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WILD CHALLENGER(前編) ◆dKv6nbYMB.
「......」
南方で起きた大規模な爆発の音。
彼がそれを聞きつけたのは、
御坂美琴が眠りについてから程なくしてのことだった。
彼が悩んでいるのは、これからの方針について。
あの爆発音のもとへ向かうか、それともこのまま目的の地、アインクラッドへと進むか。
そもそもアインクラッドを目的地としているのは何故だ。
それはヒースクリフも目指しているかもしれないという可能性を託しているだけだ。
しかし、このゲームが始まってから一日が経とうとしている。
彼が会場全体を動き回っているとしたら、既に訪れ去っている可能性も低くは無い。
つまり、アインクラッドとやらに行っても、ヒースクリフに会える保証はないわけだ。
それに対してあの爆発音。
流石に、あれほどの爆発をまともに受けていれば生きてはいまいが、あれが起きたということは、少なくともあそこに何者かがいたということだ。
生存者がいなくとも、あの爆発に惹かれる者もいるだろう。
状況を把握しようとする者。
無謀にも被害者たちの生存を願う者。
戦闘を望み、脚を運ぶ者。
ヒースクリフではなくとも、参加者に遭える可能性は前者より高い。
「ふむ...」
と、なるとだ。
このままアインクラッドに向かうよりは、あちらに向かった方が益はある。
(そうなると、彼女を連れていくべきではなさそうだ)
回復結晶とやらで怪我は回復させたものの、疲れて眠っているところを見ると、全てが元通りという訳ではなさそうだ。
そんな彼女を戦場へ連れて行き、なにか妙な失態を冒そうものなら目も当てられない。
デイバックに入れて向かってもいいが、彼女を庇いながら戦うのは少々面倒だ。
ならば、ここに残し、体力の回復に専念させた方がいい。
もしかしたら、なにものかが襲撃してくる可能性もあるが、その時はその時だ。
それで命を落とすようなら、自分の同盟相手には不釣り合いだっただけの話だ。
念のため、『一旦南へ向かう』とだけ書置きを遺して、御坂をイェーガーズ本部の一室へと放置。
キング・ブラッドレイは疾風のごとく爆心地へとその足をすすめた。
同行者の体力の回復。襲われた時の責任はとらない。
この二つが既に矛盾しており、その矛盾から御坂美琴との不和を生む可能性は充分に高い。
彼は、そのことに気が付いているのだろうか。きっと気が付いている。
それを承知だからこそ―――
【D-4/イェーガーズ本部/一日目/夜中】
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(小)、深い悲しみ 、自己嫌悪、人殺しの覚悟 睡眠
[装備]:コイン@とある科学の超電磁砲×2 、回復結晶@ソードアート・オンライン(3時間使用不可)、能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、アヴドゥルの首輪、大量の鉄塊
[思考]
基本:優勝する。でも黒子たちと出会ったら……。
1:橋を渡りキング・ブラッドレイと共にアインクラッドに向かう。
2:もう、戻れない。戻るわけにはいかない。
3:戦力にならない奴は始末する。 ただし、いまは積極的に無力な者を探しにいくつもりはない。
4:ブラッドレイは殺さない。するとしたら最終局面。
5:殺しに慣れたい。
[備考]
※参戦時期は不明。
※槙島の姿に気付いたかは不明。
※ブラッドレイと休戦を結びました。
※アヴドゥルのディパックは超電磁砲により消滅しました。
※マハジオダインの雷撃を確認しました。
次なる戦場を求めて歩き出した
エスデス。
しかし、ふと別の考えがよぎり、その足を止める。
「...あれほどの爆発、力に自信のある者なら放っておかないだろうな」
あの爆発は周囲に響き渡っている。
必ずやなにかしらの理由で惹かれる者はいるはずだ。
状況を把握しようとする者。
