斜陽の送りで茜色に染まる空。流れる雲群も緋へ染まり、果てない壮窮は夕間に焼ける。
彼方で眩く輝きながら、徐々に沈み往く上天の陽。全てを遍く照らしつつ、星の巡りに従って、緩やかく地平の峰へ埋没す。
夕日が生み出す紅蓮の広空を、白亜の巨機は翔け降る。吹き付ける流風を切り裂いて、注ぐ茜を其の身へ映し。
世界を統べる一色が、見る間に閃を翳らせ萎む。天日の傾き、その沈み。夕暮れの終わりを以って、須らく訪れるのは闇の帳。
音もなく、着実に、ただ只管規定の事実を描くとし、日没の次に夜が来る。遥か遠くの稜線へ陽が消えて、煌めく夕空は暗黒の御手へと傅いた。
厳かな冷気が浅く這い、明度の終息が素早く続く。瞬く間もなく夜闇が覆い被さって、空は一面無色へ変ず。
降り下った黒に包まれて、それでも麗機は白を示した。光然と己が姿を露に誇り、銀鱗の剣が斯くやと夜空を突き進む。
機体背部のスラスターユニットと、腰部・脚部のブースターを噴かし唸らせ、猛速度で降下していく。
空中に連なる雲の層を破り抜け、届くべき地上を目指す。
夜の暗が染め直した大空を一様に滑る後、遮る雲間を貫き切ったその瞬間、進路の眼下に光が見えた。
煌々と照り翳された街の灯連。地を埋める建築物の群、高く聳える高層ビルの密集様。そして随所で昇る黒煙と火柱が、街地の危急を訴えかける。
エクセレクターのバイザースリットは、その内部へ擁するカメラアイが全方位的に現状情報を取得した。
広域索敵と並行し、確認事実を映像として、コックピット内のメインモニターへ描き出す。
眼前に展開されている大画面内へ映る、自治都市ミロカニアの有り様。
建物の多くから火の手が上がり、時折爆発と思しきものも確認できた。
上空から俯瞰する破壊活動には、特定の目的意識が感じられない。いたずらに周辺を荒らし回っているとしか見えなかった。
統制というもののない、無秩序で散漫な群隊行動。崇高な理念の基に計画性を持って実行されているとは、到底思えない仕儀だ。
一連の惨状を目の当たりにして、リィンは独り小さな溜息を吐く。
「随分と滅茶苦茶してるわね」
『暴れてる連中は自律兵器だからな。情け容赦はないし、自分の行動に疑問も持たん』
「でもプログラムに従って動くでしょ。もっと統一思考的な行動をしてもいいものじゃない?」
『粗悪な組みしかしてないんだろう。どうせ適当に暴れて自分達の武威を示すという、短絡的な目的しかない。昨今のテロリストって奴等は、思想の為に力を揮うんでなく、力に振り回されて建前を謳うような連中だ』
コックピットに響く男性オペレーターの声は、殆ど抑揚の感じられないものだった。
それでもリィンは、長い付き合いである彼の声質に、明らかな侮蔑の色を聞き取っている。
冷静な声音の底に覗く嫌悪。苛立ちにも似たそれは、微かな響きだったが確かな否定の熱を持つ。
「ま、傭兵なんてやってる身としてはね。武力で物事を解決しようって考え方そのものは、分かるところあるけど」
『矜持の問題だ。信ずる所のないまま力だけを使っても、それは本当の意味で単なる暴力にすぎない』
「じゃあ、信じるものの為に力を使うのは?」
『暴力には違いないが、少なくとも意味はある。それが個人にとっての価値しかなくてもな』
「そーゆーもんかしら」
『どちらにせよ、シンプルだが、スマートではない』
オペレーターが言葉を切った時、リィンの見詰めるメインモニターへ新たな反応が出る。
下方の都市圏から、エクセレクター側へと向かい上昇してくるモノの姿があった。
確認できる数は4。高速で昇ってくるそれを、アイカメラが拡大して出力する。
モニターの右側に表示されたズーム映像は、黄色を基調とした装甲を黒く縁取るカラーリングで染められたアームヘッドだった。
全長は7m強。全体の防備はやや薄く見えるが、背に負う飛行ユニットが高い機動性を与えている。
手には短砲身のレーザーライフルを持ち、ヘルメット状の頭部パーツ内で、モノアイが赤い光を放っていた。
「来たわね」
『照合が完了した。イ型ファントム0番台。発掘品の中でも比較的構造の単純な機体を模倣して作られた、低コスト量産機だ。あのタイプは容量限界が小さい。搭載されているAIも簡易な命令を繰り返すことしか出来ないだろう。通常兵器相手ならば十分以上の戦力だが、アームヘッドが相手となれば――』
「敵じゃないってことね」
『だが油断はするな。無人機だからこそ対G限界を無視した機動で攻めてくるぞ。死の恐怖もないからな、攻勢は苛烈と予想される』
「でもその分、行動は直線的で読み易い。応用の利かないAIなら尚のこと。一気に叩くわよ、エクセレクター!」
リィンが気迫の一呵と共に操縦桿を押し込み、加えてフットペダルを強く踏む。
操作に呼応し白亜のアームヘッドは夜空を下る。自機目掛けて上がってくる四機を正面に据えて置き、全てを等分にセンサー内へ捉える位置を確保した。
敵機との距離と合わせて望む場間を取った直後、リィンはフットペダルを踏み戻す。
応じて脚部の膝が引き、その裏に併設されるブースター推力を低減させる。
エクセレクターの降下速度が緩和されるのに合わせ、リィンの左手が握る操縦桿を真横へ捻った。その最中にグリップ裏の配置ボタンを親指で的確に押し叩く。
最終更新:2016年10月30日 09:37