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さまよう刃 ◆BLovELiVE.


「ねえ白井さん、白井さんのこと、少し聞かせてもらってもいいかな?」

ふと、穂乃果は黒子に向けてそんなことを問いかけていた。

「構いませんが、いきなりどうなさいましたの?」
「さっき槙島さんや、色んな人と話してる時にえっと…御坂さん?だったかな。白井さんの友達の名前を聞いて。
 だけど、私ってそういえば白井さんのことよく知らなかったなって。だから」
「…そういえば確かに、そういったことについて話す時間がありませんでしたものね」

黒子は顔を伏せる。
その表情で、槙島との話の中で、その御坂美琴という彼女の友人が人殺しになってしまったかのしれないということを思い出す。

(…やっぱりまずいこと聞いちゃったかな……)

もしかしたら、ことりの件に自分の中に整理をつけたくて聞いてしまったのかもしれない。
大切な人が人殺しをする側に立ってしまったという時のことについて。

(最低だな…私…)
「そうですわね、どこから話しましょうか」

自己嫌悪に陥りそうになった穂乃果だが、しばらくした後、黒子はポツポツと話し始めた。

自分達は学園都市という、学生に対する超能力開発を目的とした場所に住んでいること。
そこでは今の自分がやっていたテレポートのような、超能力を使える者が多数存在するということ。


「超能力かぁ…、何だかゲームの中みたいですごいなぁ」
「皆がそうなれるというわけでもありませんけどね。特に超能力を得られなかった人達は私達のような能力者を妬んでスキルアウト…いわゆる不良の道に奔る者もおりますの。
 まあ、この場に呼ばれてる皆はそのような方はおりませんが」

御坂美琴、婚后光子、食蜂操祈。自分を含めて皆常盤台中学に通っている高レベルの能力者。
食蜂操祈とは付き合いはなく話に聞く程度の仲、婚后光子はいけ好かないが少なくとも信頼はできると思っている。
そして初春飾利、佐天涙子も、能力者としては決して強くはないが正しい道を歩む大切な友人だ。
そう、大切な。

「中でも、お姉さま…御坂美琴は私の憧れの方ですの。
 学園都市に7人しかいないと言われるレベル5の一人、私の敬愛する人物なのですわ」
「………」

説明しつつも、その言葉にいつものようなキレがないことを自覚する黒子。
穂乃果ですらもその様子に気付くほどには、あの槙島との会話で明らかとなったことが後を引いているようだった。

気持ちを切り替えるようにして、黒子は話を進める。


「超能力者といっても、特に特別なことをやっているわけではありませんわ。
 一緒にショッピングをしたり、お茶をするために集まったり、パジャマパーティをしたり。
 初春と、佐天さんと、そしてお姉さまとはよくそうやって過ごしたものですわ」
「白井さん、もう、大丈夫だから。ごめんね」
「…高坂さんが謝られることはないんですのよ」

話していく度に、その表情が曇っていく様子を見ていられなくなった穂乃果は途中で会話を止めさせた。

だって彼女の話すうちの一人、佐天涙子はあのエンヴィーに殺された、と聞いている。
そして御坂美琴は。


「ねえ、白井さん。その友達を殺したっていうエンヴィーのことは、恨んでる?」
「…そう、ですわね。少なくともあそこで私達を襲った彼を見た上で、それで許したなどとは決して言えませんわ」
「………仇を取りたいって、思う?」

迷うようにそう問いかける穂乃果。

無抵抗な少女を殺し、今なおも人を襲っているのではないかというあのホムンクルス。
かつて彼の親友を殺し、そしてこの場でも黒子の友人を殺した存在。

今ならマスタングが向けた怒りが少しだけでも理解できるような気がしていた。
だからこそ、聞いておきたかった。

「仇…、確かに彼の存在は決して見逃すことはできませんわ。
 だけど、戦いの時にその感情をぶつけることだけを考えることだけはしたくはありませんわね」

それに対する返答は断言ではなくそうありたいという願望だった。

「マスタングさんとは事前に、相手がエンヴィーかどうかの見極めははっきりとさせておくと打ち合わせをしておりましたの。
 だけど、マスタングさんは結局エンヴィーに嵌められて天城さんが犠牲になってしまいましたわ。…そこまで冷静さを失わせるものがあったのでしょう。
 あの時はまだ自分を保っていられましたが、今は少しだけ自信がありませんわね」

御坂美琴のことを聞いて以降、自分の心に弱さが生まれているのを感じていた。
無論どんな状況でも自分の信念を捨てるつもりはない。
だが、今の現状で佐天涙子の仇である者を前にして冷静にいられるか分からなかった。

「だけど、これだけは言えます。
 その激情に任せて仇を討ったとしても、その人に残るのは人を殺したという罪だけですわ。
 それは決して、その人を幸せにするものではないということです」
「………」

その言葉はまるで穂乃果にも向けているようにも感じられた。

ことりを殺し侮辱したセリューへの、そして未だ知らぬ海未を殺した何者かに対して向けるだろう感情を持った自分に対して。


もしかしたら、槙島聖護に渡された拳銃を向けるかもしれない、自分に対して。



「ねえ、少しいいかしら?」
「…何よ」

それは放送より前、アンジュが音ノ木坂学院より出発するより少し前のこと。

一人退出したと思われていたアンジュは、誰にそれを言うこともなく真姫のいる一室へと足を運んでいた。

塞ぎこむようにしている赤毛の少女に、ゆっくりと歩み寄っていく。

「…やっぱり恨んでるんでしょうね、私や、サリアのこと」
「………」
「あの時の私にも責任がなかった、とは思わないわ。サリアの様子がおかしいことに気付かなかったんだし」
「…もう、いいわよ」

やはり塞ぎこんだ真姫は、そう告げるだけ。

少し前の自分だったならこのぐらいのことで心を揺さぶられることはなかったのだろう。
だが、エンブリヲとの戦いの中であった出来事、サラ子との交流やサリア達との戦い、そしてモモカやタスクを一度は失い失意のうちに落ちたりといった事柄を通し。
それでも目の前の少女を、3割くらいは自分の責任で死なせてしまった少女の友人を放置していけるほど図太い精神は残っていなかった。

