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I was waiting for this moment ◆dKv6nbYMB.
「......」
承太郎の足が止まる。
放送で流れた知己の名。
救えたはずの、救えなかった戦友。
花京院を手にかけた同行者。
この殺し合いで一度再会し、再び別れることになった、スタープラチナの名付け親。
正直に言えば、あの男が死ぬなど信じられなかった。
魔術師の赤。そのスタンドの強さは承太郎自身が身を持って知っている。
そして、アヴドゥルという男が、どのような状況でも己を見失わない強い男であることも。
だが、死んだ。自らのあずかり知らぬところで、あの男は命を落とした。
前者二人の名が呼ばれたことから、この放送に嘘偽りは決してないことが断言できる。
同行していたはずの
エスデスとヒースクリフの名が無かったことが気にかかったが、本人に会った時に問いただせばいいだけだ。
そんなことよりも。
「アヴドゥル...」
もう一度、戦友の名を呟く。
イギー、花京院、アヴドゥル。
たったふた月にも満たない付き合いだった。
だが、こうして失ってわかることもある。
言いたかった言葉は山ほどある。
聞きたかったことは数えきれないほどある。
やりたかったことは腐るほどある。
今さらになって。
今さらになって、彼らの存在の大きさを嫌というほど思い知らされる。
だが、悲しみの果てに現実逃避をするほど、承太郎の精神は脆弱ではない。
やるべきことは決まっている。まずは足立を仕留める。そしてDIOを倒す。
当面の目的が決まっている以上、承太郎が道を見失うなどあり得ない。
大切な者を失った悲しみを背負いながら、承太郎は再びその歩みを進めた。
☆
「うわぁ!?」
突如響いた広川の声に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
どうやら、今までの疲労が溜まっていたせいで数分だが眠ってしまったらしい。
慌てて誰もいないか確認するが、周囲には何者も確認できない。
不幸中の幸いだったと胸を撫で下ろす。
そして読み上げられる死者の名。
その中には、足立にとって邪魔な存在の名前はなかった。
(チッ、だれも死んでねえのかよ...)
鳴上悠、
里中千枝、承太郎、ほむら、エスデス、セリュー。
結局、彼の敵は誰一人として脱落していなかった。
また広川の嫌がらせかと思ったが、自らが殺したまどかの名も呼ばれたことから単なる事実だと納得せざるをえなかった。
...いや、正確には、足立の知る者は一人消えていた。
(なんで死んだのがあの人なのかね。どうせなら一緒にいたあのクソ女がくたばってろよ)
モハメド・アヴドゥル。
足立がこの殺し合いで出会った二人目の男だ。
彼とは数時間程度の付き合いだったが、どんな人間かはなんとなくわかっていた。
エスデスが来るのを知りつつ、自分は残り、表向きは一般人の足立とヒースクリフを逃がそうとした。
魔法少女の説明を聞いたときは、嫌悪の感情を出していた足立とは違い、どうにかまどかを励まそうと悩んでいた。その甘さをエスデスに注意されたくらいだ。
スタンド使いは一般人を守らなきゃいけない、みたいな正義感からだったのか知らないが、お人好しにもほどがある。どうにも合わないタイプだった。
たかだか会って数時間の付き合いだ。そんな男に悲しむ感情は持ち合わせていない。
ただ、どうせ死ぬなら彼よりもエスデスの方がよかったという思いは偽りがない。
(ま...とりあえずこっちを選んだのは正解だったかもね)
いまごろ図書館付近にいると思われるのは承太郎とほむらとセリュー。
あれほど満身創痍の三人が誰一人呼ばれていないというのは、やはりあの辺りにゲーム肯定派がいなかったということだろう。
図書館にいるかもしれない人物に助けを仰ぐにしても、こちらは自分一人だけなのに対して、あちらは三人に加えて一般人が一人。
どちらの発言の信憑性が高いかなど小学生でもわかることだ。
そのための殺人者名簿だが、足立がしたように警察の仕事柄とかいえば乗り越えられそうでもある。
やはり図書館近辺で囲まれて逃げ場を無くすリスクを考えれば、すぐに南下して悪評を流し、疑心暗鬼に陥らせた方がまだ楽だろう。