無謀にも被害者たちの生存を願う者。
戦闘を望み、脚を運ぶ者。
ただの一般人が脚を運ぶのはまずないが、少なくともそれなりに腕に自信があれば訪れるはずだ。
それに、戦いの連続でそろそろ小腹が空いてきたところだ。
少々疲れた身体を癒すのも兼ねてここで待ってみるのも一興だ。
地に腰を落ち着け、ごそごそとデイパックから取り出したのは、巨大な魚の丸焼き。
『アヴドゥル。お前の支給品に魚介類の詰め合わせがあったな。小腹が空いたからひとつ焼いてくれ』
『...私の炎はそのためにあるわけじゃないんだがな』
能力研究所へ向かう道中、そんな会話をしながらアヴドゥルに焼かせた魚だ。
それを食す前に研究所から立ち昇る煙を見つけたために食べる機会がなかったのだ。
焼き魚に、自らが破壊した駅員室の破片を付きさし串替わりにして、腹に被りつく。
うむ、美味い。
流石に冷めてしまっているが、この食べやすさは中まで火が通っていた証拠だ。
咄嗟の注文でも、極めて冷静に、丁寧に炎の威力を扱える男だ。
彼の本気を見れなかったのは悔いが残るし、改めて惜しいと思える人材だ。
尤も、部下ですらない男の死をいつまでも引きずる彼女ではないが。
...己の半身が焼かれた直後に焼き魚を平気で喰えるような人間は、会場広しといえども彼女くらいだろう。
(しかし、こいつは存外便利なものだ)
焼き魚を頬張りながら、目の前に横たわらせたまどかとほむらの死体を見ながら思う。
ロイ・マスタング。
彼が自分をここまで追いつめ、いや、そもそも仮にもセリューの上官である自分を殺すと決意したのはこの死体の影響が大きい。
これが無ければ、おそらく彼は中々殺す決意をしなかっただろうし、したとしても中途半端な覚悟で終わっていた可能性も高い。
この死体を卯月が作ったと知ったからこそ、彼は卯月諸共エスデスを殺す決意に踏み出した。
そのため、どうせならもっと有効活用できないかと思い、あらかじめ回収しておいたのだ。
(怒りとは視野を狭めやすいものだが、時には大きな力となる。奴はそのことを改めて教えてくれたからな)
感情は時に戦局を覆す大きな力となる。
あれを見て感情を滾らせるような者とは、是非戦ってみたいものだ。
例えば、
美樹さやか。
まどかからは、正義感が強く感情的になりやすい魔法少女だと聞いている。
あの死体を見せれば戦わない理由はないだろう。
例えば、
佐倉杏子。
彼女とは
DIOと戦う前に交戦したが、あの時はグランシャリオを使わせているにも関わらず、呆気なく勝負がついてしまった。
あれの相性に適合していないこともあったのだろうが、
ウェイブ以上に精神に乱れがあったせいだろう。
そのウェイブも、覚悟を決めれば完成された強さの限界を超えてみせた。
ならば、ウェイブやマスタング同様、直情型に思えた彼女もまた、死体を見せて怒らせればもっと楽しめるかもしれない。
例えば、
エドワード・エルリック。
彼とまどかたちは直接の面識はない。
しかし、
前川みくの首を切断したことだけでも怒っていた男だ。
マスタングが死んだことも併せて教えてやればそれはそれは烈火のごとく噛みついてくることだろう。
「おっと。エドワードには一応首輪の解除を頼んでいたのだったな」
まあ、敵対するぶんにはなにも問題はない。
そのぶんお楽しみが増えるだけだ。
「さて。誰が最初にやって来るか...」
氷の女王は、己の空腹を満たしつつ訪れるであろう来客を待つ。
数刻後、完食した魚の骨が地面に捨てられるのと同時に、南方から電車が一台やってくる。
電車が半壊した駅に停まると、乗客がその姿を現した。
「ようやく来たか。さて、お前は私を愉しませてくれるのか?」
「あなたの愉しみなど知りませんが...その命、有意義に使わせていただきます」
☆
ヒースクリフ―――茅場晶彦は考える。
コンサートホールで合流した面子は既に半分となり、友好的な関係を作れていたジョセフもまた死んだ。
モハメド・アヴドゥル、
空条承太郎、
鹿目まどか、
暁美ほむら、ジョセフ・ジョースター...
