「委員会はなんて?」
『奴が今回利用した無人機だが、いくら安物の低品質機とはいえ、一介のテロリストが四台も揃えられるとは思えない。奴が使っているアームヘッドもそうだ。何者かの後ろ盾がない限り、そう易々と用立てられる代物じゃないからな。その入手経路や背後関係を聞き出すつもりらしい』
「大人しく話すとは思えないけど」
『テロ活動を支援しているかもしれない何かしらの存在を暴き、その情報を手土産に
汎政府連合へ取り入りたい様子だ。相当念入りに尋問をするんだろう』
「尋問? 拷問じゃなくて?」
『犯罪者といえども最大限人権に配慮して対応する、というのが公式見解だ。もっとも、彼等が美味いネタを持っているかもしれないテロリストを、人間として扱うかは甚だ疑問だが』
「ま、そんなところでしょうね。街を壊された意趣返しも含めて、さぞや悪趣味な取り調べになるんじゃないかしら」
リィンはつまらなさそうに鼻を鳴らし、モニター内のテロリストを眺めた。
今も熱っぽく自らの正当性を放言している。
もはやその声には耳も貸さず、少女は冷めた視線を射込むばかり。
立ちはだかる無人機を破壊して、テロ首謀者の制圧も為った。ミッションは成功し、報酬が手に入ると共に、自分の名前はまた一つ売れることだろう。
満足のいく結果で終わる。
それでもリィンの表情が晴れないのは、彼女なりに思う所があるためだ。
同じような手合いを今まで何度相手にしてきたか。とみに昨今は浅薄なテロリズムに踊らされる輩が多い。
どいつもこいつも口にするのは似たり寄ったりな犯行理由。それでいて自分だけは特別なのだと信じて疑わない。あたかも判で押したかのように、尖った思想の無法者が量産されている気がしてならない。
(そういうバカが存在するかぎり、私の仕事は無くならないから好都合ではあるんだけど。だからってあんまり多いのもウザったいのよね)
胸中で一つ溜息を吐き、リィンは目を眇める。
丁度その時、テロリストの発するある言葉が、少女の耳へ流れ込んできた。
『貴様も傭兵ならば知っているだろう。【伝説】の話を』
「……【伝説】ですって?」
『達成不可能と言われた数多のミッションを単身で悉くこなし、相対した全ての敵を容赦なく撃滅し尽くした女傭兵。数え切れん逸話を遺すが、中でも汎政府連合に弓引いた巨大軍事企業を相手取り、単独で防衛部隊と本社そのものを壊滅させた活躍譚は、特に有名か。あまりに強く、あまりに優れていたために、生きながらにして【伝説】と呼ばれるへ至った、傭兵の英雄だ。知らぬ筈はないな』
モニターの中で、テロリストは陰惨な笑みを浮かべた。
底意地の悪い不遜の気を露とし、口角を嫌らしく吊り上げる。
それを見るリィンは不快さを隠さないで顔を顰め、操縦桿のグリップをより強く握り締めた。
『その【伝説】も、最期は汎政府連合に粛清された。散々利用しておきながら、巨大になりすぎた力と名声を疎んだのだ。連中は自らが誇る最強のアームヘッド『セイントメシア・フェイク』を使って【伝説】を永遠に葬り去った! これが連中のやり方だ! 自分達の権威と財産を護るために、それを揺るがしかねない要因を強制排除する。滅茶苦茶な難癖をつけてな。連中の手には正義など欠片もない! あるのは醜い保身の勘定だけだ! こんな腐った豚共の支配を打ち砕かずして、なんとする! 悪逆なる無能に与する貴様も同罪だ、恥を知れ! 低俗で糞程の価値もない売女め! 貴様にゾウリムシ程度でも矜持があるなら、狗でなく人間として戦ってみせろ!』
テロリストは勝ち誇った顔で叫び上げた。
自分の正しさを証明したという確信が、全身に漲って誇張される。
己の非を毛ほども思い抱かない大咆に、これを聞くリィンの面貌は見る間に険しさを増していく。
募る憤怒がこめかみに青筋を浮き走らせ、奥歯はギチリと噛み締められた。
「アンタ、うっさいのよッ!」
ついに苛立ちが限界へ達し、感情の激発を怒声に乗せて、リィンが吼える。
憤然とした猛号の轟く中、同時に左足がフットペダルを蹴り叩いた。
応じたエクセレクターの左脚が一気に振り昇り、オーダムの股ぐらを加減なく蹴り上げる。
その衝撃が機体を激しく上下へ揺らし、コックピットをも纏めてシェイク。乗っていたテロリストは悲鳴を上げる間もなく振動で浮き上がり、天盤に脳天を激突させてシートへ墜ちた。
当たり所が悪かったのか、威力が大きすぎたのか、或いはその両方か。当人は白目を剥いて気絶している。
『保安部隊が到着した。お前がそいつを殺してしまう前に、引き渡すとしよう』
ノーマンの落ち着いた、しかし微かな呆れを含んだ声が、リィンの耳朶をやんわり衝いた。
怒りの矛を収めろという言外の通達に、少女は思い切り面白くなさそうな顔をする。
一度大きく深呼吸して、目を瞑ると、憤懣やるかたない様子で操縦桿を叩き打った。
「フン!」
最終更新:2016年10月30日 09:34