電車の時刻表を確認する。
電車が発車するまで5分程度ある。
「さて、と...ぼちぼち移動しようかね」
それなりに休息もとれたのだ。これで電車に乗り遅れれば目も当てられない。
承太郎はアヴドゥルを探しにいっただろうし、万が一ほむらやセリューが電車の発車時刻までに追いつけば追い払えばいい。
そう決めた足立が、駅員室の敷居をまたいだときだ。
「おっ...と」
足元の段差に躓き、上体が崩れる。
と、同時。
「!?」
足立の頭上をなにかが猛スピードで通過する。
飛来したそれは、壁に衝突し、一部を破壊して地に落ちる。
石だ。拳大ほどの石が足立目掛けて飛んできたのだ。
「わっ、とっ、とっ!」
次々に飛来する石を、足立はどうにか躱していく。
投擲が止み、ようやく足立はソイツを向き合うことができた。
「んだよ、クソがぁ...!」
足立は知っている。
石を放った者の正体を。
「なんでてめえがここに来てんだよ...!」
そいつは、足立がここに来てから1・2を争うほどに憎悪を抱いた男。
足立がこうなった原因を作った男。
足立は、そいつの名をありったけの憎しみを込めて叫んだ。
「どれだけ俺の邪魔をすれば気が済むんだよ。なぁ、承太郎ォォォォォ!」
☆
「『スタープラチナ!』」
「マガツイザナギィ!」
空条承太郎と
足立透。
二人の男は、間髪いれずに己の像(ヴィジョン)の名を叫ぶ。
もはや推理も駆け引きも必要ない。
ただ、己の敵を排除するためにその力を解放する。
「この死にぞこないがぁ。わざわざ殺されに来るなんてなぁ」
「言っただろ。俺はこう見えても陰湿なタチなんでな。お前に斬られた腹の痛みはどうやっても忘れられねえよ」
スタープラチナとマガツイザナギ。
二つの力の衝突は風を生み、木々を揺らし砂埃が巻き上がる。
「それで俺を殺せば満足ってか?とんだ
正義の味方だよ。ここに連れてこられる前もそうやってたくさん殺してきたんだろ?」
「てめえに言われたくねえな。足立"さん"」
「―――ッイチイチうぜえな、クソガキがぁ!」
マガツイザナギの剣が心臓を穿とうと突き出される。
スタープラチナは跳躍しそれを躱す。
地に刺さった剣を引き抜こうとするがもう遅い。
スタープラチナはそれを強靭な力で踏みつけ固定する。
足立は一旦マガツイザナギを戻そうとするが、もう遅い。
スタープラチナの拳はマガツイザナギの顔面を捉える。
「ぐっ」
マガツイザナギが受けたダメージは足立にも伝わり脳を揺らす。
「やはり、能力は上等でも本体がポンコツなら宝の持ち腐れだな」
「うるさいうるさいうるさい、黙れッ!」
足立は激昂し、怒りと憎しみを言葉に乗せる。
幾多にも振るわれる斬撃を捌きつつ、スタープラチナは空いた顔面に、胴体に、肩口に拳を叩き込む。
しかし、承太郎得意のラッシュを放つ前に、雷撃が放たれる。
マハジオダイン。マガツイザナギの技の一つだ。
いくら頑強なスタープラチナとはいえ、いまのコンディションでまともに受ければ生命に関わる。
電撃を寸前で躱し、承太郎はスタープラチナでマガツイザナギにロウキックを入れさせた。
隙をついてラッシュを仕掛けようとするが、今度は無造作に振るわれる剣に邪魔をされた。
0(チッ、威力が...動きも...!)
思ったように身体を動かせない現実に、承太郎は内心舌打ちをする。
承太郎の傷は深い。疲労も相当のものだ。
そして、スタンドのパワーは本人のコンディションに直結する。
足立がまだ逆上していて気付いていないのは幸いだったが、長期戦は望めない。
狙うは短期決戦。それしかない。
「クソッ、クソッ、クソッ!そもそもなんでお前は追って来るんだよ?アヴドゥル連れてエスデスから離れるんじゃなかったのかよ!?」
「もちろんあいつを忘れていたわけじゃねえ。だが、このままテメェを放っておくほうが厄介なんでな」
「そんなにあのガキ殺したのが許せねえってか?放っておけばどの道お前が殺してただろうが!」
「あいつは関係ねえ。場合によっちゃ俺が殺したかもしれねえのは否定しねえがな」
承太郎の言葉を聞いた瞬間、足立の顔がこれ以上ないほどに憎悪に歪む。
(んだよそれ!?アヴドゥルさんが死んだ八つ当たりでもするつもりかよ、このクソガキはよぉ!)
