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堕ちた偶像 ◆w9XRhrM3HU
最早、殺すべき
アンジュはこの世には居ない。今の
サリアはその宿敵すら何の関係もない後藤に奪われた。
その後藤を代わりに殺すか? 否、それが何になる。後藤はアンジュではない、サリアが何よりも殺したいのはアンジュその人だ。
そもそもが、サリアはそれ以外の命に何の執着もない。彼女にあるのはエンブリヲとの合流とそお忠誠を尽くすことのみだ。
だが現状、アンジュとの交戦で因縁を四方に吹っ掛けた結果、味方と言えるのがセリューぐらいしかない。そのセリューも、少し怪しい。
最悪、サリアの悪評がそのままエンブリヲに降りかかることもある。
「だから、邪魔になる奴は全員殺す」
彼女が至った結論は実にシンプルだ。己の目的すら失ったサリアにはもうエンブリヲしかない。
だから、その忠誠を貫き続けるしかない。
後藤から離れ、冷静に思案した彼女が下したのは。全ての邪魔者を排除し、エンブリヲともう一度再開するという単純な答え。
「エンブリヲ様、私は貴方の為に……」
□
「あ? ジュネスに行きたくないだぁ?」
足立が目を覚ました時、自分を担いでいたのが
ヒルダだったのは幸いだった。
エンヴィーの疑いもあったが、足立が寝ている間に危害を加えた様子もなく、ヒルダ本人も銃を躊躇いなくぶっ放すイカレ頭だがそれでも足立に敵意はないらしい。
それから事態の把握と情報を交換し合い、足立はジュネスに千枝が居るであろうことを知る。
(あのガキに今会ってたまるか)
ヒルダが千枝の知り合いと知った時はこの場で始末しようか考えたが、足立の気絶中に介抱したと言う事は、千枝は何らかの理由で足立の真実を伏せていた可能性が高い。
何せ、自分と同じ姿をした人間を即座に撃てるのだから、真実を知っていれば殺しへの葛藤などなく足立を殺していたはずだ。
問題は何故千枝が足立の真実を伏せたか。考えられるのは、足立への刺激を避けること。
足立も初期はペルソナが使えなかった。千枝も同じくペルソナが使えず、戦闘手段がないのかもしれない。故に足立との交戦を避ける為に足立の悪評を撒いていない。
しかし、ヒルダの話を聞く限りでは千枝は戦闘手段を持っているのは間違いない。現にイリヤという魔法少女――まどかやほむらとは別物のようだが――と交戦し、三人で退けたとヒルダは話している。
ただの少女が戦力になるなんて、それこそペルソナの力を借りなければ有り得ない。
そうなると千枝と足立が顔を合わせた瞬間、場合によってはペルソナ使い同士の戦闘に突入するのは目に見えている。万全ならともかく、連戦後の足立とマガツイザナギでは勝ち目は薄い。
忌々しいが、ここは千枝を避けるのが最良の選択だ。
(そういや、承太郎の奴も花京院と色々話が食い違ってたみたいだけど……。まあ何でもいいか。ヒルダが俺の正体を知ってようが知らなかろうが、ここで争う気はないんだ。
とにかくジュネスから離れよう)
「……お前、千枝に何かやったのか?」
「ま、まあ……ちょっとね」
「はぁ……分かった。私も一緒に謝ってやるから、ジュネス行くぞ。千枝の奴もお前に会えれば喜ぶと思うしな」
「いいよ……。それにちょっと行きたいところが……そうアインクラッドに行きたくて」
ジュネスに行かない理由をこじつける為、足立は咄嗟に思い浮かんだ施設の名前を口にする。
「なら、先にジュネス寄って行けば千枝も地獄門に向かうところだし、丁度いいだろ」
「ああ……何ていうかもう良いよ。僕、先行くから」
足立の様子にヒルダも首を傾げる。普通、知り合いが居るとなればその場所へ真っ先に向かうものだ。
明らかに足立は千枝を避けている。何か、二人の間には揉め事があるのか。
だが、千枝の様子を見る限り足立に拒絶感を抱いてはいない。
(千枝も良い線行ってるからな。アイツの下着でも盗んでんのか足立の奴)
何かあるにしても、あそこまで嫌がるのなら、ヒルダも無理強いはしない。頼りにならないだの千枝からの評価は散々であるし、あくまで知り合い程度なのだろう。
仲間といえるかどうかは微妙なところなのかもしれない。それにもしかしたら、何か千枝に言えない事をやらかして顔を合わせ辛い可能性もある。とはいえ、足立も満身創痍。放っとくわけにもいかない。
一先ず、イリヤに関しても行き先が分からない以上、情報収集の必要も兼ねて、途中まで足立に同行したほうが良いとヒルダは考える。
運がよければイリヤを見かけた、あるいはイリヤの性格を把握した参加者が見つかるかもしれない。
ヨロヨロとぎこちなく先を歩く足立の背中をヒルダは追いかけていく。こうして二人はジュネスを素通りしてしまった。
それから数分、足立はジュネスから離れる為に北上し廃教会の辺りを過ぎた。
後ろからヒルダが来ていることを確認しながら、足立はこれからの行き先を考える。
(北は駄目だ、千枝達が来る。しかもまだ
エスデスがうろついてるかもしれない。じゃあ、西は……あぁ、承太郎、化け犬女が居る……。
どうする? ……あれ、俺囲まれてるんじゃ)
北は千枝、エスデス。西は承太郎にセリューが居る。
どちらに行こうと面倒な連中が待ち構えている。かといって、来た道を戻ればエンヴィーが居る。
(ヤバイ……これ本当にヤバイだろ)
西の二名は既に死亡しているのだが、足立はそんな事は知る由もない。
もっとも、まだ足立の凶行を目撃した
ロイ・マスタングは未だ健在なので、西が危険であることに変わりはないのだが。
(安全な場所なんて、もう無いんじゃないのか)
クソだ。会場内が狭すぎる。
これでは単独で殺し合いに乗った参加者が囲まれ不利過ぎる。やはり広川はクソだ。
いや何より、最初は本性がばれないようまどかを毒殺する筈だったのに、あの承太郎のクソが邪魔をしたのが全てのケチの付け始めだ。
「おいどうした。アインクラッドに行くんじゃないのかよ?」
流石にそこまで同行する気は無いものの、足立が足を止め思案に耽っている様にヒルダは疑問を口にする。
足立も自分の行動が、ヒルダに怪訝そうに見られているのを自覚し、焦り始める。
(……殺しちまうか。とにかく、安全な場所を探して隠れるにはコイツは邪魔だ)
何処に向かうにせよ。ヒルダに行き先がばれるのは面倒だ。
勿論、適当に別れられればそれで良いのだが。これで世話焼きな性分なのか、妙に足立にくっついてくる。
ダメージを負った体で訓練された軍人を相手にするのは賭けだが、この際しょうがない。
一か八かこの女を殺して何処か身を隠すしかない。
タロットカードを出し、握りつぶそうと意識した瞬間。
「ヒルダアアアアアアアア!!!」
電撃がヒルダ目掛け、飛来する。
何が来たのかも分からず、反射的にヒルダは後方へ飛ぶ。雷音と共に、目の前に黒焦げたクレータが出来上がるのを見てヒルダは冷や汗を流す。
電撃をかわせたのではなく、ヒルダに放たれた大声で咄嗟に動けた為、回避が間に合ったのだ。これが何も無い不意打ちならば、何も為せず死んでいた。
「てめえ、サリアなのか?」
「ヒルダ……死になさい。エンブリヲ様の邪魔なのよ、アンタは!!!」
何より電撃以上にヒルダを困惑させ、驚嘆させたのが、その襲撃者が他ならぬサリアであったことだ。
一時期敵側に居たものの、最後のエンブリヲとの決戦で彼女はエンブリヲからアルゼナル側に戻り、共にラグメイルを駆って、エンブリヲとの戦いに勝利を収めた。
