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*作者:柏陽煉斗 **タイトル:らんらんるー♪ ---- 暗い。 暗い、昏い、喰らい、 Cry。 私はびくびくとしながら、街を行く。 夜。街を走るバスはすでに終わり、寒い街中を辺りを見回しながら、ただ、急ぎ足で家路に着く。 (もう……っ! こんな日に残さなくたっていいじゃないっ! 私なんてただのバイトなのにっ……) いやらしい、スケベ面をした上司の顔を頭の中で殴り飛ばしつつ。 普段とは変わらない接客、調理もまともにこなしていたはずなのに、残されてうだうだうだうだ、何々がなってないなどと、私だけを残しお説教。 他の先輩方や後輩も心配そうに見ていたけれど、どうすることも出来なくて帰っていって。 そしてようやっとついさっき解放されて。心配げな顔で送っていこうか? 等という上司を振り切って、今ここを歩いている。 絶対にもう辞めてやる、と、頭の中で店の特徴ともいえるM字を思い出しながら、ただただ歩く。 ごとり。 一つ響く、大きな音。 「ひっ!?」 慌ててあたりを見回せば、しかし、何があるという訳でもなく。 ふぅ、と一息をつく。 ごとごとっ! ごとり。 「な、なにっ!?」 そして歩き出そうとすればまた響く、音。 何かが落ちたような音が、真後ろ……即ち、今歩いてきた店の方向から聞こえる。 恐怖に固まる身体、自然、涙目になってしまう瞳。 ゆっくりと振り向けば、そこには―― 「……ど、ド○ルドっ?」 そう、そこにはあのド○ルド・×クド(ぴー)ルドがいたのだ! 何を言っているかわからないかもしれない、私にもわからない。 混乱と恐怖に戦く私は、何を考えることも出来ず、後ずさり…… ごとっ! 追いかけるようにして私に飛び掛ってくる○ナルド。 重々しい音に似合わない軽快なステップは見とれさせるどころか、とてつもなく不気味で。 声を上げる間もなく、私は羽交い絞めにされてしまう。 「い、いやっ……!?」 ふと、思い出すくだらない都市伝説…… 『マ○ナルドでは人肉バーガーって商品が存在している』 ありえない。そう一笑に付した、そんな噂。 インターネットで見た、そんな下らない話が、頭の中で現実味を帯びてくる。 人間ならば、そんな恐ろしいモノが売ってあることなど許容できないだろうけれど。 それが、こんな、私を羽交い絞めにしているような化け物達に提供されているならば、と…… 想像しただけで、脚は震えだす。恐怖が、身体を縮みこまさせる。 ぶち、ぶちぃっ 音と共に身体に走る衝撃、触れる冷気。 「いやああああっ!?」 あろうことか。 無残にお気に入りだった服が胸元から一気に破かれて、露になってしまう胸元。 びゅうびゅうと突き刺す冷気がひどく痛い。先ほどの恐怖が、更に勢いを増して身体を襲う。 (いや、いや……っ、誰か、たす、助けてっ……!) このまま、私は殺されてしまうのかと、そう思うと、恐怖に流れ出る、涙。 がくがくと震えながら、まぶたをぎゅう、と閉じて―― ばきぃぃぃっ! 「え?」 眼を、見開く。 そこにいたのは、白いタキシードを纏った太い、もとい、ふくよかな老人。 否、それは、人に在らず。 黒ぶちの眼がねの奥の瞳に光は無く。どちらかといえば、そう、人形のような瞳。 その、どことなく見覚えのある姿。記憶の淵から湧き出してくる彼の名前。 そう、彼の名は―― 「カー○ル・サ○ダース!?」 彼の、日本一有名であろう、像の姿。 様々なモノに名を連ね、無数の相性といわくが存在する人形。 そういえば、先ほどまで私に組みかかっていたド○ルドはどこにいるのだろう。 見回せば、ぎぢ……音と共に幽鬼のように立ち上がる、頬を砕かれたド○ルドの姿。 