何故だ。
なぜ自分がこんな目に遭わなければならない。
承太郎自身もまどかを殺すつもりだった?ならむしろ自分は恩人だ。
承太郎は手を汚さずに済んだのだから。
そもそもだ。まどかを殺さざるをえなかった状況を作ったのは誰だ。花京院だ。
なら、その花京院の死因を作ったのは誰だ。それは...
足立の表情から感情が消える。
承太郎はその様子に疑問を持つが、しかしマガツイザナギの攻撃は止まらない。
振るわれた剣はスタープラチナの頬を掠め、地を砕き、スタープラチナを切り裂かんとなお振るわれる。
それをスタープラチナで迎え撃ちながら承太郎はトドメを刺す機会を窺う。
「ハハハ...そういうことかよ、承太郎」
突如、足立が笑い声をあげる。
狂ったのではない。彼の意識は正常だ。
だというのに、先程までの激昂が嘘のようにひいていた。
それどころか、さも愉快とでも言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべている。
「わかったよ、きみが一人で僕をここまで追いかけてきた理由が」
マガツイザナギがその手の剣で斬りかかる。
繰り出される斬撃は、さきほどまでの感情任せの単調なものではない。
斬撃を放ちながらも、スタープラチナの動きを観察することを忘れない。
承太郎もそれを察し、思い切った攻撃を放つことができない。そんなことをすれば、マガツイザナギは容赦なく承太郎の命を刈り取るだろう。
結果生じるのは、じわじわと体力を削ることになる持久戦。
「きみは知られたくなかったんだよ、自分が冒した失敗を」
足立の声が、耳元で囁かれるかのように承太郎に染みわたる。
「きみはまどかちゃんが花京院を殺したって言ったけど、それが全てじゃないよねぇ」
マガツイザナギの右手に電流が走る。
それを察知したスタープラチナが一旦距離を置く。
「エスデスはアヴドゥルさんに言ってたよね。彼女はきみたちと違う。きみらと一緒とはいかないって」
放たれるのは先程の電流。ではなく煙。
ポンッ、と間抜けな音を立てて小さな煙がマガツイザナギの掌から昇る。
挑発だ。まるで道化師のように、足立は挑発したのだ。
「考えても見なよ。まどかちゃんは出会って早々頭を吹き飛ばされたんだよ?いくら死なないからって、それを怖がるなってのは無理があるでしょ。
そんなのできるやつは聖人君子、いやただの化け物さ。だけどきみはそれをあの子に押し付けた。『俺の友達だから頭をブッ壊された程度我慢しろ』。そうやってきみはあの場から立ち去ろうとした。ヒドイ話だよねぇ。それで追い詰められない奴がどこにいるよ?」
再びスタープラチナとマガツイザナギがぶつかり合う。
「そもそもさ、きみ、まどかちゃんと僕を置いてって、花京院が来たらどうなるかわからなかったの?
