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望まれないもの(前編) ◆MoMtB45b5k


エドワード・エルリックジョセフ・ジョースター佐倉杏子、サファイア、マオらとの束の間の情報交換を終えた狡噛慎也タスク
2人は彼らと別れたあと、焼け落ちたコンサートホールを探索していた。

コンサートホールの探索を提案したのは、狡噛だった。
狡噛の最大の使命は槙島聖護を殺害することであるが、この場ではそれよりも最も重要なこととして、まず殺し合いからの脱出ということがある。
北部を目指して進んでいる時から、狡噛はコンサートホールのことが気になっていた。
小泉花陽らスクールアイドルと、本田未央らプロのアイドル。この場には2種類のアイドルが呼ばれている。
戦う力を持たない少女であり、どう考えても血みどろの殺し合いには似つかわしくない彼女たち。
歌や踊りを披露する場であるコンサートホールには、彼女たちがここに連れてこられた理由を解く鍵があるはず。
さらには、彼女たちの存在そのものがこの殺し合いそのものを打破する鍵になると考えたのだ。

「何か見つかったか」

「……、いえ」

だが、狡噛の問いかけに、慎重な足どりでコンサートホールから出てきたタスクが力なく首を振る。
ここが焼け落ちたのは第二回放送の以前に遡る。
今では火は全くといっていいほどない。
危険な場所での業務の経験もある狡噛とタスクならば、注意をすれば火傷などを負うことなく中を調べることは可能だった。
だがいかんせん燃え尽きて崩れてしまった後であり、またエリアの半分近くを占める大きさであることもあり、探索は捗らない。

……二人は知る由もないが、この時探索が不自由だったことが、逆に彼らには幸運だった。
なぜなら、スタンド能力を持ち、この場では制限が加えられているものの、手にした者の精神を乗っ取る剣、アヌビス神。
花京院に支給されたそれが、瓦礫の中に埋もれていたからだ。
もしももっと詳しく探索していれば、二人のうちどちらかがそれに触れていたかもしれなかった。

(……くそ)

焦りを表出させるように、タスクは首を振る。
コンサートホールでは何も得られず。
エドワードから預かった前川みくの首輪も、解析をしようにもそのための道具すら見つからない。
だが、タスクとて何もできないままではない。
思考を必死で巡らす中で、あることに気付いていた。
この殺し合いの会場に関することだ。
それは、職務として戦闘機を操りって大空を飛び回る彼だから気付けたのかもしれない。
確認した通り、この島は空の高い場所に浮いている。
それだけでも十分すぎるほど異常なことなのだが、本当にそうだとすると妙な点があるのだ。
一つは、風だ。
空の上というのは、地上とは違い山脈などの遮蔽物が全くない。
それゆえに、常に強い気流が渦巻いており、風速は場所によっては100キロを超すことすらある。
二つ目には、温度。
上空というのは、地上よりも気温がぐっと下がる。それは高い場所に行けば行くほど低くなり、マイナス何十度という極寒にもなる。
これらを考えてこの会場を見てみる。
風は、ほとんどそよ風程度の風しか感じられない。気温に至っては極寒どころか心地よいほどだ。
本当にこの島が上空にあるのならば、これはどう考えてもおかしい。

では、これらの事実は一体どういうことなのか。
その結論は、出なかった。
平行世界の存在を元から知り、今もこうして「シビュラシステム」なる機構に管理された国家に暮らす平行世界の住人と共に行動しているタスクとしては。
「何らかの理由により、自分たちの今いる場所は物理法則が通用していない」と考えるのが限界だった。
天才的な科学者であるエンブリヲならば、今ごろこの程度の疑問にはとうに答えを出しているかもしれない、と考え、タスクは歯噛みする。


『ごきげんよう。最早お馴染みとなっているかもしれないが、放送の時間だ』


そんなタスクの思考を遮るように、放送が流れてきた。
身構える。
御坂美琴との遭遇以来、強く感じていた悪い予感。
それが本当のものなのか否かを、ついに知ることになる。
隣を行く狡噛慎也も足を止めている。

放送はまず、首輪交換機が修復されたこと、そして禁止エリアを伝えてきた。
首輪は一つ手にあるが、交換機は使うつもりはない。
また、これから向かう先にも禁止エリアはない。