思えば、エスデスと敵対はしなかった面子はことごとく死に至っている。
エドワードはどうなっているがわからないが、足立も足立で後藤を押し付けられるなど散々な目に遭っているらしい。
まるで死神だな、と思うのと同時に、そんな中でもこうして五体満足でいられる自分は幸運だな、となんとなく思う。
(とはいえ、銀に繋がる有益な情報はまだ得ていない。黒くんが見つけていれば話は早いが...)
地獄門で黒にはカジノ方面を探索するように伝えてある。
銀がそちらにいれば何の問題もないが、万が一南西方面にいた場合は厄介だ。
銀は盲目で、一人ではなんの戦闘力も有していないときく。
おそらくは腕の立つ者が同行しているのだろうが、もしもその保護者が籠城を決め込んだ場合、銀を確保するのが非常に困難になってしまう。
それに、合流が遅れれば遅れるほど、銀を失うリスクは高まってしまう。
(少し予定を早めるか)
もともと、銀を確保してから南西を見て周る予定ではあった。
しかし、先程例を挙げたように、南西付近にいた場合非常に厄介なことになる。
ならば、銀は黒や学園にいる者たちと出会えていることに期待して、南西側を先に調査しよう。
それに、自分は南東側は黒や
アカメたち、北西側はまどかや承太郎、北東側はこの目で情報を得ているが、南西に関してはほとんど情報を手に入れていない。
云わば魔境のようなものだ。
RPGでも、魔境には重大なイベントが隠されているのはお約束だ。向かう価値は充分にあるだろう。
「尤も、ゲームの筋書き通りとはいかないだろうがね。さて、この選択がどう出るか」
☆
魏が電車にて北上している最中のこと。
突如、大規模な爆発の音が鳴り響き、同時に電車が一時停止した。
どうやら、爆発の影響で線路に異常がないかを確認しているようだ。
魏は考える。
放送で聞いた首輪交換機について。
報酬が得られなかった首輪とは、十中八九自分のものだ。
電車から降りて取りに戻るのも悪くはないが...
(たしか、あの首輪はランク1。入れ直したところで大したものは貰えないでしょうね)
それに、首輪は自分が生存している間はずっと保管しているらしい。ならばそう焦ることもあるまい。
と、なればこのまま北上するのが賢い選択だろう。
あの爆発を受けて生きている者はそういない。
生きていても、満身創痍なのは確実だ。
電車の中で、支給品にあったうんまい棒なる菓子やパンを食しつつ身体を休める魏。
あまり腹は膨れなかったが、何も食べないよりはマシだ。
それからしばらくして。
線路に異常なし、と判断した電車は再び北へと向かう。
やがて、辿りついた先にいたのは、一人の女。
魏が今までに見てきた女性の中でもかなりの美貌といえるが、左半身には、全体を覆う火傷の痕が痛々しいほどに刻み込まれている。
自分も人のことを言えないが、と思いつつ、黒の死神に刻まれた火傷の痕をなぞる。
そして、気付く。彼女の足元に転がる見覚えのある半分の顔に。
「ひとつ聞いておきましょうか。"ソレ"はあなたがやったのですか?」
「ん、ああ、こいつか」
エスデスは、地面に寝かしていた死体を掴み、持ち上げる。
「そういえば、おまえはこいつを襲っていたな」
「...?」
「お前は知らないだろうが、私もあのコンサートホールにいたのだよ」
「そうですか」
「それで、だ」
エスデスは、"まどか"側の頬をつまみ、軽く引っ張ってみせる。
「私がお前が殺そうとした"こいつ"をこうしたとして―――お前はどうするんだ?」
まどかは魏が狩りそびれた獲物だ。
そんな獲物を横取りされて頭にこない狩人はいないだろう。