もしまどかちゃんがきみを引き留めずにそのまま行かせたらさ、花京院は確実にほむらとまどかちゃんを殺してたよ?僕だってそのままペルソナが使えずに殺されてたかもしれない。そうなればあっという間に3人も殺した殺人鬼の完成さ。
それでもきみは花京院を許したんだろうね。肉の芽って奴を引っこ抜いたら『あいつらを殺したのはDIOのせいだ。お前のせいじゃない』。そうやって笑って受け入れて、彼が殺したことはうやむやにしてあげたんだろう?やっさしいね~」
繰り出されるスタープラチナの拳を、マガツイザナギは避け、剣で捌いていく。
更に、余裕があることを見せつけるかのように、マガツイザナギは右の人差し指と中指を揃え、いつでも来いとでも言うようにクイクイと動かす。
先の戦闘では、承太郎が足立の攻撃を見切っていた。
今度は逆だ。足立が承太郎の攻撃を見切っているのだ。
勿論、戦闘慣れしている承太郎と、大した訓練も経験もない足立だ。
承太郎の全ての攻撃を捌ききることはできず、肩や腹部に拳が当たってしまう。
しかし、足立は着実に承太郎からのダメージを減らしている。
味わわされた屈辱、恨み、怒り。
負の感情が足立を徐々に成長させているのだ。
「いまの状況だってそうさ。きみはアヴドゥルさんの向かった場所を知っていた。僕が向かったのは彼とは別の方向だ。なら僕を追い回すより先にアヴドゥルさんに教えなきゃダメでしょ。
彼を信頼していた?確かに彼は強力なスタンドを持っていた。けど、それだけで生き残れるかなんてわからない。現に後藤やDIO、エスデスみたいな厄介な奴らもいるし、花京院はきみの目の前で死んだ。
こんな状況で生き残れるなんて、どういう確信よ?」
足立が、マガツイザナギにフォトンソードを持たせる。
二振りの刀を構えるマガツイザナギに、かつて戦ったポルナレフを操ったアヌビス神の姿が重なる。
「でもきみはそうしなかった。なぜかって?きみはアヴドゥルさんから失望されるのを無意識の内に避けたんだ。
きっと彼ならまどかちゃんを支えようとした。そのお蔭で彼女は花京院を殺さなかった。彼ならほむらと協力して花京院を取り押さえることができた。
あの場に残ってたのがきみじゃなくてアヴドゥルさんだったら花京院たちは死ななくてすんだ。きみは無意識のうちにそう悟ったんだ」
フォトンソード、高熱を発する光の剣だ。
いくらスタープラチナといえども、この刃を受け止めるのは不可能だ。
スタープラチナは振るわれるフォトンソードを避け、マガツイザナギの剣を拳で受け流しどうにか反撃の隙を窺う。
「だからアヴドゥルさんが僕と遭遇する前にカタをつけてしまおうと考えた。もし僕が生きていれば、きみがあの子を追い詰めたことも言いふらしちゃうだろうからね。
全てが終われば後は事実を伝えるだけさ。『鹿目まどかと足立透は殺人鬼だった』っていう、きみはな~んにも悪くない事実って奴をさ。尤も、肝心の彼は死んだんだ。きみの思惑も無駄になっちゃったけどね」
足立も二刀流には慣れていないせいか、アヌビス神やポルナレフほどの剣捌きではなく、太刀筋は大雑把ですらある。
ならば―――見切ることは、可能。
フォトンソードを持つ右腕の手首を殴り、動きを止める。
その衝撃で、マガツイザナギはフォトンソードを落とした。
しかし、右手首を押さえながらも、足立は笑っている。
―――かかったな。
そう言わんばかりに、足立の口が三日月の輪郭を描く。
マガツイザナギの剣がスタープラチナの胸部を一文字に裂いた。
必殺の武器は囮。最初から本命はこちらだった。
「きみが余計なことをしなければ丸く済んだんだ。花京院もまどかちゃんも生き延びて、僕はもうしばらく手を出せなかった。
もうわかってるだろ?確かに花京院を殺したのはまどかちゃんで、彼女を殺したのは僕。アヴドゥルさんを殺したのは他の誰かだ。けど、それを後押ししたのはきみだ。きみなんだよ」
スタープラチナの動きが一瞬止まる。
その隙を突き、マガツイザナギの剣が幾度も振るわれ、その度に浅くは無い斬傷を増やしていく。
本体である承太郎の全身からも血が溢れ、その場に蹲ってしまう。
その様子を見て、足立の笑みは更に深まった。
――どうだ。思い知ったか。これが大人の現実だ。
才能があると思い込んで、イキがって好き勝手やって、でも現実にぶつかればこんなもんさ。