『続いて死亡者だ』

タスクの体が、ドクン、と跳ねあがる。
狡噛も同時に身構える。


狡噛が撃ち殺したはずが生きていた女。
マスタングの話では、彼女は正義狂だったらしい。
撃たれてなお執念で生きていたのかもしれない。
結局、その真実を知ることはなかった。

アンジュ


――その瞬間、タスクの呼吸が止まった。


「タスク!」

がくりと膝をついたタスクに、狡噛が寄り添う。

「大丈夫か」

「……はい」

ふらふらと立ち上るが、その顔は青く、呼吸は荒い。
この殺し合いが始まった時から、すでに覚悟はしていたのかもしれない。
気の強い彼女のことだ。
思惑が渦巻くこの場所で、長生きができるタイプではなかったのかもしれない。
それでも。
いざその名前が告げられたら、そんな覚悟などは何の役にも立たなかった。

アンジュが死んだ。
彼女の笑顔も、怒った顔も、もう見ることはできない。
全てが終わった後、約束していた喫茶店を開くことも、もうない。

「……それでも……」

ゆっくりと前を向く。

「……俺は」

今は、立ち止まってはいけない。
行かなければならない。
アンジュだけではない。
同時に名を呼ばれたサリア、モモカ、そしてアレクトラ、自分の両親たち古の民。
この会場で出会ったプロデューサーや光子、ジョセフ。
散っていった、数多くの命たち。
彼らの犠牲を無駄にしてはいけない。
まだ、同士であるヒルダがいる。
ここで膝を折ったら、アンジュと同じくらい気の強い彼女には、殴られるだけでは済まない。
宿敵・エンブリヲは、未だこの会場を跳梁している。
彼を討ち取らない限り、リベルタスは果たされていない。

「行きます!」

気持ちの整理など付けられるはずもない。
ただ使命感だけを胸に、青年は歩き出す。
その姿に、狡噛は何も言わず、黙って後を追った。








会話もないまま、前に進む。
狡噛を守り、エンブリヲを討つ。
そのことだけを考える。
そうしていれば、余計なことを考えずに済んだ。
コンサートホールの回りを反時計回りに進み、どれほどの時間がたっただろうか。
気がつけば、日はもうほとんど暮れている。
同時に、自分たちが2つの島をつなぐ橋を渡っていることにも気付く。
ここを渡りきって真直ぐ行けば、目的である潜在犯隔離施設に到着する。
もうすぐ渡り終わるかというところで、――前を行く狡噛の足がふと、止まった。
何か――と言いかけて、はっとする。
橋のたもとに見える、白い人影――。