「別にどうも思いませんよ」
だが、契約者は合理的だ。
魏がまどかを襲ったのはあくまでも優勝への第一歩に過ぎず、その過程の戦闘になど想いを馳せることもなければ、逃がした標的を横取りされようが思うところなどない。
「なんだつまらん」
「ただ」
だが、魏はまどかに借りがある。
見事に一杯食わされ、あまつさえ肩に傷を負わされるという屈辱が。
そして、その屈辱を晴らしたかったと思うのは、契約者としてではなく
魏志軍という一人の人間の意思だ。
「彼女には借りがある。彼女に返せなかったぶんは、同行者であったあなたに清算してもらうことにしましょう」
「八つ当たりというやつか。それも悪くない」
静かに笑みを浮かべる魏と、戦いへの期待を膨らませ、凶悪な笑みを浮かべるエスデス。
両者が互いに手をかざすのと同時。
水流と氷がぶつかり合い、戦いは始まる。
「懐かしいな、その帝具」
「あなたもこれを知っているのですか...まったく、それほどまでに有名な道具なのでしょうかね」
「それは元々私が部下に与えたものでな。お前がどれほど使いこなせるか、見せてもらおう」
魏が操るのは、駅員室の地下を走っていた水道の水。
地面から溢れだす水流がうねり蛇の如くエスデスへと襲い掛かるが、エスデスはそれに氷をぶつけて防御。
角度や方向、形を変えながら攻撃するも、それらは容易く氷の壁で防がれてしまう。
「ほう、中々使いこなしているようじゃないか。それで?まさか私をこのまま倒せるとでも思っているのか?」
「さて。それはどうでしょうか、ね!」
水流をエスデスの正面から襲わせ、エスデスもまた氷の塊をぶつけてそれに対応する。
「防ぎ続けるのは私の性に合っていない。このまま攻めさせてもらうぞ」
ぶつけた氷塊は、たちまち水流を凍りつかせ、あっという間に氷塊と水流の絡み合った氷の彫像が出来上がる。
氷とはもともと水を凍てつかせて形成されるもの。
デモンズエキス、いやエスデスの常識外れな力があれば、一瞬で水を凍りつかせるなど容易いこと。
液体を操るブラックマリンと全てを凍らせるデモンズエキスはこれ以上なく相性が悪かった。
「むっ」
しかし、その事実に魏は驚かない。
エスデスが氷を操ると解った時から、魏の狙いは接近戦へと変わっている。
如何に強大な力を持っていようとも、あれほどの水流を凍らせれば次に氷を作るのには時間がかかるはず。
そう判断した魏は、水流を放つと同時にナイフで己の手首を斬りつけつつエスデスへの距離を詰めていた。
振るわれる右腕と共に飛来する血液。
それはエスデスの眼前にまで迫り
「大味な技を囮に必殺の技を隠す。中々面白いが、相手が悪かったな」
身体に付着することなく、突如現れた氷の膜に防がれた。
魏の考えは決して間違ってはいない。
能力を派手に使えば、休む間もなしに能力を発動することは困難。それは、エスデスにも当てはまることだ。
だが、彼女のそのインターバルは極端に短い。ほんのわずかにタイムラグがあるだけで、僅かな力なら発動することが出来る。
魏は舌打ちをしながら指を弾き、氷の膜を破壊する。
「血が付着した部分を消し飛ばすことができる...なるほど、聞いた通りの力だ」
エスデスは氷で作った急繕いの剣を振るい、魏はそれを左手に持つアーミーナイフで迎え撃つ。
しかし、いつまでも密着して凍らされては敵わないので、すぐに距離をとると共に腕を振るい血を放つ。
「確かに強力だが、弱点が多すぎる。ひとつ」
飛ばされる血を氷の剣を振るい付着させる。魏は指を鳴らすが、破壊されるのは氷の剣だけ。