よく見てみれば、その頬は何らかの樹脂で出来ているようで、つまりは、あのド○ルドも人形であることを示す。 それはまさしく、異形達の戦場。 立ち上がったド○ルドも、最早私には興味が無いようで、その光の無い眼差しをカー○ルに向ける。 ぎちり、音を立てて身体をむけ、ド○ルドに向かっていくカー○ル。 その広く眩しい背中は、そう…… (もしかして……私を守ろうとしてくれてる?) 震えが止まる。足に力を入れて、どうにか立ち上がる。 そんな私に気づいてか、その人形の腕がぎぃ、と動き、横をまっすぐに指す。 そう『逃げろ』 というかのように。 その合図に、こくり、頷いて。そして私はだっ、と地を蹴って家まで駆け出した。 「助けてくれて、ありがとう!」 そう、ただ一つだけ、言葉を残して。 そして、それから半月が経った。 あの日、家に帰り着いた私は、すでに寝静まっていた親に気づかれないようにどうにか着替えて、暖かいレモネードを飲んで落ち着いてから眠りについた。 そして、その次の日のこと。 バイト先に辞表を持っていったら、上司の男が入院した、という話を聞いて酷く驚かされた。 朝、バイト先にきた先輩が発見し、病院に連れて行ったそうだ。 その先輩が言うには、髪が真っ白に、肌が皺だらけになり、まるで、一晩にして老人になったような感じだったという。 病状は重度の栄養失調と肉体疲労、貧血。 病院の先生が言うには、後もう少しで餓死しかけていたらしく、なんでまたこんな、と皆して首をかしげていた。 そんな上司を気の毒に思いつつも、ざまぁみろ、と思ったのは私だけではないと信じたい。 そのようなアクシデントが発生した後に辞める、とも言えず、結局今日もこうやって店先に立っている。 店の前に飾ってあった人形は行方不明になっていて、もしかしたらあの人形が? そうやって思い出す度に怖気がする。 ちなみに、カー○ルおじさんは、今もちゃんと、学校近くのお店の前で笑顔を振りまいてくれている。 あの笑顔を思い出しながら、今日も私は店に立つ。 「いらっしゃいませ!」 ---- ――"夜"の話。 「やれやれ――まったく。私の人形候補になんということをしてくれるのです、異形」 闇夜に立つは、黄色と赤の道化服を纏ったアフロの人形、そして、白一色の老人の人形。 そして――夜色の神父服を纏う、黒い長髪の青年。 月の光に映し出される彫りの深い中性的な容貌。ルージュの引かれたような唇が笑みの形に彩られている。 「それにしてもなんとくだらない――いやはや、流石に道化か。よもや、人の欲望を元に顕現するような異形があろうとは」 その言葉に反応してか。アフロの道化服のその表情が、にぃ、と凶悪でいやらしいものに変わる。 異形"都市伝説"。『奴』はそう呼ばれるモノだった。 各地に数多存在する噂、それらを媒介にして顕現する存在の実無き異形。 普通の異形とは違い、純度の低い噂でも存在できる代わりに、確たる力の源を持てない存在。 その存在定義から、大した力は持っていないのが通説なのではあるのだが―― 「ただの噂のみならず、――ああ、恐らくは、誰かが彼女に抱いた劣情を糧により高い力を得た……と言ったところでしょうか」 高い力。 現に、その道化人形は、彼――そう、一流の人形遣いたる、長髪の青年の繰る老人人形と互角以上の戦いを行っている。 「こんな薄汚い人形なんかにファム・ファタールはおろか、グラン・ギニョールも勿体無い。 所詮、ケンタ君ではらんらんるーのパワーには及ばないというのでしょうか」 青年は困ったように――しかし、楽しそうに語る。 そう話している間も殴り合いは続く。 ごっ、老人人形の肩が道化のコブシで抉られる。 ばきっ、道化のアフロが老人人形の裏拳で薙ぎ払われる。 拳と拳の応酬。人形同士の樹脂と人口毛の飛び交う壊しあい。 