「さあ、勝負よ!」

 リィンの気声がコックピットに反響する。
 両手両足は機体の運動操作を行い、白亜の巨躯を降下させた。
 操縦桿を前方へ押し込み、フットペダルを強かに踏む。一連の繋ぎに応じてエクセレクターは前傾し、真下へ広がる都市圏に高速で向かい出す。
 翼骨にも似た背部スラスターユニットから放炎を噴かせ、夜空を滑っていく白い機体。
 流麗なフォルムは広く漂う夜気を掻き、遠い大地目指して只管進む。
 火の手の上がる街の灯が、翔け降る毎に近付いてきた。
 無人の都市は黙したまま、その直中で暴れる凶機の惨意に嬲られるばかり。
 リィンの眼前では、開かれたメインモニターに敵機の姿が大きく映し出されている。エクセレクターが取る飛行進路は、そのテロ首謀者へ至る最短ルート。
 降下の中途で少女は操縦桿を引き、フットペダルの踏み込みへ緩急をつける。
 連なる機体は緩やかに上体を起こし、脚部を下方へと向け直した。
 空中で立ち上がるような姿勢を作ると、整えた身の型で街の中へと突っ込んでいく。

 エクセレクターの正面には、倒すべきアームヘッドが佇立していた。
 全長は概ね9m級。頭部に胸部と肩部、背部と脚部大腿を茶色の堅固な装甲で鎧う巨人。
 手首及び足首から先は灰色の構造材で組まれ、背には巨大な剛斧を負う。
 重装の騎士を思わせる精悍な機体。物々しい威圧感をも備え、近付き難い存在性を全身から漂わす。
 かつて存在した轟天重工と呼ばれる企業が開発し、中央アイサ連邦陸軍が主力兵器として採用していたアームヘッド『オーダム』を復刻させた代物だ。
 極めて実戦的な性能強化を施し、多様な任務へ対処する実行力を研ぎ澄ませている。
 先に蹴散らした無人機達とは、根底から別物だった。

 オーダム目掛け、今正に街区へ降りんとするエクセレクター。
 その存在に気付いたテロ首謀機は、両腕で構え持つグレネードキャノンを大きく振るい、砲口を傭兵機へ素早く定める。
 かと思えば躊躇なくトリガーを引き、激しい砲炎諸共に爆弾頭を発射した。
 強音が空間を震撼させ、衝撃が大地を揺さ振る。
 生まれた凄まじい反動を、オーダムは巨体を僅かに後ろへ揺らすだけで殺しきり、その場から後退ることさえない。
 正面で撃たれたグレネード弾は、当然ながら白亜の機体へ直進する。

「こんなの!」

 リィンが咄嗟に左右操縦桿を左へ捻り、フットペダルから右足を浮かせて、左足へ力を込めた。
 パイロットの操作が機体へ瞬時に反映され、エクセレクターはブースターを噴かすまま重心移動。即座に左側へと躯体を滑らせ、キャノンの着弾より早く軌道を外れる。
 速やかに逃れた機体の真横を、半瞬遅れて砲弾が抜けていった。
 グレネード弾頭は標的を逸したまま直進し、後方のビル群へ飛び込んで盛大な爆発を引き起こす。
 生まれた余波が一帯を煽り、天へと伸び立つ火柱が、その部分だけ夜闇を払う。

『この距離で避けるか!』

 開放状態の通信装置を介して、オーダム搭乗者の忌々し気な声が響いた。
 野太く荒々しい男の声。武力によって己が意を通そうとする傲慢と強念が、確固とした意志の色で占める。

『戦と金にたかるハイエナが、小賢しい!』

 テロリストの怒声と共に、オーダムが動いた。
 手中にするグレネードキャノンを横へ振り、砲門を水平に移動させる。
 回避行動をとったエクセレクターを続け様に追い、もう一度射線上へ捉えようと。

「させないっての!」

 これに反応するリィン。声高に叫ぶやフットペダルを全力で踏み叩き、左手の操縦桿を押し込む。
 同時にグリップを捻り、思い切り前に倒した。
 エクセレクターのアイカメラが揃って照光を発し、その下で左腕が走る。
 右肩部装甲に掛かり出たハンガーユニットより、柄を掴む腕部が前方へ。
 一瞬の挙動だった。白亜の腕が振り抜かれ、これに引かれるまま、ハンガーユニットより大太刀が滑り出す。
 アームヘッドの半身程もあろうか。緩やかに反った片刃の刀身が、外気の中へと威武を晒けた。
 薄く長く鍛えられた白刃。周囲の昇炎に照らされて光る刀身は、透徹した美しさと冷たい輝きを返す。

『傭兵がイーストブレードだと!?』

 テロリストが驚嘆の声を上げた。
 答える代わり、エクセレクターは猛然とオーダムへ迫り、互いの間合いを一気に詰める。
 街路の上をブースター出力で突走し、アームヘッドが双方のアイカメラを直視出来るほどに肉薄。
 あわや衝突とさえ思われる最接近の渦中で、エクセレクターは長刀を振り払った。
 高速で降る刃はオーダムの持つグレネードキャノンへ届き、太く厚い円筒砲身の中心に落ちる。甲高い零音が鳴り、瞬間、大気が断たれた。
 巨人の腕がみまう斬撃は、重く鋭く、そして速い。一閃で大重火器を圧倒し、流れる所作で切断する。
 鏡めいて鮮やか断面を覗かせて、グレネードキャノンの砲身が自重から地へ落ちた。
 重々しい衝音が響く中、一太刀を浴びせた白亜はしなやかに反転し、踵を返す機動で、オーダムの隣を擦り抜ける。
 それまで正面にしていた方向を一足で巡らせ背後とし、止まらず疾り後退続け、敵機との距離を開けた。
 滑るへ見える進行の後にエクセレクターが停止した時、頭部のバイザースリットが見詰める先では、自身も振り返ったオーダムの姿がある。
 両機は一定の間合いを置いて、静止状態で対峙する。


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最終更新:2016年10月30日 09:39