「こうやって人体以外のものを割り込ませてしまえば、それだけでほぼ無力化されてしまう。ふたつ」
エスデスは巨大な氷柱を魏に放ち、魏はそれに血を飛ばし、指を鳴らして破壊する。
その隙をつき、エスデスは魏への距離を一気に詰める。
先程魏がやったのと同じく、大味な技を囮に接近戦へと持ち込む腹積もりだ。
魏は再び腕を振るおうとするが―――間に合わない。
氷のグローブを纏ったエスデスの拳のラッシュがそれを許さない。
ラッシュの速さでは会場の中でもトップと言えるDIOの『世界』と曲がりなりにも殴りあえたのだ。
その威力と速さを捌きつつ反撃するのは至難の業だろう。
「血を飛ばそうというのなら、どうしても大ぶりな動きになってしまう...そのため、動きを制限されては反撃が難しい。私は流れる血にさえ気をつけていればいいのだからな。そして三つ目」
ついには反応しきれなくなったエスデスの拳が、魏の胸板を捉える。
以前受けたスタープラチナ、程とはいえないが、その重い拳を受けて魏は後方へと吹き飛ばされる。
「斬撃ならいざ知らず、打撃では血をばら撒けないためこうして遠慮なく攻撃ができる。どうだ、私の拳も中々のものだろう」
胸部に受けた痛みにより、魏は一瞬だが息を詰まらせる。
そんなことをお構いなしにエスデスは再び魏へと肉迫するが
「!」
エスデスの足元の地面が盛り上がったかと思えば、水流が踊り狂い、そのままエスデスをのみこみ、姿さえ見えなくなってしまう。
やったか、などとは思えない。
これはあくまでも牽制程度にしか考えておらず、少しだけ時間を稼ぐための苦肉の策だ。
いつ全てが凍りつき再び相対してもいいように、目は離さない。
「なにっ!?」
が、しかし、確かに時間は稼げたが、彼女の行動は予想を超えていた。
水流の全てを凍らせるのではなく、一部だけを凍りつかせ小さなトンネルを形成。
これでは、僅かな時間しか持ちこたえられないが、彼女の身体能力ならそれだけでも充分。
一直線に駆けだした彼女は、あっという間に魏との距離を詰め、その手に持つ巨大な氷のハンマーで魏を殴りつける。
魏は咄嗟に防御の耐性をとるものの、耐え切ることはできずに吹き飛ばされ、囮に使った水流の成れの果てにぶつけられた。
そして、間髪をいれずに投擲される氷の槍は、魏の左肩を貫きその場に固定させる。
「ぐあああっ!」
「悪くない悲鳴だ。...よし」
エスデスは、魏から一定の距離をとり氷の弾丸を宙に浮かせる。
「戦いもいいが、そろそろ単純に苦痛の悲鳴も聞きたかったところだ...さあ、愉しませてもらおうぞ」
エスデスは戦闘狂であるのと同時に拷問マニアである。
人体のどこをつけば苦痛を最大限に与えられるか、ぎりぎり死なないラインはどこなのか。
拷問による悲鳴を聞き愉悦を抱くためだけに、彼女は拷問について熱心に勉強している。
この会場に来てからは戦闘は存分に楽しんだが、拷問はほとんど手を付けていない。
そろそろ拷問欲求を満たしたいところだ。
できれば足立あたりがよかったが、まあ仕方ない。
それでは拷問を開始しよう。
「...さきほどあなたに指摘された弱点ですがね。私もここに連れてこられてから痛感していたのですよ」
ぼそぼそと、氷塊に縫い付けられた魏は語る。
「恥ずかしながらその弱点を突かれて逃走を喫したことすらある。とはいえ、これもまた対価であるためおいそれと変わることはできない」
よく聞き取れないが、諦めたのかと思い、氷の散弾の第一投を放つため、右手を挙げる。
そして、気が付く。
魏の目はまだ死んでいない。
「けれど、そんな能力でも工夫はできる―――例えばこんなふうに」