それもノーマだの人間だのといったことに囚われているような、自分の嫌悪するような人間だったらこんな気持ちになることもなかったのだろうが。

「恨むなら恨んでくれても構わないわ。ただ、サリアのことは私がちゃんと責任を取るわ」
「…別に、恨むとか、そういうんじゃないわよ」


そう素っ気無く言う真姫は、ゆっくりと顔を上げて光のない目をどこへともなく向けながら口を開いた。

「ただ、私よりも穂乃果やことりの方が心配なの」
「その子達もあなたの友達なの?」
「そうよ。高坂穂乃果、南ことり。海未とずっと一緒にいた幼馴染。
 私達がμ'sを結成した時も、ううん、そのずっと前から海未と一緒にいたの。いつも3人一緒で、すごく仲がよかったから」
「…いつも一緒の、幼馴染、か」

アンジュの脳裏に浮かび上がったのは一人の侍女の姿。
物心ついた時から一緒にいた、大切な少女。

もし自分が彼女を失ったとしたら。

「分かったわ。その子達のことは覚えておくわ。
 もし会うことがあったら、ちゃんと説明しておくから」
「………」

まだその時の真姫の心は晴れてはいなかった。
だからこそ、あの時失った命に対する罪からは逃げず、しっかりと向き合い。
その上でサリアと相対し、エンブリヲを再度倒すことを心に決めて。

アンジュは静かに音ノ木坂学院を去っていった。



違う。
違う。

違う違う違う違う違う。

(私じゃ、あんなの私じゃ……)

イリヤは走り続ける。
だけど、いくら走っても、逃げようとしても。
あの時戸塚を刺した記憶は、そしてその感触は手から離れてはくれない。

「私は――――私は………!」
『!?イリヤさん!?その魔術行使は今は―――』

錯乱のまま、イリヤはルビーをかざし一つの魔術を行使した。
それはかつて、今のように自分すらも分からなくなった時に行使した魔術。

長距離を一瞬のうちに移動する、転移魔術。

しかし、それは起動することはなかった。

(何で……?どうして……!!)

クロに分裂したことで魔力の出力を落とされた今のイリヤでは、以前のような高度な魔術を発現させることはできない。
そんな普段のイリヤであれば気付くようなことも今の錯乱した彼女では気付かない。
逆に更なる混乱をイリヤの中に生み出すだけ。


「嫌……嫌ぁ…!」

再度駈け出したイリヤはその先に2つの人影があることにも気付かぬまま走り続け。

やがて、まるで突撃するかのような衝撃と共に人影を吹き飛ばし、その反動で倒れ込んだまま意識を失った。



「くそ…、どこだ……?!」

全力で駆け出していたイリヤを追っていたキリト。
しかし彼女の足は想像以上に早く、見失わないようにするのが精一杯だった。

(さっきの俺もこんな感じだったのか…?)

思い出すのはモモカを殺したあの時、逃げることしか考えていなかった自分。
あの時はそれこそ疲労すらも気にしないほどに全力で駆けていたからこそ気にすることもなかったが、今の状態ではそうもいかない。
疲労は確実に感じており、それがイリヤを追う足を確実に遅めていた。

(でも、だからって…)

見捨てられるわけがなかった。
いや、あの時逃げてしまったからこそ、今度こそはと思っていた。

これはゲームではない。SAOのあの時と一緒だ。
やり直し、コンティニューはできないのだ。
死んだ人間のこと、人を殺したという罪。それらは全て背負って生きていかねばならない。

だからこそ、手を伸ばせる限りは守りたいとそう思ったのだ。


そうして、必死でかけ続けるキリトの視界の先に二人の人影が映り。
イリヤがそれと衝突して倒れ伏せる光景が入った瞬間、キリトの駆ける速度は増していた。


「痛た…」
「この子は…?」

地面に尻もちをついた穂乃果、そして倒れ伏した白い少女を見る黒子。

地面に倒れた少女は歩く二人の元に突如現れ、穂乃果と衝突した後で気絶したのだ。

「高坂さん、大丈夫ですの?」
「私は大丈夫。だけどその子は?」
「特に怪我をしている、という感じでもありませんわね。
 ぶつかる前のあの必死な感じといい、何かから逃げているかのようでしたが。
 ……高坂さん、後ろに」

何かに気付いたかのように穂乃果を自分の後ろに下げる黒子。
その視線の先から現れたのは、全身が真っ黒で尖った耳が特徴的な一人の少年だった。

「…大丈夫だ。俺は殺し合いなんかに乗ってない」

自分たちの様子を見ていて何かを察したのだろう。
少年は背負っていた刀を地面に置きながら、警戒を解こうとするかのようにそう答えた。

「その子は……」
「大丈夫ですわ。気を失っているだけです」
「よかった…。俺はキリト。その子のことも含めて何があったのかを話しておきたいんだが、大丈夫か?」
『そうですね、私としてもイリヤさんがどうしてこうなったのか少し整理させていただきたいですし』

と、イリヤの髪の中から星形の何かが飛び出した。
一瞬驚く黒子と穂乃果に対して物体、カレイドステッキ・ルビーがかくかくしかじかと説明して自分の存在を説明した。

「…魔術、というのですわね。俄には信じがたいですが」

やはり魔術という非科学的なものについて語られて困惑する黒子。
しかし黒子も穂乃果も、ホムンクルスや帝具という様々な未知の存在と遭遇している。
その中の一つなのだとすれば、案外すんなりと受け入れることができた。


「それで、この子に何があったんですの?」
「いや、俺にも分からないんだ。さっきいきなり目が変に光ったかと思うと豹変したみたいに……人を殺したんだ」
「殺したって…、こんな子供が…?」
『…はい。私としても何が何だか分からないですが、その説明自体は事実です』
「何があったのか、詳しく教えていただいてもよろしいですか?」

キリトは差し当たってイリヤ周りで起こったことに限定してルビーと共に説明を始めた。
殺した少年、戸塚と同行していた黒という人物に対して突如拒絶反応を示し始めたこと。
その逃げた先でエンブリヲなる人物に囚われてしまったこと。
捕まった彼女を助け出すために戦い、そして一安心といったところで突如イリヤが槍を構えて疲労困憊の人物を殺そうとしたこと。
そして、そんな彼を庇って戸塚は命を落としたこと。