「やあ、待ちくたびれたよ」






タスクには、分かった。

狡噛の纏う空気が変わったのを感じるまでもない。

美しさを通り越し、恐怖を与えるほど整った顔。

雪と氷が交わったような肌。

間違いなどありえない。
この男こそが――



「お前は、槙島聖護だ……!」



「――お前は狡噛慎也だ」



橋のたもとの電燈だけが三人を照らす中、二人の男は見つめ合う。

「――『僕たちは皆、絶壁が見えないように目をさえぎったあと、安心して絶壁のほうへ走っている』」

「――っ!」

「――悪いが、俺は」

槙島の言葉に動揺するタスクをかばうように、狡噛が前に出る。

「誰かがパスカルを引用したら用心すべきだと、かなり前に学んでいる」

「ははは、そう来ると思ってたよ。オルテガだな。
 もしも君がパスカルを引用したら、やっぱり僕も同じ言葉を返しただろう」

「貴様と意見が合ったところで、嬉しくはないな」

そう言いながら、狡噛はタスクへ目を向ける。

「行け。ここは俺に任せろ」

「……でも」

「行くんだ!」

逡巡するタスクを、狡噛は叱咤する。

「お前には、俺なんかよりも大切な人間がいるだろう! それに、」

言葉を切って続ける。

「――それに、これは、俺とあいつだけの問題なんだ……!」

タスクは、はっとして顔を上げる。
狡噛の顔を見、決して譲れない、という意志をその表情に感じ取り――。

「くっ!……」

迷いを振り切るように、駆け出す。

「君の部下かい」

その背中をちらりと槙島が見やる。

「部下じゃない。仲間だ」

「へえ、君に仲間なんて言葉は似合わないと思ってたよ」

「何とでも言え。どんな最悪の人間だろうと、味方にするなら貴様よりはマシだ」

橋の上には電燈に照らされる二人の姿だけ。
言葉を交わすたびに、緊張感が膨れ上がっていく。

「あることないこと、随分と触れて回ってくれたようじゃないか。
 君のようないい大人のやることじゃないと思わないのかい」

「ほざいていろ。貴様こそ、悪の伝道師ごっこはもう終わりだ。
 ――この場で殺してやる」

「ふ……刑事の言葉とは思えない」










――この瞬間、対面して分かった。

彼がたとえ御坂美琴やキング・ブラッドレイのような、超常の力を持っていなかったとしても。
狡噛慎也にとって最大の敵、最大の危険人物は、この男なのだ。
狡噛慎也はこの男を殺さずにはいられないし、殺さなければならない。
脳裏で揺らいでいた天秤。
それはどちらに揺らぐこともなく、土台ごと砕け散った。



――この瞬間、対面して分かった。

槙島聖護は、狡噛慎也に固執しすぎるつもりはなかった。
やたらと悪評を垂れ流されるのは嫌だ。そんなある種わがままじみた気持ちだった。
だが、その感情は今、はっきりした害意、そして殺意に変化した。
狡噛慎也こそ自分にとって最大の不確定要素――いや、敵だ。



『『この男だけは、自分がこの手で殺す』』



この時二人は全く同じことを思考していて、



当然の帰結として、戦端は開かれた。










「――!」

狡噛が拳銃を構える。
狙うのは、目の前の男の心臓。
躊躇いなどない。
これから行うのは、果たし合いなどではない。
殺し『合い』ですらない。
求めるのは槙島の死のみ。すべきは、一方的な虐殺、屠殺。

引き金を引こうとして――それより速く、槙島が何かを懐から投げつけた。
銃口はそれに引きつけられ、その何かが二人の間で破裂する。

(――酒?)

投げられたのは、狡噛にも馴染みのある酒――スピリタスの瓶。
強いアルコールの臭気に、狡噛の意識に僅かな戸惑いが生じる。

それこそが、槙島の狙い。
酒の飛沫に隠れるように、低い体勢で狡噛に肉薄し――

「――セイッ!」

ビシッ、という音の後、リボルバーがくるくると宙を舞う。
それは橋の上、狡噛から数メートルの距離の場所に落ち――槙島はそれとほぼ同時に追撃をかける。

「!」

連打。
狡噛の顔面に拳が浴びせられる。

「く――」

最初の目論見が外れたことで、狡噛の対応は必然的に後手に回る。
腕を目の前に回し、拳打から身を守る。
だが、防げているのは3割ほどか。
起死回生の一撃を――ダメージに耐えながら機会を伺い、遂にパンチを見舞う。

「ふ」

だが、それも槙島の予想の範囲内。
回避しながら伸びきった腕を掴み、関節を取って投げる。

「この殺し合いの真実が――知りたくはないのか」

狡噛の体がばしゃりと音を立ててアルコールの水たまりの中に落ちる。
それでも受け身を取って、全身にダメージが及ぶのは何とか避ける。

「そんなもの――後回しでいいんだよ!」

怯まず、槙島へ向かう。
槙島の頭を挟むような形でチョップを見舞い――掴まれる。
お互いが手を掴み合う形になる。
先にバランスを崩したのは狡噛。
槙島はそのまま足払いをかけ、またも投げる。

「――」

橋の際まで転がった狡噛の目に入ったのは、自分めがけて飛びかかろうとする槙島の姿。
――ちょうどいい。
今いる場所の数十センチ先に広がるのは、無限の虚空。
このまま槙島の勢いを利用し、巴投げの要領で――突き落とす。

「!」

体勢を構え――槙島の懐で何かがぎらりと光った。
槙島に格闘を行うつもりは、ない。
このまま刺し殺される――。
そう気づき、墜落を回避しながらぎりぎりのところでナイフを交わし――きれない。
狡噛の体に鋭い痛みが走った。

「――ふ」

「ぐ……」

再び数メートルを挟み、両者は向い合う。

(どこをやられた)

槙島から目を離さず、流血の元を探る。
左胸――いや、左腋。
腋下動脈。
がら空きになったそこを、抉られた。
止血している暇は――ない。
ならば。

(……)

懐にある、鞘に入ったその固い感触を確かめる。
マスタングから譲り受けた、火炎の刃。
これを使うしか、道はない。
このまま槙島に肉薄し、密着する。
そして火炎刃を抜き――起爆させる。
幸か不幸か、自分の衣服には多量のスピリタスが付着している。
よく燃えるはずだ。さんざん転がされた甲斐もあったものだろう。