クロエとの情報交換でも良く分からない奴と評しては居たが、その反面サリアが殺し合いに乗る筈はないと信頼もあった。
だが、今対峙しているサリアはヒルダの知っているサリアとは真逆。殺し合いに乗り、エンブリヲに忠誠を誓う犬に他ならない。
「一度、捨てられた女が未練たらしく復縁を迫るってのは良くあるが、あの素人童貞を捨てたのはてめえの方だろサリア」
「何のことかしら? アンジュもアンタと同じく、妙な事口走ってたけど……。私が何時エンブリヲ様をお捨てになるというの!?」
「ふざけんなよ! 脳内スイーツ!!」
事態は最悪だ。サリアとエンブリヲが何らかの拍子で縁りを戻したのか、サリアはエンブリヲの為にこちら殺しに掛かっている。
しかも話を聞く限り、アンジュとも交戦したらしい。
理解の及ばない展開ではあるが、このサリアを放置していくのはアンジュの身に害を及ぼす可能性もある。サリアの操る電撃の篭手が厄介だが、ここで無力化しない訳にはいかない。
足立に目配せで下がるよう合図を送り、ヒルダは拳銃を手に駆け出す。
サリアも篭手、いやアドラメクレを完全には使いこなしていないのか、その動きには無駄が多い。正面からサリアの挙動を見据えて動けば電撃は辛うじて見切れる。
ヒルダの拳銃から二発弾丸が射出され、一発サリアの肩を掠る。痛みに顔を歪ませながらもサリアは射撃の為に動きが鈍るヒルダに向けて電撃の鞭を叩き付けた。
咄嗟に横方に転がり、直撃を避けるが高圧電流が地面に触れた余波でそのままボールのようにヒルダは吹き飛ばされていく。
地面を数度擦り、掠り傷を作りながらもヒルダは吹き飛んだ先で体制を整えサリアへよ視線を向ける。
「居ねぇ? アイツ―――」
ヒルダの身体を黒い影が覆う。違和感に気付き顔を上げた時、上空から、アドラメクレを構えたサリアが降って来た。
ヒルダが吹っ飛ばされ、サリアから視線を外した際、サリアは電撃を地面に当て飛びあがっていたのだ。
銃での迎撃もアドラメクレから放つ電撃の前では塵へと帰す。自らの勝利を確信したサリアだが、次の瞬間自身の右脇腹に鋭い激痛が走る。
ヒルダを狙った電撃も逸れ、そのまま無様に降下しサリアは地面へと叩きつけられた。
「ぐ、ぅ……アンタ、その剣……」
サリアが電撃を放つより早く、ヒルダはフォトンソードを抜きサリアの脇腹へ投擲していた。
射撃までに数アクション必要な銃や、電撃を放つのにワンテンポ溜めの入るアドラメクレよりも、剣を投げるという動作はスムーズに済む。
しかもサリアはその時、完全に勝ちを確信しヒルダを葬らんと視野が狭くなっていたのもあり、ヒルダは何一つ悟られることなく窮地を脱せた。
地面に落ちたサリアのアドラメクレに銃弾を放ち、サリアの腕からアドラメクレが離れていく。
ヒルダは自分のフォトンソード、アドラメクレとサリアのディパックを回収し、目ざとくサリアの懐から銃も見つけそれも没収する。
文字通り、無防備となったサリアにヒルダは銃口を突きつけた。
「お前、何のつもりだ。いくらお前が脳内お花畑でも、ジル……元総指令の言葉を忘れるはずねえだろ」
「なんのことよ」
「まさか、お前認知症じゃねえよな?」
ヒルダの知る限り、サリアはジルは既に和解している筈だった。
二人の間にどんな拗れがあったのかまではヒルダも定かではないが、それでも死に逝くジルが残した最期の言葉は部外者のヒルダですら印象深く残っている。
サリアからすれば尚更、何があろうとも忘れることはないだろう。
「巻き込みたくなかった」
「―――!?」
「ジル元総指令はな。自分がサリア、お前と男の趣味やら真面目なとこやら思い込みの激しいとこやら似てる。だから、巻き込みたくなかったんだとさ。
……はっ、自分が真面目だと思ってたところが笑えるよな」
口では笑いながらも、ヒルダの言葉は真実味を帯びている。
だが、有り得ない。サリアはそんな言葉を一言も聞いていないのだ。
「今更、何だって言うのよ……」
そう聞いていない。ただ言葉を伝えれば、それで済む話ではない。
言葉が持つのはその綴る文字の意味だけではない。口にするものの声も重要なのだ。
例え、ジルの最期を看取ったヒルダが言葉を伝えようともヒルダはジルではない。
「仮にそれを言ったのが、本当だとしても……。もう、遅いのよ。
私は三人も殺したし、アンジュだって死んだんだから!!」
「……今、なんつった」
「良かったじゃない。アンタ、アンジュを毛嫌いしてたでしょ? 死んだわよアイツ、串刺しになって!」
□
「皆頑張れ、もうすぐ音ノ木坂学院だ」
ウェイブが仲間を気遣い、励動の言葉を口にする。
ブラッドレイとの一戦を終えて束の間の平穏が訪れた、ウェイブ、
アカメ、新一、雪乃、花陽の五人。
しかし、既にその表情は疲労に塗り潰され、歩く速度も目に見えて遅くなっていた。
連戦をこなしてきたアカメ、ウェイブの他にもあくまで一般人の雪乃、レッスンで鍛えていたにしてもやはり体力の上限は前者二人には遥かに劣る花陽。
そして、寄生生物と混じった新一でさえもこの殺し合いの激戦の中で徐々にその身を削られ、体力の限界に迫っていた。
「休憩、するか?」
『止めたほうがいい。地図を見れば分かるが我々の今居るF-6エリアは端の方ではあるがそれでも中央に近い。
参加者が幾分減っているとはいえ、足を止めれば乗った者達と鉢合わせする可能性は低くない。それより無理をしてでも音ノ木坂学院まで向かい、そこで万全の迎撃体制を取った方が安全だ』
「……だけど!」
『君は軍人だろうウェイブ。目先の事に流されず、戦況を良く見ろ。
今の我々は疲労困憊。積極的に殺し合いに乗った者からすれば、鴨が葱を背負っているようなものだ。
なら地の利を得やすく先手も取りやすい、仮の拠点となる場所に向かうのを最優先すべきだ』
「私は大丈夫ですから、ウェイブさん」
ウェイブの提案はバッサリとミギーと花陽に切られてしまう。
仲間の疲労度合いを考えた提案であったが、やはり周りが見えていなかったのかもしれない。
冷静になれば、ミギーの言っていることも言われる前に思いついたのだろうが、目先の事に囚われそこまでの考えが回らない。
精神面にムラがある。
かつて、上司のエスデスに指摘された欠点を今になって思い返す。
先ほどの事もそうだが、ここに来てウェイブは自らの過ちがメンタル面にある事に気付いた。
一度目のキンブリーとの戦闘も
クロメの死と怒りのあまり無鉄砲な行為に出てしまった。
あの犬っころ――
イギー――が居なければ一回放送で連なる名前が増えていたかもしれない。
セリューとの合流もだ。自身の本分を理解し、穂乃果を追いかけ説得していれば花陽と離れ離れにさせることもなかった。
何より、もっと速い時点でセリューの暴走を止められた。
それをその後のブラッドレイ戦ですら、セリューとのいざこざを引き摺り、結衣を死なせた。
もし結衣が生きていれば雪乃と今頃合流し互いの無事を喜び合えた筈なのに、その未来を摘み取らせてしまった。
(俺は……クソッ……)
力の無い一般人とは違う。ウェイブは力があり、困難を打ち砕く力を持ちながら彼の周りには後悔しない。
自分と近い実力のアカメはここまで仲間を失わずに戦い続けている中、なんという様か。
「ウェイブ」
絶えず周囲を警戒していたアカメが口を開く。
遅れてウェイブや他の三人も前方の三人組に視線を向けた。