「…一つ聞きたいのですが、それはそのエンブリヲなる者に何かされたから、ということは考えられないんですの?
 例えば、操られていたとか」
「その可能性は……どうなんだ?」
『いえ、分かりません。見落としていた可能性こそありますが、しかしあの変態がそんなことを果たしてするかという疑問も…』
「…ではもう一つ。ルビーさん、それ以前にあなた方が会われた方々についてお聞きしてもよろしいですの?
 少し心当たりがないわけでもないですの」
『分かりました』

ルビーは、ここに来て以降のそれまでに会った人達についてのことを話し始めた。




意識が覚醒する。
どうやら少し眠っていたようだ。

何故こんなところで眠ってしまったのか。

ズキン、と痛む頭を抑える。
どうやら転んでしまった時の打ちどころが悪かったようだ。

何故転んだのか。
意識を失う前の記憶を呼び起こす。

放送が流れ、その中で呼ばれた名前。

渋谷凛。
エンブリヲに連れ去られた、ほんの僅かとはいえ共に行動した少女。
間に合わなかったのか。

そして、

「モモカ……」

その直後に呼ばれた名前。
自分に仕えていた侍女。小さな頃からずっと傍にいてくれた存在。

何かの間違いだと思いたかった。
一度タスクと共に彼女が死んだと思った時も結局生きていた。
だから今度も生きているだろうと、そう思いたかった。

だが、巴マミ、園田海未。そのしばらく後で呼ばれた二人が自分の目の前で命を落とす姿をはっきりと見ていた。
真実の中で嘘を混じえたところでただ放送の真偽を疑わせるだけ。そうなれば死者の放送そのものが無意味となる。
つまり、モモカは自分の知らぬところで確かに死んだということになるのだろう。

その事実に打ちひしがれていくうちに、足元も覚束なくなり、ふとした拍子に転んだまま受け身を取ることもできず意識を失っていた。
それが現状の原因だったのだろう。

「モモカ…、モモカ……っ!」

エンブリヲを追うことも忘れて、失ったものに対する想いに胸を締め付けられるアンジュ。
戦いが終わり、全てが平和になって、喫茶アンジュを開いて、ようやく穏やかな日々が過ごせると思っていた。

なのに、エンブリヲは未だこの場で生きていて、サリアはまだそのエンブリヲに心を囚われていて。
そして、モモカは。

だけど、だからといって立ち止まることはできない。
今までもそうだったように、戦いが続くのならば戦い続けるしかない。

だから。

「モモカ……ごめんね、次にあなたに会えるのはずっと先になると思う」

こんなところで死ぬつもりはない。
だからもしモモカと会える時は、おばあちゃんになって死ぬ時なんだろう。
きっと子供や孫に見送られながら、できればタスクも傍で看取ってくれながら。
ベッドの上で穏やかに死ぬ時に、やっと会えるようになるのだと思う。

「だから、それまで待っててね」



「食蜂操祈……。やはり彼女と会っていたのですわね」
「知り合いなのか?」
「一応は。話に聞く程度ですが、私と同じ学校にいるレベル5の超能力者ですわ。
 能力は心理掌握(メンタルアウト)。読心や洗脳、記憶操作能力においては学園都市最高クラスの能力者です」
「洗脳……、もしかして…」

穂乃果が眠り続けるイリヤを心配そうに見つめる。
もしこの子に何かしらの条件をトリガーとして人を殺すことを組み込まれているのだとしたら。

「ですが果たして彼女はそのようなことをする人だったでしょうか……。
 ルビーさん、その同行していたDIOという方も危険な方ではなかったのですわね?」
『はい。イリヤさんは全幅の信頼を寄せられている人ですね。人間でないなりに優しくしてもらっていたということで』
「…それだけでは信用に足るものではありませんわね……」

例えばの話だが、先に会った槙島聖護。あの男もそうだ。
もし彼が穂乃果や自分を気に入らなかったら殺すだろうという仮定があったとしても。
それに気付けなければ彼はあくまでも穂乃果を優しく諭してくれた人としか見えない可能性もある。

「一旦保留ですわね。しかしだとすると今の彼女はそのスイッチがいつ入ることになるかが一切読めないという危険な状態ということになりますが」

と、黒子はキリトへと視線を移して問いかける。

「しかし見捨てるつもりはないのでしょう?」
「当たり前だ、こんな小さな子を放っていけるわけないだろ。そんな危ない状態だっていうなら尚更だ」
「同感ですわね」

問いかけに対して迷いなく答える二人。
むしろそのような状況にあるのならば見捨ててしまえば被害の拡大に繋がってしまうだろう。それならば手元に置いておき見守っておいたほうが被害を防ぐという意味ではよほど安全だ。
それに何より、こんな子供を放置していけるほど冷酷な性格をしている二人でもない。

「それでここから南にいるという皆の話ですが」
「ああ、みんな散り散りになってる。黒はエンブリヲを追って「エンブリヲ様!?」

と、そのキリトの口からエンブリヲの名が出た時、突如一人の少女の声が3人の近くで叫ばれるのを耳にする。
驚いて振り返ったキリト達の目前には、黒い服に身を包んだツインテールの女。

「教えて!エンブリヲ様はどこにいるの!?」
「な、何ですのあなたは!?」
「落ち着け!」

キリトの肩を掴んでそのまま怒鳴りかからんというほどの勢いで話すその女。

(…やっぱりゲームのようにはいかないか)

もしこれがゲームの中であれば気配察知の能力も使えたのだろうが、今はそんな能力を使える環境にはいない。
改めてゲームとこの場所での違いを実感するキリト。

そんなキリトの目の前で焦るようにしつつも落ち着きを取り戻した少女は自分の名を名乗る。

「…悪かったわ。私の名前はサリア。アンタ達は?」
「俺はキリトだ」
「白井黒子ですわ」
「高坂、穂乃果です」
「黒子に、穂乃果、ね…」
「どうかなさいまして?」
「何でもないわ。それよりエンブリヲ様の居場所、知ってるんでしょ?!教えて!」

しかし名乗り終わった途端、再度キリトに掴みかからんばかりの勢いで

「お待ちなさい、エンブリヲとは―――」

黒子がサリアに対して問いかけようとした時、キリトがサリアに見えない位置から、人差し指を口元に当たる場所へと重なるように出していた。


(…?どういうつもりですの?)