そんなことをすればもちろん、自分は死ぬだろう。
動脈からの出血による失血死を待つまでもない。

命と引き換えに一人の男を殺す。
人はこんな自分を笑うのだろう。
蛮勇。自己犠牲。ヒロイズム。
何とでも呼ぶがいい。
何と言われようと、狡噛慎也は槙島聖護を殺すことを止められない。
それはすでに、正義感とも、かつての同僚のための復讐とも違う。
ただ自分のために。

狡噛慎也が狡噛慎也として生き抜き、狡噛慎也として死ぬために。

この身が文字通り、燃え尽きてでも。

狡噛慎也は槙島聖護を、殺す。


――動いたのは、槙島が先だった。
狡噛は、ナイフを振りかざす彼に組み付く構えを取り――


瞬間、その背後の人影に驚愕する。

(タスク!)

アンジュを弔いに走ったはずの彼が、橋のたもとにいた。

「狡噛さん!」

なぜ戻ってきたのかは、タスク自身にも理解できていなかった。
二人の間にどんな因縁があるのかは知らないし、知ることも許されないのだろう。
だが、アンジュに先立たれ、騎士の役目がもはや打ち切られてしまった今。
もう誰にも死んでほしくない。
彼の心中にあるのは、それだけだ。
だから彼は戻ってきた。
そして血を流し追い詰められる狡噛の姿を認識したときには、同時にスペツナズナイフを発射していた。



「――ふふ」


だが、イレギュラーな事態に――槙島は、嗤った。


狡噛の体まで、あと1メートルという所で。

槙島の体が、ひらりと回転した。

そして、発射されたナイフは、その射線上のもう一人の人物。


――狡噛慎也の胸に突き刺さった。


「あ……」

タスクの顔が絶望に染まり――
その時にはすでに、槙島は彼との距離を詰めている。
乱れきった思考では対応する構えすら取ることができない。
槙島の手刀が、タスクの首筋に叩きこまれる。

「――がはっ」

タスクがよろめき、その場に倒れ伏す。
立ち上ろうにも、全身をからめとるような痺れがそれを許さない。

「1分間は立ち上がれないだろう」

槙島は、狡噛の同行者、タスクがこの場に現れる可能性があることを察知していた。
戦闘が始まる前の短い問答。
そこからは、彼らの間に、信頼関係――と呼ぶに足りるものがあることを見てとった。
それゆえに、青年は執行官の命が失われることを、黙って見ていることはできないだろう。
その予見は結果、的中することとなった。
皮肉にも、狡噛はタスク自身と、彼のアンジュへの想いを信頼し。
――それゆえに、彼の帰還を予測できなかった。

倒れるタスクに一瞥をくれると、槙島は改めて狡噛に向き直る。

「……思っていたより拍子抜けの結末だが、それでも久々に退屈を忘れた。感謝してるよ」

荒い息をつきながら、狡噛は槙島を見る
そしてデイバッグから取り出したものを見て、驚愕に目が見開かれる。

なぜだ。
なぜおまえがそんなモノを持っている。

「猟犬がこれで逝くというのも、皮肉なものだろう」

執行官、そしてシビュラシステムそのものの象徴。
限られた人間にしか扱えないはずのそれを、なぜよりにもよってこの男が。

『犯罪係数――』

そんな疑問に答えなど出るはずはないし、そもそも疑問に意味などない。
もっとも胸にナイフを食らい、即死していないのが奇跡だ。
最後の意識の中で、狡噛は歯噛みする。

ここまでなのか。
槙島をこの手で殺すことはできず、自分は死んでいく。
自分を助けに来たタスクも、次に殺される。
この男ははこれから先もこの殺し合いの場に、そして自分たちの世界に、悪意と混乱の波紋を広げ続けるのだろう。
自分が逝き、もはや槙島を止められる者はいなくなる。

もう時間がない。
ドミネーターにエネルギーが集まっていくのを感じる。
慣れた感触だ。
葬ってきた潜在犯たちの顔が次々に浮かんでくる。
彼らと同じように全身をぶちまけ、自分も死ぬ。
きっと間もなく全身を襲うのであろう膨張感を予期しながら、狡噛は目を閉じた。

























「――葬る」

最終更新:2016年04月02日 20:38