その唯一の観客たる青年にとっては、聊かつまらないものであるようだが、それでもまず普通は見れない対戦カードであることは間違いない。 「まぁ、これはこれで――しかしながら、ああ、もう時間がない。仕方がありませんね――」 どこからともなく取り出した懐中時計。それを見つつ、深刻そうな声を漏らす青年。 戦いはいよいよクライマックスに。がっぷり四つで組み合い、力比べの様相を示す二つの人形の戦い。 興を乱すのも何だと放置していた青年が、苦笑しながら指を伸ばす。 「フィル、ルージュ」 青年は呟く、残念そうに。しかし、愉しそうに。 指差された人形はがちり、動きを止める。 数秒間、もがき、何かを振り払おうと暴れるも、すぐにその動きを止めてしまう。 眼に見えない、しかし、確固とその人形を止める"それ"は、眼に見えない細い細すぎる、糸。 運命の赤い糸を強制的に縛りつけ、思うがままに操作するような彼の『術式』 「身体を張った殴り合いというのもそれはそれでおつなもので、また、邪魔するのも聊か不躾というものではありましたが――」 深刻そうな様で、青年は片手を、まるで指揮者のように振るう。 「このままではオールナイトの合コンに遅刻してしまいます。ああ――それは、待ってくださる相手になんとも失礼というもの。 私自身が一月ぶりの合コンをとっても楽しみにしているというのが無い訳ではありませんからね!」 言葉と共に。 動けない道化師に、老人の鉄槌の如く腕が、それはもう怒涛のように襲い掛かった。 そして、数十秒の時を経て。 物言わぬ道化師は、粉々の樹脂と化学繊維の塵と化して、天夜の街に降り注いでいった。 「やれやれ。また無駄な人形を操ってしまいました。まぁ、ケンタ君人形は中々愛嬌があるからまだマシというものですが」 あのらんらんるーは頂けません、などと呟きながら、老人の肉体を修復していく青年。 青年がふと思うのは道化を動かしていた動力、即ち、どこの誰とも知れぬ劣情の主。 そのモノに対して若干の怒りを覚えつつも、僅かばかり浮かぶのは、気の毒そうな笑み。 「確か、わら人形、といいましたか」 わら人形。すなわち、藁で出来た人形を対象に対する呪詛の媒介とし、他者を傷つける為の儀式の通称。 その儀式は割りと高い成功率で他者を死に追いやる便利な代物ではあるが、一つだけ、大きな弱点がある。 それは『呪詛返し』と呼ばれる現象。呪詛の対象がしななかった場合、また、呪詛が失敗した場合。 その呪詛の全てが儀式を執り行ったモノに降りかかってくる現象。 今回の例を振り返ってみるならば、『道化人形』を用いて己が劣情という名の強い感情を持って対象に襲い掛かった。 そこに本人の意思が介在していなかろうと、特定の物体を媒介にして、他者に影響を及ぼそうとしたことに他ならない。 すなわち、劣情の主は、無意識のうちにわら人形の儀式を執り行う羽目になってしまったも同然である。 人形による強姦劇は自身によって未然に食い止められ、呪詛の媒介たる人形は破壊された。 溜まり貯められた後破綻した呪詛は術者に跳ね返る。恐らくは、散々にその肉体を蹂躙され、ともすれば壊れた器の如く生命力を垂れ流すような事態に陥るであろう。 そうなれば襲い掛かるのは緩慢な死以外に存在しない。 故に青年は、気の毒そうにしかし、嘲りを浮かべて哂う。 「……さて、つまらない劇もこれにて閉幕。観客たる私もそろそろ己が舞台に上がることにしましょうか」 そして青年は己が舞台、すなわち、合コンの場へと急ぐのであった。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]
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