欧州某国。合衆国が有する軍事偵察衛星が撮影した、EU圏国家の高解像度の映像。それが、僕のタブレットPCのディスプレイに映像資料として浮かび上がった。

森林に囲まれた丘陵地帯は深緑に覆い尽くされ、その緑色をキャンパスがわりに幾つかの車道がまるで蛇のようにのたくっている。

画面が少し引き、映像が縮小される。近くの山脈から流れ出た水が形成する湖と、そこから伸びる川を視界に収めた衛星は、ゆっくりと視線を転じた。

岩肌がむき出しの山岳地帯を超え。数百キロ単位で視点が動く。

そして拡大。欧州の大地がまるでモザイク絵のようにぼやけた四角の集合体に変わり、やや置いて拡大画像が補正される。すると、モザイクが鮮明な像を結び、古めかしい城砦とその周りに群がる車両群が現出した。

兵員輸送車、装甲車、トラック、ハンヴィー、果ては戦車まで。広大な城壁内の敷地に並べられた車両の周りを、武装した男たちが働きアリよろしく動き回っている。
その上をずんぐりしたヘリの胴体が横切り、3機編隊の機影が地面を舐め回す様子がはっきり確認出来た。

彼らは、僕らが追い回すテロリストたちが、追撃から逃げ回りながら自身の配下へと引きずり込んだ兵士たち。そして、僕らがこれから殺さねばならない男たちだ。

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何時の間にやら眠っていたらしい。臓腑を揺さぶる振動と騒音に叩き起こされ、そう気づくまでに10秒近い空白の時間を要した。
眠りの淵から意識が浮かびあがるにつれて、どうしようもない目覚めの気怠さが全身を包み込む。

重い瞼を持ち上げると、再生が終了した映像資料の画面が視界いっぱいに飛び込んでくる。
目だけを動かし、狭苦しい空間と壁に備え付けられた椅子に座る黒づくめの集団を確認した僕は、ここがどこなのかをようやく思い出した。

閉鎖的な空間。鼓膜に叩きつけられるローター音と座り心地の悪い椅子。そして黒と灰色で構成された設置物。CH-47ヘリコプターの機内はいつも通りの無機質で硬質なつくりをしている。
それはそこで装備のチェックを行っている搭乗員たちも同様で、漆黒の突入装備のおかげで戦闘兵器そのものの鋭さを湛えていた。

「お、悠里大尉殿はようやくお目覚めかな?」

ラップトップPCを閉じると、聞き慣れた女の声が隣で発した。僕は肩を竦め、「どこでも眠れる才能があると便利なもんさ」と返す。

よくいうよ、と女の声が笑う。僕はラップトップを座席脇に押し込み、隣に陣取った女に向き直った。

僕の隣では、赤い伊達眼鏡をかけた金髪碧眼の絵に描いたような美女が、野太い笑みを浮かべていた。

眼鏡が伊達だと分かるのは僕がプレゼントした物だからで、彼女の髪が軍属らしからぬ長髪なのは、僕がロングヘアが好きだと教えたから。始めて会ってから今日までで14年。俗に言う腐れ縁の関係にある僕の部下。それがこの女、ガルシア・フォン・エプスタイン中尉だ。

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最終更新:2012年03月01日 16:46