一人はスーツ姿の若い男。アカメとウェイブには見慣れない容姿だが、残りの三人にとっては常日頃から目にする身近なサラリーマンにしか見えない。
三人の様子からアカメとウェイブも然程危険な人種ではないのかと判断。しかし、男以外の二人の少女が問題だった。
赤い髪の女と青い髪の女。特に後者はアカメ、新一、雪乃にとっては忘れられない怨敵にも当たる存在だ。
「……サリアさん」
忌々しげに雪乃の口からその名が漏れた。
サリア。アカメが合流するより先に新一、雪乃と行動を共にしていた少女だ。
八幡殺害時にその場に居合わせた人物の一人でもあり、彼に救われた身でもある。
そして、唯一八幡に救われながらその意志を無碍にし殺し合いに賛同してしまった葬るべき悪だ。
アカメは即座に刀を抜き、駆け出した。
新一から情報は既に得ている。アドラメクレは強力な帝具だ。ここで本格的な戦闘になれば一般人二人に危害が及ぶ可能性は高い。
止めようとする新一をミギーが変形し止める。ミギーも以前の一戦を目の当たりにし、サリアを警戒、排除するべきと考えている。
故に彼としては数少ない物理的な反抗を見せた。
「てめ―――」
赤い髪の女、ヒルダが高速で肉薄するアカメに驚嘆しながらフォトンソードを横薙ぎに払う。
が、暗殺者として剣士として実戦と鍛錬を積んだアカメと、あくまで訓練の一環として得たヒルダの剣術では大きな差が出る。
アカメが一瞬でフォトンソードの柄を刀の先に引っ掛け払う。ヒルダの手からフォトンソードは離れ、何メートルも先にまで飛ばされた。
すれ違い様、一瞬で見せた見事な巻き技にヒルダは息を呑む暇すらない。
アカメの目指すはサリアの首一つ。白銀の一千が一つの命を絶たんとしたその寸前、甲高く弱弱しいながらも一つの声が上がった。
「殺しちゃ、駄目です!!」
声の主は他でもない。恐らく、この場で同じ一般人の雪乃を含んでも、最もか弱く最弱な少女、花陽のものだった。
サリアの皮膚に触れようとした刀をアカメは寸前で止める。それはここに居るか弱い民の声に耳を傾けた結果なのか、単に花陽には似合わぬ大声に驚いたあまりなのか。
「花陽。分かっているのか? サリアはお前の仲間を……」
「分かってます。だけど、それでも……」
「おい、お前。いきなりどうなってんだ。説明しろ」
花陽に顔を向けたアカメの胸倉をヒルダが掴みあげる。彼女も内心はサリアがふっかけた因縁の付いた連中だと気付いてはいるが、やはり唐突に襲われたのではいい気はしない。
敵意の意志をないことの証明に手の銃を懐に仕舞いながら、ヒルダはアカメの他に後ろの雪乃達にも視線を流す。
ヒルダの予想通り、全員が訝しげな表情を見せている。それもその中心にあるのがサリアだ。
「……すまない。私はお前に危害を加える気はなかった」
「大方、サリアがやらかした時の関係者ってとこか?」
「そうだな。……そいつを葬る前に一応、お前には全てを話しておく」
□
アンジュの死まで伝えられ、目の前が真っ白になり……いわゆる生きる気力が一気に失せたかと思えば次はサリアと因縁のある一団との遭遇。
ヒルダの頭はパンクしそうな程の頭痛に苛まれ始めた。
しかも、その一団の中にはあのイェーガーズのウェイブも居る。幸い、一見して殺し合いに乗っている様ではないが。
何処までキンブリーの情報を信じられるかも分からない為、乗っている側と早計は禁物だが、警戒はしておいて損は無いはずだ。
「だから、サリアは葬る」
「おい、アカメ。少し落ち着いて―――」
『シンイチ、前にも言ったがサリアの事は諦めろ』
アカメから一通りの説明を聞き終え、ヒルダは痛む頭を抑えながら思案する。
先ず状況からするとほぼ完全な詰みだ。アカメはもちろん、同行者達も表情から察すれば完全にサリアには悪印象しか抱いていない。
新一は反対しているが、本体より知的な右手――もう今更、喋る右手程度ではヒルダも驚かなくなった――もアカメとほぼ同意見。こいつも当てにならない。
(どうやって連中を説得する……?)
アルゼナルの揉め事ならば、極端な話だが墓を立てれば死人が出ようとも一先ずは問題に蹴りを付けられた。
しかし、ここは規律の取れた軍隊の中ではない。そんなケジメのつけ方は外の人間には通用しない。
この場で最も後腐れなく、ケジメを付けるべき方法は一つだけだ。それはサリアの死による罪の贖罪。
事実、彼女はもう戻れないところまできている。ヒルダ自身もここまで鉛弾を眉間にぶち込まず、よくいれたものだと思っていた。
(……そもそも、なんで私がサリアの身の安全考えてんだよ、クソッ)
以前ならば、容赦なくアカメ達にサリアを差し出していたが、今のヒルダはどうしてもそんな気にはなれない。
甘くなったのか、あるいはあの痛姫様の痛いところが移ったのか――多分、後者だな。アイツも身内には甘いとこがあったから――。そんな事を思いながら、ヒルダは懐から何時でも銃を構えられるよう用意する。
最悪、交戦になればサリアにもう一度アドラメクレを手渡すのを考えた方がいいかもしれない。アカメを相手にするには、ヒルダ一人では完全に持ち応えられない。
「待ちなよ。アンタの言いたい事は分かる。だから、サリアを好きなだけ甚振ってくれてもいい。だけど、殺すな」
アカメの様子を伺いながら、ヒルダは口を開く。アカメだけではない。ウェイブという男もまたかなりの実力者だ。
二人の達人を相手にしながら、銃だけを頼りに言葉を交わすのは生きた心地がしない。
「ヒルダさん」
アカメが答えるより先に、一番サリアに対して憎悪を剥き出しにしていた雪乃が答えた。
「……少し、サリアさんと話をさせて欲しいのだけれど」
「雪乃、危険だから――」
「大丈夫よ。サリアさんは無防備だわ。
でなければ、殺し合いに乗ってたサリアさんにヒルダさんがこんな背中を見せるはずが無いもの」
ヒルダが横へ逸れ、アカメもサリアと雪乃に集中しながら二人は再会を果たした。
「久しぶりね、サリアさん」
「雪乃……。何よ」
「二人殺したと聞いたわ。それもエンブリヲさんの為なのかしら?」
「うるさい」
「アンジュさんという女性に嫉妬して、貴女の下らないヒステリーで何人死んだか分かっているの?」
「うるさい!! 良いわよね、アンタは何人も自分を守ってくれるナイトが居て。その臭い股でも開いてるのかしら」
「今にも腐臭が漏れそうな貴女の素敵な顔よりはマシよ」
「この、腋臭女!!」
駄目だ。雪乃がサリアに抱いた第一印象は失や怒りを通り超えた呆れ。
救いようがまるでない。
まだエンブリヲの為に殺人を行ったのなら、マインドコントロールを解くなり助け方はあった。
しかしサリアは自分の意志で、動いている。
(彼なら、比企谷くんならどうしていたのかしら)
あの自己犠牲に酔いしれる男の事だ。サリアですら、彼は救おうとするのだと雪乃は思う。
雪乃からすればサリアなどもう、ただの嫌悪感の塊だが、これでも八幡が守ろうとした者の一人であるのも事実だ。
八幡の命を踏み台に生き残った雪乃は、可能な限りは彼の意志を継いでいきたいと考える。
「一緒にしないでくれるかしら。可愛い女は毛穴から違うのよ。貴女と違って」
「……。殺せばいいじゃない。アンタの大好きな八幡を死なせた私が憎いんでしょ?」
「なんですって?」
「ハッ アンタから大事なものが亡くなる様は見てて清々したわ。
アンジュの奴を殺せなかったのは惜しいけど。アンタのその―――」
サリアの言葉は中断された。
アカメがその胸倉を掴み上げ、サリアの首が締まったが為にその声は外界には届かない。