パチン、と音が鳴り響き。
「ッ!?」
同時に、エスデスの爪先に痛みが走る。
エスデスは視線を逸らし、確認する。
削られていた。
エスデスの爪先が、消え去っていたのだ。
エスデスが僅かに怯んだ隙を見逃さず、魏は懐から球状のものを取り出し投げつける。
(なんだこれは)
見覚えのないそれに、かつて噂で聞いたことのある帝具を思い浮かべる。
帝具『快投乱麻ダイリーガー』6つの球の帝具であり、そのひとつひとつに属性が付与されており、投げると効果が発動するというものらしい。
それでなくとも、この戦況で使うのなら有効打となるものだろう。
そう判断したエスデスは、飛来するそれを凍らせ
「ただのビリヤードの球ですよ。尤も、少々細工を施してありますが」
ようとするがしかし、球は突如軌道を変化させ、エスデスの技から逃れる。
更にその球から細い水流が飛び出し、エスデスの右肩に付着する。
そして。
―――パチン
指が鳴ると同時に、エスデスの肩の一部が吹き飛ばされる。
その隙をつき、魏は右手首から流れる血を氷の槍に擦りつけ、指を鳴らし破壊。
拘束から逃れることに成功する。
「随分と小さいですが、まあ、一撃は一撃です」
魏が球に仕込んでいたのは、己の血液を溶かし合わせた少量の水。
カジノにて眠りにつく前、球に穴を開け、その水を入れて蓋をしておいた。
中にある水を、ブラックマリンで操作することによって、魏は変幻自在の魔球を投げることが出来たのだ。
そして、エスデスの爪先を吹き飛ばしたタネは至って簡単だ。
エスデスが水流の相手をしている際に、魏は右手首の血を地面に流していた。その地面を消し飛ばす際に、エスデスの爪先も巻き込まれただけのこと。
派手に水流を操っていたのも、全てはこの設置型の罠の目くらましである。
(だが、運が悪い...もう少し踏み込んでいれば片足は奪えただろうものを)
「面白い戦い方をする奴だ。そういうのも悪くない」
「あなたに褒められても嬉しくはないですね」
魏は思う。
これだけやっておいて、比較的余裕があった自分が半死人の筈のあの女に与えた傷は微々たるものだ。
相性の問題もあるが、やはりあの女の力は底知れない。
このままでは負ける。かといって、逃走手段も限られている。
さて、どうするか。そんなことを考えていた折だ。
「随分と派手にやっていると思えば、あなたでしたかエスデス」
「中々面白いことをしている。どれ、この老兵も混ぜてはくれんかね」
この逆境を覆す転機が訪れたのは。
☆
(さて、どうしたものか)
西へ向かう道中、大規模な爆発音が響いたかと思えば、こんどは荒れ狂う水流と氷塊がぶつかり合う超常現象合戦だ。
何者かがいるに違いないと判断して脚を運んでみたが、状況は最悪といえる。
多くの参加者と敵対し、イェーガーズもまた壊滅したために孤立しつつもその圧倒的力を誇るエスデス。
自分とほとんど同じタイミングで辿りついたとみえる眼帯の男―――能力研究所で出会った喋るステッキの情報が正しければ、殺し合いに乗っているキング・ブラッドレイで間違いないだろう。
もう一人ゲームに乗っている参加者もいる。
更にいえば、その内二人はまず間違いなく話が通じない相手。
家庭用RPGでいえば、必須レベルアップの最中に、その地域に見合わない強さを持つ野良モンスター三体と同時に遭遇してしまう。
そんな在りえるレベルでの最悪な状況だ。運に任せて逃げるを選択するのが最善の策だろう。
(だが、やりようはいくらでもある―――それに、これくらいの困難は無いと面白くはないだろう?)