黒子達はエンブリヲという男の所業をキリトから聞いている。
そのエンブリヲに対して様付けで呼ぶような女が安全とは思えない。

「その前に、君はどこから話を聞いてたかな?」
「たった今通りがかったところよ。そしたらエンブリヲ様の名前が聞こえてきたから」
「分かった、それじゃあ情報交換としよう。君がこれまでにあった出来事を全部話してくれたら俺たちもエンブリヲの居場所を教えよう」
「…分かったわ」

(なるほど、先に情報を聞き出して、ということなのですわね)

納得したように沈黙する黒子。
穂乃果は分かっていなかったようで、サリアの視界の外で静かに口元に指をやってジェスチャーをする。

こうして、サリアとの情報交換が始まった。


「まず、最初にここに来てから変な男に襲われたわ。
 尖った耳の、そうね、ちょうどアンタみたいな感じのね」
「…?俺みたいな?まさかアバター…?」
「血を飛ばしてきて、それに触れたら体を削られるのよ。
 それで私庇われてね。八幡っていうやつが死んだわ」
「血を飛ばして体を削る、ね…」


「それでその後アカメっていうやつと遭遇してね、一緒に埋葬したの。
 その直後だったかしら。電撃を撃ってくる、そう、ちょうどアンタと同じ服を着た女に襲われたのは」
「……!」

黒子の顔が歪む。

「その直後だったかしら。槙島聖護って男に会ったのは。私もちょっと油断してたのかしら。
 不覚を取って攫われてしまったのよ。恥ずかしい話よね。
 幸い、泉新一が助けてくれたんだけど。
 で、その後だったかしら。場所は確か、音ノ木坂学院だったけど」
「音ノ木坂学院…?!」

その単語に穂乃果が強い反応を示す。

「巴マミと園田海未っていう二人に会って、そうね、あとそこに浮いてるステッキ、あんたも見覚えがあるわ」
「海未ちゃんが…!」
『サファイアちゃんに会われたのですか?!』
「…よくは分からないけどね、その持ち主だっていう、確か美遊とか言ってたけど。あの子の死体もあそこに置いてあったわ。
 確か殺したのは、キング・ブラッドレイって言ってたかしら」
「――――!」

思わずその名に顔を見合わせる穂乃果と黒子。

「それで、その後田村玲子と西木野真姫と、あとアンジュってやつが一緒に来たんだけどね。
 ……ちょっと、それでね」

そして顔を伏せて言い辛そうな表情を浮かべたサリア。
その顔で何があったのかを察するのは難いことではない。

「…死んだんですよね、海未ちゃんが」
「……ええ」
「殺したのは、誰なんですか?」

硬い声で問いかける穂乃果。

「…殺したのは、アンジュ。私の昔の仲間だった女よ」

そして絞りだすような声で、サリアはその質問に答えた。






「へえ、誰が殺した、ですって?」

と、そこで聞こえてきた声に振り返った一同。
そこにいたのはカッターシャツにベージュのベスト、赤いストライプの入った青いスカートという制服のような服を着込んだ短い金髪の少女。
それが音ノ木坂学院の制服であることを穂乃果と黒子は知っている。
まるで怒りでも浮かべているかのように、こめかみをピクピクとさせながらこちらを、正確にはサリアを睨みつけていた。

「アンジュ…!」
「しばらく会わないうちに随分と嘘が達者になったのね、サリア。
 エンブリヲの犬は随分と舌が回るようになってるってことかしら?」
「アンジュ…?あなたが…?」

戸惑うように金髪の女・アンジュを見つめる穂乃果。
そんな穂乃果の質問に答えるように、アンジュは穂乃果をチラリと見て答えた。

「そうよ。私がアンジュ。あんたの友達を死なせた原因の一つ。
 だけど、それが全部ってわけじゃないわよ。
 確かにあの時の二人のことは私にも責任はある。だけど、実際に死なせたのは―――」
「黙れアンジュ!それ以上口を……!」
「あんたでしょ、サリア」
「嘘を言って!あんたが殺したのよ!あの二人を!」

互いに罪をなすりつけあうように叫ぶサリアとアンジュ。
アンジュは冷静を装うように自然な口調で話すが、しかしサリアは激情にかられるように話している。

「ねえ、アンタ達なら、私のいうことを――」

と、信頼を求めるかのようにキリト達の方を向き直したサリア。

しかしキリト達は既にサリアから距離を取っていた。
まるで、サリアのことを警戒するかのように。

「悪いけど、アンタのことは最初からあんまり信用はしてなかったんだよな。
 だって”あの”エンブリヲを様付けで呼ぶやつなんて、いくらなんでも、な」
「…っ!そう、アンタ達も、アンタ達もエンブリヲ様の敵なのね」

冷たくそう告げたサリアは、銃口を離れた穂乃果へと向けて放つ。
乾いた音と共に放たれる銃弾を、黒子が咄嗟のテレポートで回避。
そのままサリアのすぐ傍まで移動、同時に駈け出し追いついたキリトもまた取り押さえようとし。
しかしその視界はサリアの翻した黒いコートによって遮られた。

キリトは直感的に剣の鞘を構えた、その瞬間コートを貫くような形で銃弾がキリトへと飛び掛かり。
反対側の黒子に向けては鋭い蹴りが放たれて、その体を後ろへと弾き飛ばす。

後ろに下がった二人が態勢を立て直した時、サリアの両腕には手甲のような武器が装着されていた。

「エンブリヲ様の邪魔になるっていうなら、皆死んでしまえばいいのよ…!!」
「情報交換の時に仰られたことは全部嘘ということですの?」
「ふん、一応アンジュと関係のないところは本当のこと言ってたつもりよ」

サリアにしてみればそれが敵を増やすという行為にならない限りはみだりに嘘を言ってしまえば敵を増やしてしまうことは分かっている。
ただ一つ、アンジュに関することに嘘をつき、それがアンジュの怒りに触れてしまった。それが問題だとサリアは思っていた。
既に最初の、エンブリヲに対しての信頼をしていたところから間違っていたとは微塵も思ってはいない。
サリアにとってはエンブリヲを認めないものこそが悪なのだから。

