いながら基地へと帰還した。陸軍からは次々と賞賛の声が上がった。
なぜ彼らは絶望的な状況にいながら他の部隊を助けるという行動に出たのだろうか。後にこの戦闘の話を聞いた者たちは皆疑問に思った。
その答えは、第1大隊イラン到着時、Marineのスピーチの一部に隠されているかもしれない。
「…皆、聞いてくれ。
クーデター以後、AMSに残った俺達は上層部から疎まれ、旧式の装備ばかりを持たされ、こんな辺境に派遣された。リーコンの奴らはAMSを見限ってRHSとかいう組織に移ったようだが、そんなことは気にしないでいい。奴らには奴らの正義があり、我々には我々の正義がある。
AMS海兵隊は現在2個師団しかない。師団と言っても二つ合わせて6000人もいない。まさしく存続の危機だ。このままでは上層部に潰されるのは間違いない。それを回避するには、奴らに我々の働きを見せつけてやる他ない。
これから、数々の激戦が待ち受けているだろう。満足な装備も与えられないかもしれない。それでも、どうかついてきて欲しい。
我々の存在価値を示そう。」
*****
21:30 February 26,2012
Maj. Howard "Marine" Anderson
Northern Iran UNJF Base
狭い室内に、規則正しい秒針の音が響く。
「エドガー、我が中隊の負傷者は?」
「…。」
「言ってくれ。」
「52名です、少佐。」
「…
戦死者は?」
「3、36名です。」
「そうか…わかった。下がっていいぞ。」
「少佐、怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、こんなのかすり傷だ。」
Marineも弾丸が肩を掠って負傷していた。
「お大事になさって下さい。
失礼いたしました。」
若い士官が敬礼してから出ていき、バタンとドアが閉まった。
(幸い陸軍の中隊の被害は最小限に留めることができたが、我々の中隊は半分が負傷、3割以上が戦死。予想はついていたが…
死んだ戦友たち、本当に…すまない。あとは俺が片をつけておく…)
ふと我に返ると、ドアの上の古びた時計は10時を指していた。
目に違和感を感じる。
それが涙のせいだと気付くまでには、数十秒の時間を要した。
その後、陸軍内部で今回の出来事が噂となり、上層部もそれを無視するわけにはいかなかったのだろうか。それとも、誰かの献身的な活動の成果なのだろうか。
邪魔者として扱われていたAMS海兵隊の待遇は、大きく改善されたのだった。
To be continued...
最終更新:2012年06月10日 00:39