簡単すぎるRPGなど退屈以外のなにものでもない。多少の刺激があってこそ、楽しみは生まれるものだ。
例え、現状が考えられる中で不幸な部類に含まれていようとも。
例え、UB001なる者から依頼を託されていようとも。
そんなことで、研究者であり開発者でありプレイヤーでもある茅場晶彦の好奇心は揺るがない。
ただ、己の欲求を満たすことだけが彼の行動原理である。
かつて幾千ものプレイヤーを巻き込んでまで、かつて夢見たあの城を追い求めたのも。
こうして、ただの一プレイヤーとしてゲームに臨んでいるのも。
全ては己の飽いてやまない欲求に従っているだけのことだ。
そして、それを達成するためならば―――茅場晶彦は手段を択ばない。
「久しぶりだな、ヒースクリフ」
歩みよってくるヒースクリフに、エスデスは敵対の意を見せずに再会の言葉を交わす。
「時間にして思えばそうでもありませんが、たしかにあなたとは随分長い間会っていないような気もする」
「首輪の方はどうだ。なにか成果はあったのか?」
「残念ながら。そもそも首輪自体が中々手に入らないものでね」
それより、と言葉を切り、ヒースクリフはしゃがみ込み足元に転がるモノの顔を覗きこむ。
「彼女たちの骸...私がいただいてもよろしいですか」
「なんだ、死体愛好者だったのか?それとも人肉主義者か?」
「違いますよ。まどかは共に脱出を志した同志です。その骸はしっかりと弔ってやりたい」
「お前がそんなに義理堅い奴とは思えんがな」
「これでも人並みの情はあると自負しているつもりですけどね。それと、ついでですが」
エスデスに背を向け、ヒースクリフは魏志軍を鋭い目つきで睨みつける。
「彼の相手は私がしても?」
「どうした、やけにやる気があるじゃないか」
「彼は以前、まどかを襲撃している。同志を襲われた借りは必ず返す主義ですので」
「どの口がいうのやら。...コレももう少し使いたかったのだがな。まあいい。死体もあの男も好きにしろ」
「ありがとうございます」
思ったよりも話が通じるんだな、と意外に思うヒースクリフだが、それだけで彼女に抱く印象が全て覆るわけではない。
エスデスはこの殺し合いにおいて厄介な女だという認識は。
だが、とりあえずいまやるべきことはこれだ。
「魏志軍...まどかや承太郎たちからきみの話は聞いている」
「あなたもコンサートホールにいたというのですか...それで、あなたは私をどうするつもりですか」
「一度襲ってきた以上、襲われる覚悟もあるだろう。つまり」
魏志軍が構えをとるのと同時にヒースクリフは駆け、魏志軍との距離をあっという間に詰める。
(速い!)