「だけどこれまでね。アンタ達のことはセリューから聞いてるわ。それにアンタも、エンブリヲ様の邪魔にもなりそうだって言うならここで殺すしかないわ」

言うが早いか、サリアはその手甲から雷の弾を射出。
黒子は穂乃果を庇いつつテレポートで移動、イリヤを抱えた穂乃果を雷撃の弾から防ぐことができる建物の影へと潜ませた。

キリトはその特性が電撃であることを確認したことで態勢を防御から回避へと変更。
速度こそ避けられないものではないが、その放たれる弾数に限りが見えない。

避け続けるだけでは消耗戦となってこちらが不利だ。

アンジュが自身を狙う雷弾を避けながら手にした銃を撃ち出す。
しかし銃弾はサリアの前面に展開された雷の盾が防ぎ届かず。

盾を収めた瞬間すぐ傍にテレポートで移動してきた黒子がこちらの体を取り押さえようと迫る。
雷球を撃ち出すにはあまりにも近すぎる距離。

「鬱陶しい、のよアンタ達!!」

しかしサリアは今度は全方位に向けて一斉に電撃を放出。
周囲の地面を焦がす電流が黒子の体を捉え、その動きを止める。

「ぐ、あっ…!」

体を貫く電流に悲鳴を上げる黒子。

しかし放電を止めたサリアの、その左の手甲に黒子の手が触れ。
次の瞬間、左腕に装着されていたアドラメレクは30メートル離れた地面へと移動していた。

「あんた…!」
「残念、ですわね…、私、電撃を受けるのには、慣れていますのよ、っと!!」

そのまま左側の頭上へとテレポート、重力に任せたドロップキックを放つ。
左腕で受け止めるが、素手で受けたその衝撃は強く足は自然に後ろに後退する。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

その隙をつくかのようにキリトが突撃。
鞘に収められたままの刀をその体に叩きつける。

「―――がはっ」

その衝撃で息を吐き出すサリア。
しかし次の瞬間、怒りを叩きつけるかのように周囲に雷撃を放出。

後退しその攻撃範囲から逃れる黒子とキリト。



「ち、全く。改めて見てもサリアのやつ、なんてもの持ってんのよ…!」

キリトの後退先近くで吐き捨てるようにぼやくアンジュ。
拳銃一つでどうにかできる武器ではなく、かといってあれの一撃で一度痛い目を見ている以上近付くことも難しい。

あのエンブリヲを連想する転移能力を使う黒子はまだしも、そういったものがないにも関わらず率先して接近戦を挑んでいくキリトには関心する思いだ。

だが、だからこそ一つだけ解せないこともある。

「…ねえ、何であんたその剣を抜かないのよ?」
「……」

さっきから接近戦を挑むにも関わらず、この少年は剣を鞘に仕舞ったままで戦っている。
見たところ剣技に関しては素人とは思えない立ち回りをしている。タスクにも負けない、いや、それ以上のものがあるだろう。
命を奪うつもりがないにしても急所を避けるなど狙い所はあるはずだ。
なのに、ずっと剣を抜いていない。

ずっと気になっていたのだ。

「…この刀は、人に少しでも傷を負わせるとそこから呪いが発生して命を奪う、危険な武器なんだ。
 それで、俺は実際に一人の人間の命を……」

―――アンジュリーゼ様…

ふとキリトの脳裏に浮かび上がってきた、あの時の少女が最期に呟いた名前。
そして、今近くにいるこの人は何という名だったか?

「なるほどね、それで下手に振るうと命を奪うかもしれないから怖いってわけ」
「…………」
「分かったわ、ならそれ私に貸しなさい。あんたが持っているよりは少しはマシに動かせるでしょうし」

果たしてこれは今言うべきことなのだろうか。
優先すべきはあのサリアを取り押さえることのはず。
だが、そうなれば彼女は自分の仲間の命を奪った剣を振るって戦うことになってしまう。
果たしてそれが正しいことなのか。

「……アンジュって言ったよな、あんた。
 モモカって名前に、心当たりはあるか?」
「モモカ?!あんた、モモカを知ってるの!?」

その名を出した瞬間、掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきたアンジュ。
どうやら思った通りだったようだ。

ならば、俺は。

「ああ」

その罪と、向き合わねばならないのだろう。

「俺が、殺した」


(…く、お姉さまのものと比べればどうということはないとはいえ…、連続して受けるのはキツイですわね)

幾度となく放たれた雷撃は確実に黒子の体の痺れを蓄積させていた。
麻痺が黒子の動きをかなり鈍らせており、黒子自身の肉弾戦の能力に著しい障害を与えている。
幸い、転移能力を使うこと自体は可能であるため、幾度となく打ち出される雷球や雷撃に対する対応はできている。

とはいえ今まで使っていたような金属矢のような武器が手元にない。

「ちょこまかと…!」

目を見開いて手元の雷球を溜め始めるサリア。
その目の前に、黒子は地面から拾った砂を転移。
サリアの目に入った異物が彼女の目を閉じさせその視界を封じる。

「っ!よくもぉ!!」

閉じられた目のまま周囲に雷を乱射し始める。
狙いが定まらぬままに放たれる雷球は、しかし逆に不規則で射程を読むことができない。

視界を塞がれた隙に建物の影へと移動。
壁に雷が衝突する度にコンクリートが砕ける。
どうやら完全に見失っているようだ。少なくともこのまま痺れが取れ動けるようになるまでこうして待機する間は欲しい。


「お姉さまでもここまでの乱射は疲労は免れないはずなのに…、どうやって…」

もしあれがあの篭手による攻撃であるとするならば、何かがその力の源となっているはずだ。
篭手自体に貯められたエネルギーか、あるいは使用者自身の体力や生命力か。
しかし後者であるならば彼女に全く消耗の気配が見られないことがおかしい。
前者であるならばエネルギー自体が膨大である可能性も考えられるが。

壁からほんの僅かに顔を覗かせて後ろの様子を探る。

目を擦りながら周囲に電撃を放出し続けるサリア。
その手の内に何か小さな赤いものが見えた気がした。
まるで生き物の血をイメージさせる、赤く光る石のような何か。

(あれが、もしかして)