きみみたいなクソガキにこうして人生の先輩として御教授してあげたんだ。授業料はもらっていくよ。
マガツイザナギが剣を構え、振り上げた姿勢をとる。
いつ思わぬ反撃が来ても対応できるように、ゆっくりと距離を詰めていく。
承太郎は反抗の色を見せない。
そして、剣が承太郎の脳天を切りさける距離にまで迫ったとき。
刃は振り下ろされ
『オラァ!』
その剣は、スタープラチナの両掌に押さえつけられた。
刃を横合いから挟むように受け止める。俗にいう真剣白刃どりである。
「いいてえことはそれだけか」
花京院を殺させた責任は自分にある。認めよう。
アヴドゥルが死んだ責任は、すぐにあとを追わなかった自分にある。認めよう。
この厄介な状況を作りだしてしまった責任は自分にある。認めよう。
だが、いくら足立が正論ぶった美辞麗句を並べようとも、それが足立透を野放しにしておく理由にはならない。
如何な理由があれ、喧嘩を売って来たなら必要以上にぶちのめす。
それが承太郎の戦いだ。生き方だ。
スタープラチナはそのままマガツイザナギ自身を引き寄せる。
雄叫びとともに放たれるのは頭突き。
スタープラチナとマガツイザナギの額がぶつかり合う。
次いで、右の拳がよろめくマガツイザナギの顔面に叩き込まれる。
マガツイザナギが大きく後方に吹き飛び、壁に衝突し崩れ落ちる。
そのダメージは足立にも伝わり、うめき声を漏らして膝から崩れ落ちた。
これ以上ない絶好のチャンスだ。
ましてや承太郎ならば決して逃しはしないだろう。
「そうだね。僕としてもさっきのが真実かどうかなんてどうでもいいんだよ」
だが、承太郎の追撃はなかった。
「でも、きみの軽率な行動がまどかちゃんを追い詰め、花京院を殺し、アヴドゥルさんを殺し、僕にもペルソナを与えてしまった。それは変えようのない事実さ」
全身の力が抜け、膝をつく承太郎。
それとは対照的に、足立は痛みに耐えながらふらふらと立ち上がる。
互いに疲労困憊ではあった。
だが、コンサートホールで致命的なダメージを受け、且つそれを焼いた激痛も納まらないままに戦闘を開始した承太郎。
受けた傷は多いものの、致命的な怪我は負っていなかった足立。
更に言えば、ペルソナはスタンドとは違い、受けたダメージの全てが本体にフィードバックするわけではない。
その両者の差は、ここにきて尾をひいた。
「そしてきみは不様に僕に殺される。ほむらのソウルジェムとかいうのも限界なんだろ?後は真実を知るのはあの化け狗女たちだけだ。あいつらだけなら僕も随分動きやすい。
きみの見えはりが色んな人を巻き込んだ挙句この現実を作ったんだ。哀れなもんだよねえ」
承太郎を見下して足立が嘲笑する。
滑稽だ。才能に満ち溢れ、あれほど自分に生意気な啖呵をきったクソガキが、いまはこうして不様にくたばっている。
もう笑いが押さえられない。
「ただ、きみのことだ。迂闊に近づいて一発逆転なんてこともあり得る...だから、ちょっと疲れるけど確実に殺すことにしたよ」
しかし、それが油断には繋がらない。
ここに連れてこられる前といい、コンサートホールのことといい、油断した時はロクな結果にならなかった。
承太郎から距離をおき、マガツイザナギの掌に電流を溜める。
承太郎のスタンドは、自分のペルソナやアヴドゥルのように遠距離の攻撃はできない。精々、物を投げつける程度だ。
先程までの戦闘で、それは判明している。
ショットガンを使おうとも思ったが、あのスタンドなら弾を掴むなり防御するなりで防がれてもおかしくない。
ならば、あいつには防御不可能なこの技の方が安心だ。
「きみにはちょっぴり感謝してるよ。おかげでだいぶいい状況になった。それ以上にムカついたから許さないけど」
マガツイザナギが掌を承太郎へと向ける。
承太郎もスタープラチナも動けない。
全身の至るところから力が抜け、まともに立つことすらできない。
いまの彼にできることは、ただ己に来る死を待つことだけ。
しかし、それでも承太郎は屈しない。
彼の鋭い眼光はいまにも足立を睨み殺さんほどに威圧感を放っている。
足立はそんな彼の態度に舌うちをし、死の宣告をくだす。
「じゃあね、承太郎くん」
―――マハジオダイン。
雷撃が承太郎へと放たれる。