身にまとった鎧や盾からは考えられない速度で動くヒースクリフを見て、魏の心中に僅かに焦燥が生じる。
(...が、しかし。反応できない速さではない)
突き出される盾を躱し、右腕を振ろうとする。
それを認識したヒースクリフは、なんと魏の右掌に蹴撃を当てることにより魏の動きを制御。
それだけで血をばら撒かれるのを防いだ。
魏は舌打ちをしつつも、飛び退きヒースクリフから距離をとる。
(面倒な敵だ)
ただでさえ高い身体能力に加え、鎧や盾に身を包まれた男だ。
血を浴びせるのは至難の業だろう。
ブラックマリンを使おうにも、エスデスがいる以上ほとんど効果はなさない。
ならば。
魏は、ヒースクリフやエスデスには目も暮れずにこの場からの逃走を試みる。
逃がしてたまるかとでもいうように、彼を追うヒースクリフ。
エスデスと新手の眼帯の男は追ってくる様子はない。
好都合だ、と魏は思う。
今まで逃走用に使用してきたスタングレネードはあとひとつしか残っておらず、タネも割れている以上、使うことは得策ではない。
それに、魏の目的はあくまでも首輪の補充。
エスデスとヒースクリフ。この二人に同時に襲い掛かられては流石に生きて帰ることはできないだろう。
だが、こうして彼一人を誘い込めば、いくらでも対処のしようはある。
思い通りにことが運んでくれたことに、魏は思わず笑みを浮かべる。
(これでいい)
逃げる魏を追いながら、茅場晶彦は思う。
いまの彼のスタンスは、『まどかの敵討ちに燃える男』となっている。
無論、彼女の死体を見てなにも思うことはなかったかといえば嘘になるが、それで敵討ちに燃えるなどという感情がある筈もない。
悪趣味なものだと内心エスデスに引いていた程度である。
エスデスにどこまで勘付かれているかはわからないが、結果として、魏とは一対一に持ち込めたし、エスデスもブラッドレイもこちらを追ってくる気配はない。
二つの不純物を取り払うことで、彼の目的の第一歩へと近づけた。
そのことを実感すると、茅場晶彦もまた思わず笑みを浮かべていた。
(意外と簡単に済んだが、さて、ここからがひとつの正念場だな)
☆
「追わなくてよかったのかね」
去っていくヒースクリフと魏志軍を手を出さずに見届けていたエスデスに、ブラッドレイは問う。
「ああ。奴は私の知り合いだからな。その意は汲み取ってやるさ」
「知り合い、か」
「あいつは常に腹に一物を抱えているような男だからな。仮に裏切ったとしてもたいして驚かんさ」
それに、と付け加えるように氷の剣の切っ先をブラッドレイに向けて言い放つ。
「魏志軍の奴とももう少し戦いたかったが―――いまの私の興味はお前にある」
「ほう。私のことを知っているのかね?」
「卯月から聞いている。セリューやウェイブたちを圧倒した男だとな」
「卯月...
島村卯月、彼女か。それで、きみはどうする?セリューくんたちの無念を晴らすために戦うかね?」
「いいや。奴は確かに貴様に敗北した。だが、殺したのは別の男だ」
もしも、セリュー達がキング・ブラッドレイに殺されたのなら、口上にもそのことを付け加えただろう。
だが、セリューを殺したのはおそらく
ゾルフ・J・キンブリーであり、彼もまた放送で呼ばれている。
マスタングもここで永遠の眠りにつき、ウェイブも既に離反している。
ならば、もはや口上にすら付け加える必要はない。
「私の愉しみの糧となってもらうぞ、キング・ブラッドレイ」
「取り繕いもしないか。それもまた良し」
エスデスに応じて、ブラッドレイもまた剣を抜き、構えをとる。
エスデスには先に去った二人を追わないかを尋ねたが、ブラッドレイ自身にも当てはまる。
先程、エスデスは来訪者をヒースクリフと呼んでいた。
それは即ち、当面の目的として接触しようとしていた男の名である。
棚からぼた餅とはよく言ったものだが、やはり御坂を置いて来てまで進路を変更した価値はあった。
だが、いまは彼に、戦場から去る者たちに構っている場合ではない。
眼前には、絶対なる強者がいる。
ブラッドレイの欲求を満たすに足る絶対的強者が。
ならば、力を温存する意味もないだろう。
ブラッドレイは、眼帯を外し『最強の眼』を露わにする。
二人の視野外で、水流による破壊音が響き渡るが、両者は意にも介さない。
ただ、眼前の強者と戦いたい。その想いだけが両者を占めている。
そして、幾度かの水流の音が鳴り響くのと同時。
両者は、共に駆け出した。
最終更新:2016年03月25日 01:35