あれさえ取り押さえれば、この止むこともない猛攻も抑えることができるかもしれない。

手を数度開閉させる。
痺れは残っているが行動に支障が出るものではない。
逆にこの痺れが痛みに対する麻酔ともなる。

「行きますわよ…!」

壁から飛び出すと同時、サリアの閉じられた目が開き。
それまで乱射されていた雷球が弾を節約するように狙いを定めて放たれる。
しかしそれをテレポートで避け、その死角に移動し。

「何度も同じ手を、喰らうかぁ!」

幾度と無く同じやり方を続けたことでサリアにも対応する手段を確立済みだった。

周囲の全方向に、死角がなくなるほどの電撃が放出。

上下左右の数メートル間全てを覆う雷。
それはサリアを中心として円を描くように放たれたものである。

はずだった。

「ぎ…!がっ……!」

そんなサリアの足元。
本来であれば巻き込まれるはずのないサリア自身へと、電撃が伝っていた。

彼女の雷が放たれている範囲、その電気が伝う場所。
そこには落ちたペットボトル、その口から漏れ出た水が地面に水たまりを作っていた。
その水はサリア自身の、電気を受ける彼女の足元に。

(以前お風呂でお姉さまの電気を受けた時は酷い目に会いましたものね)

アドラメレクからの放電を止めたその瞬間、サリアの頭上からドロップキックが迫りその体を吹き飛ばした。

同時にその手から赤い石が離れ、地面へと落ちる。

「…賢者の石が……!」

落ちた賢者の石を慌てて拾いに行こうと、痺れる体に鞭打って動くサリア。

そしてそんな彼女の先に回って石を拾いに向かう黒子。

二人は互いのことに夢中で、周囲の状況把握が疎かになっていたところもあった。
だからこそ、遅れてしまう。

そんな二人の近くで、戦いに混じらぬ場所で。
拳銃を構えている一人の少女がいたことに。




私には何が何だか分からない。
あのサリアって人がどんな人なのか、アンジュって人が何者なのか。

あんな電気を出す武器を前に、私に何ができるのかも分からない。

でも、そんな私でも一つだけ分かっていることがある。

この人が、今目の前で白井さんや皆を殺そうとしているこの人が。


―――――海未ちゃんを、殺したんだ。


その告白をした直後だった。
反転した視界と共に、自分が地面へと押し付けられていたのは。
仰向けに倒れたキリトの眼前にあるのは黒光りする銃口。

そして、それを突き付けているのは、他の誰でもない、アンジュだった。

その食いしばるような表情でキリトを睨むその顔にあるのは憎悪か、それとも怒りか。
あるいはその両方か。

「…………」
「…………」

しかしその引き金が引かれることはなく、沈黙の時間が過ぎ去る。
周囲に響く、黒子とサリアの戦いの音も意識に入らぬままに。

「……でよ…」
「………」
「何でよ……」
「すまない…。全部、俺の責任だ」
「何でよ!!何でアンタみたいなやつが、モモカを殺したのよ!
 何で、そんな顔できるやつが…、モモカを……!」

いっそ殺した相手がどうしようもないクズだったのなら。
この引き金を引くことを迷ったりなんかしなかったのに。
まだ、迷いなく仇を討つことだってできたのに。

「………全部、一から全部説明しなさい。
 何があったのか、どうしてモモカを殺したのか、全部。
 嘘を言うことは許さない。本当のことだけ、話しなさい」
「…分かった」

銃口を離さぬまま。仰向けのキリトに馬乗りとなったまま。
キリトは何があったのかをゆっくりと話し始めた。


バランスを崩したサリアの体が地面に倒れこむ。
黒子がその銃声の主へと目をやると、そこにいたのは拳銃を構えた穂乃果の姿。

そして、放たれた銃はサリアの脇腹を掠めるように横から撃ち抜いていた。

「…はぁ……はぁ……」
「高坂さん…?」

さっきまでずっと隠れているようにと指示したはずの彼女がどうして拳銃を構えて立っているのか。

「っ、よくも――――」

口を開きかけたサリア、しかし再度銃声が鳴り響いてその口を止めさせる。
狙いすらも定まっていなかった銃弾は起き上がろうとしたサリアの数センチ先の地面に凹みを作っている。

「…動かないで……。白井さんも、お願い」

感情のこもらぬ口調での懇願。しかしその奥にある強い想いを感じ取った黒子が開こうとした口が止まる。

「サリアさん、あなたなんですよね?海未ちゃんを、殺したのは」
「…私じゃないわよ」
「嘘を言わないで!!」
「本当よ!私が狙ったのはアンジュ!周りのやつはそれに勝手に巻き込まれそうになって。
 そいつらを庇って勝手にくたばっただけよ!」
「じゃあ結局あなたのせいじゃん!!」

サリアを問い詰めるように、銃口を構え直す穂乃果。
今度は反動で手が変な方向に向くことがないように。

「いけません、高坂さん!それ以上は!」
「邪魔、しないでよ!こいつさえ、こいつさえいなかったら海未ちゃんは…!」

テレポートで取り押さえることは難しくはない。
しかし今の彼女はとても情緒不安定な状態。もし万が一彼女を抑えようとした時に銃が暴発でもしてしまえば。

もしいつものように金属矢の一本でもあれば、拳銃を破壊することで対処できたはずだというのに。
いや、もしそれをやったとしても穂乃果はきっと諦めはしないだろう。

だから、この場は下手に取り押さえるよりも穂乃果自身を説得するしかない。

「高坂さん、その怒りは私にも理解はできます。ですが、だからといってその怒りに任せて撃ってしまえば、あなたはもう戻ることはできませんのよ?」
「…今更、どこに戻れっていうの?
 ことりちゃんも海未ちゃんも、もういないんだよ?」
「だからです。あなたはセリュー・ユビキタスのような人とは違うのでしょう?
 それに忘れたのです?あの時その復讐心に身を焦がしたマスタングさんがどんな過ちを犯したのか」
「…………」


思い返す、エンヴィーに怒りをぶつけるマスタングの姿。
あの時穂乃果は確かにマスタングのその姿には恐怖心を持っていたはずだ。

それを知っているならば、それと同じ道に落ちてはならない。
そう黒子は告げる。

だけど、それでも。
理不尽な死を与えられた親友の仇に対する怒りは、ことりの生そのものを侮辱したセリューに匹敵、いや、理不尽に殺されたという一点ではそれ以上のものを与えていた。