「お前、何処まで腐ってるんだ」
「ぁ……」
アカメの握力が更に強まる。そのままではサリアが窒息する前に首の骨がへし折られる。
それを見た新一が意を決して、歩み出た。
「アカメ、その手を放してくれ」
「シンイチ、だが……」
「――離せ。頼む」
新一の真摯な表情にアカメは渋々サリアから手を放す。
久方ぶりの酸素を無意識に吸い、大きく吐き出すサリアを見ながら新一も大きく深呼吸を吐く。
『シンイチ、何を考えている』
「俺に考えがある。仲間にできれば、あの電撃の篭手も俺達の味方になるんだ。
この先、もし後藤と戦う時が来てもあの電撃があれば心強い。違うか?」
『……もし、私達の身に万が一の事があれば私は無断でサリアを殺す。それだけは忘れるな』
「分かった」
二人だけが聞こえる声量で新一はミギーを説き伏せる。
ミギーも嫌々ながら引き下がり、口を閉ざした。
「サリア」
「次は、アンタなの? もう止めてよ。私はアンタの目の前で二人殺したのよ!?」
「……後悔してるのか」
「後悔? どいつもこいつも私の邪魔をして勝手に死んだだけじゃない!」
口を開けば開くだけ、サリアの言葉からは罵詈雑言が飛び出す。
アカメが刀を握る手に力が籠る。花陽や新一が居なければ、既にその刀を血で濡れていた。
「誰にも分ってもらえなかったんだよな」
「……?」
「根本的なとこは違うんだろうけど、分かるよ。誰も自分を分かってくれない苦しみは。
俺も、もしかしたらお前みたいに誰かを拒絶してたかもしれない」
サリアの劣等感とそこから生まれた嫉妬心。これを理解してくれたものは一人としていない。
同じく新一もパラサイトと混ざり、人でありながらまたパラサイトにも近い曖昧な存在。
これもまた、完全な理解者など居なかった。彼と同じ体を共有するミギーですら、新一を完全に分かってはくれないだろう。
「俺、見ての通りパラサイトが混じってるから、普通の人間とは言えないんだよ。
体だけじゃなく、中身も変わったみたいでさ。母さんの死でも泣けなかったし、父さんにまで俺は鉄で出来てるんじゃないかって言われた時は、ちょっと堪えたな……。
だからさ。安心、しちゃうんだよな。俺達みたいなのを分かってくれる理解者が居るっていうのはさ」
サリアにとっての理解者がエンブリヲであるのなら、新一を見抜き理解したのはこの場に来て出会った一人の青年。
槙島聖護。
槙島は新一の抱く苦悩と孤独を瞬時に見抜き、指摘して見せた。
彼の言葉を聞きながら、内心驚嘆し狂喜したものだ。自分を理解し、分かってくれている。
人は一人でも生きていけない。どんな人間も必ず他者を必要とする。特に理解者は誰しもが欲し、求めている存在だ。
「今だから、白状するよ。サリアが攫われた時、俺は助けに行かなきゃと思いながら、少しは槙島に会いたいという思いもあったんだ。
きっと、アイツなら俺の事を……。そう思って」
無論、サリアの事を考えていない訳ではなかったが、それでも少なからずその気持ちがあったのは事実だ。
「エンブリヲって人も多分同じなんだよな。槙島みたいに人の心の穴を塞いで、満たしてくれる。
多分、俺がサリアを見捨てきれないのは同じだからなんだ。ただ違うのは順番だけだ。
俺は槙島に会う前に、支えてくれる人に出会えた。だからきっと、こうして間違えずに歩めた。
でも順番が違ってたら俺も槙島に煽られて取り返しのつかないことをしていたのかもしれない」
「良かったじゃない。アンタはそうやって仲間も増やせて幸せに生きれて。
私には何もないわ。全部アンジュに奪われた、そのアンジュも化け物に奪われた。
これ以上私は何をすればいいの? 何をどうやっても私は何も手に出来なかった。私は……!」
自分の信じるものを貫き、人を護り逝った
巴マミ。
同じく仲間を護り、その意志を託しなが死んだ
園田海未。
己の間違いを苛まれながら、罪を背負い最期まで戦抜いたキリト。
戦いの末、生き残り勝ったのはサリアだ。それでも何故か自分が惨めに感じる。
いくら破壊しようと欲しいものだけは手に入らない。
「だから、もう良いのか?
わざと雪乃やアカメが怒りそうな事を言って挑発したのは、自分を殺させる為だろ」
「……そういうことかよ。私を出合い頭に襲ってきたのも。最期までエンブリヲに尽くしたまま、使命を全うした自分に酔って死にたいって事か。
下らねえ」
「私には、もうエンブリヲ様しか居なかった! だからもうこれしかないのよ!!」
サリアにはもう目的がない。その目的であるアンジュの殺害はもう為しえない。
残ったものは永遠に自分を振り向かない、エンブリヲだけだ。
ならば、彼の為に生きて死ぬ。それだけが自分の存在意義である。
「やり直せばいい。サリア、お前にだって支えてくれる人はまだ居るじゃないか」
「……馬鹿じゃないの。エンブリヲ様だって。誰も私のことを……もう私なんて」
そう決めたのに。目の前の男はどうしようもなく鬱陶しいくらいにサリアに付き纏う。
「サリアさん」
今まで沈黙を貫いていた雪乃が話に割り込む。
荒々しく、その胸倉を掴み上げ雪乃の顔を自分の正面にまで固定させる。
「貴女、言ってたらしいわね。比企谷くんの墓を立てるって」
「そんなこと……言ったかしら」
「彼を死なせたのは、私達のせいでもあるのよ。それを貴女だけ逃げるなんて絶対に許さない。
今まで死なせた人達の分まで生きて、償い続けなさい」
「私も、海未ちゃんを殺した事は許せない。だから生きて償って下さい!」
全部、要らないはずだった。エンブリヲ様さえ居れば。
エンブリヲ様だけが愛をくれる。だから、それ以外のすべては何も要らない。
なのに、どうしてこうもサリアを誰もが放ってくれないのか。アンジュですら最期はサリアを想って死んだ。
『シンイチ、後藤だ』
「何?」
唐突にミギーが口を開き警告するのと、その人影が飛び込んできたのはほぼ同時だった。
ボロボロのスーツにくたびれた親父の顔。だが、その眼は人のそれではない獣の眼光が宿る。
忘れるわけがない。新一とミギーが警戒し最大の敵と認識するあの後藤だ。
「……パラサイトは容易に見つかると思ったんだがな。どうやら、ここでは波長が感じ辛いらしい。
危うく、すれ違うところだった。引き返して正解だな」
田村との接触でもミギーはかなりの近距離まで接近されるまで彼女の存在には気付けなかった。
これも制限の一つなのだろうか。
「他には、あの時の剣を使う男と戦えない女か……。瞬間移動の女とはさっき会ったが、本当に別行動をしているようだな」
「瞬間移動? てめえ、黒子に会ったのか!?」
「だとしたら?」
放送で穂乃果と黒子の名がないことから恐らく二人は無事、そう考えたいが最悪のケースもある。
放送直後に二人を殺害し、そのままここまで到着したのなら時間的にも間に合う。
そこまで思い至り、ウェイブの頭から理性が消し飛んだ。頭に血が上り、反射的に剣を抜く。アカメもクールな態度を崩さないながら、手の刀に力が籠められる。
アカメも目の前の男が相容れない葬るべき存在だと認識したのだ。
「二人か、練習には丁度いいな」
「ウオォ!!」
咆哮と共に袈裟掛けに振るわれたウェイブの剣を後藤は後ろへ下がり避ける。
そのまま横薙ぎに払われたアカメの刀は鎖鎌に遮られた。
攻防としては、単純そのもの。傍から見れば違和感は微塵もない。
だがウェイブと新一からすれば、その動きには違和感を感じる。
(何だコイツ、体を変形させない?)