避ける術はない。だが、それでも承太郎は目を逸らさない。
迫りくる死の脅威から目を背けない。
それが承太郎の眼前にまで迫った、その時。
―――カチリ
世界の全てが、止まって見えた、気がした。
☆
いままで、何度も時間を巻き戻してきた。
その度にまどかを死なせてきた。殺してきた。
その度にまどかの大切な人たちを傷付けてきた。
それでも一度だって彼女を救うことはできなかった。
その挙句、彼女を概念なんてものに仕立て上げてしまった。そうなれる道を作ってしまった。
まどかを苦しめていたのは、いつだって私だった。
彼女は誰にでも優しい女の子だ。
私は、彼女が優しくしてくれた大勢のうちの一人でしかない。
私の人生にはまどかが必要だった。
けれど、彼女の人生には私なんていらなかった。
彼女が必要としたのは、もっと素敵な人たちだろう。
―――自分は違う。
例えば、空条承太郎のような、強くて頼りがいのある者。
―――自分は違う。
―――自分は、違う。
心のどこかで、いっそ優勝を目指してしまおうかとも考えた。
けれど、もしまどかを蘇らせても、私が関わった時点で決していい結果にはならないだろう。
今までも、ここでもそうだったように。
それに、そもそもが手遅れだ。
ウェイブという人が図書館におらず、且つグリーフシードが無かった時点で、私には足立を追う選択肢しかなかった。
そして、結果がどうあれ、私の命はここまでであることも理解していた。
奴は戦闘の連続で疲労が溜まっている。ならば、私たちの悪評をばらまくか、なるべく人との接触を減らそうとするはず。
人が集まりやすいと思われていた図書館にも向かっていないことから、おそらく奴は電車を利用するはず。
そこにいなければ、私は無駄死にとなる。
幸いというべきか、轟音が響いていることから誰かが争っていることだけは判明している。
ならば、私は足立がそこにいることを願いながら向かうことしかできない。
―――さて。足立を殺す上で問題が生じる。
私の戦力と呼べるものは時間停止とマスティマだけ。
真っ先に思いついたのは気付かれないうちの不意打ちだが、足立は時間停止直後の攻撃に反応できる男だ。
よほどの隙が無ければトドメを刺せる可能性は限りなく低い。そのよほどの隙ができるまで待つことは不可能だ。
時間停止もおそらくあと一回が限界だ。使えば魔力は限界を迎える。
なら、私には何ができる?
考えろ。残された手段を。
見つけ出せ。足立透を発見する前に。
なにかないか、なにか
『まるで天使、ね』
ふと、マスティマを見た時のことを思いだす。
あの時、自分はなにを思ったか。たしかあのときは
―――なんだ、あるじゃない。残されたとっておきが。
轟音が響く元を辿って。
その先にあるのは電車と駅。
見つけた。足立透だ。
いままさに足立が承太郎にトドメを刺そうとしている。
足立のペルソナが雷撃を放った瞬間。
私は時間を止め、何の躊躇いも無くその中に飛び込んだ。
☆
「...は?」
足立は己の目を疑った。
マハジオダインで生じた煙が晴れると、そこには横たわる承太郎。
そこまではいい、そうなるように攻撃したのだから。
問題は倒れているもう一つの影だ。
いつの間にいたのか?
そんな疑問が脳裏によぎるが、もはやどうでもいい。
予想外の事態に、足立の顔が歪んでいく。
「は...ははっ、ラッキー」
足立が浮かべたのは、驚愕ではなく愉悦。
倒れている影の正体は、足立が最も警戒している内の一人。
電撃に下半身をのまれ、上半身だけになった
暁美ほむらだった
予想外の出来事ではあったが、足立にとってこれ以上なく嬉しい誤算だった。
「なんできみがくたばってるわけ?しかも承太郎も庇いきれてないし、まさに無駄死にじゃない!」
おそらく、マハジオダインが当たる寸前に、あの突如現れる移動方法を使って承太郎を庇ったのだろう。
その結果、承太郎共々ボロ雑巾のようにくたばっているのだ。
もうどうしても笑いが止まらない。止める気もない。
警戒を保ちつつも、足立は腹を抱えて笑い転げる。
「あぁ~、ヤバイヤバイハライタァイ...いやー、スッキリした」
ここまで自分を散々コキおろし痛めつけてきた承太郎。
一度は死を直感させられた暁美ほむら。
二人のクソガキの有り様を見れば、足立に渦巻いていた不平不満もかなり解消されていた。