「彼女は私が対処します。だから、高坂さんは―――」
「槙島さんは言ってたもん…。自分で選ばなきゃいけないって…!
 セリューの時みたいに逃げてばっかりじゃダメだって!」

彼はきっとこのためにこの拳銃を自分に渡したのだ、と。
穂乃果は槙島に対して少なくない感謝の念を抱くほどに、目の前の仇に対する殺意を募らせていた。

――――親友を殺した者へ復讐を誓うのか。親友の想いを想像し、自分の中の彼女たちに殉じるのか。
――――どの道を選ぶのも君の自由だ。だが、選ばずに逃げる事だけはしてはならない。
――――そうして魂の輝きを見せた友人たちを悼むのなら、君は強くなる事が出来るだろう。

(そうだ、私は、この人を…許せない)

許せないのなら、どうするのか。

そう、きっとこの人を生かしておけば、この先もっとたくさんの人を殺すんだろう。
もしかしたら、真姫ちゃんや花陽ちゃんも。

だから。

「だから、私は、あなたを――――――」
「いけません!」

もう説得では間に合わない。力づくで止めなければならない。
引き金にかけた指に力をこめようとする穂乃果に向けてテレポートを発動させようとし。


黒子が思っていたよりも、そして転移を発動させるよりも僅かに早く、一発の銃声が響いた。










「全く、何て顔してんのよ、あんた」

穂乃果の手からは拳銃は離れて地面を転がっている。
そしてそんな穂乃果から少し離れた場所に立ち、銃を構えたアンジュが穂乃果へと話しかけていた。

「キリト、あんたはサリアを見張ってなさい。あの子は私が話をつけるから」

その後ろに立つ黒い少年に向けてそう言いながら、アンジュは穂乃果の元に歩み寄る。

「…邪魔、しないでください」

銃を撃たれ、その衝撃でサリアを殺す手段を奪われた穂乃果は怒りを向けてアンジュを睨みつける。
しかしアンジュはそんな穂乃果に臆する様子も見せることなく。

「そいつを殺したいっていうなら私がやるわ。ここまでになったらもう説得ってのも無理みたいだしね。
 だからアンタはサリアの死体の顔を蹴ったりすればいいわ。それくらいの権利はあるもの」
「違う、私が、私がやらないといけないんです!だって、この人は海未ちゃんの――――」
「どうしても殺したいっていうなら、私を撃ってからにしなさい」
「え…っ」
「そいつは一応、私にとっては仲間みたいなものだったんだし。
 それにさっきも言ったけどそいつが暴れることになったのは私のせいだもの。半分くらいは私もあんたの友達の仇よ」

と、アンジュは穂乃果に銃を投げ渡しながら未だ動けぬサリアの前に立つ。
抵抗する意志もないことを示すように、その手には何も握られていない。

「何のつもりかしらアンジュ」
「あんたは少し黙ってなさい」

正直、らしくないことをしているという自覚はアンジュにもあった。

別に復讐がダメだとか、人を殺してはいけないとか。そんな綺麗事を言うつもりは本来であればない。
だが、復讐の対象が仮にも自分の仲間だったはずの人間で。
それが目の前で行われようとしていて。
さらにその復讐の一因に自分も関わっているというのであれば。

そこから生じた責任から逃げるようなことはしたくはなかったのだ。

この少女の怒りは理解できる。だからこそ、放っておくこともできない。

「ほら、どうしたの?仇が目の前にいるのよ?撃たないの?」
「………っ」
「撃てないのなら止めておきなさい。
 あなたには、人の命は背負えないのよ」

震える穂乃果の手の拳銃を握るアンジュ。

「西木野真姫から聞いてるわ。大切な友達だったってことも知ってる。
 だけど、もしそれで撃ったらあなたはまだ生きてるあの子と同じ場所にはもう立てないわよ」
「…あなたに、何が分かるんですか」
「分かるわよ。だって私も大切な人を放送で呼ばれてたんですもの」

と、アンジュは視界の端に佇む黒い少年へと目を向ける。

「小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた従者だったのよ。
 どんな時も私を信じて、慕ってくれて。世界の全てが私を見捨てて裏切った時だって、あの子だけは私の味方でいてくれた。
 そんな子がね、そこのチンチクリンに事故で殺されたってのよ」
「チンチクリンって……」

暗い表情を浮かべつつも肩を竦めるキリト。


「恨んで、ないんですか?」
「恨んでるわよ。決まってるじゃない。
 だけどその恨みを除いたらこいつを殺す理由が見つけられなかったのよね。殺し合いに乗ってるとか、そんな風でもないし。だからただの仇討ちなんて八つ当たりにしかならない。
 でもそんな八つ当たりしたってモモカは帰ってこない。むしろ殺したこっちの寝覚めが悪くなるだけよ。
 だから言ってやったわ。本当に悪かったって思うんなら、私に許されるその時まで必死で罪滅ぼしになるくらい生きて償えってね。
 だってこんなやつ殺したってさっぱりもしなさそうなんだもの」
「…………」
「その銃、渡してくれるかしら?」

穂乃果の震える手は、それでも銃を離そうとはしない。

「でも…、向き合わなきゃいけないって、逃げちゃいけないって、槙島さんも……」
「その言葉自体、あんたの選んだものじゃないんでしょ?何言われたか知らないけど、自分の気持ちをいちいちそんな男に言われた通りにして、それがあんた自身の選択だって言えるの?
 私なら、そんな選択なんてごめんよ」
「ぅ……」

息を詰まらせる穂乃果。
そのまま動かない彼女に向けて、黒子が静かに歩み寄る。

「高坂さん、銃を下ろしてくださいます?」
「……………」
「ねえ、穂乃果、だったかしら。あんたの友達、最期に何て言ってたか思う?」

―――――生きて、真姫。私たちのμ'sを、どうか―――

「最期まで、助けた友達と、アンタ達の仲間のことを心配していたわ」
「………っ」

穂乃果の脳裏に浮かび上がる光景。
それはどんな時も一緒にいて、自分やことりのことを見守ってくれていた少女の顔。
いつも自分の無茶に付き合わせて色々迷惑もかけてきて。

でも、そんな自分のこともいくら迷惑をかけても付いて行く、だからその無茶で見たことのない世界へと連れて行って欲しいと言ってくれた。
そんな、ことりに並ぶ大切な存在だったのだ。