疑問の返答かわりに飛んできたのは、ウェイブの腹を狙った蹴りだ。
パラサイトの脚力で蹴られたウェイブは、無理やり息を大きく吐き出されながら吹き飛ぶ。
背中から地面に叩きつけられ、痛みに顔を歪める暇もない。ウェイブの右足首に鎖が巻き付き後藤が鎖を握った腕を引くとウェイブも釣られて引き寄せられる。
勢いに乗せられたまま宙で態勢を整え、ウェイブは剣を後藤の首元を目掛け剣を払う。だが剣が届くより早く後藤の左の裏拳が顔面にめり込んだ。
「がっ……?」
剣を振るう腕が鈍り剣閃は後藤に届かず終まい。勢いも殺され、再びウェイブが地面に叩きつけられる。
その隙に後藤は頭部を刃に変化させ、ウェイブの首を狙う。
「―――!?」
刃がウェイブに触れる寸前、後藤の重心がぶれ刃に射線がずれる。ウェイブは足の鎖を即座に解き、立ち上がりながら後藤から離脱する。
自身の横腹にめり込んだ脚の主、アカメに視線を流しながら後藤はその手から黒色の筒を握りしめアカメに向ける。
「今度は、銃だと……?」
とうとう耐え切れず、ウェイブの思考が口から飛び出す。
アカメも後藤の特徴を新一から聞いていた為にある程度の戦闘方法は予測がついた。
だが、自身を武器に変え自由自在に振るう怪物が銃を取り出し、射撃するとは夢にも思わない。
今までに人間に近い危険種と戦ったこともあるが、人間の武器を使う危険種だけは居なかったのだだから無理もない。
「チッ」
急所の一撃を刀で防ぐも、二発の弾丸が頬と足を掠り血を滲ませる。
幸い動きに支障はないが、運が悪ければ死んでいた可能性もある。アカメも警戒しながら後藤から距離を取った。
「どうなってるんだシンイチ。確か後藤は体を変形させる危険種だろ?」
「あ、ああ。だから武器なんて必要無いはずなんだけど」
「それどころかアイツ、前より速くなってやがる。前も苦戦したが、それでもまだ反応しきれる速さだった。
下手すりゃ今の、技量こそないがブラッドレイ並の速さだぞ」
『……まさか、混じったのか?』
普段の後藤とは程遠い戦闘スタイル。刃に変形させたのは本来なら使わない頭の一部のみ。
そこへ加え、驚異的なほど飛躍した身体能力の上昇。
この二つの現象にミギーは一つの説に辿り着く。
『恐らく、この場で最も戦闘をこなしているのは後藤を置いては他には居ない。
いくら奴でも連戦が続けば消耗する。何らかの大きな傷を負い奴はその四肢のパラサイトを、その傷に治療に当てた為に奴の体内に混じり細胞を回収できなくなったのだ。
その為、身体能力は上がり、代償としてパラサイトしての変形する手足をなくしたのだろう』
「だが、逆に言い換えれば奴はその新しい肉体にはまだ慣れていない。
……まだ私たちが有利だな」
練習と後藤は言っていた。つまり、その新しい肉体を後藤はまだ扱いきれていないのだ。
事前の情報と違っていた為、アカメは狼狽し攻め予ねていたが、そういう事情を理解したのなら話は別だ。
アカメが疾走し、迎え撃つように後藤も鎖鎌を手に駆けだす。
金属音が鳴り響き、鎌と刀が火花を散らしながらアカメと後藤は幾重もの攻防を重ねていく。
高速で乱れ打ち合う二本の刃。しかし、唐突にアカメの刀の速度が緩む。
今までの速度に慣れた後藤の反応が鈍り、腕の動きが僅かに止まった。
瞬間、刀を握る手を入れ替え再度高速で刀を振るう。
咄嗟に後ろへ倒れこむように飛ぶが、刀は後藤の銅を抉り血が噴き出した。
既にパラサイトのプロテクトはない。痛みこそないが、そこには確実なダメージが蓄積される。
「何……?」
後藤に向け更に踏み込み、肉薄するアカメ。頭部を刃に変形させ、鎖鎌を構える後藤。
しかし、またしてもアカメの刀が変則する。今度は速度ではなくその太刀筋。
それは後藤が見た今までの剣術のどれにも当て嵌まらぬ、全く未知のものだ。瞬時に太刀筋の変化を見切り、刀の射線に防御の為の刃を翳す。
それと同時にまたもや太刀筋が変化し、射線が変更される。
刀は刃には触れず、それを避けながら後藤めがけて銀色の刀が閃く。
「そうか。……パラサイトの学習力を逆手に取られたのは初めてだ」
二太刀目を喰らい、後藤もこの手品の種を徐々に理解していく。
後藤及びパラサイトはその高度な知能で物事を即座に取り込み学習していく。個体差はあるが基本的に彼らの戦い方は知略性が高いのだ。
無論、後藤もその五頭の肉体と、学習力で戦いで得た経験を人間の何倍もの効率で取り込み成長していく。
だがだからこそ、変化していくアカメの太刀筋に翻弄されるのだ。
学習するという事は取り得た知識を無意識の内に組み上げ活用していくこと。
つまり後藤の戦い方は既知の知識から、全てを応用しているに他ならない。故に、そこには必ず学習という過程が必要になる。
「いくら、知識をフルに使っても知らないの存在には完全には対処しきれない、か……」
「あの攻防だけで気付くとは、やはり頭は良いらしいな」
常に太刀筋を変化させ後藤が学習するよりも早く、太刀筋を変え剣撃を叩き込む。
普段の後藤ならば、プロテクトの防御で幾らか刀に触れた程度は問題ではない。十分に学習する暇がある。
しかし、プロテクトの恩恵を失った後藤からすればこれは致命的だ。全ての攻撃を避け続け尚且つ、学習していない太刀筋の連続。
如何にして後藤と言えども、無傷ではいられない。
「ブラッドレイとの戦いがヒントになったのは癪だが、お前には有効なようだ!」
知らない太刀筋など、剣客の世界では日常茶飯事だ。ブラッドレイはおろか、恐らく
タツミですら先の攻防ではより良い動きを見せただろう。
だが後藤には年季と経験が足りない。
知らない攻撃に対する構えがまだ完全には組みあがっていないのだ。
アカメがブラッドレイ戦において年季で劣るのであれば、今度は逆にアカメの年季が後藤との戦いを有利に進めている。
「もう少し、ヤクザの事務所でのトレーニングをしておくべきだったか」
全身に幾つもの切り傷を作りながら、後藤はヤクザとの戦闘を思い返す。一撃も喰らわず事務所を殲滅するトレーニングだが毎回数撃は貰ってしまっていた。