「とはいえ、ちょっと不安があるからね。ちゃんと殺しておかないと」
承太郎はどう見ても重体だ。常人ならとうに死んでいる。
流石の承太郎でも放っておけば死ぬだろうが、しかし万が一死ななければ後々厄介なことになる。
マガツイザナギにフォトンソードを拾わせ、足立は承太郎へと歩み寄る。
「こんどこそ終わらせてやるよ。あの世で花京院たちに謝ってくるんだね」
―――ようやく、ようやく終わる。
マガツイザナギが、剣を振りかぶる。
承太郎の反応は無し。
スタンドの発現も無し。
演技ではない。完全に意識を失っている。
承太郎の全てを終わらせるため、マガツイザナギの剣は振り下ろされた。
―――この時を、まってた
ゾクリ、と背筋が凍るような感覚を覚える。
殺気だ。常人では放ちえない殺気が足立を襲ったのだ。
慌てて振り向くと、そこには空を舞う上半身だけの暁美ほむら。
足立を攻撃してきたような白の羽根ではなく、禍々しい黒の翼を背に生やしている。
ほむらはマハジオダインを防ぐ際に、己のソウルジェムと上半身だけを守り、他の防御を捨てていた。
雷撃にのまれた下半身を苛む激痛に耐え、足立が隙を見せるその瞬間までジッと息を潜めて。
(ええ、そうよね。承太郎が生き延びるかもしれないと思ったら、お前はトドメを刺しに来るわよね)
奇しくも、まどかが
魏志軍や花京院に対してやってしまったように、ほむらは承太郎を囮に使ったのだ。
そして、思惑通りに足立が承太郎にトドメを刺そうとしたその瞬間。
ほむらは、最後の魔力を振り絞り、残された最後の力を行使した。
それは、限界まで自らが追い詰められ、ようやく発動できる最後の魔法。
悪魔の如き、漆黒の翼。
上半身だけの人間が、尚生命を保ち襲い掛かってくる。
あまりの理不尽な光景に、足立の顔が驚愕に包まれる。
承太郎へと振り下ろしかけた剣を慌てて引っ込め、ほむらの迎撃へと向ける。
しかしもう遅い。
剣に翼が絡みつき、その動きを完全に封じる。
本来の力なら全身の動きを封じられたはずだが、できたのは右半身だけ―――充分だ。これで足立に逃げ場はない。
ほむらが足立の首をへし折ろうと右腕を走らせる。
マガツイザナギは、左腕に持ったフォトンソードでそれを迎撃。手首から先を斬りおとす。
これでマガツイザナギはもう動けない。マハジオダインを使う暇もない。
ほむらの牙が、喉元に食らいつくかのように足立へと肉薄する。
ほむらの歯が、足立の首へと食い込む。
「や、やめ...!」
ブチリ。
頸動脈を噛みきられた首から血が溢れ、足立の目がグルリと回る。
倒れた足立は、ピクピクと痙攣し、涙を流しながらうわごとのように小声で呟いている。
どうだ。思い知ったか。これがまどかが味わった痛みだ。まどかを殺したお前はそのまま不様に死んでいけ。
やがて、足立が動かなくなるのを見届けると、ほむらの目蓋が重くなる。
――いままで彼女を護れなかった。役に立てなかった
ここでもそうだ。
私はいつだって彼女に対して無力だった。
そんな私でも、仇を討つことだけはできた。
ようやく、私は彼女に―――
「こんなこったろうと思ったよ」
...それは、彼女の強すぎる執念が見せた、残酷な幻影。
時間が巻き戻るかのような錯覚に襲われる。
どこまでが本当だったのか―――そう、右腕を斬られたところまでだ。
足立は知っていた。
魔法少女は、頭を吹き飛ばされても死なない。
それどころか時間さえあれば元に戻ることができる。
なら、下半身を失ったところでまだ動くことができるのではないだろうか。そんな予感がしていた。
だから足立はわざと隙を作った。あれほど自分に殺意を抱いていたほむらなら、この機を逃すわけがない。
その予想は見事に的中し、ほむらは生きていた。そして、自分を殺すために牙を剥いた。
飛びかかってくるほむらの胸にショットガンを当てる。
足立は、躊躇いなくその引き金を引いた。
銃声。
幾多もの時間軸で聞きなれたそれが、ほむらを破壊した。
ほむらの身体は鮮血を撒き散らして地面に落ちる。
彼女の牙も足立に届くことはない。
まどかの仇を討つために決死の策をとったほむら。
皮肉にも彼女を敗北へと導いたのは、足立が魔法少女を知るキッカケとなったまどかだった。
最終更新:2015年10月30日 19:39