「心配だって言うなら、傍にいてよ…!…ずっと一緒だって、そう約束したのに、何で死んじゃうの…!
 海未ちゃんの馬鹿、馬鹿ぁ…!」

銃を下ろすと同時に崩れ落ちる穂乃果。
その目からはひっきりなしに涙が流れ落ちている。

「…!アンジュ!」
「さて、残ったのはアンタだけ、ど!!」

と、振り返ると同時、その背後にあった銃口に向かい合うように手の銃を向けるアンジュ。
痺れが取れた様子のサリアが、腹の傷を庇いながらその手に握りしめた拳銃を向けている。

「あら、さっきみたいに雷、撃たないのかしら?」
「うるさい、アンタ一人だけにいちいち無駄な体力使ってられないのよ」
「撃つ前に幾つか聞かせて欲しいんだけど。アンタ、今日の日付がいつか言える?」
「はぁ?何言ってんのよ」

怪訝そうな顔を浮かべながらもアンジュの質問に答えるサリア。
その答えを聞いて、アンジュはやはりという顔を浮かべる。


「やっぱりね。アンタ何も知らないのね。エンブリヲの本性も、ジルが何を背負ってたかも」
「何言ってんのよ」
「聞きなさいサリア。アンタはエンブリヲにとってただの使い勝手のいい駒なのよ。
 その気になればいつでも捨てられる、替えの聞く着せ替え人形。
 ねえ、あんたの大根騎士団にいた子達、最期はあの男にどんな扱いをされたか、知らないでしょ。
 あんたよりも未来から来た私なら知ってるのよ?」

あの決戦の中で、サリアの部下はエンブリヲの捨て駒としてラグナメイルの操縦権を奪われ、ドラゴン達の餌食となって食われていくあの光景。
その中でのサリアの絶叫は本物だった。

「嘘を言わないでよ。エンブリヲ様がそんなこと、するわけがないじゃない」
「ジルもその一人だったのよ。そうして捨てられ、部下も仲間も愛も、全部を失った。アンタが同じ道を行くのも目に見えている、いえ、実際にそうなった。
 アンタはそれでもエンブリヲに従えるの?」

もしあの出来事の後で尚もエンブリヲに従うどうしようもない女だったら迷わず撃てただろう。
しかし、まだエンブリヲに裏切られる未来も知らないサリアであるのならば可能な限り手を尽くしたいと、そう思っていた。
あの時、ジルが、アレクトラ・マリア・フォン・レーベンヘルツがそうしたように。

「ハ、バカ言わないでよ。あんたみたいな奴の言うそんな見え透いた嘘なんて、信じると思ってるの?」
「サリア……!」
「アンタには分からないのよ!ヴィルキスを奪ってリベルタスの要なんて呼ばれるようになってエンブリヲ様にも愛されるアンタなんかには!
 私にはもうエンブリヲ様しかいないのよ!」
「………私、あなたのような人間は随分と見てきましたわ」

と、そのサリアの絶叫に対し、黒子が口を開く。

「他の皆と比べて自分なんて、と。そんな風に自分を虐げた末にチンピラと化した学生は風紀委員としてたくさん見てきましたけど。
 今のあなたは、まるで彼らみたいですわよ」
「私が、チンピラですって…!」
「少なくとも彼らと同等、とは言えますわね。
 自分を認めない世界なんていらない、自分の居場所を守るためならどんなこともする、と。
 そうやってちっぽけな自分のプライドに固執してばかりの輩の」

認められないものの気持ちは黒子には一端を理解することはできても決して共感することはないだろう。
黒子自身は持っている者なのだから。だからきっとサリアの気持ちも理解できはしないと思う。

「ですが、そんな中でも自分なりの生き方を見つけて努力を続ける人はおりますわ。
 どんなに能力が低くても、その自分に出来る限りのことをして頑張ろうとする人は」
「私だって、死ぬ気で頑張ってきた。だけど誰も私のことを認めてはくれなかった!」
「 だからと言ってそのエンブリヲなる男への愛のために、他の皆を傷つけて、それでいいと思っておられるんですの?」
「ええ。エンブリヲ様の作る世界のためですもの。ある程度の犠牲はつきものよ。
 それに、エンブリヲ様の気が向けば生き返らせてもらえるかもしれない。モモカも、そこのアンタの友達も」

そのあまりに心ない言葉に、穂乃果は立ち上がりアンジュはサリアの顔スレスレの位置に発砲する。
あまりに不意すぎた発砲に思わず銃を地面に取り落とすサリア。

「ことりちゃんや海未ちゃんの命を、そんなおもちゃみたいに言わないで!」
「次にモモカを穢すようなこと言ったら、その脳天ぶち抜くわよ」

それでもその銃の直撃を避けたのはアンジュなりにまだ殺すべきか否かを図っているということだろう。


「っ…」
「だけど私は、そんなろくでなしのアンタでもまだ見捨てきれてないのよね。…全く、どうしてこんなに甘くなったんだか。
 さっき言ったことは全部本当だし、アンタはエンブリヲの傍にいても幸せになんてならない。
 だから、あんたがエンブリヲから離れてくれるなら、私はこの銃は収めるわ。
 穂乃果も、それでいいわよね」
「………」

問われた穂乃果は、まだ気持ちの整理が付かないのだろう。
しかし少なくともその申し出に反対をしない程度には落ち着いてくれた様子だ。

後は、サリア自身の返答を待つのみ。






だが、それでも。


「もう、いいわよ」

アンジュの言葉は、サリアには届かなかった。



もしこの場に、あの時サリアと共にジルの最期を看取った人間が。
タスクやヒルダが存在して、彼女の最期に告げた言葉を教えさえすれば、あるいは彼女の心にも届いたかもしれない。
だけど、そうはならなかった。

そして、だからこそ。

サリアの、アンジュに対する憎悪と化した妬みも。
エンブリヲに敵対する人間に対する敵意も。
消し去ることは、できなかった。

「エンブリヲ様の敵になるなら…、アンタ達皆、死ねばいいのよ!!」

跪いた態勢のまま雷帝の篭手が光を放ち、周囲へと膨大な雷を放出した。




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最終更新:2015年11月24日 04:37