当時はプロテクトもあり、然程重視をしていた訳ではないが、それがここに来て響くとは思いもよらない。
(俺ももう一つ上の段階に行くべきか)
息を整える。思い返すのは異能の先読み。
知識を使うだけではない。それを己の物にして実践する。
脳裏に浮かぶ、黒コートの男の姿。三度に及ぶ戦いで、殺すことができない後藤にとって最大の障害。
そしてもう一人、赤い外套を纏った褐色の少女の姿。
「なっ……!?」
無限に編み出されていくアカメの剣閃。彼女が今までの歴戦から葬った敵の太刀筋。それを模倣し混ぜた、完全で即席のオリジナル。
やはり、これも後藤は知らない。ウェイブやマスタングのように決まった攻撃方法ではない為に、反応が鈍くなる可能性が高い。
しかし、その動きは先ほどの物と打って変わった静かで緩やかなもの。
アカメの驚嘆と共に、知らない筈の太刀筋を後藤は見切った。
「くっ」
「チッ」
振りかぶった刀を横薙ぎに払い、刀は後藤の横腹を。
追撃を避けることは失敗したが、返しにその鎖鎌はアカメの肩を。
両者共に体を切り合いながら後退し合う。
否。後退したのはアカメのみ。後藤は傷を気にする必要はないと即座に判断し、一気に距離を詰める。
痛覚が無い為に痛みによる怯みのない後藤が先手を取ってしまったのだ。アカメが刀を構えなおすが、一手遅れ後藤の刃が振りかざされる。
それを横から割り込んだウェイブが剣で弾く。
「大丈夫かアカメ!」
「ああ、助かった」
二人並ぶアカメとウェイブを見つめながら、反撃を避ける為また後藤も後方へ飛ぶ。
(黒の攻撃の先読み、そしてクロエの並外れた洞察力。その二つを掛け合わせたが、やはりすぐにはモノにはならないか)
黒は瞬時に物事の変化を捕らえる超感覚を用い、初見の不可視の空気の刃すら避け得る回避技能。
そしてクロエの洞察力。窮地にあって冷静に活路を見出す力。
この二つを組み合わせた事で知らない筈の剣筋を予め推測したのだ。
(成功はしたが、キツイな。異能も銃も慣れさえすれば先読みは容易いが、あの女の剣は慣れさせる前に太刀筋を変則する。
事前の前例がないまま、状況証拠だけの反射というのも中々に難しい)
□
(冗談じゃない、あの二人大丈夫なのかよ)
戦いから離れた場所で観戦する足立が不安を胸の内に募らせる。
先ほどまでアカメが圧倒していた戦況が、途端にまた崩れだした。まだアカメが劣勢という訳ではないが、アカメの動きに後藤が対応する速さが凄まじ過ぎる。
素人よりマシ程度の武術を齧った足立でも、後藤の対応力は異常だ。
「ね、ねえ全員でやっつけた方が良いんじゃない?」
足立が不安から新一とヒルダに声を掛ける。わざわざ二対一で戦うより、戦える連中全員で掛かった方が勝率は高い。
『いや、私たちは手を出さない方が良い。むしろ足手纏いだ』
「……全く、化け物揃いだな。ここはよ」
「え?」
だが返った返答は二者とも戦闘には消極的なものだった。
「足立さん、俺も素人だから下手な事言えなけど。不味いんですよアレ。
下手に俺達も割り込んだら、アカメの集中の邪魔になる。ウェイブだってそれが分かってて、今まで戦いに入れなかったんです」
「で、でもさあ……」
今までの不運に比べれば、同行者が居る分、まだツイているがそれでも足立は危機感を隠しきれない。
最悪の場合、一人でもここから離脱するべきだろう。出来れば今はペルソナを出して自ら戦闘をしたくないのだが、それも視野に入れなければならないかもしれない。
(ああ、クソッ! 何とかしろよお前ら!!)
考えれば、ここまで連戦続きだ。
何でここまで戦いに巻き込まれるのか。
『……だが、策がないわけではない』
「ミギー……」
『出来れば、これは取りたくなかったが……先ずはサリアを説得しろ』
今までサリアに対し、その殺害を遠まわしながらも肯定していたミギーの口から出たとは思えない発言。
新一は驚嘆するが、ヒルダは目を細めミギーに視線を向ける。
「お前、サリアを信用できるのか」
『するしかない。今はまだ後藤とアカメ達との戦いは拮抗しているが、奴の成長の速さは並じゃない。
まだ私たちの手に負えるレベルの強さの内に、確実に葬る必要がある』
「―――らしいぜ。サリア!!」
ヒルダの声にサリアは力なく、目だけを泳がす。
「協力しろ。良いな」
「なんで私が……」
「プリティ・リリアン」
「え?」
「てめえの憧れてる魔法少女。その元ネタのリリアンはな、何があっても、投げ出さなかった。絶対に逃げ出すことはしねえ。
だから最後にはみんなを笑顔にして悪のパワーも退散していくんだよ! お前もプリティ・サリアンだろうが!!」
「な、何よ……いきなりプリティ・サリアンが何なのよ」
サリアからすれば、何故自分のコスプレ趣味をここに引き合いに出されるのか理解できなかった。
「忘れたとは言わせねえぞ。演芸会で確かにお前はプリティ・サリアンだった。違うか?」
「そんなの、今と関係が……」
「あの時のお前に憧れたガキ共。アイツ等をお前は裏切るのか?
言ってたな。元総司令に捨てられただの、私には何もないだの。アンジュがどうだの。
そうだな。確かに比較対象がアンジュじゃ、イライラもする。私もムカついてたからな
だけどな。お前に憧れたガキだって居るんだよ。ちゃんとサリア、お前を見て、憧れてなろうとしてたガキ達が。
今の姿を、そのガキ共に見せられるのかよ?」
『わぁ~サリアお姉さまだ!!お姉さまに、敬礼!』
アルゼナル時代の光景が頭を過ぎる。
小さく無垢な少女たちがサリアに向ける、まだぎこちない幾つもの敬礼と尊敬の眼差し。
「それを、てめえのストレス発散の暴走で無下にするのがお前の言うエンブリヲへの忠誠なのか。
同じじゃねえか。元総司令に捨てたられたと喚いてたお前は、アルゼナルのガキ共を平然と捨てた」
「だって、私にはエンブリヲ様しか……。アレクトラも、誰も私を見てくれなかった。
どんなに努力したって、私の事を……」
「……前提から間違ってる。
先ず誰のお蔭でプリティ・サリアンの演劇が成功したと思ってる?
アンジュ、エルシャ、私、……あとロザリー。お前の為に一皮脱いでやったんだろうが。
そこまでやったのに、誰も見てくれないなんて被害妄想も大概にしとけ!」
アルゼナル時代。あの頃はまだ周りに仲間のようなものも居たかもしれない。
演劇界の打ち合わせで孤立したサリアを、最後の最後にはアンジュとヒルダ、エルシャ、ロザリーが助けに来てくれた。
「元総司令だってな。誰よりもお前の事を見てた。
演劇会でも必ず見に来てた。戦いの時も、お前を危ない戦況には早々置かなかった。
アルゼナルがアンジュの糞兄貴に襲撃された時だって、お前が一番安全で誰一人人間を殺すこともない任務だった」
セリューの持っていた殺人名簿に自分の名が乗っていなかった時、サリアは運が良かったからだと思っていた。
偶然、アンジュの護送の為に銃撃戦から離れていたからだと。
(違う。本当に、偶然なの……?)
護送を命じたのはアレクトラだ。
あの時はアンジュへの嫉妬心と恵まれた環境に居ながら、独断行動する様にイラついていた。
本当なら、自分がヴィルキスを駆りアレクトラの力になりたかった。なのに……。
「違う。あれでも優先してのは、アンジュで……。私は……」
「私なんざその時、クリス、ロザリー連れてドンパチだぜ。しかも、その時に一度クリスの奴が死にやがった。
随分扱いに差があるよなあ? 誰が捨てられただって?」
想いが揺らいでいく。
そうだ、あの時サリアはアンジュを護送する。それが自分の最後の任務だと思っていた。
恐らく自分はここで、アンジュを守りながら死ぬのだろうと。
だが、本当にそうなのか? 確かにアンジュの安全も考慮されていただろう。当然、ヴィルキスも。
しかし、そのアンジュの傍に居た者達も、サリアの安全も確保されていたのではないか。
サリアの憎悪が、塗り替えられていく。あるのは、彼女が何よりも憧れ、大切だったアレクトラの姿。
「そもそもがな。アンジュに全部奪われたって言ってたが。結果的にアンジュが来てから、うちの部隊はゾーラ以外誰も死んでねえ。
同じ部隊に最強のヴィルキスを扱えるアンジュを置いた時点で、おめえの安全を誰よりも考えてるのが誰か分かりそうなもんだけどな!」
「いや……じゃあ、それじゃアレクトラは……私は……」
確かに、アレクトラの中でアンジュは重要なカギではあった。でも、本当に彼女の中でアンジュが一番だったのか。
アンジュはあくまで手段の一つに過ぎなかった。それはノーマが迫害されない世界の為の手段。
その手段の先にはあったものは。
本当にアレクトラが大切に思い、何よりも守ろうとしたのは本当は……。
『やっぱりね。アンタ何も知らないのね。エンブリヲの本性も、ジルが何を背負ってたかも』
「アンジュの言ってたことは……アレクトラの、ことは……。でもアレクトラは私をリベルタスに……」
「馬鹿だよお前……。自分の立場で考えろ。大事なものを好き好んで、血生臭い戦いに放り込む奴なんて居る訳がないだろ。
ましてや、大切な妹分を」
「……あっ」
真実だった。
全ては嘘だと思い込みたかっただけなのだ。そうでなければ、前には進めない。
今更どうすればいい。三人殺しておいて、どんな面をして戻ればいいのか。
エンブリヲは彼なら、何があろうとも許してくれる。愛を注いでくれる。
だから、彼に尽くしてその虚空を埋め続けてもらう。
それだけがサリアにとっての救いだった。
だが、その救いはただの虚像だ。所詮まやかしに過ぎず、エンブリヲはサリアを道具にしか思っていない。
そんなこともっと早くに気付いていれば。いや、気づいていたのに気づかないフリをし続けていた。挙句の果てに全ての激情を関係のないアンジュやマミ、海未、キリトにまで押し付けて―――
「アレクトラ……アレクトラ……!」
涙が溢れてくる。自分が捨て去ろうとした物が如何に大きなものなのか。
失くしてから初めて分かった。
「……羨ましいわね。そんな家族が貴女には居て」
「サリアさんを気遣ってくれる人だって、まだこんなに居るんですよ……。
お願い、します……。私も穂乃果ちゃんも貴女を許しません。だから、貴女が死なせた人達の分まで償い続けて下さい」
複雑そうな心境の表情を浮かべながら雪乃は言葉を漏らし、花陽は真摯にサリアを見据え言葉を紡いだ。
新一も口を閉じたままだが、じっとサリアを見ている。
「ここまで来て、逃げるなんて真似はしねえよな。サリア」
□
アカメと後藤の剣裁の最中、隙を図りウェイブは自身の剣を滑り込ませていくが、一度たりとも後藤に掠りすらしない。
むしろ返しの一撃でウェイブの身体に傷が付く程だ。
今までの連戦で酷使した身体が悲鳴を上げるのを強引に抑え、更にウェイブはアカメと合わせ剣を振るっていく。
アカメの知らない太刀筋に混ぜたウェイブの剣。的確に急所を捕らえたと思われたそれを後藤は一瞬にして見切る。
より正確には、ウェイブの剣を見切り鎖鎌で巻き付けそのままアカメの正面にまで引きずり放る。刀の射線上をウェイブが遮った事でアカメの動きが止まる。
その一瞬の間に頭部を鋭く変化させ、ウェイブごと刃で貫かんと振りかざす。裏拳でアカメはウェイブの顔面を殴り飛ばしながら自身も横飛びで刃を避ける。
刃は地面を大きく抉りながら、後藤の頭部へと再び収納され元の顔へと戻っていく。
「ハァ……クソッ!」
明らかに足手纏い。この戦いについていけなくなっていた。
後藤の成長もさることながら、アカメの適応力と成長性も目を張るものがある。
事実、ブラッドレイとの戦いで曲がりなりにも一人で剣の応酬を繰り返してきたのだ。その素質はやはりナイトレイドの切り札と称されるだけはある。
しかしウェイブは違う。
無論、決して弱くはない。精神的な問題や帝具を手にしていないこともあるが、それらを踏まえてもその実力はこの殺し合いの中でもトップクラスの完成されたものだ。
だが、完成されているがゆえにその上はない。ウェイブにはこれ以上強くなる余地がないのだ。
故に加速し、レベルの上がる強者達とは、時間が立てば立つほどその差は開いていってしまう。
「ウェイブ、下がれ」
「……すまねえ」
殴られた頬がヒリヒリと痛む。アカメも無我夢中で加減が効かなかったのだろう。
アカメに言われた通り、ウェイブは後ろに下がる。最早、前線で共闘するのはアカメの足を引っ張るだけだ。
今のウェイブに出来るのは、アカメのサポートと他の仲間たちが戦いに巻き込まれないように気を付けることだけだ。
「おい退け、田舎野郎」
そんなウェイブを押し退け、ヒルダが赤い髪を揺らしながら全然へと歩んでいく。
その後ろを意を決した顔をした新一が続く。
「何やってんだ二人とも、お前らのかなう相手じゃ」
「お前じゃ信用できないんだよ。それにあの化け物は私のアンジュを殺しやがった……私の最愛の女を……。畜生、ぶっ殺す!!」
「さ、最愛?」
怒りに任せ、ヒルダはフォトンソードと銃を手に突っ走る。訓練されてはいるが、到底この戦いに通用するものではない。
更に新一も走り出し、ウェイブは混乱する。
「お前たち、何で―――」
戦いに集中する間もない。怒りと衝動に任せた二人が突っ込んできたことによりアカメの刀は鈍る。
当然、後藤はそれを見逃すことはない。大きく腕を振るいアカメを刀ごと吹き飛ばし、後藤はヒルダと新一へと向き直る。
「アンジュの仇ィィィ!!!」
「ミギー!!!」
何か策はあるのだろうが、構わない。
がむしゃらに走るヒルダの腕に鎖を巻き付け、引き摺り倒す。フォトンソードを手放し、ヒルダは堪らず顔面から地面に叩きつけられた。
次に向かってきた新一と刃に変化したミギーを頭部の刃で迎え撃つ。無数の刃が交差し互いに打ち合う中、気配を殺し新一が接近する。
五歩程度の距離まで新一が接近した時、後藤は残った頭部を最後の刃に変化させ新一へと振るう。だが、その新一の手には光る刃が握られていた。
先ほど、ヒルダが取り落としたフォトンソード。これを回収しておき、彼はこの距離まで隠し持っていたのだ。
いくらパラサイトが効果使用がフォトンソードの斬り味をモロに受ければ一たまりもない。が、後藤は僅かに姿勢を落とし地面に蹲るヒルダの首ねっこを掴み新一へと放り投げる。
砲弾と化したヒルダを刃で切り落とす訳にもいかず、そのままヒルダを抱きとめた新一は尻持ちを付き体中を流れる衝撃に顔を歪ませる。
「―――!」
二人に止めを刺そうと踏み込んだ瞬間、足にひんやりとした感触が流れる。
水だ。見れば雪乃と花陽が開いたペットボトルを手にしていた。あれだけ大声を張り上げヒルダと新一が後藤に突っ込んだのは、後藤をこの場に誘う為なのだろう。
青い発光と共に紫電が奔り水を伝い後藤の身体へと流れていく。電撃の先に居る女、サリアを確認しながら後藤は跳躍し電撃を避ける。
既に何度も見た異能であり戦法だ。工夫をしようという気概はあるが、使い古され過ぎてつまらない。
そのまま上空から鎖を気に巻き付け、着地点を修正し電撃の範囲から逃れる。
更に風を切る音と共にアカメの刀が投擲される。
息も突かせぬ連撃で後藤を葬ろうという魂胆だろうが、それも容易に避けていく。
この一撃で仕留められるという確信があったせいなのか、今までの集中が切れたのだろう。攻撃パターンが単純なものになっていた。
「下らん、工夫しろ!!」
後藤の怒号が響き、アカメ達の鼓膜を鳴らす。
怯む新一、ヒルダが一人だけ凛々しい表情で呪詛を紡ぐ女が居た。
「―――ライジングローズ・テイル」
投擲された刀へと導かれるように、巨大な雷の砲弾が後藤へと迫りくる。
電気は鉄へと流れやすい。最初の刀の投擲は電撃の命中率を上げるための避雷針の役割を果たしていた。
もっとも、それでも後藤からすれば避けられない攻撃ではない。
「―――葬る」
「ッ!?」
足に力を込め、電撃の有効範囲外を見定めた瞬間、後藤の背後へ回り込んだアカメが腕を腕を振るう。
既に刀のないアカメに後藤へ有効な攻撃手段はない筈。否、その手にはフォトンソードが握られていた。
神速で奔る光の刃と正面から迫る電撃の塊。後藤を葬る為の真の策はこの状況を生み出すことにあったのだ。
後藤の刃や鎖鎌ではフォトンソードの斬れ味を防げない。しかし、電撃を直接受ければ生物である以上感電死も免れない。
絶対に避けなければならない、防御不可の二つの攻撃。如何に後藤が戦闘センスに優れていたとしても、この状況から最善の選択を選べる道理はない。
電撃が後藤へと触れ、その姿が飲み込まれていく。アカメはフォトンソードを突き立て、その柄を足で踏み抜き大きく跳躍する。
光の刀身を電撃が焼いていくが光である以上、電撃に触れようが何の支障もない。
そのまま電撃が過ぎ去った黒い焼け跡の上にアカメは華麗に降り立った。
「アカメ!!」
アカメを気遣い、新一が駆けよってくる。アカメは疲弊した顔を魅せながらも新一に笑みを作って見せた。
『場数が違うな。我々のアイコンタクトだけで、策に気付いてくれるとは』
「お前たちとも、ここでは長い付き合いだからな。それに、サリアがアドラメレクを構え立ってい時点で察しは付いた」
ミギーの性格から無策で突っ込むことはあり得ない。驚嘆こそしたが、アカメは新一を信頼しそのアイコンタクトで自らの為すべきことを理解した。
二重にも三重も策を張り、後藤を誘導し電撃とフォトンソードで挟み撃ちにする。
それを可能とするのは、アドラメクレをこの場で最も使いこなせるサリアと、最も剣技に優れ自身にも向かってくる電撃すら避けうる歴戦の剣士であるアカメ。
「サリアは……お前たちが説得したのか」
「ああ。少なくとも、私たちに手を貸す程度にはな」
アカメを未だに警戒しながら、返答するヒルダを見てアカメは己がどうすべきか思案していた。
サリアを許していけないとアカメは考える。本来なら、今すぐにでも葬るべきなのだ。
だが、新一もヒルダも。八幡の思いを無下にされた雪乃に仲間を殺された花陽ですらも、サリアを庇う。
決して許すわけでもない。憎んではいるだろう。それでも、彼女たちはサリアに生きて罪を償わせるという考えを抱いている。
「アカメ……俺もサリアが許されていいとは思ってないけど。だけど、罪を償えるなら俺はやっぱり生きててほしいと思うんだ」
「……お前たちは心に暇(よゆう)があるんだな」
「え?」
「私たちは殺さなければいけなかった。生かしておけば何時寝首を掛かれるか分からない。
殺せるのなら、殺せる内に殺す。それが暗殺者として当然の生き方だった」
昨日までの家族を隣人を一片の容赦も躊躇いもなく殺す。暗殺者としてはそれが何よりも正しく、安全だった。
暗殺者は皆が臆病だ。臆病だからこそ生き延びられる。臆病だから殺せる。
決してそれは間違いではない。下手な情けは寿命を縮めるだけだ。ここが帝都ならば、アカメは彼らの反対を押し切ってでもサリアを殺していた。
「狡噛も言っていた。私の生きる世界とお前たちの生きる世界は違う。
だから、サリアの事についてはもう、私は何も口を挟まない」
「アカメ……」
「雪乃の言った通りだ。結局、私たちは広川の掌で殺し合いを続けてしまっている。
新一、雪乃、花陽。……お前たちは、私みたいにその暇を無くさないでくれ」
本当に奴を倒して、この殺し合いを終わらせるのはあるいはこんな自分よりも弱く、だは決して人として失ってはいけないものを持った彼らなのかもしれない。
そんな一寸の予感を抱きながら、アカメは話を終わらせた。
ウェイブの方へ目を向けるが、彼も納得した様子で頷いている。
ヒルダはここに来て、一番の大きなため息を吐く。一先ずの問題にケリは付いたのだ。
(アンジュ……仇は討ったよ)
本当なら、後藤の死骸を何度も蹴り飛ばしながら唾でも吐きたいところだが、塵すら残らず燃え尽きた為、それすら出来ない。
ヒルダが何の打算もなく愛した女性。もう、この世にはいない彼女にしてやれることは墓を立ててやることだけだ。
もし、もっと早くにアンジュの元に駆けつければ。そう思わずにはいられない。
「ほんとにさ……何、死んでんだよ……。痛姫様。アンタの国はここからだったろうが」
最終更新:2016年05月01日 17:27